国税不服審判所の裁決事例で学ぶ納税者の権利

国税不服審判所の裁決事例で学ぶ納税者の権利

国税不服審判所の裁決事例が投資家に与える影響と活用法

特定口座で株を売っても、あなたは追徴課税で数百万円を失うことがあります。


📋 この記事のポイント
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国税不服審判所とは何か

税務署の処分に納得できない場合、裁判前の段階で公正な第三者機関に審査を求める制度。令和6年度の認容割合は17.9%(令和5年度は9.7%)で、適切に主張すれば一定の割合で処分が取り消される。

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裁決事例の「公開」と「非公開」の違い

公開裁決事例には「先例性」があり、税務調査の反論根拠として特に強い効力を持つ。国税不服審判所HPで全文が無料閲覧可能。

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投資家が知るべき重要な裁決事例

特定口座内の上場株式に概算取得費は使えない(令和6年4月22日裁決)、重加算税の賦課要件、相続税の総則6項適用など、投資・資産管理に直結する事例が存在する。


国税不服審判所の裁決事例とは何か・制度の基本的な仕組み


税務署から突然「更正処分」の通知が届いた場合、多くの個人投資家はそのまま従うしかないと考えてしまいます。しかし実際には、その処分が正しいかどうかを、第三者機関に判断してもらうための制度が整っています。それが「国税不服審判所」への審査請求であり、そこで下された判断の集積が「裁決事例」です。


国税不服審判所は、国税庁の特別な機関として昭和45年に設置されました。税務署長や国税局長が行った更正・決定処分、重加算税の賦課決定処分、差押えなどの徴収処分に対して不服がある場合に、審査請求先となる機関です。裁判所ではありませんが、審査請求人(納税者)と税務当局の双方から主張・証拠を聴取し、独立した審判官が裁決を下すという点で、司法に近い機能を担っています。


審査請求は、処分の通知を受けた日の翌日から起算して3か月以内に書面で行う必要があります。手数料は無料です。なお、以前は再調査の請求を必ず経なければなりませんでしたが、現在の制度では再調査の請求を経ずに直接審査請求することも可能になっています。


裁決事例の中で特に注目すべきなのが「公表裁決事例」です。つまり先例性があります。国税不服審判所は毎年2,000件を超える裁決を下しており、このうち法令の解釈・適用に関して先例となるべき判断を含むものが「公表裁決事例集」に収録され、ホームページで全文が無料公開されています。取消事案(納税者が勝った事案)については原則として公開される運用になっているため、投資家として税務調査への備えを考えるなら、まずこの公表裁決事例の内容を把握しておくことが効果的です。


令和6年度の統計を見ると、国税不服審判所への審査請求件数は3,537件で、処理件数3,872件のうち認容件数(納税者の主張が一部でも認められたケース)は693件、認容割合は17.9%となっています。前年度(令和5年度)の9.7%から大幅に上昇しており、適切な主張を行えば一定の割合で処分が是正される実態が数字として裏付けられています。







年度 処理件数 認容件数 認容割合
令和5年度 2,873件 279件 9.7%
令和6年度 3,872件 693件 17.9%


認容割合が低いと感じる方もいるかもしれません。ただ、この数字の背景として、多くの納税者が不満を持ちながらも審査請求を行わずに従っているという実態があります。実際に審査請求に踏み切った件数のうち約18%が何らかの形で認められているという事実は、「不服申立ては無意味」という思い込みを覆すに足る根拠といえるでしょう。


参考になる情報は国税不服審判所の公式ホームページで確認できます。


公表裁決事例の全文を検索・閲覧できる国税不服審判所の公式ページ。平成4年以降の事例を網羅しており、税目別・争点別での検索が可能。


国税不服審判所の裁決事例・投資家に直結する重加算税の取消し事例

投資で一定の利益を得ている個人が最も恐れる税務リスクのひとつが「重加算税」の賦課です。重加算税は、過少申告や無申告の中でも「隠蔽または仮装」という意図的な不正行為があったとみなされた場合に課される加算税で、本来の過少申告加算税(10〜15%)を大幅に超える35%もの割合が本税に上乗せされます。申告漏れ100万円に対して35万円が追加で課されることになるため、金銭的なダメージは非常に大きいです。


問題は、税務調査の現場でこの重加算税が「乱用」されている疑いがある点です。公表裁決事例を分析すると、令和3年度・令和4年度に公表された重加算税に関する裁決事例(それぞれ8件・5件)について、公表されたほぼ全件で納税者が勝利(重加算税が取消し)されているという、注目すべきデータが存在します。公表裁決は先例性がある取消し事案が優先的に公開される仕組みのため、これはすなわち「税務調査現場の重加算税賦課の判断基準が、審判所の水準に達していないケースが多い」ことを示唆しています。


重加算税が認められるための法律上の要件は明確で、最高裁判例においても「納税者が課税標準等または税額等の計算の基礎となる事実の全部または一部を隠蔽し、または仮装し、その隠蔽・仮装行為に基づき納税申告書を提出したこと、さらにその意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたこと」が必要とされています。つまり意図が必須です。


うっかりミスや記帳の誤り、知識不足による申告漏れは、本来であれば過少申告加算税(最大15%)の対象にしかなりません。しかし税務調査の現場では、「帳簿への記載漏れがあった」「修正の跡があった」といった事実をもって、審判所基準では「特段の行動」に該当しないにもかかわらず重加算税を賦課するケースが後を絶たないのです。


こうした状況を踏まえると、税務調査で重加算税を指摘されたとしても、公表裁決事例を根拠に「これは特段の行動には該当しない」と反論する余地があります。税理士に依頼する際には、審判所の裁決事例の知識がある専門家を選ぶことが望ましいです。


重加算税に関する公表裁決事例を詳しく分析した解説記事。令和3〜4年度の裁決傾向と「特段の行動」の基準について解説。


国税不服審判所の裁決事例・特定口座の上場株式に概算取得費は使えない

個人投資家にとって非常に重要な裁決が、令和6年4月22日に下されています。上場前から保有していた株式を特定口座で売却した際に「概算取得費」を使って申告したところ、税務署に否認された事案で、国税不服審判所も「特定口座内の株式の譲渡所得の計算において、概算取得費を取得費とすることはできない」と結論づけました。これは投資家の申告実務に直結する重要な判断です。


「概算取得費」とは何かを整理しておきましょう。通常、株式や不動産を売却した際の譲渡所得は「売却価格 − 取得費 − 譲渡費用」で計算されます。取得費の証明書類が紛失している場合などには、売却価格の5%を取得費とみなす「概算取得費」の特例(所得税基本通達38−16)が認められています。


ただし概算取得費は原則として売却価格の5%しか控除できないため、実際の取得費が証明できる場合には使うメリットはほとんどありません。むしろ、上場以前から低コストで取得した株式について「実際の取得費が証明できる場合」に、それを無視して概算取得費を使おうとすると、課税当局から否認されるリスクがあります。


今回の裁決のポイントは「特定口座」という点にあります。特定口座制度は、金融商品取引業者(証券会社)が株式の取得費管理・計算・源泉徴収を代行する仕組みとして創設されました。そのため特定口座には、すでに証券会社が管理する「実際の取得価額に基づく計算」が予定されており、納税者が別途概算取得費を使って計算を上書きすることは法律上想定されていない、というのが審判所の判断です。


つまり特定口座で管理されている株式を売却した場合、概算取得費の使用は認められません。一般口座なら別の扱いになりますが、今や多くの個人投資家は証券会社に特定口座(源泉徴収あり)を開設して取引しているため、この裁決は非常に広い範囲の投資家に影響します。上場以前から保有していた株式を特定口座に移管した後に売却するケースでは、実際の取得価額の証明書類をきちんと保管しておくことが必要です。



  • 📌 特定口座の場合:概算取得費の使用は不可。証券会社が管理する実際の取得価額に基づいて計算する。

  • 📌 一般口座の場合:実際の取得費が不明な場合、概算取得費(売却価格×5%)を使用できる可能性がある。

  • 📌 対策:取得当初からの契約書・払込証明書・株式交付証明書類を長期間保管しておく。


この裁決は令和6年12月12日に国税不服審判所ホームページで公表されており、全文が無料で閲覧できます。


特定口座内で譲渡した上場株式等の取得費を概算取得費とすることはできないとした令和6年4月22日裁決の全文。投資家が理解すべき法令解釈が詳述されている。


国税不服審判所の裁決事例・相続税・不動産評価と総則6項の実態

相続や資産管理に関心のある投資家にとって、相続税をめぐる裁決事例も見逃せない領域です。特に「財産評価基本通達の総則6項」の問題は、マンション投資などを行う資産家に直接影響します。


財産評価基本通達は、相続税の計算において土地や建物の価値をどのように評価するかを定めた通達です。土地は路線価(公示地価の約80%水準)をベースに計算されるため、時価よりも低い評価で相続税を申告することが一般的に認められています。これを活用し、不動産購入・賃貸物件建設といった相続税対策が長年行われてきました。


しかし「総則6項」は、こうした通達評価額が「著しく不適当と認められる場合」には、国税当局が独自に評価し直すことができる規定です。令和4年4月19日の最高裁判決では、亡くなる直前に銀行融資を受けて2棟のマンションを購入し、路線価評価(合計約3億3千万円)で申告した件について、実勢価格との乖離が著しいとして総則6項の適用を認め、国側が勝訴しました。実勢価格では約12億7千万円とされ、追徴課税は約3億円に上りました。


一方で、裁決事例の中には総則6項の適用が「過剰であった」と判断されたものも存在します。国税不服審判所の平成29年5月23日裁決では、賃貸不動産の相続税評価について、路線価評価と鑑定評価の乖離率や、相続税対策目的の認定根拠などが争点となっています。節税目的の不動産購入すべてに一律に総則6項が適用されるわけではなく、個々の事実関係が丁寧に審査されているのです。


裁決事例から導き出せる実務的な示唆は次のとおりです。



  • 🏘️ 路線価評価と時価の乖離率が大きいほど総則6項が適用されやすい傾向がある。

  • 🏘️ 相続開始の直前(数ヶ月以内)に不動産を取得している場合、節税目的が明確とみなされやすい。

  • 🏘️ 裁決事例では「事実関係の一つひとつの検討」が重視されており、自動的に否認されるわけではない。

  • 🏘️ 国税不服審判所への審査請求を通じて、適用の当否を争う余地はある。


不動産を活用した相続税対策を検討している場合、購入から相続開始までの時間的な間隔や、融資比率・物件の実勢価格水準などについて税理士と慎重に確認することが欠かせません。最高裁判決が確定した今、路線価評価が「絶対安全」だという認識は捨てる必要があります。


令和7年4月〜6月分の最新公表裁決事例一覧。所得税・相続税・消費税など各税目の最新事案が確認できる国税不服審判所のページ。


国税不服審判所の裁決事例を投資家が実際に活用する方法と独自の視点

ここまでの内容を踏まえたうえで、「では実際にどう活用するか」という視点で整理します。裁決事例は「税務当局も間違いを犯す」ことを示す証明であり、知識として持っておくことで税務調査への対応力が変わります。


まず裁決事例の調べ方から確認しましょう。国税不服審判所の公式ホームページには「公表裁決事例等の紹介」というページがあり、税目別・争点別・審理期間別での検索が可能です。平成4年以降の裁決について全文が閲覧でき、利用は無料です。非公開裁決についても「裁決要旨検索システム」で要旨の確認ができ、より詳細な内容が必要であれば情報公開請求で全文を取得することができます。検索システムは平成8年7月以降の裁決要旨に対応しています。


投資家として裁決事例を活用するうえで特に重要なシナリオを確認しておきましょう。



  • 💼 税務調査で重加算税を示唆された場面:「隠蔽・仮装」の認定が適切かどうか、類似の取消し事例がないかを事前に調べる。

  • 💼 株式・投資信託の譲渡所得を申告する場面:特定口座・一般口座の別、取得費の証明書類の有無に応じた計算方法を裁決事例で確認する。

  • 💼 相続税申告の準備をする場面:不動産評価を巡る裁決事例から、総則6項の適用ラインを把握する。

  • 💼 税務処分に異議を感じた場面:処分通知を受けてから3か月以内に動く必要があるため、裁決事例を参照しながら早急に税務専門家に相談する。


ここで一般にはあまり知られていない視点を紹介します。裁決事例は「税務調査の反論根拠として使える」だけでなく、「審査請求の成功確率を高める準備資料」としても機能します。なぜなら、審判所が過去に公表した裁決と同様の法令解釈・事実認定を根拠として提示した場合、審判官はその先例に従って判断しやすくなるからです。


審査請求書を自分で作成することも法律上は可能ですが、専門家が事前に類似の裁決事例を調べ、関連する法令通達の解釈を整理したうえで書面を作成することで、主張の説得力が大きく変わります。


また注意点として、一度税務署に修正申告書を提出すると、その後の不服申立てが事実上困難になる場合があります。税務調査の現場で調査官に「修正申告書に署名してください」と促されても、納得のいかない指摘については、署名前に必ず専門家(税理士・税務に詳しい弁護士)への相談を挟むことが重要です。署名してしまうと「自発的な申告」とみなされ、不服申立ての対象が限定されてしまう恐れがあります。


国税不服審判所公式サイトの不服申立手続きページ。審査請求の流れ、提出期限、手続き書類の書き方まで詳しく案内されている。




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