

増資で1,000万円を調達しても、その全額に法人税がかかる場合があります。
法人税の世界では、「企業が稼いだ利益」と「株主が出した元手」は、明確に区別して扱われます。この区別を実現するための中心的な仕組みが、法人税法22条5項に規定される「資本等取引」の概念です。
資本等取引とは、大きく2種類の取引を指します。ひとつは「法人の資本金等の額の増加または減少を生ずる取引」、もうひとつは「法人が行う利益または剰余金の分配および残余財産の分配」です。前者の具体例としては、株式を新たに発行する増資や、会社が自社株式を買い戻す自己株式の取得が挙げられます。後者の代表例は、剰余金の配当です。
これが重要な理由は、法人税法22条2項・3項に直結するからです。同条では、益金の額を「資本等取引以外の取引に係る収益の額」と定義しています。つまり、資本等取引から生じるものは、益金にも損金にも算入されません。言い換えると、課税所得の計算にまったく影響を与えないということです。
「もうけ」ではなく「元手の移動」だから課税しない、というのが原則です。
たとえば、A社が第三者割当増資を実施して投資家から5,000万円の払込みを受けたとします。この5,000万円は会社の純資産を増やしますが、「利益が出た」わけではなく「元手が増えた」だけなので、法人税の課税対象にはなりません。同様に、A社が500万円の剰余金配当を行ったとしても、この500万円はA社の損金には算入されません。資本等取引だからです。
この仕組みは、法人税の根幹に関わる考え方に基づいています。法人税法は、法人を「株主から元手を預かって事業を行い、利益を株主に分配する存在」と捉えているからです。元手の出し入れは事業の成果ではないため、そこに課税するのは論理的に成り立たないとされています。
資本等取引が基本です。ただし、この「基本」には重要な例外が存在します。
BUSINESS LAWYERS「資本等取引とはどういう取引か」:法律家の視点から資本等取引の定義・範囲・注意点をわかりやすく解説しています
「資本等取引」を正しく理解するうえで、避けて通れないのが「資本金等の額」という概念です。これは法人税法2条16号で定義された税務上の概念であり、会社法でいう「資本金の額」とはイコールではありません。この違いを知らずにいると、申告書の記入でミスが生じる可能性があります。
会社法445条1項では、株式を発行した際に払込金額の2分の1を超えない額を資本準備金に積み立てることができます。仮にA社が1株10万円で100株を発行し、払込金額1,000万円のうち500万円を資本金、500万円を資本準備金としたとします。この場合、会社法上の「資本金」は500万円です。しかし法人税法上の「資本金等の額」は1,000万円全額(資本金500万円+資本準備金500万円)となります(法人税法施行令8条1項1号)。
つまり、資本金と資本金等の額は必ずしも一致しません。
この差異を正確に管理する役割を担うのが、法人税申告書の「別表五(一)」です。別表五(一)は「利益積立金額及び資本金等の額の計算に関する明細書」とも呼ばれ、税務上の純資産の状態を記録する書類です。別表四が税務上の損益計算書に相当するのに対し、別表五(一)は税務上の貸借対照表に相当します。
なぜ別表五(一)の管理が重要なのかというと、「資本金等の額」は法人住民税の均等割や、みなし配当の計算などにも影響を及ぼすからです。たとえば法人住民税(均等割)の計算には、法人税法上の資本金等の額ではなく、会社法上の資本金の額が基準になるケースもあり、混同しやすい点のひとつです。
実務では、資本政策を実行するたびに別表五(一)の資本金等の額の変動を追っていく必要があります。増資・減資・組織再編などが絡む場合、会計上の数字と税務上の数字は簡単にずれていくからです。
別表五(一)の管理は必須です。
国税庁「資本金等の額及び資本等取引」:資本金等の額に関する公式解説です。法人税申告書の実務において参照すべき根拠資料として活用できます
「資本等取引は非課税」という原則は広く知られています。しかし問題は、資本等取引の形式をとりながら、実質的に損益取引の要素を含む「混合取引」が存在することです。代表的な例が、DES(デット・エクイティ・スワップ)と現物配当です。
まずDES(Debt Equity Swap)について説明します。これは債権者が保有する貸付債権を、債務者企業の株式に転換する取引です。企業再建の手段として利用されることが多く、金融機関や親会社が活用する場面があります。DESの形式としては現物出資の一種であり、資本等取引に該当するはずです。しかし、発行会社が債務超過の状態にあるなど、現物出資の対象となる債権の簿価(額面)が時価とかい離している場合には問題が生じます。
具体的には、1億円の借入金をDESで株式に転換しようとする場合、その借入金の時価(回収可能価値)がたとえば3,000万円しかない状況であれば、残り7,000万円分の債務が消滅することになります。この7,000万円の差額が「債務消滅益」として認識され、法人税の課税対象となります(法人税法59条1項1号等)。つまり、DESは実行した瞬間に大きな税負担が発生するリスクをはらんでいます。
痛いですね。財務再建のために行った取引が、逆に多額の税負担を招くことがあるのです。
さらに注意すべき点として、DESを実施すると資本金が増加するため、資本金1億円超という基準を超えた場合に中小法人特例(軽減税率など)が適用されなくなるリスクもあります。資本金が1億円以下の中小法人は法人税の税率が15%(年800万円以下の所得部分)ですが、1億円を超えると一律23.2%の税率が適用されます。
現物配当の場合も似た構造があります。金銭以外の財産(不動産や株式など)を配当として株主に交付する「現物配当」は、会社法上の剰余金の配当として資本等取引に該当します。しかし配当財産に含み益がある場合、その含み益部分については課税が行われると解されています。たとえば帳簿価格3,000万円で時価が5,000万円の不動産を現物配当した場合、2,000万円の含み益が益金として認識され、法人税の課税対象になり得ます。
DESと現物配当は資本等取引でも要注意です。
法律や課税の判断が複雑になるケースでは、事前に税理士や税務専門家への相談が不可欠です。国税庁の文書回答事例や事前照会制度を活用して、取引前に課税リスクを確認しておく方法もあります。
YCGアドバイザリー「デット・エクイティ・スワップ(DES)の税務」:DESにおける債務消滅益課税の仕組みと適格・非適格の判断について詳しく説明されています
自己株式の取得は、法人税法上は資本等取引に該当します。したがって、自己株式を買い戻す会社側(発行法人)に法人税の課税は生じません。しかし、株式を売却した株主側では「みなし配当」が発生し、課税が生じる可能性があります。この非対称な課税関係は、知らないと大きな損につながります。
みなし配当とは何でしょうか? 会社が自己株式を取得した際、株主が受け取る対価のうち「資本金等の額に相当する部分を超える金額」は、税法上「配当」とみなして課税する仕組みです(法人税法24条)。たとえば、1株あたりの資本金等の額が300円の株式を会社が1,000円で買い戻した場合、差額700円がみなし配当となります。
個人株主の場合、このみなし配当は配当所得として扱われ、最高税率では所得税・住民税合計で約45%以上の税率が適用されることがあります。一方、単純に株式の売買益として扱われる「譲渡所得」ならば分離課税で20.315%で済みます。みなし配当が発生する取引かどうかで、税負担が大きく変わることになります。
これが条件です。自己株式の取得は「誰が買うか」ではなく「何の目的・経緯で買うか」によってみなし配当の発生有無が異なります。
一方、法人株主がみなし配当を受け取った場合は、受取配当等の益金不算入制度(法人税法23条)が適用されます。保有割合が100%の完全子会社からの配当に相当するみなし配当であれば、全額が益金不算入となります。保有割合が3分の1超100%未満であれば受取金額の100%、5%以下であれば50%が益金不算入となる(2020年度税制改正以降の現行ルール)など、保有割合に応じて益金不算入の割合が決まります。
つまり、個人株主と法人株主とでは、みなし配当に対する課税の仕組みが根本的に異なります。これは投資戦略や資本政策を検討する際に非常に重要なポイントです。
なお、市場(取引所)を通じた自己株式の買い付け(いわゆるToSTNet取引など)は、みなし配当が生じないとされています。公開買付(TOB)の場合は原則としてみなし配当が発生するため、注意が必要です。
みなし配当の計算は複雑になりがちです。資本金等の額の正確な計算が前提となるため、こちらも別表五(一)の精度が結果を左右します。自己株式取得を検討する際は、事前に1株あたりの資本金等の額を確認し、みなし配当額の試算を行っておくことが重要です。
FP総合研究所「非上場会社が自己株式を取得した場合の税務上の取扱い」:みなし配当の発生条件・計算方法・申告実務について、具体的な数値例つきで解説されています
資本等取引の理解が深まると、次のような疑問が生じます。「増資をした会社(発行側)は非課税になるのはわかった。では、株式を割り当てられた側には何も課税されないのか?」これが、あまり語られない落とし穴です。
第三者割当増資において、株式が時価より著しく低い価額で発行される「有利発行」が行われた場合、発行会社においては資本等取引であるため課税は生じません。しかし引受人(新株主)となった法人には受贈益課税が発生する可能性があります。
たとえば、ある法人が時価1株5万円の株式を1万円(時価の2割)で引き受けた場合、4万円分の経済的利益(受贈益)を得たと解釈されます。この4万円部分が益金算入され、法人税の対象となります。これは国税庁の研究論文(令和元年・宮本氏の研究)でも整理されているテーマであり、実務上見落とされやすい論点です。
意外ですね。増資を受けた側にも課税が生じるケースがある、という事実は、多くの投資家が見落としがちです。
また、既存株主に対する影響も軽視できません。第三者割当増資で有利発行が行われると、既存株主の保有株式は「希薄化」します。つまり1株あたりの純資産価値が下がるわけです。税法上は、この希薄化による損失は原則として損金算入が認められていません。有利発行により既存株主に生じた経済的損失は、税務上には反映されないことになります。
さらに個人株主が有利発行で新株を引き受けた場合は、状況に応じて給与所得・一時所得・贈与税課税などが生じ得ます。経営者本人が債権者として保有する債権をDESでその親族が株主の会社の株式に転換するケース(例:子どもが既存株主、親が債権者)では、贈与税の問題にまで波及することもあります。
このように「資本等取引は非課税」という命題は、あくまで発行法人の視点から見た場合の原則に過ぎません。取引当事者ごとに課税関係を別々に判断しなければならない、というのが法人税法の大原則です(法人税基本通達1-5-4の趣旨にも通じます)。
取引当事者ごとに判断が条件です。
資本政策や投資を検討するときは、関係当事者すべての課税関係を事前にシミュレーションしておく必要があります。特に非上場会社の株式を使った取引では、株式の時価算定が重要な前提となります。公認会計士や税理士による株価評価(DCF法・類似会社比較法など)を利用して、有利発行に該当するかどうかを事前に確認しておくことが、後からの税務リスクを大きく減らすことにつながります。
MAXUS「第三者割当増資にかかる法規制のまとめ」:第三者割当増資における有利発行の課税関係(発行法人・引受人・既存株主それぞれの視点)をまとめて確認できます