

適格現物分配と聞いて「難しそう」と思ったあなた、実は完全支配関係は分配の直後に解消しても適格要件を満たせます。
現物分配とは、法人がその株主等に対して剰余金の配当などの事由により、金銭ではなく土地・株式・建物などの資産を交付することをいいます(法人税法2条12号の5の2)。日常的な「配当」は現金で行われるのが一般的ですが、現物分配はその現金の代わりに資産そのものを渡す行為です。
現物分配の中でも、一定の要件を満たしたものを「適格現物分配」と呼びます。適格か非適格かで、税務上の扱いは大きく異なります。これが条件です。
適格現物分配の要件は、法人税法上で以下の2つです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①内国法人要件 | 現物分配法人(分配する側)および被現物分配法人(受け取る側)が、いずれも内国法人であること |
| ②完全支配関係要件 | 現物分配の直前において、資産の移転を受ける者が現物分配法人との間に完全支配関係がある内国法人(普通法人または協同組合等)のみであること |
他の組織再編(合併・分割など)と大きく異なる点は、完全支配関係の「継続」が求められていないことです。適格合併や適格分割では、組織再編後も支配関係の継続が見込まれることが要件になりますが、適格現物分配では直前の支配関係さえ確認できれば十分です。
つまり、現物分配の直前に完全支配関係を形成し、現物分配の直後にその関係を解消したとしても、適格要件を満たし続けることができます。これは意外なポイントですね。この性質が、グループ再編における適格現物分配の使い勝手のよさにつながっています。
なお、「完全支配関係」とは、一の者が他の法人の発行済株式等の全部を直接または間接に保有する関係のことです。一般的に「100%の資本関係」と理解すれば問題ありません。
参考情報:要件の詳細と組織再編税制における位置づけについては、以下のページが網羅的に解説しています。
適格現物分配の要件(株式分配を含む) - 組織再編税制 とらの巻
適格現物分配の最大の魅力は、その税務上のメリットです。これは使えそうです。主に以下の3つが挙げられます。
💰 ①譲渡損益がゼロになる(法人税の繰り延べ)
通常、法人が資産を譲渡する場合には時価で収益が認識され、含み益があれば法人税が課税されます。しかし適格現物分配では、現物分配法人は資産を「分配直前の帳簿価額で譲渡した」とみなされます。帳簿価額による移転なので、含み益があっても課税が繰り延べられます。
たとえば、帳簿価額が2,000万円・時価が5,000万円の土地を子会社から親会社に適格現物分配する場合、3,000万円の含み益があっても、その時点では課税されません。この差額が「課税繰り延べ」として積み上がる構造です。
📋 ②受取配当金が全額益金不算入になる
被現物分配法人(資産を受け取る側)では、移転資産を「帳簿価額で取得したもの」として処理し、それに伴う収益は益金不算入となります。通常の現物分配とは異なり、受取配当等の益金不算入規定(法人税法23条)ではなく、適格現物分配の特例規定(法人税法62条の5第4項)によって全額が益金から外れます。
これにより、被現物分配法人では課税所得が増えることなく資産を引き受けられます。
🏦 ③源泉徴収が不要になる
通常の配当を法人が受け取る際には、配当の支払時に源泉徴収が行われます(所得税法181条)。しかし適格現物分配は「所得税法上の配当等の範囲から除外」されているため、源泉徴収義務が発生しません。つまり適格現物分配なら、資産の移転時にキャッシュの動きが一切不要となります。
🧾 ④消費税が不課税になる
現物分配は「株主たる地位に基づく出資への謝礼」として行われるものであり、消費税法上の「対価を得て行う資産の譲渡等」には該当しません。そのため、不動産や棚卸資産を現物分配しても消費税は不課税となります。この点は多くのケースで見落とされがちです。
| 税目 | 適格現物分配 | 非適格現物分配 |
|---|---|---|
| 法人税(譲渡損益) | なし(繰り延べ) | あり(時価で課税) |
| 受取配当等 | 全額益金不算入(特例) | 通常の益金不算入規定を適用 |
| 源泉徴収 | 不要 | 必要 |
| 消費税 | 不課税 | 不課税 |
これらのメリットを総合すると、グループ法人が100%の資本関係を維持している場合、適格現物分配は「コストなしで資産を動かせる」非常に有効な手段となります。
参考情報:適格・非適格現物分配の詳細な税務仕訳と別表調整については、以下が参考になります。
完全支配関係がある法人間の資産の譲渡・現物分配の会計と税務 - EY Japan
適格現物分配の要件と税務メリットを理解した上で、実際にどのような場面で活用されるのかを見ていきます。活用シーンが明確になると、この制度の使い方がよりイメージしやすくなります。
🏢 ケース①:孫会社を子会社化したいとき
親会社A・子会社B・孫会社Cという3層構造の場合、孫会社C株式をBからAへ移転したいニーズが生まれることがあります。この場合、BからAへC株式を適格現物分配すれば、C株式の移転に伴う譲渡損益は発生しません。孫会社を子会社化するための手法としては他に「会社分割」と「株式売買」がありますが、それぞれと比べた適格現物分配のメリットは次の通りです。
| 比較対象 | 適格現物分配のメリット |
|---|---|
| 会社分割と比較 | 債権者保護手続きが不要。計画から実行まで最短1日も可能 |
| 株式売買と比較 | 株式移転による損益が発生しない |
税制適格を満たすための要件が少ないことが原則です。会社分割は事業継続要件・従業者引継要件など複数の要件を満たす必要がありますが、適格現物分配は「内国法人間の完全支配関係」だけで足ります。
🏗 ケース②:子会社の土地を親会社に移転したいとき
子会社が含み益を抱えた土地を保有しており、親会社に移転した後で子会社を売却するようなケースです。土地を売買により移転すると時価課税が発生しますが、適格現物分配なら帳簿価額による移転のため、課税が繰り延べられます。ただし、その後に親会社が第三者へ土地を売却した時点で含み益が実現し、課税が発生することには注意が必要です。
🔄 ケース③:解散・清算時の残余財産分配
完全支配関係にある子会社を解散・清算する際、子会社が保有している不動産や株式などの財産を残余財産として親会社に現物分配する方法が取られます。課税関係なく帳簿価額のまま移転できるため、清算スキームとして非常に合理的です。
📑 ケース④:資本関係の整理
株式交換を使った資本関係の整理では、通知・公告など法定手続きが必要で時間がかかります。一方、適格現物分配を活用すれば、これらの手続きを省略しながら最短1日で資産を移動させることが可能です。これは時間的メリットが大きいですね。
参考情報:孫会社の子会社化など具体的な活用スキームについては以下が詳しいです。
適格現物分配は「配当の一形態」として行われるため、組織再編という意識が薄くなりがちです。しかしこれが落とし穴になります。
適格現物分配は法人税法上、明確に「組織再編税制の一類型」として位置づけられています(法人税法2条12号の15)。そのため、合併や分割と同様に、以下の制限規定の対象となる場合があります。
⚠️ 繰越欠損金の使用制限(法人税法57条④)
現物分配法人と被現物分配法人との間の50%超の支配関係が、適格現物分配があった事業年度開始の日から遡って5年以内に生じていた場合には、被現物分配法人は以後の事業年度において一定の繰越欠損金を使用できなくなります。
なぜこのような制限が設けられているかというと、適格現物分配では含み益のある資産が帳簿価額で被現物分配法人に移転されるからです。被現物分配法人がその含み益を実現させた際に、自社の繰越欠損金と相殺することで税負担をゼロにする、という租税回避行為を防ぐ狙いがあります。
合併・分割であれば「みなし共同事業要件」を満たすことでこの制限を回避できる場合があります。しかし適格現物分配にはそのような例外規定がありません。制限規定の適用除外の道が非常に狭いという点は、大きな注意点です。
⚠️ 特定資産の譲渡等損失の損金算入制限(法人税法62条の7①)
支配関係が生じる事業年度前から被現物分配法人が有していた含み損資産(特定資産)を、一定期間内に譲渡した場合には、その譲渡損が損金算入できなくなります。これも合併などと同様の制限です。
支配関係が5年以上前から継続している場合や、時価純資産超過額が繰越欠損金を上回る場合など一定条件下では制限が緩和されることもあります。しかし個別判定が必要なケースが多く、グループ再編を検討する際は税理士への事前確認が不可欠です。
まとめると、適格現物分配を検討する際は「支配関係がいつ形成されたか」を必ず確認することが条件です。5年以内に形成された支配関係がある場合は、繰越欠損金の使用制限を受ける可能性が高く、節税のつもりが逆に損をするケースもあります。
参考情報:繰越欠損金の使用制限と制限が発動する条件については以下に詳しい解説があります。
完全支配関係がある法人間の資産の譲渡・現物分配の会計と税務 - EY Japan
平成29年(2017年)度税制改正により、「適格株式分配」という新たな制度が創設されました。これは、スピンオフ分割に類似する形で、100%子会社の株式をすべての株主に持ち株比率に応じて現物分配するスキームです。意外ですね。
通常の適格現物分配(完全支配関係が必要)とは異なり、適格株式分配は「子会社を独立させて別会社として切り出す」ことを目的としているため、要件の構造がまったく異なります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①金銭等不交付要件 | 分配の目的物として、100%子法人の株式以外の資産が交付されないこと(株式と現金を混ぜると非適格になる) |
| ②案分型要件 | 現物分配法人の株主の持ち株数の割合に応じて株式が分配されること |
| ③継続非支配要件 | 現物分配前に現物分配法人が他者に支配されておらず、かつ分配後に分配承継法人が他者に継続して支配されないことが見込まれること |
| ④事業移転要件 | 子法人の従業者の概ね80%以上が分配後も継続して従事することが見込まれること |
| ⑤事業継続要件 | 子法人の主要な事業が、分配後も継続して営まれることが見込まれること |
| ⑥特定役員継続要件 | 子法人の特定役員(社長・副社長・代表取締役等)のすべてが分配に伴って退任するものではないこと(1名でも残れば充足) |
特に④の事業移転要件「従業者の80%以上継続従事」という数値は、スピンオフ分割の要件と共通しており、実務上のハードルになることもあります。特定役員継続要件については、対象となる役員が1名でも残れば満たせるため、比較的クリアしやすい要件です。
また、令和5年(2023年)度税制改正では、親会社に20%未満の出資持分を残した状態で子会社株式を現物配当する「一部スピンオフ」に近い形も、条件付きで適格株式分配として認められるようになりました。この改正により、グループ再編の柔軟性はさらに向上しています。
通常の適格現物分配との比較をまとめると以下の通りです。
| 項目 | 通常の適格現物分配 | 適格株式分配 |
|---|---|---|
| 対象資産 | 任意の資産(土地・株式等) | 100%子法人の株式のみ |
| 支配関係 | 100%の完全支配関係が必要 | 完全支配関係不要(スピンオフ型) |
| 事業継続要件 | なし | 必要(80%以上の従業者継続) |
| 主な目的 | グループ内の資産移転 | 子会社の独立・切り出し |
通常の適格現物分配は「グループ内で資産をコストなく動かす」もの、適格株式分配は「グループから事業を切り出す」もの、という整理で考えると分かりやすいでしょう。それぞれの用途が原則です。
参考情報:適格株式分配の要件と通常の現物分配との比較については以下が詳しいです。
適格現物分配の要件(株式分配を含む) - 組織再編税制 とらの巻
ここでは検索上位の記事にはない独自視点で、実務担当者や金融・経営企画に関わる方が「適格現物分配を実行する前」に必ず確認すべき実務チェックポイントを整理します。
✅ チェック1:分配前の完全支配関係の確認
適格現物分配の要件はシンプルですが、「分配の直前において」完全支配関係が必要です。この「直前」は厳密に解釈され、分配決議の時点では不十分で、実際に分配が行われる瞬間に100%の資本関係が成立していなければなりません。特に、株式の移転や持ち株構成の変動が生じた場合は、事前に資本関係を再確認することが条件です。
✅ チェック2:被現物分配法人の法人種別の確認
要件を正確に読むと、被現物分配法人は「普通法人または協同組合等」に限定されています。一般社団法人・公益法人・人格のない社団等は、たとえ100%の資本関係があっても適格現物分配の相手方にはなれません。グループ内にこれらの法人が含まれる場合は事前に整理しておく必要があります。これが基本です。
✅ チェック3:分配可能額の確認(会社法の制約)
適格現物分配は税法上の制度ですが、実行には会社法上の「分配可能額」の制限があります。会社法の規定により、純資産が300万円を下回る場合や、現物分配の結果として純資産が300万円を下回る場合は配当そのものができません。税制適格であっても会社法上の要件を満たさなければ実行不可能です。厳しいところですね。
✅ チェック4:株主総会決議の要否の確認
現物分配(金銭以外の資産による配当)を行う場合、会社法309条第2項第10号により、株主に「金銭分配請求権」(現物ではなく金銭を選べる権利)を与えない場合は、特別決議(議決権の3分の2以上)が必要です。ただし、100%親子会社間であれば書面決議による株主総会の省略が可能(会社法319条)なので、手続きの負担は軽減されます。
✅ チェック5:支配関係の形成時期の確認
前節でも触れましたが、繰越欠損金の使用制限(いわゆる「5年ルール」)の適用可否は、支配関係がいつ形成されたかにかかっています。具体的には、「50%超の支配関係の形成」が現物分配があった事業年度開始日から遡って5年以内かどうかを確認します。例えば2026年3月期(2025年4月1日〜2026年3月31日)に適格現物分配を実行する場合、2021年4月1日よりも前に支配関係が形成されていれば制限の対象外になります。
これらのチェックを事前に行うことで、実行後に予期しない課税が発生するリスクを大幅に低減できます。適格現物分配の活用を検討する段階で税理士や公認会計士に相談することが推奨されますが、上記5点は自社で事前確認できる重要ポイントです。
なお、グループ法人税制や組織再編税制の全体像を把握したい場合、国税庁の公式解説も参考になります。
適格現物分配による資本の払戻しを行った場合の税務上の処理 - 国税庁