

受託者とは、実は信託財産の「法律上の所有者」になるため、信託した財産はいったん他人の名義になります。
信託という制度は、「委託者」「受託者」「受益者」という3人の当事者によって成り立っています。これはちょうど、ある人が大切な財産を信頼できる人物に預け、その財産から生まれる利益を別の誰かに届ける、という構造です。
つまり受託者とは、委託者から信託財産の管理・処分を任され、受益者のために行動する義務を負う人または法人のことです(信託法2条5項)。
3者の役割を整理すると、以下のとおりです。
| 名称 | 役割 |
|------|------|
| 委託者 | 財産を信託する人(財産を「預ける」側) |
| 受託者 | 信託財産を管理・運用する人・法人(財産を「預かる」側) |
| 受益者 | 信託財産から生まれる利益を受け取る人 |
重要な点が1つあります。信託財産の形式上の所有者は、実は委託者ではなく受託者になります。たとえば不動産を信託した場合、登記名義は受託者に変わります。これが多くの方が驚くポイントです。財産の「実質的な恩恵」は受益者が受けますが、「法律上の名義」は受託者に移るという二重構造が信託の特徴と言えます。
つまり受益者が得るのは所有権ではなく「受益権」と呼ばれる権利です。この仕組みを理解しておくことが、受託者という存在を正しく把握する第一歩になります。
受託者には大きく2つの文脈があります。一つは投資信託の受託者、もう一つは家族信託(民事信託)の受託者です。同じ「受託者」という言葉でも、その担い手と役割は大きく異なります。
投資信託の受託者は、信託銀行または信託業務を兼営する銀行に限られています(投資信託及び投資法人に関する法律)。投資家から集めた資金(信託財産)を保管・管理し、投資信託委託会社(運用会社)の指図に従って株式・債券の売買を実行するのが主な役割です。ここでは受託者は資産の「番人」的な位置づけで、運用指示は出しません。
投資信託の三者構造はこうなります。
- 🏦 委託者(運用会社):投資信託の運用を指図する
- 🏛️ 受託者(信託銀行):資産を保管し、指図に従って売買を実行する
- 👤 受益者(投資家):運用収益・分配金を受け取る
一方、家族信託(民事信託)の受託者は通常、委託者の子・甥・姪など身近な家族や親族が担います。認知症になった親の財産を子が管理する、というケースが典型例です。特別な資格は不要で、未成年者でなければ就任できます。家族以外の知人や友人も受託者になれますし、法人(株式会社・一般社団法人など)が就任することも可能です。
これは意外ですね。「家族信託」という名称から、受託者は必ず家族でなければならないと思っている方も多いですが、そうではありません。
信託協会「信託の基本」:委託者・受託者・受益者の三者関係をわかりやすく解説しています。
受託者には信託法によって厳格な義務が課されています。これが受託者の役割の重さを物語っています。義務の数は7つ、それぞれ見ていきましょう。
① 信託事務遂行義務(信託法29条1項):信託の目的に沿って事務を行う義務です。契約で定められた目的の範囲内でのみ行動しなければなりません。
② 善管注意義務(信託法29条2項):「善良な管理者の注意をもって」業務を行う義務です。自分の財産を管理するときよりも高い水準の注意が求められます。自己の財産と同程度の注意義務に軽減することは契約で可能ですが、完全な免除は認められていません。
③ 忠実義務(信託法30条):専ら受益者の利益のために行動しなければならない義務です。受託者自身の利益を優先してはいけません。ここから派生して「利益相反行為の禁止」と「競合行為の禁止」が定められています。
利益相反の具体例としては、信託された不動産を受託者が自分の財産として取得したり、受託者の個人的な債務の担保に信託財産を使うことが挙げられます。これらは原則として禁止です。
④ 公平義務(信託法33条):受益者が複数いる場合、全員に公平に接しなければなりません。
⑤ 分別管理義務(信託法34条):信託財産と受託者自身の固有財産を明確に分けて管理する義務です。不動産であれば信託登記、金銭であれば信託専用口座での管理が必要です。これが原則です。分別管理を怠ると、受託者が破産した際に信託財産が巻き込まれるリスクがあります。
⑥ 委託時の監督義務(信託法35条):信託事務を第三者に委託する場合でも、適切な人物を選び監督する義務が残ります。丸投げして放置することは許されません。
⑦ 情報提供・帳簿作成義務(信託法36条・37条):委託者や受益者から求められたときに報告する義務、および毎年1回貸借対照表・損益計算書を作成して受益者に報告し10年間保存する義務があります。
義務・責任は重いです。家族信託の受託者になる前に、この7つの義務をしっかり把握しておく必要があります。
信託協会「受託者の義務」:善管注意義務・忠実義務・分別管理義務など受託者が負う義務の詳細を確認できます。
受託者の義務に違反した場合の責任は非常に重く、場合によっては受託者自身の財産から損失を補填しなければなりません。これが受託者の「損失補填責任」と「無限責任」です。
損失補填責任(信託法40条)とは、受託者の任務懈怠によって信託財産に損失が生じた場合、受益者がその補填を請求できる制度です。たとえば、管理が不十分で信託財産の株式・不動産の価値が下がった場合、その差額分を受託者が自己負担で補填しなければなりません。
さらに怖いのが無限責任です。信託財産の範囲を超えて損害が発生した場合でも、受託者は自分の個人財産で責任を取らなければなりません。信託財産で弁済しきれない事態や、信託財産の目的外利用が発覚した場合には、受託者個人の財産で損害賠償する必要が生じます。
たとえば「親の介護費用を管理するための信託財産5,000万円」を受託者(子)が運用に失敗し3,000万円に減少させた場合、その2,000万円は受託者自身の貯蓄などから補填を求められる可能性があります。痛いですね。
このリスクを軽減するためには、信託設計の段階から専門家(弁護士・司法書士)に相談することが重要です。信託契約書の内容によって義務の程度を調整したり、信託監督人を置いて受託者をサポートする体制を構築したりすることが有効な手段となります。
弁護士法人ダーウィン法律事務所「受託者の義務・権限・責任」:損失補填責任など受託者のリスクを専門家目線で解説しています。
「受託者になれる人の条件は何か?」は、家族信託を考えるうえで非常に重要な問いです。信託法7条は明確にこう定めています。「信託は、未成年者を受託者としてすることができない」。
現在の成年年齢は18歳ですから、18歳未満の方は受託者になれません。それ以外の制限は原則としてありません。成年であれば、資格も経歴も関係なく受託者になれます。
ただし、もう1つ重要な制限があります。それは「業務(仕事)として受託する場合は、内閣総理大臣の免許が必要」という点です(信託業法3条)。弁護士・司法書士・行政書士などの専門士業に対して「仕事として受託者になってほしい」と依頼しても、彼らは免許を持っていない限り受けられません。これは意外な盲点です。
受託者になれる人・なれない人をまとめると、以下のようになります。
| 受託者になれる人 | 受託者になれない人 |
|---------|----------|
| ✅ 18歳以上の個人(家族・親族・友人・知人) | ❌ 未成年者(18歳未満) |
| ✅ 法人(株式会社・一般社団法人など) | ❌ 業務として受託する場合で免許のない者 |
| ✅ 委託者自身(自己信託) | ❌ 受託者のみが受益者となるケース(原則) |
また、2019年の法改正によって成年被後見人・被保佐人も就任できるようになりました。これは人権尊重・差別防止の観点からの改正で、以前は就任不可でした。制度は変わっています。
受託者選びに迷った場合や、適切な人物が周囲にいない場合は、信託会社や一般社団法人など法人を受託者とする選択肢も検討に値します。法人は死亡・病気による業務停止のリスクがないため、長期的な安定性という観点で優れています。
e-Gov「信託法」全文:信託法第7条(受託者の資格)など受託者に関する条文を直接確認できます。
金融の世界では、「受託者責任」という概念が投資家を守る重要な盾になっています。英語では「Fiduciary Duty(フィデューシャリー・デューティー)」と呼ばれ、金融庁はこれを日本の金融機関に強く求めています。
受託者責任とは、受益者(顧客・投資家)の利益を最優先に考えて行動する義務のことです。具体的には2つの義務から構成されています。
🔷 忠実義務:いかなる場合も受益者の利益に反する行動をしてはならない義務。金融機関が手数料稼ぎのために顧客に不要な商品を売りつけることは、この義務に違反します。
🔷 善管注意義務:その立場にある者として適切な知識・判断に基づいて注意を払う義務。プロの金融機関としての水準が求められます。
金融庁は2017年に「顧客本位の業務運営に関する原則」を公表し、すべての金融事業者にフィデューシャリー・デューティーの実践を求めています。これは、かつて日本の金融業界で横行していた「回転売買(頻繁な乗り換えで手数料を稼ぐ手法)」や「不透明な手数料体系」に対する問題意識から生まれた改革です。
これは使えそうです。投資家としては、自分が利用している金融機関・運用会社が受託者責任を果たしているかどうかを確認する権利があります。以下のポイントでチェックしてみましょう。
- 💡 商品選びで手数料の高い商品を優先していないか?
- 💡 顧客のリスク許容度に合わない商品を勧めていないか?
- 💡 情報開示が透明で、コスト説明が明確か?
もし自身が加入している投資信託のコスト構造に疑問を感じたら、投資信託協会の「投資信託の費用」に関するページや、金融庁の「金融サービス利用者相談室(0570-016811)」に問い合わせることを検討してみましょう。
野村證券「受託者責任」用語解説:忠実義務・善管注意義務など受託者責任の構成要素をわかりやすく解説しています。
日本流通産業新聞「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)とは」:金融庁の問題意識や歴史的背景まで踏み込んだ解説記事です。