鑑定評価実務指針と証券化不動産の金融活用を徹底解説

鑑定評価実務指針と証券化不動産の金融活用を徹底解説

鑑定評価実務指針と証券化不動産の手法・留意事項を徹底解説

鑑定評価の「正常価格」を基準にした評価書は、J-REITの物件取得に使えない場合があります。


この記事のポイント3選
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実務指針の位置づけと法的拘束力

実務指針は法律ではなく「通知+協会規程」で成立しており、準拠できない場合は「合理的根拠の明示」が義務付けられています。違反即アウトではないものの、説明責任が発生する点に注意が必要です。

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証券化対象不動産にはDCF法が原則義務

J-REITなど証券化スキームで使う鑑定評価には「証券化実務指針」が適用され、収益還元法のうちDCF法の適用が原則とされています。直接還元法のみでは証券化取引に利用できないケースがあります。

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「特定価格」と「正常価格」は別物

J-REITが特定資産を取得・保有する際の評価は「特定価格(投資採算価値)」で求められ、一般的な市場価格を示す「正常価格」と大きく乖離することがあります。投資判断でこの違いを混同すると誤った損益計算につながります。


鑑定評価実務指針の基本的な位置づけと法的性格


「実務指針」という言葉は耳にしても、それが法律なのか、ガイドラインに過ぎないのか、曖昧なまま使っている方は多いでしょう。まずその性格を整理することが、金融分野で不動産鑑定評価を活用するうえでの出発点になります。


不動産鑑定評価基準(以下「基準」)は、国土交通省の事務次官通知として制定されています。つまり基準そのものは法律ではなく、「行政通知」です。この基準を受けて、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会(以下「当会」)が「実務指針」を制定しています。実務指針は、不動産鑑定士が鑑定評価等業務を行う際に「準拠するものとし、準拠できない場合または他の方法に拠る場合は、その合理的な根拠を明示しなければならない」とされています。


これが条件です。


実務指針は大きく分けて以下の種類があります。


- 「不動産鑑定評価基準に関する実務指針」:平成26年の基準改正に対応したもの。令和3年11月に一部改正されています。


- 「証券化対象不動産の鑑定評価に関する実務指針」(証券化実務指針):J-REITやプライベートファンド向けの証券化不動産鑑定評価の手順を定めたもの。


- 「価格等調査ガイドラインの取扱いに関する実務指針」:鑑定評価に該当しない価格等の調査(調査報告書)に関するもの。


- 「財務諸表のための価格調査に関する実務指針」(財表実務指針):企業が賃貸等不動産の時価開示をするための価格調査に関するもの。


金融に携わる方が特に注目すべきなのは、証券化実務指針と財表実務指針の2つです。意外ですね。


それぞれの実務指針は用途・目的別に整理されており、依頼目的が異なれば参照すべき実務指針も異なります。たとえば、企業のバランスシートに載る不動産の時価注記(会計基準上の開示)のために価格を求める場合は財表実務指針、J-REITが取得する物件の評価書は証券化実務指針が中心的な指針となります。一つの実務指針がすべてをカバーするわけではない点に注意が必要です。


参考資料として、日本不動産鑑定士協会連合会が公表している実務指針一覧はこちらで確認できます。


公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「実務指針一覧」


鑑定評価実務指針における特定価格と正常価格の違い

金融・投資の文脈で鑑定評価書を読む際、最も混乱を招きやすいのが「価格の種類」です。不動産鑑定評価基準は、評価目的に応じた複数の価格の種類を定めており、その代表格が「正常価格」と「特定価格」です。


正常価格とは、「市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」です。一般的な不動産取引の指標となり、売買の参考に使われます。


一方、特定価格とは、法令等による社会的要請を背景として、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合に求められる価格です。具体的な代表例が「投資採算価値を表す特定価格」であり、J-REITなど証券化スキームにおいて投資家に提示する価格がこれに当たります。


これは使えそうな知識です。


J-REITが特定資産(主に収益不動産)を取得・保有する際には、原則として「特定価格(投資採算価値)」として鑑定評価が行われます。対して、J-REITがその特定資産を売却(譲渡)するときには「正常価格」が求められます。同じ物件でも、「取得時・保有中は特定価格」「売却時は正常価格」というように、目的によって価格の種類が切り替わるのです。


投資家がこの違いを理解しないまま鑑定評価書を読むと、評価額の意味を誤って解釈するリスクが生じます。たとえば、キャッシュフロー予測を前提とした特定価格(投資採算価値)が正常価格を大きく上回ることがあります。市況が悪化した局面でキャッシュフローが想定を下回ると、特定価格と市場実勢の正常価格との間に大きな乖離が生じ、投資家への損失報告につながるケースも実際に起こっています。


REIT等の有価証券届出書には鑑定評価書の記載事項が含まれており、上場後も各決算期に鑑定評価額の情報開示が義務付けられています。


国土交通省が公表している不動産鑑定評価基準の全文は以下で参照できます。


国土交通省「不動産鑑定評価基準等」公式ページ


鑑定評価実務指針が定めるDCF法の義務的適用とその意味

証券化対象不動産の鑑定評価に関する実務指針(証券化実務指針)が最も強く要請する事項の一つが、「DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)の適用」です。


DCF法とは、対象不動産が将来にわたって生み出すキャッシュフロー(保有期間中の純収益と、保有期間終了時の転売価格)を、適切な割引率で現在価値に割り引いて合算し、収益価格を求める手法です。企業価値評価でも使われる考え方であり、不動産投資においても将来収益の変動リスクを価格に反映できる点で重視されています。


DCF法は必須です。


証券化実務指針では、「投資採算価値を表す特定価格」を求める場合、「基本的にDCF法により求めた価格を標準とし、直接還元法による検証を行って求めた収益価格に基づき鑑定評価額を決定する」と定められています。直接還元法のみで価格を決定することは認められておらず、必ずDCF法による査定が主軸となる必要があります。


これが原則です。


なぜDCF法が優先されるのでしょうか。直接還元法は「ある時点の純収益を還元利回りで割り算する」比較的シンプルな手法で、賃料の変動や大規模修繕費の発生時期などを詳細に反映しにくい面があります。これに対しDCF法は、複数年度にわたる賃料の入れ替わりや修繕サイクル、空室率の変動なども個別に組み込めるため、証券化スキームの投資家に対して透明性の高い情報を提供できます。


DCF法の適用に際して実務指針が特に留意を求める主な項目は以下の通りです。


- 保有期間の設定:通常10年以内が一般的ですが、保有期間終了時の復帰価格(転売想定価格)の査定が収益価格全体に与える影響が大きく、慎重な検討が要求されます。


- 空室率・稼働率の見込み:市場調査に基づく標準的な稼働状況と、対象物件の個別事情を踏まえた空室損失を適切に反映します。


- 大規模修繕費等の計上時期:エンジニアリング・レポート(後述)の内容に基づき、修繕費の発生年次を各期のキャッシュフローに組み込みます。


- 割引率・最終還元利回りの査定:市場取引データや投資家の期待利回りを参考に、不動産個別のリスクプレミアムを加減して設定します。


割引率の差がわずか0.5%変わるだけで、たとえば10年・純収益5,000万円/年程度の物件であれば、最終的な収益価格に数千万円から1億円単位の差が生じることもあります。金融実務においてDCF法の前提条件を精査することがいかに重要かが分かるでしょう。


鑑定評価実務指針とエンジニアリング・レポートの関係

証券化実務指針の中で、金融実務においても見落とされがちな要件が「エンジニアリング・レポート(ER)」です。


ERとは、不動産の物理的・法的状況を専門家(建築士・環境コンサルタントなど)が調査・分析した報告書です。建物の劣化状況、修繕履歴、耐震性能、環境汚染(土壌汚染・アスベスト等)の有無、短期・長期の修繕費用見込みなどが記載されます。


厳しいところですね。


証券化実務指針では、不動産鑑定士が証券化対象不動産の鑑定評価を行うにあたり、依頼者に対してERの取得を求めることが義務付けられています。ERは「依頼者が投資判断等の目的で取得するものであり、そもそも鑑定評価のために作成されたものではない」とされています。しかし、鑑定評価士がDCF法を適用して修繕費や将来の資本的支出をキャッシュフローに組み込むためには、ERの情報が不可欠です。


ERが入手できない・内容が不十分な場合、鑑定士は「不明事項」として評価書に明記する必要があります。投資家や金融機関はその記載をもとに、評価の前提条件の信頼性を判断することになります。


ERの主な確認項目を整理すると次のようになります。


- 建物の現況調査(躯体・設備の劣化状況)
- 耐震性能(新耐震基準適合の有無、耐震診断結果)
- 修繕費用の見込み(短期:1年以内、長期:12年以上を対象に試算)
- 有害物質の状況(アスベスト、PCBの有無・対策状況)
- 土壌汚染の可能性


なかでも耐震性の確認は価格形成に直結します。昭和56年以前の旧耐震基準建物(いわゆる「旧耐震」)は、平成25年以降の法改正により耐震診断の実施と公表が義務化され、その結果が不動産価格に反映されるようになりました。旧耐震の建物では、収益還元法における還元利回りや割引率が新耐震に比べ高く設定される(=価格が低くなる)傾向があります。


金融機関が不動産担保融資やREITへの投資判断を行う際にも、ERが取得されているかどうかは物件の信頼性評価の一つの基準になります。ERの取得コストは物件規模によって異なりますが、一般的に数十万円〜数百万円程度かかるとされています。このコストも投資判断に組み込む必要があります。


不動産鑑定評価とERの関係について詳しくは以下のコラムが参考になります。


金融投資家が見落としやすい「鑑定評価と価格等調査の峻別」という独自視点

不動産投資や金融の実務で「鑑定評価書」と呼ばれる書類を受け取った際、その書類が本当に「鑑定評価基準に則った鑑定評価書」なのか、それとも「価格等調査の調査報告書」なのかを確認しているでしょうか。


実は、この2つは法的効力・証明力・利用できる場面がまったく異なります。


鑑定評価書は不動産の鑑定評価に関する法律に基づき、不動産鑑定士が鑑定評価基準に従って作成する成果物です。裁判所への提出資料、固定資産税の不服申立て、公的な土地収用補償額の算定など、高い対外的証明力が求められる場面で用いられます。


対して調査報告書は、鑑定評価基準の全手順を履行しない「価格等調査」の成果物です。価格等調査ガイドラインに基づき作成され、「鑑定評価ではない旨」の明記が義務付けられています。金融機関が担保物件の参考価格を把握したい場合、企業が資産管理のための概算価格を把握したい場合などで活用されます。


これが原則です。


問題になりやすいのは、書類のタイトルが「不動産鑑定調査書」「価格評価書」「価格意見書」のように、「鑑定評価書」と紛らわしい名称になっているケースです。価格等調査の取扱いに関する実務指針では、こうした混同を避けるために調査報告書に「鑑定(評価)」類似の名称を使用することを禁止しています。


金融実務で特に重要なのは、「証券化取引では価格等調査の調査報告書は使えない」という点です。


| 書類の種類 | 適用基準 | 証券化取引への利用 |
|---|---|---|
| 不動産鑑定評価書 | 不動産鑑定評価基準(鑑定評価基準各論第3章) | ✅ 利用可能 |
| 調査報告書(価格等調査) | 価格等調査ガイドライン | ❌ 利用不可(条件あり) |


ただし例外もあります。証券化対象不動産の「継続評価」(毎期の時価更新)の際に限り、一定の条件を満たす場合に限り価格等調査を継続評価の代替として行うことが認められています。その条件は国土交通省が定める「証券化対象不動産の継続評価の実施に関する留意点」に準拠していることが前提です。ただし、新規取得時や情報開示を目的とする場合は必ず正規の鑑定評価書が必要です。


金融機関やファンドマネージャーが不動産投資の意思決定を行う際は、手元の書類が「鑑定評価書」なのか「調査報告書」なのかを冒頭部分で確認する習慣をつけることが、リスク管理の第一歩になります。


価格等調査ガイドラインの詳細については以下の解説が参考になります。




企業会計のための時価評価