

内容証明を送っても、その後5年以内に動かなければあなたの請求権は消えます。
「遺留分減殺請求」という言葉を聞いたことはあっても、2019年の民法改正によってすでに「遺留分侵害額請求」という制度に切り替わっていることを知らない人は少なくありません。つまり、旧来の名称で手続きを進めようとすると、そもそも法的な立てつけの理解がずれたまま動くことになります。
改正のポイントは大きく2つあります。まず「何を請求するか」が変わりました。旧民法(改正前)における遺留分減殺請求では、遺留分が侵害されていた場合、相手が取得した不動産や株式などの財産の現物をそのまま取り戻す仕組みでした。たとえば、1500万円の遺留分が侵害されているとき、3000万円の不動産があれば、その2分の1の共有持分が自動的に請求者へ移転するという形です。この仕組みの問題点は、共有関係が強制的に発生してしまうことで、その後の管理や売却をめぐって相続人同士がさらにもめるケースが多発したことでした。
現行民法(改正後)の遺留分侵害額請求では、現物ではなく「差額に相当する金銭の支払い」を求める請求に統一されました。つまり、1500万円の侵害があれば、1500万円の現金を支払ってもらう形で精算します。これによって被相続人が意図して特定の人に渡したかった財産の帰属は守られ、かつ遺留分権利者も金銭で保護されるバランスが実現しました。
もう1つの変化が、遺留分の算定基礎に含まれる生前贈与の範囲です。旧法では、相続人が受けた贈与は時期を問わずすべて遺留分計算の基礎に算入されていました。これが改正後は「相続開始前10年以内」に限定されました。10年以上前の生前贈与は、原則として遺留分侵害額請求の計算対象に入りません。なお例外として、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行った贈与であれば、10年超のものでも算入対象になります(民法第1044条)。
どちらの制度が適用されるかは、被相続人が亡くなった日付で決まります。2019年7月1日より前に亡くなった場合は旧法の遺留分減殺請求、同日以降であれば現行の遺留分侵害額請求が適用されます。
| 比較項目 | 改正前(遺留分減殺請求) | 改正後(遺留分侵害額請求) |
|---|---|---|
| 適用される相続の発生時期 | 2019年6月30日以前 | 2019年7月1日以降 |
| 請求できる内容 | 財産の現物返還(共有持分の移転) | 金銭による差額の支払い |
| 生前贈与の算入範囲 | 時期制限なし(全期間) | 相続開始前10年以内が原則 |
| 兄弟姉妹の遺留分 | なし(改正前後とも同じ) | なし |
旧法と新法が混在する相続案件では、適用法の確認が最初の一歩です。
参考リンク(法改正による制度変更の詳細解説)。
遺留分減殺請求とは? 法改正による侵害額請求との変更点や手続き|ベリーベスト法律事務所
遺留分侵害額請求に関する時効の理解で最も重要なのは、「時効が1本ではなく3本立てになっている」という点です。これを混同すると、「まだ大丈夫」と思っていた権利がいつの間にか消えていたという事態を招きます。
① 知った時から1年(消滅時効)
遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が「相続の開始があったこと」と「遺留分を侵害する贈与または遺贈があったこと」の両方を知った時から1年間行使しないと、時効によって消滅します(民法第1048条前段)。ここで注意すべきは、「知る」の中身です。単に「被相続人が亡くなった」「他の相続人が贈与を受けていた」という事実を把握しているだけでは時効はスタートしません。「その贈与・遺贈によって自分の遺留分が具体的に侵害されている」と認識した時点が起算点になります(最判昭和57年11月12日参照)。
とはいえ、認識時期の立証は非常に難しく、後になって「いつ知ったか」をめぐる争いが起きやすいのが実態です。時効の起算点争いを避けるためにも、相続開始から1年以内に動くことが最も安全な判断です。
② 相続開始から10年(除斥期間)
被相続人が亡くなった日から10年が経過すると、遺留分侵害額請求権は無条件で消滅します(民法第1048条後段)。これは「除斥期間」と呼ばれるもので、消滅時効とは性質が異なります。中断・停止・更新の余地が一切なく、遺留分の侵害を知らなかった場合でも容赦なく消滅します。
10年という期間は長いように見えますが、相続人間の対立が長期化したり、そもそも相続の発生を後から知ったりするケースでは注意が必要です。除斥期間は止められません。
③ 請求権行使後の金銭債権として5年(債権消滅時効)
遺留分侵害額請求の意思表示(通常は内容証明郵便の送付)を行うと、そこで「遺留分侵害額請求権」は行使済みとなり、その代わりに「金銭の支払いを求める債権(金銭支払請求権)」が新たに発生します。この金銭債権には、2020年4月1日施行の改正民法(民法第166条1項)に基づき、5年の消滅時効が適用されます。つまり、内容証明を送ってから相手が支払わないまま5年放置すると、今度はその金銭債権が時効消滅します。
なお、2020年3月31日以前に請求権を行使していた場合は旧法が適用され、時効期間は10年です。
| 時効の種類 | 期間 | 起算点 | 中断・停止 |
|---|---|---|---|
| ①消滅時効 | 1年 | 侵害を知った時 | 可能(意思表示で止まる) |
| ②除斥期間 | 10年 | 相続開始の時 | 不可(例外なし) |
| ③金銭債権消滅時効 | 5年(旧法適用なら10年) | 請求権を行使した時 | 可能(調停・訴訟等) |
3本すべての期限管理が必要です。
参考リンク(3段階の時効構造と起算点の詳細解説)。
遺留分の時効はいつまで?期限と対処法を弁護士が詳しく解説|デイライト法律事務所
遺留分侵害額請求の時効を「止める」ための手段として最初に挙げられるのが内容証明郵便の送付です。相手方に「遺留分侵害額を請求する」という意思表示を届けることで、1年の消滅時効は「行使済み」となり消滅しなくなります。口頭や電話でも法律上は意思表示として有効ですが、後日「言った・言わない」の争いになるため、日付と内容が公的に証明できる内容証明郵便を使うのが原則です。
ここが落とし穴です。内容証明郵便を送っただけで「すべて安心」とはなりません。先述のとおり、内容証明送付後には新たに5年の金銭債権消滅時効が始まります。相手が支払いを無視したり拒否したりしている間にも、5年のカウントは続きます。相手の反応がなければ6か月以内に調停や訴訟へ移行する準備を始めることが強く推奨されます。
また、見落とされがちな注意点として「調停の申立てだけでは1年の時効を止められない可能性がある」という問題があります。民法上は家事事件手続法による調停申立ては時効完成を猶予できると定められていますが、実務的な見解は分かれており、裁判所のウェブサイトでも「調停申立てとは別に内容証明郵便による意思表示が必要」と明記されています。
時効を確実に管理するための行動ステップを整理します。
遺産分割協議や遺言の無効争いをしている間も、遺留分の時効は並行して進みます。「遺言の有効性を争っているから」という理由で遺留分請求を先送りにすることは非常に危険です。万一の場合に備えて、並行して遺留分侵害額請求の意思表示を行っておくことが保全策として有効です。つまり、「念のための請求」として使えます。
参考リンク(時効の止め方と実務上の注意点)。
遺留分侵害額請求の時効は1年・10年・5年の3本立て|弁護士法人アクロピース
遺留分侵害額を正確に把握するには、計算の構造を理解しておく必要があります。計算そのものが「時効までに請求できるかどうか」の判断にも直結するからです。
遺留分侵害額の基本計算式は以下のとおりです。
遺留分の割合は相続人の組み合わせによって異なります。代表的な例として、配偶者と子が相続人の場合、総体的遺留分は遺産全体の2分の1です。これを法定相続分の割合で按分するため、配偶者の個別的遺留分は4分の1、子(複数いれば均等割り)の合計も4分の1となります。
| 相続人の組み合わせ | 総体的遺留分 | 個別的遺留分(例) |
|---|---|---|
| 子のみ(1人) | 1/2 | 1/2 |
| 配偶者と子(1人ずつ) | 1/2 | 配偶者1/4・子1/4 |
| 直系尊属のみ | 1/3 | 1/3 |
| 配偶者のみ | 1/2 | 1/2 |
| 兄弟姉妹 | なし | なし |
改正後の重要な変化が「生前贈与の算入範囲」です。旧法では相続人が受けた生前贈与は時期を問わず全額が遺留分計算の基礎に含まれていました。現行法では相続人への贈与は「相続開始前10年以内」のもの、かつ婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与(特別受益に相当するもの)に限定されました(民法第1044条2項・3項)。
この変更の影響は大きく、たとえば相続開始の11年前に長男へ渡した1億円の土地は、原則として遺留分計算の基礎財産に含まれません。一方で、「遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与」であると証明できれば、10年超のものでも算入対象になります。この立証は簡単ではなく、専門的な証拠収集が必要です。
計算例で確認しましょう。相続財産6000万円、相続人は子3名(長男・次男・三男)、遺言により長男がすべてを取得した場合を想定します。子3名の場合、個別的遺留分の割合はそれぞれ「1/2(総体的遺留分)×1/3(法定相続分の按分)=1/6」です。遺留分額は「6000万円×1/6=1000万円」。長男以外の次男・三男はそれぞれ1000万円の遺留分侵害額請求ができる計算になります。
遺留分侵害額の計算は一見シンプルに見えますが、生前贈与の算入・除外の判断、遺留分の基礎財産の確定(被相続人の負債の控除など)が絡むため、実際の計算では専門家の力を借りることが現実的です。
遺留分侵害額請求の話題で見落とされがちなのが、相続税との関係です。金融や資産管理に関心がある読者にとっては、税務上の手続きを把握しておくことが直接的なお金の損得に影響します。
遺留分侵害額が確定した場合、相続人間の取り分が変動します。その結果、当初の相続税申告で計算した税額にも変化が生じます。取り分が増えた側(遺留分権利者、つまり遺留分侵害額を受け取った側)は追加の税負担が発生する可能性があります。一方、取り分が減った側(遺留分義務者、つまり遺留分侵害額を支払った側)は、払いすぎた相続税を取り戻せる可能性があります。
この「払いすぎた相続税を取り戻す手続き」が「更正の請求」です。遺留分に関連する更正の請求の期限は「遺留分の額が確定した日の翌日から4ヶ月以内」と定められています(相続税法第32条)。通常の相続税の更正の請求は申告期限から5年ですが、遺留分に関連するケースは別の起算点・別の期限が適用される点に注意が必要です。
4ヶ月は短いです。遺留分侵害額請求が調停や訴訟に発展して解決まで数年かかった後、ようやく「金額が確定」した時点からカウントが始まります。弁護士への依頼・解決を経て、次は税理士への相談——この流れが遅れると更正の請求の機会を逃すことになります。
具体的なイメージとして、次男が長男に対して1000万円の遺留分侵害額請求を行い、1年後に調停で900万円の支払いで合意が成立したとします。この確定日の翌日から4ヶ月が、長男が「相続税の更正の請求で払いすぎた税金を取り戻せる」チャンスです。支払い900万円分の税負担が軽くなる可能性があり、数十万円から数百万円単位の還付になるケースもあります。
遺留分侵害額請求が解決した後、そのままにしていると税務上の還付機会を逃すことになります。解決と同時に税理士へ相談する行動が1アクションで済む形が理想的です。相続専門の税理士であれば、遺留分確定後の更正の請求手続きを含めたサポートを一括して依頼できます。
相続税の更正の請求の仕組みについては、国税庁の公式ページにも詳細が記載されています。
参考リンク(遺留分確定後の相続税更正請求の詳細)。
遺留分侵害請求が認められた場合の相続税処理|DIG税理士法人
参考リンク(相続税の更正の請求の期限・手続き解説)。
相続財産が分割されていないときの申告|国税庁