

事業主貸が多すぎると、黙って税務調査が来ることがあります。
事業主貸(じぎょうぬしかし)は、個人事業主が事業用のお金をプライベートな目的に使ったときに記録するための勘定科目です。法人には存在しない、個人事業主専用の仕組みになっています。
法人の場合、社長への報酬は「役員給与」として経費に計上できます。しかし個人事業主の場合、自分への「給与」は存在しません。そのため、生活費のために事業用口座からお金を引き出したとしても、その金額は経費にはならず、帳簿上で「事業主貸」として処理する必要があります。これが基本です。
イメージとしては、「事業という財布が、個人という財布にお金を貸した」と考えると分かりやすいでしょう。事業の財布からお金が出ていくのですが、それは経費ではなく、事業主個人への「貸付」として記録されます。反対に、個人のお金を事業用に使ったときは「事業主借(じぎょうぬしかり)」を使います。
この2つをまとめて「事業主勘定」と呼び、個人事業主が帳簿づけをするうえで欠かせない仕組みです。
事業主貸を使う主なケース
つまり「事業と無関係な支出すべて」が事業主貸の対象です。
実際にどのように帳簿に記録するのか、具体的な仕訳例で確認していきます。仕訳は「借方(左側)」と「貸方(右側)」で構成されており、事業主貸は必ず借方(左側)に書くのが基本です。
① 事業用口座から生活費10万円を引き出した場合
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 事業主貸 | 100,000 | 普通預金 | 100,000 |
② 国民年金保険料16,980円を事業用口座から支払った場合(2025年度の月額)
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 事業主貸 | 16,980 | 普通預金 | 16,980 |
③ 自宅兼事務所の家賃10万円を支払った(事業利用30%・プライベート70%)
| 借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 地代家賃 | 30,000 | 普通預金 | 100,000 |
| 事業主貸 | 70,000 |
③のように、事業とプライベートが混在する費用を使用割合で分ける処理を「家事按分(かじあんぶん)」といいます。自宅の床面積・使用時間などを根拠にして按分比率を決めます。家事按分の対象になるのは、家賃・水道光熱費・ガソリン代・通信費などです。
家事按分が認められるには合理的な根拠が必要です。
「事業割合30%」と申告するなら、部屋の実際の使用面積や作業時間のログを記録として残しておくことが大切です。根拠のない按分比率は、税務調査で否認されるリスクがあります。
ここで一つ見落とされがちなポイントがあります。国民健康保険料や国民年金保険料は「事業主貸」として処理するため経費にはなりませんが、確定申告書の「社会保険料控除」として所得全体から差し引くことができます。これは使えそうです。支払った金額の全額が控除対象になるため、経費ではなくても節税効果はしっかりあります。生命保険料も同様に「生命保険料控除」として活用できます。
参考:国民健康保険料の勘定科目と社会保険料控除について(freee公式)
https://www.freee.co.jp/kb/kb-journal/national-health-insurance/
青色申告で確定申告をする場合、青色申告決算書の4ページ目にある「貸借対照表」に、事業主貸と事業主借の金額を記載する欄があります。処理の流れを確認しておきましょう。
まず、1年間の帳簿を締めると、事業主貸と事業主借の残高が確定します。この2つを相殺し、残った金額をそのまま貸借対照表に記入します。たとえば、事業主貸が250万円・事業主借が70万円あった場合、事業主借70万円を相殺すると事業主貸は180万円残ります。この180万円を貸借対照表に記入するだけで処理は完了です。
重要なのは、事業主貸・事業主借の残高は「損益計算(所得の計算)には一切影響しない」という点です。事業主貸が増えても、それだけで税金が増えるわけではありません。
ただし、翌期首(翌年の帳簿を始めるとき)には、前年の事業主貸と事業主借の残高を「元入金(もとにゅうきん)」という勘定科目に組み込む繰越処理が必要です。このとき、事業主貸と事業主借の残高はいずれも0にリセットされます。翌期首の元入金の計算式は以下のとおりです。
$$\text{翌期首の元入金} = \text{元入金の期末残高} + \text{事業主借の期末残高} - \text{事業主貸の期末残高} + \text{青色申告特別控除前の所得金額}$$
この計算結果がマイナスになることもあります。帳簿上はマイナスでも問題ありませんが、マイナス元入金が続くと銀行融資の際に「債務超過」と判断されるリスクがあるため注意が必要です。
青色申告では最大65万円の特別控除が受けられます。この控除を受けるためには複式簿記での記帳とe-Tax申告が条件となりますが、事業主勘定を正しく使うことで貸借対照表が作れるようになり、この65万円控除への道が開けます。白色申告のままだと控除はゼロなので、事業主貸を正しく処理することは単なる帳簿づけにとどまらず、節税に直結するのです。
参考:青色申告決算書と貸借対照表の記載方法(国税庁公式)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/yoshiki/01/shinkokusho/pdf/r05/10.pdf
事業主貸の残高が増えすぎると、税務署から目をつけられる可能性があります。これを知らない個人事業主は意外と多いです。
税務署が着目するのは「事業所得と事業主貸のバランス」です。たとえば、年間の事業所得が100万円しかないにもかかわらず、事業主貸が120万円ある場合、差額の20万円はどこから来たのか?という疑問が生まれます。税務署は「申告していない売上(現金売上の隠匿など)があるのではないか」と疑うわけです。
具体的に想定されるシナリオとしては、現金売上を帳簿に記載せず(売上除外)、その現金をそのまま生活費に使っているケースです。口座に入金しなければ通帳には記録が残りませんが、事業主貸として帳簿に残ります。結果として「所得は少ないのに事業主貸だけ膨らむ」という不自然な状態が生まれます。
厳しいところですね。
逆に、事業主貸が極端に少ない場合も疑われることがあります。生活費が少なすぎると「他の所得があるのではないか」「副業収入を申告していないのではないか」と判断されかねません。どちらに振れても目をつけられるリスクがあるということです。
対策としては、日常的に正確な記帳を続けることと、資金の流れを説明できる記録を残しておくことに尽きます。家計の口座からまとまった入金があった場合や、親族からの支援がある場合は、その根拠をメモしておくだけで調査時の説明が格段に楽になります。会計ソフトを使って毎月の帳簿を管理することが、最もシンプルで効果的な対策です。
参考:事業主貸が多い場合の税務調査リスクについて(松原会計事務所)
https://matsubara-tax.jp/accounting/97/
ここは多くの個人事業主が見落としているポイントです。事業主貸が増えすぎると、融資審査において深刻なダメージになる可能性があります。
元入金とは、個人事業主にとっての「資本金」に相当する勘定科目です。法人の資本金とは違い、毎年の事業結果によって金額が変わります。前述の計算式のとおり、事業主貸が多いほど翌期首の元入金は減少します。赤字が続いたり、生活費として使いすぎたりすると元入金がマイナスに転落することがあります。
元入金がマイナスの状態は、貸借対照表上で「債務超過」と見なされます。銀行や信用金庫は融資審査の際に貸借対照表を確認します。そのため、元入金がマイナスになっていると「経営状況が悪い」と判断され、融資を断られたり、借入条件が厳しくなったりするリスクが出てきます。
痛いですね。
事業を拡大したいタイミングで融資が受けられないのは、経営上の大きなダメージです。事業主貸が増えることは短期的には「自由にお金を使えている」ように見えますが、長期的には財務体質の悪化につながるという点を認識しておく必要があります。
対策として有効なのは、個人のプライベート資金を事業用口座に入金する「事業主借」の活用です。事業主借を増やすことで元入金の減少を抑えられます。また、freeeやマネーフォワード クラウド確定申告などのクラウド会計ソフトを使えば、元入金の残高や貸借対照表をリアルタイムで確認できます。融資を検討する前に、自分の元入金がプラスになっているか定期的にチェックする習慣をつけることが大切です。
参考:元入金のマイナスと銀行融資への影響(マネーフォワード クラウド)
https://biz.moneyforward.com/tax_return/basic/79864/
ここは検索上位の記事ではあまり語られていない視点です。
会社員が当たり前のように受け取る「給与明細」は、個人事業主には存在しません。事業主貸という仕組みは、この「給与のなさ」を帳簿上で処理するためのものでもあります。しかし、これは単なる記帳ルールではなく、個人事業主の「お金とのつきあい方」そのものを映し出す仕組みでもあります。
たとえば、毎月の生活費が30万円で、年間の事業主貸が360万円だとします。年収(事業所得)が400万円あれば、差し引き40万円が事業の内部に残ります。逆に事業所得が300万円しかなければ、元入金は60万円減少します。つまり、事業主貸の動きを追うことは「自分が毎年どれだけ事業の財産を食いつぶしているか」を可視化することにほかなりません。
これは使えそうです。
法人の経営者は役員報酬として毎月一定額を受け取り、残りは法人の内部留保として積み上がります。対して個人事業主は「いくらでも引き出せる」状態にあるため、気づかないうちに元入金を削ってしまいがちです。この構造的な違いを理解することで、事業主貸の管理が単なる義務ではなく「自分の事業の健康診断」として機能し始めます。
具体的には、毎月の事業主貸の金額を「仮の自分の月給」として固定してみるというアプローチが有効です。たとえば「月25万円だけ事業用口座から引き出す」というルールを自分に課すことで、事業主貸の残高が管理しやすくなり、元入金の健全性も保ちやすくなります。これは個人事業主の資金繰り改善の第一歩になります。
個人事業主の財務管理において、「事業主貸を月に一定額に固定する」という習慣は、大手の会計事務所でも推奨されている実践的な方法です。この視点を持つだけで、帳簿づけへの向き合い方が変わります。
参考:事業主貸・事業主借の基礎と融資への影響(弥生公式)
https://www.yayoi-kk.co.jp/shinkoku/oyakudachi/jigyonushikashi-jigyonushikari/