

その他有価証券の評価差額を仕訳で覚えただけだと、本番で応用が利かず、含み益があるのに純資産を過大計上して財務諸表の分析を丸ごと誤る可能性があります。
有価証券は保有目的によって4種類に分類されます。売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式・関連会社株式、そして「それ以外すべて」に該当するのがその他有価証券です。取引先との関係強化のために持つ政策保有株式や、長期的な値上がりを見込む株式・社債などが代表例として挙げられます。
その他有価証券は、期末において時価をもって貸借対照表に計上することが日本の会計基準で義務付けられています。
これが「時価評価」と呼ばれる処理です。
ところが、税務の世界では話が変わります。
税法上は、その他有価証券の時価評価が認められていません。
税務ではあくまで取得原価のまま評価します。
この結果として「会計上の資産の簿価」と「税務上の資産の簿価」に差が生まれます。
これが一時差異の発生です。
つまり、税効果会計がなぜ必要かというと、会計と税務のルールの違いによって生まれる帳簿価額の乖離を、財務諸表上に適切に反映させるためです。この差異は将来売却したときに解消されるので「一時差異」に分類され、税効果会計の適用対象となります。
取得原価1,000円、期末時価1,200円のその他有価証券があり、法定実効税率30%を適用するケースで考えてみましょう。時価が取得原価を上回っているため、評価差益が200円生じています。
まず時価評価の仕訳は以下の通りです。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| その他有価証券 | 200 | その他有価証券評価差額金 | 200 |
次に税効果会計の仕訳を加えます。評価差益200円に対して税率30%を乗じた60円を繰延税金負債として計上します。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| その他有価証券評価差額金 | 60 | 繰延税金負債 | 60 |
2つの仕訳をまとめると、実務上は次のように1本にして示されます。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| その他有価証券 | 200 | 繰延税金負債 | 60 |
| その他有価証券評価差額金 | 140 |
これが基本形です。純資産に計上されるその他有価証券評価差額金が「税引後」の140円になっている点が重要です。将来実際に売却したときに税金60円が発生することを先取りして負債に計上しており、これが貸借対照表をより実態に近く見せる役割を果たします。
次に、取得原価1,000円に対して期末時価が700円に下落した場合を見てみましょう。
評価損が300円生じています。
このとき計上されるのは繰延税金資産です。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 繰延税金資産 | 90 | その他有価証券 | 300 |
| その他有価証券評価差額金 | 210 |
なぜ繰延税金資産になるのかというと、将来この有価証券を売却したときに売却損が生じ、その損失分だけ法人税等が軽減されるからです。具体的には、300円の値下がりに対して税率30%を乗じた90円分、将来の税負担が減ります。評価損は実はお金の節税効果を持つということです。繰延税金資産は「将来の税金を減らす権利」と理解しておけば大丈夫です。
ただし、評価損の場合は注意が必要です。繰延税金資産を計上するためには「回収可能性」の判断が求められます。将来十分な課税所得が見込めなければ、繰延税金資産は計上できません。この点は評価益の場合(繰延税金負債)と大きく異なります。
通常の税効果会計では、繰延税金資産・繰延税金負債の相手勘定として「法人税等調整額」という損益科目を使います。貸倒引当金の繰入超過や減価償却の限度超過などのケースが典型です。ところがその他有価証券の場合は、この法人税等調整額を使いません。
これが多くの人が混乱するポイントです。
理由は明確です。その他有価証券の評価差額は損益計算書(P/L)を一切通らず、貸借対照表(B/S)の純資産に直接計上されます。これが「全部純資産直入法」と呼ばれる処理方法です。P/Lと無関係な以上、P/L科目である法人税等調整額が登場する余地はありません。
整理するとこういうことです。
これさえ押さえておけばOKです。純資産に直接計上されるから、調整もそのまま純資産側で完結するという構造になっています。
その他有価証券の評価差額の処理方法には2種類あります。どちらを採用するかで税効果会計の扱いが変わるため、両者の違いを整理しておくことが重要です。
| 方法 | 評価差益の扱い | 評価差損の扱い |
|---|---|---|
| 全部純資産直入法 | 純資産に計上 | 純資産に計上 |
| 部分純資産直入法 | 純資産に計上 | 当期の費用(損失)として計上 |
全部純資産直入法は評価益・評価損を問わず、すべてB/Sの純資産に直入します。一方、部分純資産直入法は評価差益のみ純資産に計上し、評価差損はP/Lの費用として計上します。
部分純資産直入法で評価差損が発生した場合は、その差損がP/Lを通ることになります。この場合の繰延税金資産の相手勘定は「法人税等調整額」を使います。つまり部分純資産直入法の評価差損だけは、法人税等調整額が登場するという点に注意が必要です。日本では全部純資産直入法が一般的ですが、試験や実務ではどちらが採用されているか必ず確認しましょう。
意外に思われるかもしれませんが、売買目的有価証券には税効果会計を適用する必要がありません。これはその他有価証券との最大の違いの一つです。
売買目的有価証券の評価差額は損益計算書に計上され、当期の利益(または損失)として扱われます。税法上も、売買目的有価証券については時価評価が認められており、評価損益が課税所得に算入されます。売買目的有価証券に限っては、会計と税務の処理が一致しているのです。
会計上の利益と税務上の課税所得に差が生じない = 一時差異が発生しない = 税効果会計を適用する必要がない、という論理です。一時差異が発生するかどうかがすべての判断基準です。
この事実を知っておくと、有価証券の種類ごとの税効果の必要・不要を整理しやすくなります。
税効果会計を正しく理解するには「一時差異」の概念を押さえることが不可欠です。一時差異とは、会計上の資産・負債の帳簿価額と税務上の資産・負債の帳簿価額の差額のことをいいます。ポイントは「将来に差異が解消される」という点です。その他有価証券の場合、毎期末に発生した差異は翌期首の洗い替えで一度解消され、また新たな時価差異が生まれます。最終的には売却時に税務上でも損益が確定し、差異は完全に解消されます。
一時差異には2種類あります。
その他有価証券の評価益は「将来売却時に課税所得が増える」のだから将来加算一時差異です。評価損は「将来売却時に課税所得が減る(= 税金を減らせる)」のだから将来減算一時差異となります。
この分類は必ず覚えておきましょう。
永久差異(受取配当金の益金不算入など)は将来的に解消されないため、税効果会計の対象外です。その他有価証券の評価差額はあくまでも一時的なズレなので、税効果会計の対象になるということです。
日本の会計基準では、その他有価証券の期末時価評価は「洗替法(あらいがえほう)」によって処理することが義務付けられています。これは翌期首に前期末の評価差額の仕訳をすべて逆仕訳で戻す方法です。
たとえば前期末に次の仕訳を行ったとします(評価益200円、税率30%)。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| その他有価証券 | 200 | 繰延税金負債 | 60 |
| その他有価証券評価差額金 | 140 |
翌期首には、この仕訳を完全に逆転させます。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 繰延税金負債 | 60 | その他有価証券 | 200 |
| その他有価証券評価差額金 | 140 |
この洗い替えで帳簿上の価額は取得原価に戻り、一時差異も一旦ゼロに解消されます。そして期末にまた新たな時価で評価替えが行われます。繰延税金負債・繰延税金資産も同じように毎期洗い替えになるため、前期と今期で時価が変わっていれば、計上される繰延税金額も変わります。
この繰り返しが実務における処理の流れです。
実務でその他有価証券の評価損に係る繰延税金資産を計上する際には、「回収可能性」を厳密に検討する必要があります。繰延税金資産は「将来の税金を減らす権利」ですが、将来課税所得がなければその権利を行使できません。回収できない繰延税金資産は資産として計上できないルールです。
回収可能性の判断では「スケジューリング」という作業が求められます。スケジューリングとは、一時差異が将来どのタイミングで解消されるかを合理的に見積もることです。その他有価証券の評価損は「いつ売却するか」が決まっていないことが多く、スケジューリング不能な将来減算一時差異になりやすい点に注意が必要です。
EY新日本有限責任監査法人の解説によれば、スケジューリング不能な純額評価差損の場合、原則として繰延税金資産の回収可能性はないものとして扱います。ただし会社の財務状況(分類1または分類2に該当する優良企業)によっては、回収可能性があると判断できる例外も設けられています。
これは実務上かなり重要な判断ポイントです。会社の将来の収益力・分類に応じて、計上できる繰延税金資産の額が変わってきます。つまり同じ評価損でも、財務体質によって貸借対照表の見え方が変わるということです。
EY Japanの「その他有価証券の評価差額に対する税効果会計」解説ページは、上記の実務上の判断基準を詳しく説明しています。
EY Japan:その他有価証券の評価差額に対する税効果会計(スケジューリング・回収可能性の実務的解説)
あまり知られていない論点ですが、減損処理を行ったその他有価証券については税効果会計の扱いが通常とは異なります。これは試験でも実務でも盲点になりやすい部分です。
通常、期末に時価が取得原価を下回り、かつ回復可能性がないと判断された場合、「減損処理」が行われます。この際、損失は費用として確定し、新たな取得原価が設定されます。
その後、市場が回復して時価が上昇した場合を考えます。ここで多くの人が「評価差益として将来加算一時差異が生まれる」と思いがちですが、正確には違います。時価が減損処理直前の取得原価の水準に達するまでの間は、評価差益は将来加算一時差異ではなく、減損処理によって生じた将来減算一時差異の「戻入れ」として扱われます。
この「戻入れ」部分については通常どおり個々の銘柄ごとにスケジューリングを行い、回収可能性を判断した上で繰延税金資産を計上します。減損処理後の評価差益を安易に繰延税金負債として処理すると誤りになるため、時価がどの水準まで回復しているかの確認が欠かせません。
日商簿記2級では、その他有価証券の税効果会計は毎回のように出題される最重要論点です。
ここでは頻出パターンを整理します。
これさえ確認すれば大丈夫です。
仕訳を覚えることは大切ですが、「なぜその仕訳になるのか」を理解しておくことが応用力につながります。試験では評価差額金の純額(税引後)を求めさせる問題や、翌期首の再振替仕訳を問う形式が頻出です。「評価差額 × 税率 = 繰延税金負債(または繰延税金資産)」、「評価差額 × (1-税率) = その他有価証券評価差額金」という計算式を軸にして、パターンを整理しておくと効率的です。
簿記2級を学習中の方には、CPAラーニングの無料学習コンテンツや、いぬぼきなどの丁寧な解説サイトを活用することをおすすめします。
日商簿記2級の公式試験情報はこちら。
日本商工会議所 簿記検定試験 公式サイト(出題範囲・試験情報を確認できます)
税効果会計は単なる会計処理のルールではなく、企業の財務状態を深く読み解くための重要な情報源です。これは簿記の学習者だけでなく、株式投資家にとっても役立つ視点です。
貸借対照表の純資産の部に計上されている「その他有価証券評価差額金」を見ると、企業が保有している投資有価証券の含み損益の税引後残高が確認できます。この金額が大きければ、企業は大量の含み益を持つ有価証券ポートフォリオを保有していることを示しています。
また、繰延税金負債の残高が大きい企業は、含み益を多く抱えており、将来的に売却すると多額の法人税等が発生する可能性があります。一方で繰延税金資産が計上されていない場合、その企業は評価損を抱えているにもかかわらず将来の収益力が不十分と判断されている可能性があります。企業分類(分類1〜5)によって繰延税金資産の計上可否が変わることは先述しましたが、これはつまり繰延税金資産の計上額自体が企業の収益力の信頼性を示すシグナルになるということです。
有価証券報告書や決算短信の「税効果会計注記」を確認することで、企業がどのような一時差異を抱えているか、繰延税金資産の回収可能性をどう判断しているかが読み取れます。こうした分析視点を持つことで、単純なPER・PBRによる評価よりも一段深い企業分析が可能になります。
金融庁のEDINETでは各企業の有価証券報告書を無料で閲覧できます。
金融庁 EDINET(有価証券報告書・税効果会計注記の確認が可能)
ここまでの内容を整理しましょう。その他有価証券に税効果会計が必要な理由は、会計上は時価評価するが税法上は原価評価のままというルールの違いによって一時差異が生まれるためです。その差異を財務諸表に正しく反映させることで、「もし今売却したらどうなるか」を示す貸借対照表が完成します。
評価益には繰延税金負債、評価損には繰延税金資産(回収可能性の要確認)が計上されます。相手勘定は法人税等調整額ではなく、その他有価証券評価差額金の加減で対応します。
翌期首には洗い替えですべて戻します。
これが基本の流れです。
この仕組みを理解しておくことは、簿記や会計士・税理士の試験対策だけでなく、実際の企業財務分析にも直結します。税効果会計の仕訳を丸暗記するのではなく、「なぜその仕訳が必要か」という理由から理解することで、応用問題にも対応できる力が身につきます。
繰延税金資産の回収可能性判断に関する日本会計基準審議会(ASBJ)の正式な適用指針は以下で確認できます。
ASBJ:企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(公式原文)