

赤字決算になると「せっかく前期に納めた法人税が…」と感じる経営者や経理担当者は少なくありません。しかし実は、一定条件を満たせばその税金を取り戻せる制度が存在します。
欠損金の繰戻還付とは、ある事業年度に赤字(欠損金)が生じた場合、その欠損金を前の事業年度の黒字所得に繰り戻すことで、すでに納付した法人税の一部または全額の還付を請求できる制度です。国税庁が根拠法令として定める法人税法第80条に基づく正式な制度であり、節税や資金繰り改善を目的に多くの中小企業が活用しています。
具体的なイメージとしては、こんな状況を思い浮かべてください。ある会社が前期(A期)に所得1,000万円を出して法人税を納めたとします。しかし当期(B期)に売上が落ち込み、500万円の赤字になってしまった場合、この500万円の赤字をA期の黒字に「繰り戻し」、A期に納めた法人税の一部を取り戻せる、というのが制度の骨格です。
繰越控除とよく混同されますが、方向性がまったく逆です。繰越控除は今期の赤字を翌期以降(最大10年間)の黒字と相殺して将来の法人税を減らす制度です。一方の繰戻還付は過去に戻ってすでに納めた税金を返してもらう制度で、実際にキャッシュが戻ってくる点が最大の違いです。この違いは重要です。
赤字になって手元資金が不足しがちなタイミングに、過去の納税額が戻ってくるのは経営にとって大きな助けになります。ただし、この制度を利用するには厳格な適用要件を満たす必要があります。次のセクションで詳しく確認しましょう。
参考(国税庁公式ページ):欠損金の繰戻還付の根拠法令・要件を正確に確認できます。
申請すれば誰でも使える制度ではありません。適用要件が満たせているかどうか、必ず事前に確認してください。
要件は大きく3つです。まず①「還付所得事業年度(前期)から欠損事業年度(当期)の前期までのすべての事業年度について、連続して青色申告書を提出していること」。次に②「欠損事業年度の青色申告書である確定申告書を提出期限内に提出していること」。そして③「②の確定申告書と同時に『欠損金の繰戻しによる還付請求書』を提出すること」。この3つがすべて揃って初めて申請できます。
特に③の「確定申告と同時提出」は見落とされがちなポイントです。「申告後に気づいてあとから請求書だけ出す」は原則として認められません。申告期限を1日でも過ぎると適用不可になるため、当期が赤字になりそうな時点から顧問税理士と事前に相談しておくことが重要です。
また、この制度を使えるのは原則として「中小企業者等」だけです。資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人が主な対象となります。ただし注意点があります。資本金が1億円以下であっても、資本金5億円以上の大法人に完全支配されている法人(いわゆる「みなし大企業」)や、大通算法人はこの中小企業者等には含まれません。自社が親会社のグループ傘下にある場合は、別途確認が必要です。
資本金1億円超の大企業については、平成4年(1992年)4月1日以降、この繰戻還付制度の適用が停止され続けており、令和8年3月末まで延長されています。ただし解散・災害損失・清算中の欠損金などは例外として大企業でも適用可能です。
| 区分 | 適用可否 | 主な条件 |
|---|---|---|
| 資本金1億円以下の中小法人 | ✅ 適用あり | 青色申告・期限内申告・請求書同時提出 |
| 資本金1億円超の大企業 | ❌ 原則停止中 | 解散・災害損失などは例外あり |
| みなし大企業(完全支配関係あり) | ❌ 対象外 | 親会社の資本金等の規模に依存 |
| 設立初年度の法人 | ❌ 対象外 | 前期が存在しないため |
制度適用の正確な判断は、国税庁の公式ページや顧問税理士への確認が確実です。
参考(弥生株式会社):個人事業主向けの純損失繰戻還付の条件も含め、わかりやすく解説されています。
納めた税金が戻ってくる繰戻し還付とは?仕組みや条件を税理士が解説|弥生
「実際にいくら戻ってくるのか?」は、経営判断において最も気になる部分です。計算式はシンプルです。
$$\text{還付金額} = \text{前期の法人税額} \times \frac{\text{当期の欠損金額(上限:前期の所得金額)}}{\text{前期の所得金額}}$$
たとえば次のケースを考えてみましょう。
この場合の計算は「120万円 × 500万円 ÷ 800万円 = 75万円」となります。つまり75万円が還付されます。500万円の赤字に対して75万円が手元に戻ってくるのは、資金繰りが厳しい時期にとって文字通りの救いになります。
注意点が一つあります。当期の欠損金額が前期の所得金額を上回っている場合、計算に使える欠損金額の上限は「前期の所得金額」に制限されます。つまり赤字が大きすぎても、戻ってくる税金の上限は「前期の法人税額の全額」が天井です。全額還付されるケースは、欠損金額が前期の所得金額以上のときに限られます。
また、法人税の還付とあわせて「地方法人税」(法人税額の10.3%相当)も還付されます。一方、住民税や事業税などの地方税は繰戻還付の対象外です。地方税分は翌期以降の繰越控除で対応することになります。これは多くの経営者が誤解しやすい点です。「全額の税金が戻る」わけではなく、国税(法人税+地方法人税)のみが対象だと覚えておきましょう。
参考(公認会計士監修メディア):具体的な計算例や手続きの流れが詳細に解説されています。
欠損金の繰り戻し還付請求とは?赤字決算で法人税が戻る節税策を徹底解説|コンダクトメディア
手続きそのものはそれほど複雑ではありませんが、タイミングと書類の準備が命綱です。流れを確認しておきましょう。
「別表一・四・七」は、会計ソフトを使えば自動生成できるケースもあります。ただし複数の事業年度にまたがる計算や、所得計算の調整が必要な場面では、税理士のチェックを受けるのが安全です。
還付請求書を出すタイミングが一番の注意点です。「期限後申告」になってしまうと、一切受け付けてもらえません。事業年度終了日(決算日)の翌日から2ヶ月以内が原則的な申告期限(税務署への申請により最大1ヶ月延長可)であるため、決算準備は早めに着手することをおすすめします。
また、繰戻還付の申請後に税務署から照会(書面での問い合わせ)が入ることは珍しくありません。赤字計上の根拠を証明できる契約書・見積書・議事録・領収書などを事前に整理しておけば、照会に対してスムーズに対応できます。税務調査になるかどうかは個別の状況次第ですが、書類の不備や経費計上の不自然さがあると調査リスクが高まる傾向があります。
参考(小谷野税理士法人):繰戻還付の申請で税務調査が来る可能性とその対策が詳しく解説されています。
繰戻還付を申請すると税務調査が来る?根拠と注意点について解説|小谷野税理士法人
「繰戻還付と繰越控除のどちらを選ぶべきか?」は、多くの経営者が悩むポイントです。長期的に見ると、どちらを選んでも節税効果の総額はほぼ変わらないというのが税務上の通説です。ただし、それはあくまで「将来の黒字が確実に見込める場合」の話です。
| 比較項目 | 繰戻還付 | 繰越控除 |
|---|---|---|
| キャッシュ回収タイミング | 申告後1〜3ヶ月で入金 | 翌期以降に黒字になるまで効果なし |
| 対象税目 | 法人税・地方法人税のみ | 法人税・住民税・事業税なども対象 |
| 遡れる期間 | 前期1年分のみ | 翌期から最大10年間 |
| 税務調査リスク | やや高め(審査が伴う) | 比較的低め |
| 適用条件 | 資本金1億円以下の中小企業 | 企業規模を問わず適用可 |
ここで一つ、見落とされがちな視点があります。繰越控除は住民税・事業税など地方税にも節税効果が波及しますが、繰戻還付は国税(法人税と地方法人税)のみです。つまり、繰戻還付を選んだ場合の地方税分については、別途繰越控除で対応することになります。これが意外と知られていない落とし穴です。
判断の実務的な基準をまとめると、次の3つになります。
なお「どちらか一方しか選べない」わけではありません。赤字の一部を繰戻還付に充て、残りを繰越控除に回す「分割活用」も制度上は可能です。この柔軟な活用法を知っておくと選択肢が広がります。これは使えそうです。
ただし最終的な選択は、自社の財務状況・事業計画・税務署対応能力などを総合的に考慮する必要があります。顧問税理士とシミュレーションを行い、数値で比較してから決断することをおすすめします。
参考(サン共同税理士法人):繰越控除と繰戻還付の両制度をわかりやすく整理・比較しています。