

その仕組みを詳しく解説します。
現金を1円も受け取っていない株主に、突然100万円超の贈与税請求が届くことがあります。
相続税法基本通達9-2は、相続税法第9条「その他の利益の享受」を受けて、同族会社の株式または出資の価額が増加した場合の取り扱いを具体的に示した規定です。
相続税法第9条は、贈与契約を正式に結んでいなくても「経済的利益を受けた場合」には贈与があったとみなして課税する、いわゆる「みなし贈与」の根拠条文です。この条文だけでは「どのような行為が対象か」が明確でないため、国税庁が通達として9-2を設けて具体的な場面を例示しています。
つまり、相続税法基本通達9-2は条文の説明書ではなく、実務で課税の可否を判定する際の基準として機能しています。金融に関心のある方や同族会社に関わる方は、条文とセットで必ず把握しておくべき規定です。
参考リンク(国税庁:第9条《その他の利益の享受》関係の通達全文)。
第9条《その他の利益の享受》関係 | 国税庁
通達9-2では、株価が増加した場合として次の4つの行為を例示しています。それぞれ、行為者が「みなし贈与をした者」として扱われ、株主がその利益を受けた者とされます。
| 号 | 行為の内容 | みなし贈与者 |
|---|---|---|
| (1) | 会社に無償で財産を提供した場合 | 財産を提供した者 |
| (2) | 時価より著しく低い価額で現物出資をした場合 | 現物出資をした者 |
| (3) | 対価なしで会社の債務免除・引受け・弁済をした場合 | 債務免除等をした者 |
| (4) | 時価より著しく低い価額で会社に財産を譲渡した場合 | 財産を譲渡した者 |
これらに共通するのは、「行為によって会社の純資産が増加し、株主が間接的に経済的利益を得る」という構造です。現金の受け渡しがなくても成立するのが特徴です。重要な点として、同族会社であることが前提になります。
なぜ現金を受け取っていない株主に贈与税がかかるのか、疑問に感じる方は多いと思います。
仕組みを整理すると次のようになります。
例えば、父親が時価1億円の土地を5,000万円という低額で同族会社に譲渡したとします。会社はその差額5,000万円の受贈益を得ることになり、純資産が5,000万円増加します。純資産が増えると株式の価値も上がるため、30%を保有する株主は1,500万円分の株価上昇という利益を受けたことになります。
このとき税務上は、父親から株主へ1,500万円が贈与されたとみなされるわけです。
現金のやり取りはゼロです。
にもかかわらず、株主には贈与税の申告・納税義務が生じます。
これが通達9-2の核心部分です。つまり「お金をもらった」かどうかではなく、「株価上昇分の利益を受けたか」が課税の基準になります。
実務上最も問題になるのが、どの価格水準から「著しく低い」と判定されるかという点です。結論から言えば、相続税法も通達9-2も、この判断に使える具体的な数値基準を一切定めていません。
裁判例に基づく目安として広く参照されているのが、東京地裁平成19年8月23日判決で示された考え方です。この判決では「相続税評価額と同水準の価額かそれ以上の価額を対価として土地の譲渡が行われた場合は、原則として著しく低い価額の対価による譲渡ということはできない」と示されています。
実務上の目安をまとめると次のとおりです。
| 取引価格の水準 | リスク評価 |
|---|---|
| 不動産鑑定評価額以上 | ✅ 安全圏 |
| 相続税評価額以上 | ✅ 原則として安全 |
| 時価の80%〜相続税評価額の間 | ⚠️ 個別判断が必要 |
| 時価の80%未満 | ❌ 著しく低い可能性大 |
ただし「著しく低い」の判定は財産の種類・取引の実情・社会通念を総合的に考慮する必要があります。80%という数字も絶対的なルールではない点に注意が必要です。
参考リンク(東京地裁判決等を解説した専門記事)。
【同族会社への低額譲渡で株主に贈与税】意外と落とし穴が多い | 肥田木会計事務所
通達9-2が適用される会社は、法人税法第2条第10号に規定する「同族会社」に限定されています。同族会社とは、3人以下の株主とその同族関係者の持株割合の合計が50%を超える会社のことです。
同族会社の具体的な判定基準は次の通りです。
「上場会社だから関係ない」という思い込みは要注意です。実際には、創業家一族が大量の株式を保有する上場企業でも、持株割合によっては同族会社に該当するケースがあります。
一方で、株主が純粋に分散しており、3グループ合計が50%以下の非上場会社は同族会社に当たらないため、通達9-2は原則として適用されません。株主構成の確認は最初の必須ステップといえます。
通達9-2(1)は、個人が同族会社に対して「無償で財産を提供した場合」を規定しています。経営者が会社を助けたいという気持ちから財産をタダで提供するケースが、実際によく見られます。
具体例を挙げます。父親が時価3,000万円の土地を同族会社に無償で提供した場合、会社の純資産が3,000万円増加します。そのとき子どもが株式の40%を持っていれば、子どもの株式価値は1,200万円上昇します。
この1,200万円が「父から子への贈与」とみなされ、子どもには贈与税の申告義務が生じます。父は善意で財産を提供したのに、子どもが税負担を負う構図になるわけです。贈与税の基礎控除は年間110万円のため、超過分の1,090万円に対して贈与税が課されます。
家族経営の会社では、このような場面が当たり前のように行われていることがあります。事前に株主への影響を試算することが、余計な課税を防ぐための第一歩です。
通達9-2(2)は、「時価より著しく低い価額で現物出資をした場合」のみなし贈与です。現物出資とは、金銭の代わりに土地・建物・有価証券などを出資する行為を指します。
例えば、時価2億円の不動産を5,000万円と評価して現物出資したとします。会社は時価との差額1億5,000万円の利益を得ることになり、既存株主の保有する株式価値が上昇します。既存株主は出資をした本人から株価上昇分の経済的利益を受けたとみなされ、各持株割合に応じて贈与税が課されます。
特に注意が必要なのは、増資のタイミングです。会社の業績が好調で純資産が潤沢な時期に低額現物出資を行うと、株価上昇幅が大きくなり、みなし贈与額も膨らみます。出資前と出資後の1株当たりの純資産価額の差が贈与額の計算の基礎になるため、出資額の設定には税理士による株価算定が欠かせません。
通達9-2(3)は、「対価を受けないで会社の債務の免除・引受け・弁済があった場合」です。役員が会社に対して行う役員借入金の債務免除が典型例で、相続対策の一環として実施されることがあります。
会社が役員から借りたお金(役員借入金)は、役員個人にとっては相続財産に含まれます。相続税を軽減したい経営者が死亡前に債務免除(返済免除)を選ぶケースがありますが、これが株主へのみなし贈与を引き起こします。
ただし、通達9-3には重要な例外が設けられています。会社が資力を喪失した場合、つまり事実上の倒産状態にある場合は、債務免除等の行為があっても株価は上昇しないため、みなし贈与として取り扱わないとされています。
この例外が適用されるかどうかは、会社の財務状態の実態によって慎重に判断する必要があります。単に帳簿上の赤字があるだけでは足りず、客観的に資力を喪失していると認められる状態でなければなりません。
参考リンク(役員借入金の債務免除とみなし贈与を解説)。
役員借入金の債務免除でみなし贈与は発生する?仕組みと注意点 | 小谷野税理士法人
通達9-2(4)は、「時価より著しく低い価額の対価で財産を同族会社に譲渡した場合」です。不動産や機械、有価証券などを格安で会社に売ったとき、会社の純資産が増加し、株主にみなし贈与が生じます。
見落とされがちなのは、譲渡した人物と株主が別人の場合も課税が生じるという点です。父親が不動産を低額で会社に売り、その株を母と子が持っているというケースでは、父から母・子へのみなし贈与が成立します。
また、通達9-2(4)のみなし贈与は、親族間に限定されていません。東京地裁の判決では「租税回避の意図や当事者間の関係を問わない」とされており、第三者との取引でも客観的な価格が著しく低ければ課税対象になります。「親族ではないから安心」という考え方は通用しません。これは意外と知られていない重要な落とし穴です。
通達9-3は「会社が資力を喪失した場合における私財提供等」の取り扱いについての規定です。同族会社の取締役等が会社の資力喪失時に9-2(1)〜(4)の行為をした場合でも、みなし贈与として取り扱わないという重要な例外規定です。
「資力を喪失した場合」に該当するのは、次のような状態が認められるケースに限られます。
単純に「決算が赤字続き」「借入金が多い」というだけでは資力喪失とは認められないケースがほとんどです。通達の注意書きにも「一時的に赤字となっているような場合は資力喪失に当たらない」旨が記されています。
事業が困難な状況でも安易に債務免除等を行うと、みなし贈与課税を受けるリスクがあります。事前に税理士や弁護士と相談の上、会社の財務状態を客観的に評価することが不可欠です。
みなし贈与の金額は、株価の上昇幅と各株主の持株割合によって決まります。具体的な計算の流れを把握しておくと、事前のリスク試算に役立ちます。
計算の基本ステップは次の通りです。
具体的な数字で考えてみます。父が役員借入金1,000万円を免除した結果、1株当たりの純資産価額が10万円から13万円に上昇したとします。子どもが300株(30%相当)を保有している場合、贈与税の課税対象となる金額は(13万円-10万円)×300株=900万円です。
900万円に対して贈与税が課されると、税額は(900万円-110万円)×30%-90万円=147万円になります(特例贈与の場合)。現金を1円も受け取っていないにもかかわらず、147万円の税金を現金で納める必要が生じるわけです。この計算を事前に把握しておくだけで、対策の有無が大きく変わります。
通達9-2によるみなし贈与課税は、原則として個人株主のみに適用されます。これはあまり知られていない重要なポイントです。
贈与税は相続税法上「個人」にのみ課せられる税であり、法人株主には適用されません。同じ会社の株式を保有していても、個人株主には贈与税が課され、法人株主には贈与税が課されないという非対称な取り扱いになります。
ただし、法人株主の場合は「無税」というわけではありません。株価上昇分は法人税法上の受贈益として益金算入され、法人税の課税対象になります。課税される税目が違うだけで、何らかの課税が生じる点は同じです。
また、「人格のない社団等」に該当する組合や協議会なども、一定の場合には個人とみなして贈与税が課されます。株主の性格(個人・法人・その他)によって課税の内容が変わるため、取引前に株主名簿を確認することが重要です。
事業承継において後継者への株式移転を円滑に行うため、自社株の評価額を引き下げる「株価対策」は広く行われています。しかし、その対策の内容によっては、通達9-2のみなし贈与課税が生じる恐れがあります。
例えば、オーナー経営者が会社に対して保有不動産を低価格で売却し、会社の純資産を意図的に圧縮する手法があります。この場合、純資産は下がるため株価も下がりますが、取引価格が著しく低ければ既存株主へのみなし贈与が生じます。株価を下げるために行った行為が、同時に別の課税を招く可能性があるわけです。
また、第三者割当増資を利用した株価引き下げも要注意です。新たな株主に低価格で株式を引き受けさせると、既存株主の持株価値が希薄化し、逆に新株主が利益を受けたとして通達9-2(2)の適用が問題になる場合があります。
事業承継の株価対策は複数の税法・通達が複雑に絡み合うため、専門家と連携した上で、どの対策がどのリスクを持つかを丁寧に整理することが欠かせません。
相続時精算課税制度を使って父から子に同族会社の株式を贈与した後、父が会社に対する債権を放棄した結果、株価が上昇したという実際のケースが問題になりました。
この事例では、子が受け取った株式の贈与時の評価額は3,000万円でしたが、その後父の債権放棄で株価が上昇し、上昇分500万円がみなし贈与(通達9-2(3))として認定されました。
国税不服審判所は2022年の裁決で、この株価上昇分500万円は相続時精算課税制度の適用を受ける贈与には該当せず、暦年課税の対象になると判断しました。相続時精算課税で届出済みの贈与者からの贈与であっても、みなし贈与による株価上昇分は別枠で課税されるという、実務上の重要な判断基準です。
相続時精算課税を活用しつつ事業承継を進める場合、その後の父の行動(債権放棄・財産の低額提供等)が別の贈与税課税を生む可能性があります。承継後も継続的に税務上のリスク管理が必要な理由の一つです。
参考リンク(事例の詳細と解説)。
みなし贈与の株価上昇分は相続時精算課税で相続財産に加算されるか | 野村不動産ソリューションズ
生前の行為だけでなく、遺贈(遺言による財産の提供)によって同族会社に財産が提供された場合にも、通達9-2が問題になることがあります。
例えば、遺言で被相続人が「自分の所有する土地を同族会社A社に遺贈する」と定めていた場合、A社の純資産が増加して株価が上昇します。このとき、A社の株式を保有する相続人には、株価上昇分についてみなし贈与課税が生じます。
「相続税の申告で手一杯だったのに、贈与税まで取られた」というケースが実際に起こります。遺贈があった場合は相続税と贈与税の双方を検討することが必要です。相続開始後の税務対応では、株主構成と会社への遺贈の有無を最初に確認するのが適切な手順です。
税務上の意図がない「普通の親心」や「経営者としての使命感」から通達9-2の課税が生じるケースが非常に多いです。これは既存の解説記事ではあまり取り上げられない視点ですが、実務で接するリスクの本質に直結します。
「会社が苦しいから財産をあげよう」「土地を会社に安く売ってやろう」「役員借入金を免除して身軽にして引き継がせよう」——これらは全て、株価上昇を通じて他の株主へのみなし贈与を引き起こす可能性がある行為です。
悪意のない善意の行為でも、客観的に見て株主の利益になれば課税されるのが相続税法第9条と通達9-2の性質です。「税務上の知識がなかった」は免除の理由になりません。
この落とし穴を避けるためには「会社に対して何かをする前に、株主への影響を確認する」という習慣を持つことが最も有効な対策です。具体的には、取引前に税理士に株価シミュレーションを依頼するだけで、思わぬ課税リスクを事前に発見できます。
通達9-2によるみなし贈与課税は、適切な準備をすれば多くのケースで回避または軽減できます。
実務で使える具体的な手順を整理します。
これらのステップを踏むだけで、課税リスクは大幅に下がります。特にステップ3の株価シミュレーションは、専門家への相談で初回から対応してもらえるケースも多いです。面倒に感じても、数十万〜数百万円の節税効果があるなら十分な投資といえます。
税務調査において通達9-2関連の指摘が行われやすいのは、「株価が大きく動く年度」です。相続税の税務調査は申告件数の約9%に実施され(国税庁統計)、調査対象となった場合の非違発見率は約85%と非常に高水準です。
調査官が特に注目するのは次のようなパターンです。
調査対象になった場合、通達9-2が適用される可能性のある行為は全て精査されます。「本人もみなし贈与だとは知らなかった」という状況でも、申告漏れがあれば過少申告加算税(10〜15%)や場合によっては重加算税(35%)が課されます。
特に贈与税の時効は原則6年(故意の申告漏れの場合7年)であるため、過去に遡って指摘されるリスクも念頭に置く必要があります。
通達9-2と並んで重要なのが、通達9-4から9-7の「新株の発行等に係る利益の享受」に関する規定です。
これらはいずれも「株式の価値を通じた利益の移転」を捕捉するための規定です。相続税法9条の射程は株式・出資をめぐる多種多様な取引に及んでおり、一般的な税務知識の範囲では見落としが起きやすい領域です。事業承継・M&A・組織再編などを検討する際は、通達9-2だけでなく周辺の通達まで含めて確認する必要があります。
通達9-2を巡っては、実際に争われた事例が複数あります。代表的なものを確認することで、どのような状況でリスクが高まるかが具体的にイメージできます。
一つ目は医療法人の増資事例です。医療法人が増資を行った際に、既存の出資者が利益を受けたとして通達9-2が適用されるかが争点になりました(国税不服審判所 平成15年3月25日裁決)。増資価額が時価より著しく低いかどうかの判定が問題になり、結果として通達の適用が認められました。
二つ目は、前述の相続時精算課税を用いた株式贈与後の債権放棄事例です。相続時精算課税で取得した株式の価値が、後の債権放棄によって上昇した部分も課税の対象になるという国税審判所の裁決(令和4年)で、実務に大きな影響を与えました。
これらの事例が示しているのは「通達は実務で確実に適用される」という現実です。学術的な議論に留まらず、税務調査でも裁決でも実際に争われています。知識として理解するだけでなく、具体的な行動に落とし込む必要があります。
参考リンク(国税不服審判所 裁決事例)。
平成15年3月25日裁決(裁決事例集No.65)| 国税不服審判所
通達9-2を深く理解するためには、一次ソース(国税庁の公式通達・裁決事例)と専門家による解説の両方を活用することが重要です。
金融・資産管理に関心のある方であれば、通達の条文を一度は自身の目で読むことをお勧めします。難解に見えますが、基本的な仕組みを理解した上で読むと驚くほど理解しやすくなります。
参考リンク(国税庁:相続税法基本通達の全文)。
第9条《その他の利益の享受》関係 | 国税庁

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