

株式譲渡でM&Aをすると、資産調整勘定は発生せず節税メリットがゼロになります。
M&Aや組織再編の話題でよく登場する「のれん」という言葉。実は「会計上ののれん」と「税務上ののれん(資産調整勘定)」は、名前が似ているだけで全くの別物です。
会計上ののれんは、M&Aにおける買収額と対象会社の時価純資産の差額として計算される「配分残余」です。簡単にいえば、ブランド力・技術力・顧客基盤・人材ネットワークなど、貸借対照表(BS)には現れない無形の価値をまとめて計上したものです。こちらは会計上のBSに表示されます。
一方、資産調整勘定とは、税制非適格の組織再編行為(例:金銭対価の合併や会社分割、事業譲渡など)における、買い手の支払額と税務上の時価純資産との差額です。税務申告書(別表五(一))には計上されますが、決算書(会計上のBS)には表示されません。
税効果会計の観点でいえば、税効果会計が適用されるのが資産調整勘定であり、会計上ののれんには税効果会計が適用されない、という点が大きな特徴です。これは「のれんは配分残余にすぎないため」という理由によります。この違いを混同してしまうと、M&Aの税務申告や繰延税金資産の計上で誤りが生じる可能性があります。
また、資産調整勘定と会計上ののれんの計算に使う「純資産」の内容も異なります。会計上のれんでは会計上の時価純資産を用いますが、資産調整勘定では税務上の時価純資産を使います。退職給付引当金や繰延税金資産など、税務上は存在しない概念の資産・負債は算定に含まれないため、両者の計上額が一致しないケースが多いという点も実務上の落とし穴です。
| 項目 | 会計上ののれん | 資産調整勘定(税務上ののれん) |
|------|--------------|--------------------------|
| 計上場所 | 会計上のBS(決算書) | 税務上のBS(別表五(一)) |
| 償却期間 | 20年以内(企業が設定) | 5年(60ヶ月)固定 |
| 節税効果 | なし | あり(損金算入) |
| 税効果会計 | 適用されない | 適用される |
つまり「会計と税務は別」が基本です。
参考情報:資産調整勘定と会計上ののれんの違い、税効果会計との関係を詳しく解説しています。
資産調整勘定(税務上ののれん)と会計上ののれんの違い|LeverN
資産調整勘定の最大の特徴の一つが、5年間(60ヶ月)の均等償却が法律で強制されているという点です。会計上ののれんの償却期間が企業ごとに異なる(最大20年)のとは対照的に、資産調整勘定は選択の余地がありません。
具体的な計算方法はシンプルで、「資産調整勘定の残高 ÷ 60ヶ月 × 当期の月数」が当期の損金算入額となります。たとえば資産調整勘定が6,000万円であれば、毎月100万円、年間1,200万円が損金として算入される計算です。年間1,200万円という数字は、上場企業ではなくとも中小企業の法人税額に十分影響を与えるインパクトです。
特に重要なのは「損金経理要件が不要」という点です。通常の減価償却では、損益計算書上で費用として計上していなければ税務上も損金に計上できないというルール(損金経理要件)があります。しかし資産調整勘定はこのルールの対象外です。会計上ののれんの償却をストップしていても、あるいは会計上ののれんが発生していない場合でも、資産調整勘定は粛々と5年間償却されます。
これは大きなメリットですが、同時に注意も必要です。会計処理を行っていなくても税務上で自動的に損金算入が進むため、税務申告書の別表調整が複雑になります。会計上ののれんを10年で償却している場合、前半5年間は「税務上の費用が会計上の費用を上回る」という、かなり珍しい状況が生まれます。これを正確に把握していないと別表の記載ミスにつながります。
なお、平成29年(2017年)3月31日以前に行われた組織再編においては、月割計算をしない「5年均等償却」が適用されていました。平成29年4月1日以降は通常の定額法と同様に月割計算される方式に改正されています。この改正以前と以後では計算方法が異なる点にも注意が必要です。
資産調整勘定が節税効果をもたらすといっても、すべてのM&Aで発生するわけではないということは、絶対に押さえておかなければならないポイントです。
最も多くのM&Aで選ばれるスキームは株式譲渡です。しかし株式譲渡では、資産調整勘定は発生しません。なぜなら資産調整勘定は「移転資産および負債の時価純資産と、非適格組織再編や事業譲受により交付した対価との差額」として発生するものであり、株式の売買はこの要件を満たさないからです。株式売買の場合、支払った金額はすべて「子会社株式」として資産計上されるだけで、資産調整勘定には変換されません。これが損金不算入になるという点は、M&A検討者にとって非常に大きなデメリットになりえます。
それでは、資産調整勘定が発生するスキームはどれでしょうか。主要なものをまとめると以下のとおりです。
- 事業譲渡(カーブアウト):比較的小規模な事業売買に使いやすく、のれん部分が資産調整勘定として計上される。消費税がかかる点は注意。
- 非適格分社型分割(スピンアウト取引):売却対象事業を一旦子会社化し、その株式を売却するスキーム。消費税・不動産取得税が不要になるケースが多く、大型のM&Aでも使いやすい。
- 非適格合併:多額の税金が発生するため実務上は少ないが、繰越欠損金の消滅を回避するためにあえて選択されることがある。
発生スキームの中で最も使いやすいのが非適格分社型分割です。これが使いやすい理由は3つあります。1つ目は「1社として売却できる」こと、2つ目は「大きな事業を包括的に移せる」こと、3つ目は「消費税が課税対象外で、不動産取得税も免税になる可能性が高い」ことです。
スキームを選択すると節税効果が大きく異なります。
参考情報:のれん・営業権が損金算入できる全パターンと各スキームの比較を詳しく解説しています。
のれん&営業権償却が損金(税務上の費用)になる全パターン|組織再編税制とらの巻
資産調整勘定が「支払額が時価純資産を上回るとき」に発生するのに対し、逆に支払額が時価純資産を下回る場合には「差額負債調整勘定」が計上されます。これが税務上の「負ののれん」にあたります。
差額負債調整勘定の償却期間も、資産調整勘定と同様に5年間(60ヶ月)の均等償却です。ただし、資産調整勘定の償却が「損金算入」(費用)になるのに対し、差額負債調整勘定の取り崩しは「益金算入」(収益)になります。つまり、5年間にわたって毎期利益が加算される形になります。負ののれんは一見「お得に買収できた証」のように見えますが、税務上は将来5年間にわたって収益として計上されるため、その分課税が増える点に注意が必要です。
実務上は、差額負債調整勘定の前に「退職給与負債調整勘定」や「短期重要負債調整勘定」が計算されます。退職給与負債調整勘定とは、承継した従業員の退職給付引当金相当額、短期重要負債調整勘定とは、事業譲渡後おおむね3年以内に見込まれる損失のうち「資産総額の20%超」となる部分をそれぞれ先に計上し、それらを差し引いた残りが差額負債調整勘定となります。
なお、会計上の負ののれんの処理はまったく異なります。会計上は負ののれんが発生した事業年度に一括で特別利益として計上するのが原則です(日本基準)。5年均等で益金に算入する税務との扱いは正反対であり、この差異が税効果会計上の課題になることもあります。
差額負債調整勘定も強制償却が原則です。
参考情報:差額負債調整勘定(税務上の負ののれん)の種類・仕組みと税務処理を解説しています。
「負ののれん」とは?発生する原因や会計・税務上の処理を解説|日本M&Aセンター
資産調整勘定が発生するスキームでM&Aを実行した場合、買い手企業は5年間にわたって節税メリットを享受できます。この節税効果の金額は「資産調整勘定の額 × 実効税率」で概算できます。実効税率を約30%と仮定した場合、資産調整勘定が1億円であれば、5年間で約3,000万円の税負担が軽減される計算です。年間にすれば約600万円の節税効果は、中堅・中小企業にとっては決して小さくない恩恵です。
ところが見落とされがちなのは、節税効果を得るためには「課税所得が十分にあること」が前提だということです。資産調整勘定の償却によって生まれる損金は、課税所得と相殺することで税金を減らせます。しかし、買収後の企業が赤字基調であれば、損金算入できる資産調整勘定があっても課税所得がゼロのため節税効果は生まれません。繰越欠損金が大量にあるケースでも同様です。節税効果が期待できるかどうかは、M&A後の収益見通しとセットで判断する必要があります。
一方で、売り手企業にとっても資産調整勘定は価格交渉の重要な武器になります。事業譲渡や非適格分社型分割のスキームでは、売り手に法人税等の課税が発生します。そしてその課税と対応する形で買い手に資産調整勘定が発生する、という構造になっています(売り手の納税が買い手の節税になる関係)。つまり買い手が享受できる節税効果を織り込んで、売却価格の引き上げ交渉に使えるわけです。
この節税メリットを正確に試算し、交渉材料に変えるためには、M&Aアドバイザーや専門の税理士を早期に関与させることが不可欠です。特に資産調整勘定が発生するスキームの選択と、その節税効果を適正に見積もることは、案件の価格水準や最終条件に直接影響します。スキーム選定は早いほど選択肢が広がります。
参考情報:資産調整勘定の発生要件・節税効果とM&Aスキームの関係について詳しく解説しています。
M&Aにおけるのれんとは?専門家がわかりやすく解説|日本M&Aセンター
資産調整勘定と会計上ののれんは「概念が似ている」ために混同されやすいですが、実務でこれを混同すると税務申告書(法人税申告書)の別表調整に深刻なミスが生じます。このセクションでは、両者の償却期間のズレが生む実務上の問題を具体例で見ていきます。
たとえば、あるM&Aで会計上ののれんが1,000万円計上され、償却期間を10年に設定したとします。一方で税務上の資産調整勘定も同額(単純化のため)が発生したとします。このとき、会計上の年間償却額は100万円(1,000万円÷10年)ですが、税務上の年間損金算入額は200万円(1,000万円÷5年)となります。
前半の5年間は、会計上の費用(100万円)より税務上の損金(200万円)が100万円多い状態が続きます。つまり会計利益より税務上の利益が少ないという珍しい状況が発生し、法人税は会計上の利益をベースに考えると「安く見える」ことになります。6年目以降は、税務上の資産調整勘定の償却が終わっているのに会計ではまだ償却が続くため、逆転が起きます。こうした時期ごとのズレを別表で正確に調整しなければなりません。
また、損金経理要件がないという資産調整勘定の特性から、会計上ののれん償却を計上していなくても、税務上は当然に損金算入が進みます。会計処理が「償却ゼロ」のまま放置されている場合、「税務は動いているが会計は止まっている」という状態が続き、後から修正が必要になることもあります。
こうした複雑な処理に対応するためには、M&A実行後すみやかに専門の税理士・会計士と連携し、税務申告書の別表処理と会計処理の双方を一貫して管理できる体制を整えることが重要です。特に資産調整勘定の税効果会計処理(繰延税金資産の計上)は高度な判断を要するため、M&Aに精通したプロフェッショナルへの相談が推奨されます。
計算ミスは最終的に税務調査で指摘されます。
参考情報:資産調整勘定の発生要件・償却方法・別表処理について詳しく解説しています。