

負ののれん発生益は、会計上の利益なのに手元キャッシュは1円も増えません。
M&Aが完了した際、買収対価が被買収企業の時価純資産を「上回れば」正ののれん、「下回れば」負ののれんが発生します。つまり負ののれんとは、純資産2億円の企業を1億円で買収したとき、その差額1億円のことです。イメージとしては「定価2万円の商品を1万円で買えた」ような状態を企業規模で起きたものと考えるとわかりやすいでしょう。
企業会計基準第21号(企業結合に関する会計基準)第31項では、取得原価が受け入れた資産・引き受けた負債の純額を下回る場合、その不足額を「負ののれん」と定義しています。
この定義が日本の会計処理の根拠です。
通常、M&Aでは買い手がブランド力・顧客基盤・技術力などの無形資産の価値を上乗せして買収するため、正ののれんが発生するケースがほとんどです。負ののれんは例外的な取引とされており、その発生自体が「このM&Aには何らかの特殊事情がある」というシグナルになります。
これが原則です。
企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準委員会)- 負ののれんの定義・会計処理の法的根拠を確認できます
負ののれんは何もないところには発生しません。発生する背景には、大きく3つのパターンがあります。
1つ目は「簿外債務・訴訟リスク」です。財務諸表に記載されていない隠れた負債(未払退職給付債務、保証債務、環境汚染修復費用など)を抱えている場合、買い手はそのリスク相当分を買収価格から差し引いて交渉します。結果として純資産を下回る価格で取引が成立し、負ののれんが生じます。
2つ目は「売り手側の事情による低価格売却」です。後継者不在・健康不安・急ぎの事業撤退などで売り手が早急な売却を望んでいるケースでは、「価格よりも確実な成立」を優先することがあります。ライザップによるビーアンドディー社の買収(2017年)では、純資産238百万円の会社を0円で取得し、238百万円の負ののれんが発生しています。
3つ目は「資産の過大計上・清算困難」です。帳簿には高く残っているが実際の市場価値が低い古い機械設備や、バブル期取得の不動産などは、売却しようとすると二束三文という事態が珍しくありません。清算コスト(原状回復費用・退職金・設備撤去費用)まで加味すると純資産よりも低い価格での取引が合理的になることがあります。
意外ですね。
実際の連結修正仕訳を確認しましょう。純資産1,000万円の子会社を900万円で取得した場合を例にします。
この取引で発生する連結修正仕訳は、まず投資と資本を相殺消去します。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 資本金(子会社) | 10,000,000円 | 子会社株式 | 10,000,000円 |
| 子会社株式 | 1,000,000円 | 負ののれん | 1,000,000円 |
| 負ののれん | 1,000,000円 | 負ののれん発生益 | 1,000,000円 |
3行の仕訳に分解されていますが、実質的な意味は「子会社純資産1,000万円 ー 買収対価900万円 = 差額100万円を特別利益に計上する」ということです。
これが基本です。
なお、資本金以外の純資産(利益剰余金・その他資本剰余金など)がある場合は、それぞれ対応する科目を借方に立てた上で消去します。実務上は資産・負債を時価評価(PPA)した後の「時価純資産」を基準に差額を計算するため、帳簿上の純資産額とは異なる金額になる点に注意が必要です。
マネーフォワードクラウド「負ののれんの発生原因から仕訳、会計処理など解説」 - 仕訳の具体例とRIZAP事例が詳しく説明されています
親会社が子会社株式を100%取得していない場合(部分所有)、仕訳に非支配株主持分が加わります。純資産1,000万円の子会社を80%保有(取得対価720万円)した場合を例にしましょう。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 資本金(子会社) | 10,000,000円 | 子会社株式 | 7,200,000円 |
| 非支配株主持分 | 2,000,000円 | ||
| 負ののれん発生益 | 800,000円 |
非支配株主持分は「子会社純資産 × 非支配株主比率(20%)= 200万円」として計上します。負ののれん発生益は、親会社の取得分(80%)に対応する純資産800万円から取得対価720万円を差し引いた80万円となります。
この計算ステップが混乱しやすいところです。
重要な点は、負ののれんに関する損益(発生益)は親会社持分のみに帰属し、非支配株主持分には配分されないということです。のれん償却費が親会社持分のみで処理されるのと同じ考え方です。
日本の会計基準では、連結損益計算書における「特別利益」の区分に「負ののれん発生益」として表示されます。営業利益・経常利益とは別の区分になるため、読者が企業の本業収益力を分析する際にはこの金額を除いて考えることが基本です。
一方、IFRSを採用している企業では話が全く変わります。IFRSには「特別利益」という区分が存在しません。そのため、負ののれん発生益は「営業利益」の中に取り込まれます。ライザップがIFRS採用企業だったため、M&Aを重ねるたびに負ののれん発生益が営業利益に計上され続け、本業が厳しい状態でも「営業利益が好調」に見える財務諸表になっていた、というのが有名な事例です。2018年3月期に約117億円の営業利益を計上していたライザップが翌期に約93億円の赤字に転落したのも、この会計基準の特性が背景にあります。
これは使えそうです。
| 日本基準 | IFRS | |
|---|---|---|
| 負ののれん発生益の表示区分 | 特別利益 | 営業利益(その他営業収益) |
| 正ののれんの償却 | 20年以内で定額償却 | 償却なし(減損テストのみ) |
| 負ののれんの発生益認識 | 発生時に一括 | 発生時に一括(再測定手続あり) |
EY Japan「わかりやすい解説シリーズ『連結』第2回:投資と資本の消去」 - のれん・負ののれんの連結処理を公認会計士が詳解しています
これは実務上の重要な落とし穴です。負ののれん(発生益)は連結修正仕訳でのみ現れる勘定科目であり、個別財務諸表(単体決算書)には一切登場しません。
親会社の個別財務諸表では、子会社株式を「投資有価証券」または「子会社株式」として取得原価(900万円)で計上するだけです。たとえ純資産1,000万円の会社を900万円で取得して100万円の負ののれんが連結上発生していても、個別決算では差額を利益に計上する処理は行われません。
つまり連結です。
このことは税務処理とも密接に関係しています。連結納税制度(グループ通算制度)を採用していても、連結上の勘定科目である負ののれん発生益はそのまま税務の課税関係には直結しません。税務上は別の概念「差額負債調整勘定」として処理されます。
会計と税務で処理が異なる点こそ、負ののれんを扱う際に最も注意が必要な部分です。
会計上は発生した期に一括で特別利益計上されますが、税務上は全く別の処理になります。税務では、買収対価が時価純資産を下回る場合、その差額を「差額負債調整勘定」として負債に計上し、60か月(5年間)にわたって均等に益金算入していきます。
| 比較項目 | 会計上の処理 | 税務上の処理 |
|---|---|---|
| 認識タイミング | 買収完了時に一括 | 60か月(5年)で均等 |
| 勘定科目 | 負ののれん発生益(特別利益) | 差額負債調整勘定(負債) |
| B/Sへの計上 | なし | 負債として計上・均等償却 |
| 金額の一致 | 会計上と税務上で必ずしも一致しない | |
たとえば、1億円の負ののれんが発生した場合、会計上は発生年度に1億円の特別利益を計上しますが、税務上は毎年2,000万円ずつ5年間益金に算入されます。この差異が生じることで、発生年度に一時差異(繰延税金負債)が発生し、税効果会計の処理も必要になります。
痛いですね。
日本M&Aセンター「『負ののれん』とは?発生する原因や会計・税務上の処理を解説」(公認会計士監修)- 差額負債調整勘定の詳細と60か月均等益金算入の仕組みが解説されています
これがよく混乱するポイントです。会計上、負ののれんは発生した事業年度に全額を特別利益として計上するため、貸借対照表に残高が残ることはありません。翌期以降、正ののれんのように「のれん償却費」として毎年費用を計上する必要は一切ないのです。
これは正ののれンとの大きな違いです。正ののれんは取得時にB/Sの無形固定資産に計上され、最長20年にわたって毎期定額償却(費用計上)を行います。正ののれんが資産として残り続けるのに対し、負ののれんはB/Sに一切登場しません。
ただし、翌期以降も影響がゼロかというとそうではありません。税務上の差額負債調整勘定は5年間かけて益金算入されるため、毎年の法人税額に影響を与え続けます。また、グループ通算制度を適用している場合、子会社で発生した差額負債調整勘定の益金算入はグループ全体の所得計算に含まれます。
これが条件です。
ここは意外と盲点になりやすい論点です。負ののれん発生益は「会計上の利益」であり、実際のキャッシュの増加を伴いません。先に述べた通り、会計上の利益なのに手元現金は1円も増えないのです。
キャッシュフロー計算書(C/F)では、営業CF(間接法)の「当期純利益」をスタート地点として、キャッシュを伴わない損益を調整します。負ののれん発生益はキャッシュアウトを伴わない利益のため、「負ののれん発生益(マイナス調整)」として差し引かれます。
| 営業キャッシュフロー(間接法) | 調整方向 |
|---|---|
| 当期純利益 | +(スタート) |
| 減価償却費 | +(加算) |
| のれん償却費 | +(加算) |
| 負ののれん発生益 | -(減算) |
投資家として財務諸表を読む際、C/Fの調整項目に「負ののれん発生益のマイナス計上」が大きく出ている企業は、利益の質に注意が必要です。P/Lの純利益は膨らんでいても、営業CFベースでは利益が乗っていないケースがあるからです。企業分析の際は営業CFをあわせて確認する、という一手間が重要です。
似ているようで全く別のものです。
整理しておきましょう。
負ののれんは「買収時」に発生するもので、買収価格が時価純資産を下回っているという事実から一度だけ利益計上されます。
B/Sには残りません。
一方、のれん減損は「買収後」に発生するもので、買収時に正のれんとしてB/S計上した資産の価値が当初の期待を下回ったと判断されたときに行われる損失計上です。
これは発生したときに損失です。
負ののれんは一度発生すると以後のれんとして残高が出ないため、「負ののれんの減損」というものは存在しません。
これは重要な論点で、簿記試験にも頻出です。
これだけ覚えておけばOKです。
実際のM&A事例を通じて、連結財務諸表への影響を立体的に理解しましょう。
ライザップ(RIZAP)は2018年3月期まで、多くの企業をM&Aで取得し続けました。同社はIFRSを採用していたため、取得する都度、負ののれん発生益が「営業利益」の中に計上され続けました。2018年3月期の営業利益は約117億円でしたが、そのうち相当額が負ののれん発生益だったとされています。
翌2019年3月期には約93億円の赤字に転落します。M&Aを凍結して新規の負ののれん発生益が消えた途端、本業の収益力の低さが明らかになったわけです。これは投資家にとって、利益の質を見抜けなかった典型的な事例として教訓になっています。
この事例から学べることは、IFRSを採用している企業の「営業利益」には負ののれん発生益が含まれている可能性があるということです。投資家として決算書を読む際、有価証券報告書の注記で「負ののれん発生益の計上有無と金額」を必ず確認する習慣が、損失回避につながります。
ライザップグループ 有価証券報告書(IRライブラリ)- 実際の負ののれん計上額と財務諸表への影響を原典で確認できます
上場企業間のM&Aでは負ののれんは比較的珍しいケースです。
しかし中小企業のM&Aでは話が変わります。
老舗企業の事業引き継ぎや、後継者不在による廉価売却、経営難企業のスポンサー買収など、純資産を下回る価格での取引が多数行われているのが実態です。
伊勢丹と三越の2008年の経営統合でも700億円の負ののれんが発生した事例があります。このケースでは旧会計基準(現行基準改正前)のもと、700億円を貸借対照表の負債の部に計上し5年間で定期償却する処理が行われていました。現行の会計基準では発生年度に一括で利益計上するルールに変わっています。
中小企業M&Aで負ののれんが発生する案件を買収する側に立った場合の主な注意点を整理します。
持分法は、投資先企業を完全に連結する代わりに、投資割合に応じた損益だけを反映させる方法です。20〜50%程度の議決権を持つ関連会社に適用されます。
持分法でも負ののれんが生じるケースがあります。
ただし処理の考え方は連結とやや異なります。
持分法では、投資額が投資先の純資産の持分を下回る場合、その差額を「持分法による投資利益」として取り込みます。連結財務諸表で「負ののれん発生益」という科目で独立表示されるのと異なり、持分法では営業外収益の枠内で処理されることが一般的です。
連結と持分法のどちらが適用されるかによって、財務諸表への影響の大きさは全く異なります。連結では資産・負債を全額取り込みますが、持分法では純額(投資勘定)での反映にとどまるため、負ののれんの金額も連結時より小さく見えることがあります。
これが条件です。
日商簿記2級・1級や公認会計士試験、税理士試験では、負ののれんの連結仕訳が頻繁に出題されます。試験でつまずきやすいポイントを整理しておきます。
試験で頻出の設定は「純資産〇円の子会社を△円で取得」という形式です。ポイントは時価純資産(時価評価後の純資産)を基準にすることです。帳簿価額がそのまま使われることもありますが、時価評価差額がある場合は評価替え仕訳を先に行い、その後に相殺消去の仕訳をします。
ミスが多いのは、時価評価前の簿価純資産と時価純資産を混同するケースです。たとえば帳簿上の純資産800万円でも、土地に含み益200万円があれば時価純資産は1,000万円になります。取得対価900万円なら正ののれんが発生するケースが、評価差額を見落とすと負ののれんと誤認してしまいます。
会計人コース「連結会計の仕訳に強くなる超基礎トレーニング【第4回】資本連結」 - 時価評価から連結修正仕訳までステップごとに解説されています
これは検索上位には出てこない、独自の視点です。
投資家が企業の決算短信や有価証券報告書を読む際、負ののれん発生益が計上されている場合に確認すべきポイントが3つあります。
1つ目は「発生益の規模と本業利益の比率」です。営業利益の20%以上を負ののれん発生益が占めているような場合、その期の利益は再現性がありません。次期以降、M&Aが止まれば利益水準が大きく下がる可能性があります。
2つ目は「買収先の業績トレンド」です。負ののれんが出るような割安買収は、被買収企業が何らかの問題を抱えているケースが多い。買収後の統合コスト(PMIコスト)や損失が当初の負ののれん発生益を超えるケースも珍しくありません。
3つ目は「IFRSか日本基準かの確認」です。IFRSの場合、負ののれん発生益が営業利益に混入している可能性があります。営業利益の伸び率だけを見て「本業が好調」と判断するのは危険です。注記を読み、実態に基づいた利益水準を把握することが重要です。
財務分析のツールとして、四季報オンラインや有価証券報告書検索サービス(EDINET)を活用すれば、各企業のM&A履歴と特別利益の内訳をまとめて確認できます。
知っていると得する情報です。
EDINET(金融庁電子開示システム)- 上場企業の有価証券報告書で負ののれん発生益の注記・計上額を原典確認できます
ここまでの内容を整理しましょう。
負ののれんは、M&Aで買収対価が被買収企業の時価純資産を下回った際に生じる差額です。連結財務諸表においては、発生年度の特別利益(日本基準)または営業利益(IFRS)として一括計上されます。B/Sへの計上は一切なく、翌期以降の償却も不要です。
仕訳の流れは「投資と資本の相殺消去 → 差額を負ののれん発生益として貸方計上」のステップで行います。非支配株主持分がある場合は取得比率に基づいて計算します。個別財務諸表には登場しない連結固有の処理であることも忘れないでください。
税務では「差額負債調整勘定」として60か月均等の益金算入が求められます。会計上の一括計上とのタイミング差が税効果会計に影響します。投資家として決算書を読む際は、負ののれん発生益の有無・金額・IFRSか日本基準かの確認が、企業の実力を正しく把握するうえで欠かせません。
スピードM&A「負ののれんとはどこよりもわかりやすく解説」- 持分法・減損との違い・税務処理の相違点が整理されています
十分な情報が揃いました。
記事を生成します。