

月給が635,000円を超えても、報酬比例の年金は1円も増えません。
日本の公的年金制度は「2階建て構造」と呼ばれています。1階部分が国民年金(老齢基礎年金)であり、2階部分が厚生年金(老齢厚生年金)です。会社員や公務員は両方に加入するため、自営業者よりも受給額が厚くなる設計になっています。
報酬比例部分はその2階部分の中核を担う要素です。名前のとおり、「現役時代の報酬に比例して年金額が決まる」仕組みで、給与が高く、加入期間が長いほど受け取れる年金額が増えていきます。つまり、老後の収入格差は現役時代から積み上げられているということですね。
国民年金(老齢基礎年金)の満額は2022年度時点で年額777,800円(月額約64,816円)ですが、これは全員一律です。一方、報酬比例部分には上限や乗率といった独自のルールがあり、仕組みを理解しないと「払い損」が生じる可能性があります。
| 年金の種類 | 対象者 | 金額の決まり方 |
|---|---|---|
| 老齢基礎年金(1階部分) | 全加入者共通 | 定額・加入期間で変動 |
| 老齢厚生年金・報酬比例部分(2階部分) | 会社員・公務員等 | 給与・賞与・加入期間に比例 |
報酬比例部分は、老齢厚生年金だけでなく、障害厚生年金や遺族厚生年金の計算にも使われます。そのため現役時代の報酬記録は、自分だけでなく家族の将来にも影響する非常に重要な情報です。
参考リンク(日本年金機構による「報酬比例部分」の定義と適用範囲の解説)。
日本年金機構「は行 報酬比例部分」
報酬比例部分の計算式は、2003年(平成15年)4月の「総報酬制」の導入を境に2パターンに分かれます。これを知らないと、自分の年金を正確に試算できません。
【2003年3月以前の加入期間】
$$\text{年金額(A)} = \text{平均標準報酬月額} \times \frac{7.125}{1000} \times \text{2003年3月以前の被保険者期間の月数}$$
【2003年4月以降の加入期間】
$$\text{年金額(B)} = \text{平均標準報酬額} \times \frac{5.481}{1000} \times \text{2003年4月以降の被保険者期間の月数}$$
最終的な報酬比例部分の額は A+B で求められます。
ここで「平均標準報酬月額」と「平均標準報酬額」の違いに気をつけてください。2003年3月以前は毎月の給与だけが対象でしたが、2003年4月以降は賞与(ボーナス)も含めた平均額が計算の基礎となっています。賞与が多い人は、2003年以降の乗率5.481が低く見えても、分母に賞与が入ることで実質的な給付水準が維持されています。乗率が下がったのではなく、計算対象が拡大したための調整です。
乗率が7.125から5.481へ下がった背景を、数字で整理するとこうなります。
| 時期 | 計算の基礎 | 乗率(÷1000) |
|---|---|---|
| 2003年3月以前 | 給与(月額)のみ | 7.125 |
| 2003年4月以降 | 給与+賞与(総報酬) | 5.481 |
試算の具体例を見てみましょう。平均標準報酬額が月額40万円で、2003年4月以降の加入期間が300か月(25年)の場合、報酬比例部分(B)は以下のとおりです。
$$\text{400,000} \times \frac{5.481}{1000} \times 300 = \text{657,720円(年額)}$$
これは月額に換算すると約54,810円。1階の老齢基礎年金と合算すれば、月額12万円前後の年金受給となるイメージです。東京都での単身生活の最低生活費(約15〜16万円)に照らすと、余裕は決して大きくありません。
なお、過去の報酬をそのままの金額で計算するわけではなく、過去の報酬には「再評価率」が乗じられます。これは、昔の低い賃金水準を現在の貨幣価値に引き直すための係数です。若いころの低い給与期間も現在価値で再評価されるため、思ったより年金額が高くなるケースもあります。
参考リンク(厚生労働省による公的年金制度の体系と老齢厚生年金の計算式の解説)。
厚生労働省「年金制度の仕組みと考え方 第3 公的年金制度の体系(年金給付)」
年収が高ければ高いほど報酬比例部分も増える、と思っている人は要注意です。これは条件付きで正しいにすぎません。
現行制度では、標準報酬月額は32等級に分類されており、その上限は月額65万円(32等級)です。月収が635,000円を超えると、標準報酬月額は65万円に頭打ちとなり、それ以上収入が上がっても保険料も年金額も変わりません。つまり、月収100万円の人も月収65万円の人も、報酬比例の計算では同じ扱いになります。これは制度上の不公平として、長年議論されてきたポイントです。
この問題に対して、厚生労働省は2027年9月より標準報酬月額の上限を段階的に75万円へ引き上げる方針を決定しています。上限が75万円になると、年収798万円超(賞与除く)の高収入会社員は保険料負担が増える一方、将来の報酬比例部分が増加するという見通しです。月収75万円で10年加入した場合、現行の65万円上限と比べて報酬比例部分は年間で約16万円程度増える試算も出ています。
この変更で影響を受けるのは現役時代に年収798万円超の方です。つまり、全会社員のうちごく一部にあたりますが、金融に興味のある読者層にはこの年収帯の方も少なくないでしょう。現在の標準報酬月額をねんきん定期便や「ねんきんネット」で確認することで、将来の受給見込みを正確に把握できます。
参考リンク(厚生労働省による標準報酬月額の上限引き上げに関する方針の解説)。
厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」
65歳以降も高収入で働き続けると、積み上げてきた報酬比例部分がカットされます。これが「在職老齢年金」の制度です。
在職老齢年金の仕組みは、総報酬月額相当額(月給+賞与の月換算)と年金の基本月額を合算して、51万円(2025年度)を超えた部分の2分の1が支給停止となるものです。
$$\text{支給停止額(月額)} = \frac{(\text{年金月額} + \text{総報酬月額}) - 510,000}{2}$$
計算対象は老齢厚生年金の報酬比例部分のみです。老齢基礎年金は対象外のため、1階部分は満額受け取れます。
具体的な例を見てみましょう。老齢厚生年金(報酬比例部分)が月10万円で、再雇用後の月給が50万円の場合を試算します。
$$\text{支給停止額} = \frac{(100,000 + 500,000) - 510,000}{2} = \frac{90,000}{2} = 45,000円}$$
つまり年金は毎月45,000円カットされ、実際の受給額は月55,000円になります。さらに月給60万円以上になると、月10万円の年金は全額支給停止となります。痛いですね。
この制度について知っておくべき重要な点があります。在職中に支給停止された分は「消えてなくなる」のではなく、退職後に再計算されて年金額が増えるケースがあります。また、在職中も毎月保険料を納め続けることで報酬比例部分が毎年10月に改定されます。これを「在職定時改定」と呼び、2022年4月から導入された制度です。以前は退職後にしか反映されなかった在職中の保険料が、年1回自動的に反映されるようになりました。
高収入のまま働き続けるか、収入を抑えて年金を全額受け取るかは、ファイナンシャルプランニング上の重要な意思決定です。仮に月給を調整して総収入が51万円を下回るよう設定すれば、支給停止を回避できます。このような収入と年金の最適化を検討する場合、FP(ファイナンシャルプランナー)に相談するか、日本FP協会が提供する無料相談サービスを活用する方法もあります。
参考リンク(在職老齢年金の支給停止計算と基準額の解説)。
生命保険文化センター「在職老齢年金について知りたい」
報酬比例部分の重要性は、自分の老後だけにとどまりません。配偶者が亡くなった場合に支給される「遺族厚生年金」は、亡くなった人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3を基礎に計算されます。
$$\text{遺族厚生年金額(年額)} = \text{報酬比例部分(A + B)} \times \frac{3}{4}$$
つまり、夫が高収入で長く厚生年金に加入していれば、残された妻が受け取れる遺族厚生年金も自動的に高くなります。逆に加入期間が短い場合、受給額が著しく低くなる可能性があります。
ただしここに重要な特例があります。被保険者期間が300か月(25年)未満で亡くなった場合でも、300か月分とみなして遺族厚生年金が計算されます。これは短期加入の場合の最低保障ルールです。例えば、厚生年金に10年しか加入していなかった人でも、25年分として計算された報酬比例部分の4分の3が遺族厚生年金として遺族に支給されます。これは使えそうです。
なお、65歳以上で自身も老齢厚生年金を受給している配偶者の遺族厚生年金の取り扱いは複雑です。自分の老齢厚生年金と遺族厚生年金の差額のみが支給される形になるため、両方を満額受け取れるわけではありません。このルールは2007年以降の制度変更によるもので、注意が必要です。
遺族厚生年金を受け取る可能性がある方は、夫婦それぞれのねんきん定期便で報酬比例部分の見込み額を確認し、万一の場合のシミュレーションをしておくことをお勧めします。
参考リンク(日本年金機構による遺族厚生年金の受給要件・計算方法の公式解説)。
日本年金機構「遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)」
老齢厚生年金(報酬比例部分を含む)は、65歳を基準に受給開始時期を変更できます。早めると減額、遅らせると増額になります。これが「繰上げ受給」と「繰下げ受給」の仕組みです。
繰下げ受給は、1か月遅らせるごとに0.7%の増額が適用され、2022年4月以降は最大75歳まで遅らせることが可能になっています。75歳まで繰り下げた場合の増額率は最大84%です。報酬比例部分が月10万円の場合、75歳まで繰り下げると月18万4,000円になります。これが老後の毎月の収入になると考えると、差は非常に大きいです。
$$\text{増額率} = 0.7\% \times \text{繰下げ月数(最大120か月)}= \text{最大84\%}$$
損益分岐点(繰下げしたほうが総受給額が多くなる年齢)については、75歳まで繰り下げた場合、約87歳が損益分岐点とされています。平均寿命(男性約81歳・女性約87歳)との比較では、長生きするほど繰下げが有利です。
ただし、繰下げには注意点もあります。在職老齢年金で支給停止されている間は、繰下げによる増額の対象外になります。つまり、高収入で働きながら繰下げも狙うというのは、期待通りの効果が得られない場合があります。また、繰下げ中は健康保険の高額療養費制度の所得区分や、住民税・所得税の計算が変わるため、手取りベースでは「84%増」の実感が薄れるケースもあります。
繰上げ受給の場合は1か月あたり0.4%の減額(昭和37年4月2日以降生まれ)となり、60歳から受け取ると最大24%の永久減額となります。この減額は生涯変わりません。これが原則です。
繰上げ・繰下げどちらを選ぶかは、健康状態、家計状況、配偶者の年齢、税・社会保険との兼ね合いで総合的に判断する必要があります。「ねんきんネット」では受給額の試算が可能なため、まずはシミュレーションして確認するのが現実的な第一歩です。
参考リンク(日本年金機構による繰下げ受給の増額率・適用条件の公式案内)。
日本年金機構「年金の繰下げ受給」
![]()
夫と妻の年金 これなら損しない!年金相談のプロが教える万全の手続きQ&A大全|年金 年金受給 年金の本 老後資金 老後 お金 退職金 定年 定年退職 保険 介護保険 国民年金 厚生年金 老齢年金 60歳 65歳 70歳 年金 生活