信託型ストックオプション課税の落とし穴と節税対策

信託型ストックオプション課税の落とし穴と節税対策

信託型ストックオプションの課税:仕組みと最新の税務上の扱い

売却前に株を一枚も売っていないのに、最大55%の税金が突然やってきます。


この記事の3つのポイント
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給与課税 vs 譲渡課税

信託型SOは「売却時だけ約20%課税」という常識が2023年に覆され、権利行使時に最大55.945%の給与課税が発生する制度に変わりました。

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過去5年に遡及する納税義務

国税庁は過去の行使分についても5年さかのぼって給与所得として課税する方針を示しており、約800社の導入企業に影響が及んでいます。

税制適格への移行で節税できる

一定の要件を満たすことで税制適格ストックオプションとして扱え、行使時の給与課税を回避し、売却時の約20%の譲渡課税のみで済む道があります。


信託型ストックオプションの課税の基本構造とは

信託型ストックオプションとは、経営者(委託者)が信託会社(受託者)に資金を拠出してストックオプションを購入・保管させ、信託期間中に役職員へポイントを付与し、期間満了後にポイント数に応じてストックオプションを交付する仕組みです。


この制度は、従来型のストックオプションが持つ「付与対象者を発行時に決めなければならない」という欠点を解消するために設計されました。信託開始後に入社した社員にも、発行当初の株価を基準にした同一条件のオプションが付与できるのが大きなメリットです。


課税タイミングは「3段階で考える」のが基本です。①信託設定時(法人課税)、②役職員への権利行使時(給与所得課税)、③株式売却時(譲渡所得課税)という流れになります。


問題の核心は②の段階にあります。


2023年5月の国税庁見解公表前は、業界内で「信託がSOを購入しているから労務の対価ではない」という解釈が広まっており、権利行使時に課税されないとする理解が定着していました。しかし国税庁は「実質的に会社が役職員に付与している以上、労務の対価に当たる」として、給与所得課税を適用すると明確化したのです。


これは単なる税率の違いではありません。


譲渡所得(申告分離課税)であれば所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%の合計約20.315%で済みます。しかし給与所得として総合課税になると、所得税は累進課税で最大45%、住民税10%と合算して最大55.945%に跳ね上がります。たとえば権利行使益が3,000万円あった場合、税負担は最大で約1,680万円にもなり、譲渡課税の場合(約609万円)との差は1,000万円以上です。これは非常に大きな差額です。


参考:国税庁が公表した信託型SOに関する課税Q&A(令和5年7月改訂版)


国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」令和5年7月改訂版 | 信託型SOを含む各種SOの課税関係を整理した公式Q&A


信託型ストックオプションの課税タイミングと2025年改正の影響

2025年の税制改正では、信託型SOの課税タイミングがさらに明確化されました。


改正の骨子は「受益者が指定されたタイミングで給与所得として課税される」という点です。つまり、信託期間が満了して役職員にストックオプションが割り当てられる瞬間が「課税発生時点」とされました。株式の価値が上がっていても下がっていても、その時点でオプションの経済的価値に対して給与課税が走ります。


ここで大きな落とし穴があります。


株を一株も売っていない段階で課税が発生するため、現金が手元にない状態で高額の所得税・住民税を支払わなければならないケースが生じます。これを「キャッシュアウト問題」と呼ぶ実務家もいます。


たとえば、権利行使時の時価が1株2,500円、行使価格が500円で、5,000株分のSOを取得した場合を考えます。給与所得額は(2,500円 − 500円)× 5,000株 = 1,000万円です。所得税率30%(仮定)+住民税10%で計算すると、約400万円の税金が生じます。株を売る前に400万円を用意する必要がある、ということです。厳しいですね。


さらに給与所得として認識されれば、社会保険料標準報酬月額の算定にも影響が及ぶ可能性があります。給与所得が大幅に増加した年度は、翌年の健康保険料・厚生年金保険料が跳ね上がる点にも注意が必要です。


なお、2025年改正前と後では課税タイミングに微妙な差があり、2025年改正前(旧来の国税庁見解)では「権利行使時」が課税タイミングとされていましたが、2025年改正により「受益者指定時」と明文化されました。いわゆる「行使前の時点で課税される」ケースが増えるため、実務への影響が大きくなっています。


参考:経済産業省によるストックオプション税制の総合解説ページ


経済産業省「ストックオプション税制」 | 税制適格SOの要件・改正の概要・インセンティブ制度の活用法を総合的に解説


信託型ストックオプションが税制適格となる課税要件と条件整理

信託型SOが常に不利かといえば、そうではありません。


国税庁は2023年7月改訂のQ&Aで、信託型SOが税制適格として扱われるための要件を明示しました。これを満たせば、権利行使時の給与課税は回避でき、株式売却時の譲渡所得課税(約20%)のみで済みます。


主な要件は以下のとおりです。


要件 内容
付与対象者 会社・子会社の取締役・執行役・使用人等
権利行使期間 受益者指定日後2年〜10年以内(設立5年未満の非上場企業は15年以内)
権利行使価額 信託受益権付与に係る契約締結時の時価以上
年間行使限度額 1,200万円以下(設立年数・上場状況により最大3,600万円)
譲渡制限 新株予約権の他者への譲渡禁止
保管委託 行使後の株式を証券会社・金融機関等で管理


要件のポイントは「受益者指定日後2年を経過してから」という行使開始タイミングです。


これが実務上の最大のハードルになります。つまり、受益者としてSOを割り当てられてから2年経たないと権利行使できない。その間、株価が上昇しても「待つ」必要があります。


権利行使価額の要件も重要です。原則として契約締結時の時価以上の金額で行使価格を設定しなければなりません。非上場株式の時価算定には、純資産法を用いてよいとの国税庁の見解が示されており(2023年6月公表)、この点は使い勝手が改善されています。これは使えそうです。


年間権利行使限度額についても、令和6年度税制改正で拡充されました。従来は原則1,200万円でしたが、設立後5年未満の非上場企業であれば2,400万円、さらに一定条件下では3,600万円まで引き上げられています。複数のSOを持っている場合は合算で管理する必要がある点も覚えておくべきです。


参考:西村あさひ法律事務所による信託型SOの課税関係に関する詳細な法律・税務解説


西村あさひ法律事務所「いわゆる信託型ストックオプションへの課税関係を中心に」 | 税制適格要件の分析・スキームへの影響を法律・税務の両観点から解説


信託型ストックオプション課税における「遡及適用」という独自視点での問題整理

あまり語られない重要な問題が「遡及課税」です。


国税庁は2023年5月の説明会で、「今回の見解は当初からの解釈であり、新たに課税を始めるものではない」と明言しました。つまり過去の行使分についても、原則として過去5年分(法定申告期限から5年以内)の未申告分に対して給与課税が遡及して生じる可能性があります。


この点は多くの記事で見落とされがちですが、既に退職した元従業員が権利を行使していた場合でも、企業側が源泉徴収義務を負うというケースが生じます。「退職した人の税金まで会社が肩代わりするのか」という問題です。


国税庁はこの状況について、企業の実情を踏まえて分割納付に応じる方針も示しています。しかし、過去に行使した元役職員から税相当額を回収するのは現実的に困難なケースが多く、実質的に企業が肩代わりせざるを得ないケースもあります。約800社が導入していたとされる信託型SOで、影響額が200億円超と試算(日経新聞2023年5月)されていたことからも、その規模の大きさがわかります。


遡及課税を回避するうえで取りうる選択肢は主に2つあります。


  • 税制適格SOへの移行:未行使のSOについて、受益者指定時点を新たな付与起点とみなして税制適格要件を充足させる方法。設計が難しく、専門家への相談が必要です。
  • 企業側による源泉所得税の納付と分割交渉:行使済み分については国税当局と交渉し、分割納付を選択する方法。一定の猶予が認められるケースもあります。


いずれにせよ、既存の信託型SOを保有している段階で「何もしない」は最もリスクが高い選択です。


また、遡及課税の問題は「時効」にも関わってきます。通常の税務調査の遡及は5年ですが、脱税などの故意が認定された場合は7年まで延びることがあります。仮に企業が適切な税務処理をしていなかったと判断されれば、さらに厳しい追徴が生じるリスクもゼロではありません。この点も頭に入れておく必要があります。


信託型ストックオプションの課税対策と税制適格SOへの移行ポイント

課税の問題を把握した上で、具体的に何ができるかを整理しましょう。


まず、保有している信託型SOが「既行使か未行使か」によって対応策が根本的に異なります。これが基本です。


①未行使の場合:税制適格SOへの移行を検討する


国税庁が2023年7月に示したQ&Aでは、受益者指定のタイミングで「無償発行の新株予約権」とみなすことができれば、税制適格SOの要件を充足できる可能性があることが示されています。具体的には、受益者指定日から行使開始まで2年以上の待機期間を設けることがカギです。


非上場企業で株価算定を再度行う場合は、純資産法が利用できます。純資産法は「簿価純資産÷発行済み株式数」で計算するため、比較的シンプルで低めに時価が算出されやすい点もメリットです。


②行使済みの場合:企業と当局との交渉が中心になる


すでに権利を行使して売却まで終わっているケースでは、差額分の源泉所得税(給与課税ベース)を追加で納付する必要があります。企業が従業員に求償できるかどうかは個別の雇用契約・信託契約の内容によっても異なるため、専門の税理士・弁護士への相談が先決です。


税制適格SOへの移行を検討する際に確認すべき4つのポイント


  • ✅ 付与対象者が会社・子会社の取締役・従業員等に限定されているか
  • ✅ 受益者指定日から2年以上後に行使開始できる期間設計か
  • ✅ 年間行使額の上限(原則1,200万円)を超えていないか
  • ✅ 権利行使価格が受益者指定時の時価以上に設定されているか


なお、税制適格SOの設計・確認には専門家の関与が欠かせません。特に非上場企業での株価算定や、法的に「無償発行」要件を充たす契約設計は、税理士・公認会計士・弁護士が連携して対応するケースが増えています。


信託型SOの課税問題に精通した専門家の選定にあたっては、スタートアップのIPO支援に実績のある会計事務所や法律事務所への相談を検討する価値があります。


参考:freeeが解説するストックオプションの種類別課税計算と信託型の取り扱い最新動向


freee「ストックオプションに税金はかかる?計算方法や信託型の注意点を紹介」 | 税制適格・非適格の計算方法と信託型の2025年税制改正後の取り扱いをわかりやすく解説