

役員への株式交付信託は、退職時に交付すれば必ず全額損金算入できると思っていませんか?実は平成29年度税制改正以降、業績連動型の退職給与は要件を満たさないと1円も損金算入できず、会社の法人税負担が丸ごと増える可能性があります。
株式交付信託の税務処理を理解するうえで、まず押さえるべきなのが「誰が受益者か」という視点です。税法上、信託財産は原則として受益者のものとして課税されるため、受益者が誰かによって課税の仕組みが全く変わります。
受益者が存在する場合は「受益者等課税信託」に該当し、信託財産に属する資産・負債はすべて受益者のものとみなされます。一方、受益者が存在しない場合は「法人課税信託」となり、受託者(信託会社)が法人税の納税義務を負います。
株式交付信託の設定当初は、役員や従業員はまだ受益権を取得していません。この段階では受益者が存在しないように見えますが、税務上は例外的な扱いがあります。委託者である会社が「信託の変更をする権限を有し、かつ信託財産の給付を受けることとされている場合」には、会社自体が「みなし受益者」として扱われます(法人税法第12条)。
つまり、信託拠出時から受益権確定前までの間は、会社がみなし受益者として信託財産を保有しているものとして課税されます。実務上は、信託拠出時に内部取引として扱い、税務上の仕訳は発生しないと考えられています。
これが基本です。
その後、役員・従業員が受益権確定日(株式の交付を受ける権利が確定する日)を迎えると、みなし受益者である会社から実際の受益者である役員・従業員へ信託財産が移転したものとして取り扱われます。この時点で初めて、役員・従業員側には所得課税が発生し、会社側には損金算入のタイミングが到来します。
| フェーズ | 受益者の状況 | 税務上の扱い |
|---|---|---|
| 信託設定~受益権確定前 | 受益者不存在(みなし受益者=会社) | 会社が信託財産を保有とみなす(パススルー課税) |
| 受益権確定日以降 | 役員・従業員が受益者 | 役員・従業員に給与所得または退職所得課税 |
付与対象者(役員・従業員)への課税は、2つのタイミングで発生します。これは複数回にわたる課税という点で、株式報酬制度を理解するうえで重要なポイントです。
1回目:受益権確定日(株式交付日)の課税
付与されたポイントに対応する株式数の権利が確定する日(受益権確定日)に、給与所得または退職所得として課税されます。収入金額は「権利確定日の1株あたり株価(時価)×交付株式数」で計算します。
課税の種別について触れておきます。退任・退職時交付型の場合は退職所得として扱われることが多く、在任時に交付される場合は給与所得として課税されます。退職所得は「(収入金額-退職所得控除額)×1/2」に課税されるため、給与所得と比べて税負担が大きく軽減されます。この差は非常に大きく、長期在籍者であれば退職所得控除額が800万円を超えるケースもあります。
2回目:株式売却時の課税
交付された株式を実際に売却した際には、「売却価額-受益権確定日の株価(取得価額)」に対して譲渡所得課税が発生します。税率は原則として一律20.315%(所得税15.315%+住民税5%)の分離課税です。なお、給与所得と比べて税率が低い点は対象者にとってメリットとなります。
源泉徴収の注意点もあります。受益権確定日に給与所得または退職所得として認識されるため、会社側は源泉徴収の義務を負います。株式は現金化されていない状態でも源泉徴収義務が生じるため、実務では権利確定直前に株式の一部を売却して源泉所得税の納税資金を確保するケースが一般的です。
損金算入のルールが役員と従業員で全く異なります。
ここが税務処理で最も重要な論点です。
従業員向けの場合
従業員向けに給付した株式については、原則として損金算入が認められます(法人税法上の役員給与規制の対象外)。損金算入のタイミングは受益権確定日の属する事業年度、損金算入額は権利確定日の株価×交付株式数です。
役員向けの場合
役員向けは、法人税法第34条の「役員給与の損金算入制限」の対象となります。役員給与は原則として損金不算入であり、以下の3つのいずれかに該当する場合のみ損金算入が可能です。
ここで注意が必要です。平成29年度税制改正(2017年)以前は、退任時交付型(退職給与相当)であれば業績連動要素があっても比較的自由に損金算入できていました。しかし改正後は、業績連動給与に該当する退職給与は法人税法第34条第1項の規制対象に含まれ、開示要件など厳しい損金算入要件を満たさなければ損金算入が認められなくなっています。
損金算入要件を満たせるかが条件です。
在任時交付型の株式交付信託を役員報酬として損金算入するためには、事前確定届出給与の要件を満たす方法が代表的です。手続き上の落とし穴も多いため、具体的な要件と届出のタイミングを正確に把握しておく必要があります。
届出期限(以下のいずれか早い日まで)
「株主総会等の決議をした日」の解釈も注意が必要です。株式交付信託の場合、取締役会において株式交付規程を決議した日が原則的な「定めをした日」となります。ただし、その取締役会決議後の株主総会で役員の選任議案が決議される場合には、当該株主総会の決議日が届出期限の起算日になります。
損金算入額の計算で特に注意すべき点があります。事前確定届出給与の損金算入額は「定めをした日(規程決議日)の株価(終値)×交付する株式数」(交付決議時価額)です。
権利確定日の株価ではありません。
これが会計上の費用処理と金額が異なる主要な原因の1つです。
また、役員の役位変更やグループ企業への異動に伴って交付する株式数を変更した場合は、臨時改定事由に該当します。臨時改定事由が生じた日から1か月以内に「事前確定届出給与に関する変更届出書」を提出しなければ、損金算入が認められなくなります。
届出の管理は必須です。
業績連動型の株式交付信託を損金算入するには、法人税法施行令第69条に定める業績連動給与の損金算入要件をすべて満たす必要があります。これが非常に厳格なため、知らずに導入すると損金算入できないリスクが高くなります。
主な要件を整理します。まず、業績連動給与の損金算入は同族会社には適用されません。また、損金算入の対象となる役員は「業務執行役員」に限定されており、社外取締役・監査役は対象外です。
これは見落としやすいポイントです。
業績連動指標の要件もあります。使用できる業績連動指標は法定されており(売上高、利益、株価等)、従業員満足度などの非財務指標はそのままでは認められません。ただし、財務指標と非財務指標を明示的に区分した場合には、財務指標部分のみ損金算入の対象とすることができます。
例えば、ポイント付与の業績連動係数が「売上高45%・営業利益45%・従業員満足度10%」で構成されている場合、90%相当分の株式のみが損金算入の対象となります。
開示要件も厳格です。業績連動給与として損金算入するためには、業績連動指標の算定方法、支給時期などを有価証券報告書等で開示することが求められます。非上場会社はこの要件を満たすことが困難なため、実質的に上場企業向けの制度といえます。
退任時交付型の複数年累積型の場合、「業績連動指標の数値が確定した日」の解釈についても注意が必要です。単年度の業績指標を複数年累積して最終的に交付株式数を確定する仕組みの場合、「確定日」は最終年度の業績連動指標の確定日(最終年度の決算確定日)となります。
株式交付信託の税務処理で実務担当者が最も苦労するのが「会計と税務の差異」です。この差異は構造的に発生するため、正しく申告調整を行わないと税務調査でリスクが生じます。
差異が生じる主な原因
差異の原因は主に2つあります。
1つ目は費用認識のタイミングの違いです。
会計上は毎事業年度にポイント付与に応じた株式報酬費用を引当計上しますが、税務上は受益権確定日(権利確定日)の属する事業年度に一括して損金算入します。
2つ目は費用計上に用いる株価の違いです。会計上は「信託が株式を取得したときの株価(取得時株価)×付与株式数」で費用計上します(ASBJ実務対応報告第30号)。一方、税務上の損金算入額は事前確定届出給与の場合「規程決議日の株価×交付株式数」、退職給与の場合「権利確定日の株価×交付株式数」です。
どちらで計算するかが条件です。
申告調整の具体的な流れ
会計上は毎期引当金として費用計上されますが、税務上はその時点では損金として認められません。そのため、毎期の法人税確定申告書(別表4)において、会計上計上した株式報酬費用を「加算(損金不算入)」として申告調整します。
受益権確定日の属する事業年度に、実際の損金算入額(税務上の計算額)を「減算(損金算入)」として申告調整します。このため、申告調整は2段階で行われることになります。
自己株式に関する処理も会計と税務でズレが生じます。会計上は自己株式処分時に差損益を認識しますが、税務上は株式交付日の株価を基礎として資本金等の額を増加させる処理となります。これも申告書別表5(1)で調整が必要になります。
参考情報として、PwC税理士法人がこの差異と申告調整について詳しく解説しています。
PwC税理士法人「株式交付信託による報酬支払時の税務処理」(Issue 116, April 2019)── 会計と税務の差異・申告調整の留意点について詳細に解説されています
株式交付信託の導入を検討するうえで、「退任時交付型(退職給与型)」と「在任時交付型」のどちらの設計にするかは、税務面でも大きな影響をもたらします。
2つの型の違いを横断的に比較します。
退任時交付型(退職給与型)
退職時に受益権が確定し株式が交付されるものです。役員への課税は退職所得となるため、退職所得控除の恩恵を受けられます。20年超の在籍であれば控除額は800万円+70万円×(勤続年数-20年)と大きくなります。
損金算入については、業績連動給与に該当しないもの(固定ポイント付与型など)は不相当に高額でない限り損金算入が認められます。
これはシンプルで扱いやすいといえます。
ただし、業績連動給与に該当する退任時交付型は平成29年10月1日以降の決議分から業績連動給与の損金算入要件が適用されます。上場企業で開示要件等を満たせれば損金算入可能ですが、同族会社や社外役員への交付分は損金算入できません。
在任時交付型
在任期間中に株式が交付されるものです。給与所得として課税されるため、税率は累進課税で最大55%(住民税含む)に達します。対象者にとっての税負担は退任時交付型より重くなりがちです。
損金算入には、事前確定届出給与または業績連動給与の要件を厳密に満たす必要があります。平成29年度税制改正(2017年4月1日以後の決議分から適用)によって初めて損金算入が可能になった経緯があります。
| 比較項目 | 退任時交付型 | 在任時交付型 |
|---|---|---|
| 受益者側の課税区分 | 退職所得(税負担が軽い) | 給与所得(最大55%課税) |
| 会社側の損金算入 | 業績連動型以外は比較的容易 | 事前確定届出給与 or 業績連動給与の要件を充足必須 |
| 適用開始 | 従来より認められていた | 平成29年4月1日以後の決議分から損金算入可能 |
株式交付信託で株式が交付される際、会社側は源泉徴収義務を負います。しかし実際に交付されるのは株式(現物)であり、現金ではありません。この「現物課税」という構造が実務上の難しさを生み出しています。
源泉徴収の基本ルールは次のとおりです。受益権確定日において、給与所得または退職所得として課税対象額が確定します。会社はその金額に対して源泉徴収を行わなければなりません。給与所得であれば所得税・住民税合わせて最大55%、退職所得であれば「(収入金額-退職所得控除額)×1/2」に対して20.42%(所得税15.315%+住民税5%の目安)の源泉徴収が必要です。
対象者にとって負担になるのは、株式のままでは源泉税を支払えない点です。そこで実務では、権利確定直前に交付予定の株式の一部を売却(換価処分)して、源泉所得税の納税資金を確保する方法が広く使われています。
納税資金の確保が原則です。
この株式の一部売却が税務上問題になるのでは?という疑問も持たれがちです。しかし、以下の3つの要件を満たせば「株式交付と同視し得る」として事前確定届出給与の損金算入が認められます(信託協会Q&A)。
この3要件を明確に規程に落とし込んでいない場合は、換価処分部分がファントムストックのような業績連動給与と判断されるリスクが生じます。規程の設計段階で専門家と確認しておくことが賢明です。
信託協会が公表している役員向け株式交付信託の税務Q&Aは実務的に非常に有用です。
信託協会「役員向け株式交付信託に関する税務上の取扱い(令和4年1月)」── 事前確定届出給与・業績連動給与・退職給与ごとの詳細な税務Q&Aが掲載されています
従業員向けの株式交付信託には、大きく「株式給付型(J-ESOP)」と「従業員持株型ESOP」の2種類があり、税務処理の違いも見過ごせません。
株式給付型(J-ESOP)
会社が定めた株式交付規程に基づき、ポイントに応じて従業員に自社株を直接給付するものです。受益権確定日に給与所得として課税(最大55%の累進課税)されます。会社側は損金算入が可能で、交付日の株価×株式数が損金算入額となります。従業員数が多い大企業で広く採用されています。
従業員持株型ESOP
「従業員持株会」と信託を組み合わせた仕組みです。信託を通じて一括購入した自社株を従業員持株会に拠出するものです。持株会への加入・拠出は従業員の任意であり、受け取る株式は一般的に持株会の会員持分として扱われます。
税務上の課税タイミングが異なります。従業員持株型ESOPでは、従業員が退会する際に株式の持分が現金化されるため、その時点で所得が確定します(退会時課税)。株式給付型が「交付時課税」なのに対し、課税タイミングに大きな違いがあります。
また、従業員持株型ESOPで国税庁の文書回答(東京国税局・平成24年4月17日付)に沿った設計であれば、配当課税・議決権処理なども含めて税務上の不確実性を排除できます。設計前に国税庁の照会先例を確認しておくことが安心につながります。
国税庁(東京国税局)「従業員持株会を利用した信託型インセンティブプランに係る税務上の取扱い(平成24年4月17日)」── 従業員持株型信託の税務上の取扱いを確認する際の公式参照先
多くのガイドでは触れられていない点として、「信託期間中に信託が保有する株式に配当が出た場合の課税」があります。これは実務担当者が盲点になりやすいポイントです。
受益権確定前の期間、会社はみなし受益者として信託財産を保有しているとみなされます。この間、信託が保有する自社株式に対して配当が行われた場合、税務上は会社が配当を受け取ったものとして扱われます。
通常、法人が自社株(自己株式)に対して配当を支払っても、自社株からの配当収入は受取配当金として計上されます。しかし受取配当金の益金不算入規定の適用においては、信託が保有する自社株の配当がどの区分に該当するかを慎重に判定する必要があります。
自己株式に対する配当が受け取り配当金として計上される一方で、信託口から会社への「剰余金の配当」という取引として整理されるため、会計処理と税務処理が異なる場合があります。具体的には、会計上は信託口の内部取引として処理され(相殺消去)、税務上は受取配当金として益金に算入されるケースがあります。
実務では、信託期間中に受け取る配当の益金不算入額の計算において、保有割合の判定や配当の区分(完全子法人株式等・関連法人株式等・その他株式等)を正確に行う必要があります。この判定を誤ると、益金不算入額の計算が狂い、法人税の過不足納付につながります。信託契約の設計段階で税務顧問と確認しておくことをおすすめします。
EY Japan「役員退職慰労金制度と株式交付信託を用いた退任時支給型の株式報酬制度」(情報センサー2023年2月号)── 退任時交付型の会計・税務の詳細な解説と比較が掲載されています
株式交付信託を導入している会社の法人税確定申告書作成では、複数の調整が絡み合うため、漏れや誤りが生じやすくなります。実務の観点から、申告書作成時のチェックポイントを整理します。
別表4(所得の金額の計算に関する明細書)での調整
毎事業年度のポイント付与時に会計上計上する株式報酬費用(引当金への繰入額)は、税務上は損金算入されません。そのため、毎期、会計上の費用計上額を別表4で「加算(損金不算入)」として申告調整します。受益権確定日の属する事業年度に、税務上の損金算入額を別表4で「減算(損金算入・認容)」します。
この2段階調整は必須です。
加算と減算の金額が会計と税務の株価差異により必ずしも一致しない点も注意が必要です。例えば、信託が株式を取得した時の株価が1,000円で、権利確定日の株価が1,200円だった場合、会計上の費用計上総額(1,000円ベース)より税務上の損金算入額(1,200円ベース)の方が大きくなります。この差額分は、減算超過として翌期以降の調整が必要になることがあります。
別表5(1)(利益積立金額及び資本金等の額の計算に関する明細書)での調整
自己株式を信託に処分した際の会計上の差損益は税務上は内部取引(発生なし)として扱われるため、資本金等の額には影響しません。一方、受益権確定日に税務上で株式を交付した際は、交付日の株価×株式数が資本金等の額に算入されます。会計と税務で自己株式の処理タイミングと金額が異なるため、別表5(1)での調整が必要となります。
源泉徴収関連の確認事項
経済産業省が公表している「攻めの経営を促す役員報酬」の手引きは、制度設計段階での税務要件確認に有用です。
経済産業省「攻めの経営を促す役員報酬~企業の持続的成長を促すためのインセンティブプラン導入の手引~(2023年3月改訂)」── 役員向け株式報酬の税務要件を制度設計の観点から整理した実務的な資料です