

会計上の「負ののれん」は発生した年に一括で特別利益に計上されますが、税務上の「差額負債調整勘定」は即時益金算入できず、5年間にわたって強制的に課税されます。
M&Aや組織再編の場面で耳にすることが多い「負ののれん」。この概念は、会計と税務で呼び方がまったく異なります。会計の世界では「負ののれん」と呼ばれますが、税務の世界では「負債調整勘定」という名称で取り扱われます。混同したまま申告書を作ると、別表処理が狂う原因になります。
負債調整勘定が発生するのは、非適格合併・非適格分社型分割・非適格現物出資・事業譲渡などの「非適格組織再編等」が実施された場合です。対価の額が移転を受けた資産・負債の時価純資産価額を下回ったとき、その下回る金額の部分が負債調整勘定として認識されます。簡単に言えば、「時価純資産より安く買ったときの差額」がベースになるわけです。
税務上の負債調整勘定は、以下の3種類に分類されます。
| 種類 | 内容 | 会計上の類似概念 |
|---|---|---|
| 退職給与負債調整勘定 | 引継ぎを受けた従業員の退職給与債務に相当する金額 | 退職給付引当金(※別物として扱う) |
| 短期重要負債調整勘定 | 再編日からおおむね3年以内に見込まれる重要な将来債務 | 特定勘定(※別物として扱う) |
| 差額負債調整勘定 | 上記2つを控除した後の残額(税務上の負ののれん) | 負ののれん(※即時利益計上との相違に注意) |
重要なのは、表中の「会計上の類似概念」はあくまでイメージ用だという点です。申告書の上では、退職給付引当金と退職給与負債調整勘定はまったく別の処理が必要になります。つまり会計上の引当金を否認し、税務上の負債調整勘定を計上するという二段構えの対応が求められます。
負債調整勘定の発生要件は、非適格合併の場合は事業移転要件がありませんが、非適格分社型分割・分割型分割・現物出資・事業譲渡では「分割直前に営む事業と、それに係る主要な資産または負債の概ね全部が移転する」ことが条件となります。これは資産調整勘定(税務上ののれん)と同じ要件です。
つまり、事業の「核心部分」が移転しない場合は、いくら差額があっても負債調整勘定は認識されません。この点が実務で見落とされやすい落とし穴です。
参考になる情報:非適格合併等の発生要件と負債調整勘定の種類を詳しく解説している専門サイト
負債調整勘定の種類と内容 - 組織再編税制 とらの巻
退職給与負債調整勘定は、非適格合併等において「引継ぎを受けた従業員の退職給与債務の引受額」に相当する金額を計上します。計上額は、一般に公正妥当と認められる会計基準による退職給付引当金として認められる金額に基づきます。
取り崩しのタイミングは「対象の従業員が退職したとき」です。取り崩し額は以下の計算式で求めます。
負債調整勘定計上額 × (退職した対象従業員数 ÷ 認識の原因となった従業員総数)
この取り崩し額は益金の額に算入されます。また、従業員ごとの個別明細を保存している場合は、各従業員に対応する個別計算でも取り崩せます。個別計算を選ぶかどうかは、事務負担と正確性のバランスで判断することになります。
ここで見落としやすいのが、会計上の退職給付引当金と税務上の退職給与負債調整勘定の金額は、時間の経過とともにズレていくという点です。退職給与負債調整勘定は計上後に増額できないのに対し、退職給付引当金は毎期末の計算で変動します。そのため申告書上では、退職給付引当金を否認し、代わりに退職給与負債調整勘定を計上する調整処理が別表5(1)上で必要になります。
これは「同じ従業員に関する数字なのに、会計と税務で別管理する」という状況です。実務では、この二本立ての管理が漏れて申告誤りが発生するケースがあります。
また、退職給与負債調整勘定を認識するためには「退職給与債務引受け」の要件が満たされている必要があります。単に従業員が移ってきただけでなく、実態として退職給与の引受けが行われたことを示す証拠が求められます。この点が実務で争点になることもあります。
参考になる情報:国税庁による賞与引当金の取り扱いに関する質疑応答
事業の譲受けに伴い賞与支払債務の履行に係る負担を引き受けた場合の取り扱い - 国税庁
短期重要負債調整勘定は、3つの負債調整勘定の中で「要件の複雑さ」が際立っています。以下の2つの条件を同時に満たす将来債務が対象です。
この「20%超」という基準はかなり高いハードルです。たとえば受け入れた資産総額が10億円なら、2億円を超える将来債務でなければ短期重要負債調整勘定は認識できません。工場取り壊し費用や大規模リストラの損失など、ある程度まとまった金額の潜在債務が存在する組織再編でなければ、なかなか該当しない仕組みになっています。
取り崩しが発生するのは、次のいずれかのタイミングです。
3年以内に損失が生じなかった残額は、3年経過時点で強制的に全額が益金算入されます。この「3年強制取り崩し」は計画的に見込んでおく必要があります。これが意外に忘れられがちです。
具体例を挙げると、事業譲渡で受け入れた事業に「翌2年で工場を解体する予定があり、その解体費用見込額が5,000万円(資産取得価額の25%)」という場合が該当します。この5,000万円が短期重要負債調整勘定となり、実際に解体費用が生じた時点で対応する金額を取り崩し益金算入します。
参考になる情報:短期重要負債調整勘定の具体的な要件や取り崩し方法を解説
事業譲受けや非適格合併等における「短期重要負債調整勘定」 - 税制研究会
差額負債調整勘定は「会計上の負ののれんから、退職給与負債調整勘定と短期重要負債調整勘定を控除した残額」です。3種類の負債調整勘定の中で、多くのM&A案件に登場するのがこの差額負債調整勘定です。
差額負債調整勘定の税務上の取り崩し方法は、5年定額法(月割り計算)による均等益金算入です。具体的な計算式は次のとおりです。
当初計上額 × 事業月数 ÷ 60(か月)
たとえば差額負債調整勘定として3,000万円を計上した場合、毎期500万円(年12か月の場合)が益金に算入されます。仮に実効税率が30%なら、毎年150万円の追加税負担が5年間続くことになります。これはキャッシュフローの計画に織り込んでおく必要があります。
会計上の処理と比較するとその違いは際立ちます。会計上の負ののれんは、M&Aが実施された事業年度に「特別利益」として一括計上されます。一方で税務上の差額負債調整勘定は5年に分散して益金算入されるため、M&A実施年度に会計利益は増えるのに、税務上の課税は5年に分割されるという「ズレ」が生じます。
このズレは税効果会計上の一時差異として処理する必要があります。具体的には、初年度に会計上で一括計上した負ののれん発生益に対し、将来の課税見込額の繰延税金負債を計上します。この税効果会計の処理を怠ると、財務諸表上の「法人税等調整額」の表示が狂い、有価証券報告書などの開示書類に影響が出ます。
かつて差額負債調整勘定の取り崩しは「5年均等償却」という形式でしたが、平成29年度税制改正により「通常の5年定額法(月割り)」に変更されました。これにより事業年度の途中で発生した場合も月割り計算が適用され、より精緻な管理が求められるようになっています。
参考になる情報:のれん・負ののれんの会計・税務処理の全体像を解説
のれん・負ののれんとは?会計処理と税務処理 - 日本M&Aセンターグループ(STRIKE)
負債調整勘定を認識した場合、法人税申告書の別表処理が不可欠です。申告書上で正しく処理しなければ、税務調査で指摘を受けるリスクがあります。実務上の処理フローを整理しましょう。
別表5(1)への反映
調整勘定の残高管理は主に別表5(1)で行います。負債調整勘定は「会計上の貸借対照表には表示されない(決算書には出てこない)」にもかかわらず、税務上は残高があります。この税務上のみ存在する残高を別表5(1)の利益積立金額の明細に記載・管理します。これを漏らすと、翌年度以降の取り崩しの根拠が消えてしまいます。
別表4への反映
差額負債調整勘定の取り崩しは税務上のみ行われ、会計上はそれに対応する仕訳がありません。よって別表4において加算調整(益金算入)を行い、課税所得に反映させます。退職給与負債調整勘定の取り崩しも同様に別表4に記載します。
税効果会計との関係
差額負債調整勘定は一時差異です。会計上で負ののれん発生益を一括計上した年度に、対応する繰延税金負債を計上します。その後、税務上で5年にわたり益金算入されるにつれて繰延税金負債を取り崩していきます。この管理表を整備しておかないと、毎期の法人税等調整額の計算が崩れます。
令和7年度税制改正(2025年)の影響
2025年度(令和7年度)税制改正により、無対価の非適格組織再編成における資産調整勘定等の算定方法が明確化されました。これまで実務上の判断にゆだねられていた部分が整理され、特に「一定の資産評定により移転を受ける資産及び負債の価値が等しくなる場合等でその対価がないとき」の処理が明文化されています。グループ内の組織再編で無対価合併を多用している企業では、この改正内容の確認が急務です。
参考になる情報:令和7年度税制改正による資産調整勘定・差額負債調整勘定の算定方法見直しの内容
2025年度税制改正大綱 非適格合併等における資産調整勘定等の算定方法の見直し - PwC Japan
また、非適格合併等の税務処理全体の実務フロー(別表4・別表5(1)の連携)を理解したい場合は、合併会計・税務の実践解説が参考になります。
【組織再編③】会計・税務処理(合併仕訳・別表調整)- サン共同税理士法人
株式譲渡では負債調整勘定は発生しない
最後に、よく誤解されるポイントを挙げます。株式譲渡のM&Aでは、買い手の個別財務諸表上に負債調整勘定(差額負債調整勘定)は発生しません。連結財務諸表上でのれん・負ののれんは出てきますが、法人税法上の調整勘定は「非適格合併等」で資産・負債が直接移転するときに初めて発生する仕組みです。株式譲渡でM&Aを行い「負のれんが出たから差額負債調整勘定の処理をしなければ」と誤解するケースが実務でも見られます。これは要注意です。
参考になる情報:負ののれん発生の実際の企業事例(RIZAPグループ・日本郵政など)と税務処理の違い
負ののれんとは?発生益の仕訳例と税務処理を解説 - M&Aキャピタルパートナーズ