遺言の無効を招く落とし穴と相続トラブルの防ぎ方

遺言の無効を招く落とし穴と相続トラブルの防ぎ方

遺言の無効を知らずに相続財産を失う人が後を絶たない理由

公正証書遺言を作っても、遺言能力がなかったと裁判所に認定されると全財産が凍結されます。


この記事の3つのポイント
⚠️
遺言が無効になる主な原因

形式の不備・遺言能力の欠如・証人の不適格など、知らないと無効になるケースが多数存在します。

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無効を争う訴訟は1〜2年超が相場

遺言無効確認訴訟は第一審だけで1〜2年かかり、弁護士費用は数十万〜数百万円に及ぶことも。

無効リスクを減らす具体的な対策

法務局の保管制度や公正証書遺言の活用、医師の診断書取得などで無効リスクを大幅に下げられます。


遺言の無効とは何か?法律上の定義と基本的な考え方


遺言は、遺言者が生前に自分の意思を書面に記し、死後にその内容を法的に実現するための制度です。民法960条は「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない」と定めており、方式を守らない遺言は原則として無効となります。


つまり、遺言の無効とは「その遺言書が法的な効力を持たない状態」を指します。無効になった遺言書は最初から存在しなかったものとして扱われます。これはとても重要な点です。


無効になる主な原因は大きく2種類に分類されます。1つ目は「形式的な不備」、2つ目は「実質的な無効原因」です。形式的な不備とは日付の記載漏れや署名・押印の欠如などです。一方、実質的な無効原因には遺言能力の欠如・詐欺・強迫・公序良俗違反などが含まれます。


遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があり、種類によって無効になりやすいパターンが異なります。自筆証書遺言は手軽に作れる反面、形式的な不備で無効になるリスクが最も高い遺言形式です。


なお、家庭裁判所の検認手続きを経た遺言書でも「有効性が保証された」わけではありません。検認は遺言書の保存・確認のための手続きであり、内容の有効性とは別の問題です。ここが多くの人が誤解するポイントです。


裁判所公式:遺言書の検認手続きの概要(家庭裁判所)


遺言の無効となる6つの典型パターンと具体例

遺言が無効になる代表的なケースは6つあります。それぞれの特徴をしっかり押さえておきましょう。


① 形式的な不備(自筆証書遺言に多い)


自筆証書遺言では「全文・日付・氏名を自書し、押印する」ことが民法968条で定められています。たとえば日付を「令和6年11月吉日」と書いた場合、作成日が特定できないため無効です。「吉日」という書き方は実際によく見られる失敗で、たったその一語で何百万円・何千万円もの遺産の行方が変わりえます。


財産目録をパソコンで作成することは2019年の改正で認められましたが、その場合は目録のすべてのページに署名と押印が必要です。ページを一枚でも忘れると無効になりかねません。


② 遺言能力の欠如(認知症が関係するケース)


遺言をするには「遺言能力」が必要です。民法961条は15歳以上を要件としていますが、実際に問題となるのは高齢者の認知症ケースです。


認知症だからといって自動的に無効になるわけではありません。遺言作成時の症状の程度、医師の診断書、介護記録などを総合的に判断します。公正証書遺言であっても、重度の認知症であった遺言者の遺言が無効とされたケースが実際に存在します。


③ 証人の不適格(公正証書遺言で発生しやすい)


公正証書遺言には証人2名の立ち会いが必要です。しかし、未成年者・推定相続人・受遺者およびその配偶者や直系血族は証人になれません(民法974条)。たとえば、遺言書で財産を受け取る人(受遺者)の子どもが証人になっていた場合、その遺言は無効となります。


④ 共同遺言の禁止(夫婦の連名遺言など)


民法975条は「2人以上の者が同一の証書で遺言をすることはできない」と定めています。夫婦が一枚の紙に連名で遺言を書くと、両者の遺言が無効になります。これは意外に知られていないルールです。配偶者がいる場合は必ず別々の遺言書を用意してください。


⑤ 公序良俗違反


遺言の内容が社会的な倫理に反する場合も無効となります。不倫関係の継続を目的とした愛人への遺贈は公序良俗違反として無効とされることがあります。ただし、生活保全目的の遺贈は有効と判断された判例も存在しており、一律に無効とはなりません。


⑥ 複数の遺言書が存在する場合の取り扱い


遺言書が複数ある場合、最新の日付のものが有効となり、古いものは無効とされます。ただし、日付が不明確な場合や、複数の遺言書の内容が矛盾する部分がある場合は、どちらの遺言が適用されるかで争いが生じることがあります。


三菱UFJ銀行そうぞくガイド:遺言書が無効になるケースと実例(弁護士監修)


遺言の無効に関するよくある誤解3選——「公正証書だから安心」は危険です

金融や資産形成に関心のある方ほど「遺言書を作れば終わり」と考えがちです。しかし、その認識には大きな落とし穴があります。


誤解①「公正証書遺言にすれば絶対安心」


公正証書遺言は公証人という法律の専門家が作成に関わるため、形式的な不備で無効になることはほぼありません。ただし「遺言能力がなかった」「証人が不適格だった」「口授(こうじゅ)を欠いた」などの実質的な問題があれば、公正証書遺言でも無効になりえます。公正証書なら万全、は誤解です。


口授とは、遺言者が公証人に対して遺言内容を自ら口で伝える行為を指します。体調不良や認知症の進行で、この口授が適切に行われていなかったとして無効を争われたケースも実際にあります。


誤解②「遺留分を侵害する遺言は無効になる」


「全財産を長男に相続させる」という遺言書があった場合、他の相続人は「これは無効だ」と思いがちです。しかし、遺留分を侵害していること自体は遺言書を無効にしません。遺言書は有効であり、遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」を行使して金銭での補填を求めることになります。遺留分と無効は別の話です。


誤解③「検認を受けた遺言書は有効」


家庭裁判所の検認は「遺言書の現状を確認・保存する手続き」であり、有効性の判断は行いません。検認済みの遺言書でも、内容や能力の問題で後から無効を争われる可能性は十分あります。検認=有効の証明ではないことを覚えておきましょう。


法務省:遺言書保管制度と自筆証書遺言に関する公式案内ページ


遺言無効確認訴訟の流れ・費用・期間——知らないと相続が数年止まる

遺言の無効を主張したい場合、どのような手続きをとるのでしょうか?実務的な流れを把握しておくことが重要です。


手続きの基本的な流れ


遺言の無効を争う場合、まず①相続人全員での協議を試みます。全員の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割も可能です。合意できない場合は②家庭裁判所への遺言無効確認調停の申し立て、それでも不成立なら③地方裁判所(または簡易裁判所)への遺言無効確認訴訟という流れになります。


訴訟を先に提起することも法律上可能ですが、裁判所から調停に回されるケースも多く、原則として「調停前置主義」が採用されています。


| 段階 | 申立先 | 特徴 |
|---|---|---|
| ①協議 | 当事者間 | 合意があれば最速・費用最小 |
| ②調停 | 家庭裁判所 | 中立な調停委員が関与 |
| ③訴訟 | 地方(簡易)裁判所 | 判決による強制解決 |


期間について


遺言無効確認訴訟は、過去の事実(遺言作成時の状態)を立証する必要があるため、審理に時間がかかります。第一審だけで1年から2年が標準的であり、控訴・上告審まで続くと3年〜5年になることも珍しくありません。その間、遺産分割ができない状態が続きます。


費用について


弁護士費用は事務所・案件の複雑さにより異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。


| 費目 | 目安 |
|---|---|
| 着手金 | 数十万円〜(調停から始める場合:33〜44万円程度) |
| 成功報酬 | 獲得遺産額の10〜20%程度 |
| 裁判費用(印紙代等) | 数万円〜 |
| 遺言能力鑑定費用 | 認知症が争点になる場合は別途数十万円 |


相続財産が5,000万円の場合、成功報酬だけで500万〜1,000万円になる計算です。遺言の内容に不満があっても、訴訟で全額を取り戻せるかどうかは別問題です。相続財産の規模と訴訟コストを冷静に比較する視点が、資産管理の観点から重要です。


また、遺留分侵害額請求権は「遺留分の侵害を知った日から1年」で消滅時効になります。遺言無効を争いながら、念のため予備的に遺留分侵害額請求の意思表示も同時に行っておくことが実務上の重要なポイントです。これは期限があります。


直法律事務所:遺言無効確認訴訟の費用・期間・流れを弁護士が詳解


遺言の無効リスクを防ぐ5つの実践的対策

遺言の無効は「知識があれば防げる」ものがほとんどです。具体的な対策を5つ紹介します。


対策①:自筆証書遺言は法務局の保管制度を使う


2020年7月10日から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用すると、法務局が遺言書を1件3,900円で預かります。申請時に法務局の職員が形式面をチェックするため、日付漏れや署名漏れなどの形式不備を事前に発見できます。形式不備による無効リスクが大幅に低下します。


ただし、法務局がチェックするのはあくまで形式面のみです。遺言能力の有無などの実質的な問題は確認されません。完全な有効性の保証ではない点を理解した上で利用しましょう。


さらに、法務局保管の遺言書は家庭裁判所の検認が不要です。相続開始後の手続きもスムーズに進みます。


対策②:公正証書遺言で形式面のリスクをゼロにする


形式的な不備による無効を完全に防ぐには公正証書遺言が最も確実です。公証人が本人から直接遺言内容を確認し、公文書として作成します。費用は遺産総額によって異なりますが、遺産が1,000万円以下の場合で2〜3万円程度、5,000万円程度で5〜6万円程度が目安です。


証人の選定は慎重に行いましょう。推定相続人や受遺者とその家族は証人になれません。司法書士や弁護士など第三者に依頼することで証人欠格のリスクを避けられます。


対策③:認知症リスクがある場合は医師の診断書を取得しておく


高齢者や持病がある方が遺言を作成する場合、遺言作成時に医師の診断書を取得しておくことが重要です。遺言作成時点での判断能力を客観的に証明する資料となります。


診断書に加えて、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)などの認知機能検査の結果も有効な証拠となります。後から「あの時は認知症だった」と争われたときの反証になります。これは特に大きな財産を持つ方にとって重要な対策です。


対策④:遺言書の内容を定期的に見直す


遺言書は一度書けば終わりではありません。子どもの誕生・離婚・相続人の死亡・財産内容の変化など、状況が変わるたびに見直しが必要です。


遺言書が複数存在する場合は最新日付のものが有効となります。古い遺言書は明示的に「この遺言書を撤回する」旨の遺言を作成するか、物理的に破棄することで整理しておきましょう。内容の矛盾が訴訟の原因になります。


対策⑤:専門家(弁護士・司法書士)に内容を確認してもらう


遺言書の内容を作成後に弁護士や司法書士に確認してもらうことで、曖昧な表現や法的に問題のある記述を事前に修正できます。「全財産を長男に」という記述だけでは対象となる財産が特定できず、遺言が無効になる可能性があります。不動産は所在地と地番、預貯金は金融機関名・支店名・口座番号まで明記することが原則です。


法務局公式:自筆証書遺言書保管制度の詳細・申請方法・手数料


遺言の無効が争われた判例に学ぶ——実際に起きたトラブルの教訓

実際の裁判例から学ぶことで、抽象的な知識が具体的なリスクとして理解できます。よく知られた類型を3つ紹介します。


判例①:認知症の高齢者の遺言が無効とされたケース(東京地裁)


遺言者が遺言作成から数ヶ月後に重度の認知症と診断された事案で、遺言作成時点のカルテや介護記録から、作成時にすでに判断能力が著しく低下していたと認定され、遺言が無効とされました。公正証書遺言であっても、医療記録が揃っていれば無効を立証できるケースがあることを示しています。


判例②:受遺者の家族が証人になっていたケース


遺言で財産を受け取る予定だった人(受遺者)の子どもが証人の一人として署名押印していた遺言書が争われたケースです。民法974条に規定される証人欠格者に該当するとして、証人の人数要件(2名以上)を満たさないため遺言は無効と判断されました。証人の選定を「家族の中から適当に」という感覚で行うことの危険性を示しています。


判例③:不倫相手への遺贈が一部有効とされたケース


公序良俗違反の典型例とされる愛人への遺贈ですが、「生活の維持・保全を目的としたもの」と認められた場合、有効と判断された判例も存在します。反対に、不倫関係の継続維持を促進する意図が明確な遺贈は無効となる傾向があります。遺言の動機と目的が重視されるということです。


これらの判例が共通して示す教訓は「遺言の有効性は作成時の状況・経緯・証拠が決め手になる」という点です。遺言書の文面だけでなく、作成前後の記録を残しておくことが、後の紛争を防ぐ上で重要です。


また、遺言無効を争う訴訟では「遺言の無効を主張する側」が証拠を積極的に集める必要があります。法的には遺言の有効性を主張する被告側に立証責任があるとされていますが、実際の裁判では原告(無効を主張する側)が積極的に立証しないと勝訴が難しい現実があります。


資産形成・相続対策に熱心な方であれば、自分が遺言を作成する立場だけでなく、受遺者・相続人として争いに巻き込まれる立場も想定しておくことが賢明な準備といえます。


税理士法人チェスター:公正証書遺言でも無効になる5つのケースと対処法




明日への遺言