

収入ゼロの専業主婦が死亡しても、約4000万円の逸失利益を請求できます。
逸失利益(いっしつりえき)とは、交通事故や不法行為によって死亡した被害者が、生きていれば将来的に得られたであろう収入・利益を金銭的に評価したものです。死亡事故の損害賠償を請求する際、慰謝料・葬儀費用と並んで、金額面で最も大きくなりやすい損害項目の一つに位置づけられます。
たとえば37歳・年収600万円の一家の支柱が死亡した場合、計算上の逸失利益は約8200万円に達することもあります。これは「東京都の平均的なマンション1戸分」に相当する規模感で、遺族にとってどれだけ重要な請求項目かがわかります。
逸失利益は、賠償金全体の中でどう位置づけられているのかを整理しておきましょう。死亡事故の損害賠償は、大きく「財産的損害」と「精神的損害(慰謝料)」に分かれます。
財産的損害の内訳は治療費・葬儀費用・逸失利益が主なものです。精神的損害は死亡慰謝料として、被害者本人分と遺族分が別途請求できます。
つまり逸失利益は原則として慰謝料とは別物です。
また、逸失利益と似た言葉に「休業損害」があります。休業損害は事故直後から症状固定・死亡までの期間の収入減少に対する補償、逸失利益はそれ以降の将来収入に対する補償です。死亡事故の場合、死亡した時点以降の収入損失がすべて逸失利益として請求対象になります。
逸失利益の請求権は遺族が相続する形で発生します。被害者自身が請求できない以上、法定相続人である配偶者・子・親などが権利を引き継いで加害者側に請求する仕組みです。
| 損害項目 | 内容 | 金額規模(目安) |
|---|---|---|
| 死亡慰謝料 | 精神的苦痛への補償 | 2,000〜2,800万円 |
| 逸失利益 | 将来収入の喪失 | 数百万〜1億円超 |
| 葬儀費用 | 実費 | 約150万円 |
死亡事故で最も高額になりやすいのが逸失利益です。
弁護士法人心の解説ページでは、死亡事故における各損害項目の具体的な計算式と注意点が詳しくまとめられています。
死亡事故の損害賠償金額の計算方法(弁護士法人心 池袋法律事務所)
死亡逸失利益の計算式は次のとおりです。
死亡逸失利益 = 基礎収入額 ×(1-生活費控除率)× ライプニッツ係数
見た目はシンプルですが、それぞれの要素の数値をどう決めるかで最終的な金額が大きく変わります。一つひとつ確認していきましょう。
① 基礎収入
基礎収入とは、死亡した被害者が事故前年に得ていた年間収入のことです。給与所得者であれば源泉徴収票の総支給額(賞与・手当を含む)が原則として使われます。重要なのは、税引き前の「額面年収」をそのまま使う点です。手取りベースでは計算しません。
自営業・フリーランスの場合は確定申告の所得金額(売上ではなく経費控除後)が基礎収入となります。青色申告控除や専従者控除は差し引かれる前の金額で計算します。この点は見落としがちです。
専業主婦・主夫や子ども・学生など実収入がない場合は、厚生労働省が公表する「賃金センサス(毎月勤労統計調査)」の平均賃金を基礎収入として使用します。2023年度の女性労働者全年齢平均賃金は約400万円です。専業主婦が亡くなった場合、この400万円が基礎収入になります。
② 生活費控除率
被害者が生きていれば、収入の一部は自分の生活費として使っていたはずです。その分を差し引く割合が生活費控除率です。
| 被害者の立場 | 生活費控除率 |
|---|---|
| 一家の支柱(被扶養者2人以上) | 30% |
| 一家の支柱(被扶養者1人) | 40% |
| 女性(主婦・独身・幼児など) | 30% |
| 男性(独身・幼児など) | 50% |
| 年金受給者 | 50〜70%(状況による) |
扶養家族が多いほど生活費控除率は低くなる、という点が条件です。
③ ライプニッツ係数
ライプニッツ係数は「中間利息控除」のための数値です。将来の収入を一括で受け取る場合、手元に入った金額を運用すれば余分な利益が生まれます。その分をあらかじめ差し引くために使うのがこの係数です。
2020年4月1日の民法改正で、法定利率が年5%から年3%に変更されました。利率が下がると中間利息控除額が減るため、ライプニッツ係数は大幅に上昇しています。就労可能年数30年の場合、旧基準では15.3725でしたが、新基準では19.6004に増加しました。これは賠償額が約28%増加することを意味します。
就労可能年数は原則「死亡時から67歳まで」ですが、67歳を過ぎている場合や67歳に近い場合は「平均余命の1/2」と「67歳までの年数」のうち長い方が使われます。
計算例:37歳・年収600万円・被扶養者2人以上の場合
$$逸失利益 = 600万円 \times (1 - 0.30) \times 19.6004 = 8,232万円$$
これは同規模のマンション1戸に相当する金額です。
アトム法律事務所の解説ページでは、職業別・年齢別の逸失利益計算例と自動計算機が公開されています。
死亡事故の逸失利益|計算方法と職業ごとの具体例(アトム法律事務所)
逸失利益の計算は、職業・年齢・家族構成によって使う数値が変わります。ここでは代表的なケースを整理します。
給与所得者(会社員・サラリーマン)
基礎収入は事故前年の源泉徴収票に記載された総収入額です。月給だけでなく、ボーナスや各種手当も含みます。重要なポイントは、社会保険料や所得税を差し引く前の「総支給額」を使う点です。
30歳未満の若手社員は、将来の昇給が見込まれることを理由に、実収入よりも賃金センサスの全年齢平均賃金が適用されることがあります。これは「将来の昇給分も考慮された金額」が使われる例外です。
自営業者・フリーランス
確定申告で申告した所得額が基礎収入になります。収入ではなく所得(経費控除後)である点に注意が必要です。
ただし、確定申告書の金額が実態よりも低い場合(節税目的の経費過多申告など)は、請求書・通帳明細などで実収入を証明できれば、実収入ベースで計算できます。確定申告の数字だけが絶対ではないということですね。
専業主婦・主夫
収入がゼロでも逸失利益を請求できます。家事労働は経済的価値が認められており、最高裁判所も「家事による財産上の利益の喪失は損害である」と昭和49年に判示しています(最判昭和49年7月19日)。
基礎収入は賃金センサスの「女性労働者全年齢平均賃金」を使います(主夫でも同じ数値)。2023年度は約400万円なので、27歳の専業主婦が死亡した場合の計算例は以下のようになります。
$$逸失利益 = 400万円 \times (1 - 0.30) \times 23.1148 \approx 6,472万円$$
これは実収入ゼロの人物に対して認められる金額です。意外ですね。
子ども・学生
就学中でも将来働くことを前提に逸失利益が発生します。基礎収入は男女別の全年齢平均賃金(2022年:男性554万9,100円、女性394万3,500円)で計算します。
ただし、就労開始は18歳以降を前提とするため、就労開始前の期間はライプニッツ係数の計算から差し引く処理が必要です。5歳の男児が死亡した場合の逸失利益は約4,800万円に達することもあります。
高齢者(67歳以上)
「67歳を超えたら逸失利益ゼロ」という思い込みは誤りです。実際には以下の場合に請求できます。
- 67歳以降も就労していた場合:就労収入分の逸失利益
- 年金受給者が死亡した場合:受給していた年金額を基礎収入として計算(就労可能年数は「平均余命」をそのまま使用)
年金の逸失利益では、就労可能年数を「平均余命の1/2」ではなく「平均余命」そのまま使う点が、就労収入の計算と異なります。就労収入の計算では1/2が原則なので、この違いは覚えておく価値があります。
| 職業・立場 | 基礎収入の根拠 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 会社員 | 源泉徴収票の総支給額 | 30歳未満は賃金センサス適用の場合あり |
| 自営業 | 確定申告の所得額 | 実収入証明があれば実額使用可 |
| 専業主婦・主夫 | 女性の全年齢平均賃金 | 主夫も女性基準を適用 |
| 子ども・学生 | 男女別全年齢平均賃金 | 18歳から就労と想定した計算 |
| 年金受給者(67歳以上) | 受給年金額 | 就労可能年数は平均余命全期間 |
弁護士法人・デイライト法律事務所のページでは、後遺障害等級別の逸失利益早見表も公開されています。
逸失利益とは?早見表でわかりやすく解説(デイライト法律事務所)
逸失利益を正しく請求するうえで、多くの人が見落とすのが生活費控除の適用ルールと時効の問題です。
生活費控除の落とし穴
生活費控除は「被害者が生存していれば消費していたはずの生活費を差し引く」というルールです。一見公平に見えますが、適用率を1%でも間違えると数十万円単位で損をします。
よくある誤りは、男性独身者に30%を適用してしまうケースです。正しくは50%です。男性独身の場合、扶養家族がいないため、収入の半分が自分の生活費に消えると見なされます。一方、妻と2人の子を持つ一家の支柱なら生活費控除率は30%で済みます。
生活費控除率の差10%が、年収600万円・就労可能年数30年の人の場合にどう響くか計算してみましょう。
$$差額 = 600万円 \times 0.10 \times 19.6004 = 1,176万円$$
同じ年収でも生活費控除率が10%違うだけで、約1,176万円の差が生まれます。痛いですね。
また、年金受給者の生活費控除率は通常より高く設定されやすく(50〜70%)、保険会社が高めの控除率を主張してくるケースも珍しくありません。この点は弁護士に確認すべき場面です。
時効の問題
逸失利益の請求権には時効があります。原則は以下のとおりです。
- 交通事故の損害賠償請求権:加害者・損害を知った日から3年
- 死亡逸失利益の場合:死亡日が起算点になるため、死亡した翌日から5年(民法改正後は被害者の権利として死亡時確定という考え方で5年とする見解もある)
重要なのは「示談交渉が長引いているうちに時効が完成してしまうリスク」です。保険会社との交渉が膠着状態になっていても、時効のカウントは止まりません。内容証明郵便による催告や訴訟提起によって時効を中断させる手続きが必要です。
特に、事故直後から示談交渉を相手保険会社だけに任せていると、交渉が長期化したまま時効が近づいてしまうことがあります。これは知らないと損するリスクの筆頭です。
兼業主婦の扱い
兼業主婦(パート収入あり+家事)の場合は、「実際の収入」と「賃金センサスの女性平均賃金」のうち高い方を基礎収入として使います。両方を足し合わせる計算はしません。家事労働分の加算は原則認められません。
アトム法律事務所が公開しているページでは、逸失利益がもらえないケースと例外についても詳細に解説されています。
死亡事故の逸失利益を請求する際、知らないと数百万円単位で損をする可能性があります。それは「賠償金には3つの計算基準が存在する」という事実です。
3つの算定基準の違い
| 基準 | 使う場面 | 金額水準 |
|---|---|---|
| ①自賠責基準 | 自賠責保険の支払い | 最も低い |
| ②任意保険基準 | 保険会社が示談で提示 | ①より高いが③より低い |
| ③弁護士(裁判)基準 | 弁護士が交渉・訴訟 | 最も高い |
保険会社の担当者が最初に提示してくる金額は、ほぼ例外なく②任意保険基準(場合によっては①自賠責基準)です。③弁護士基準は過去の裁判例を積み重ねた基準であり、逸失利益・慰謝料を合わせると任意保険基準の2倍近くになることもあります。
なぜ保険会社の提示が低いのか
保険会社は「支払い額を最小化する」インセンティブを持つ組織です。担当者は示談交渉のプロであり、被害者遺族が法的基準を知らないことを前提に交渉してきます。これは責めるべきことではなく、ビジネスの構造上の問題です。
逸失利益の場合、保険会社が低い基礎収入を主張したり、生活費控除率を高めに設定してくることがあります。対して弁護士が介入すると、裁判基準に近い数値で計算した上で交渉できるため、受取額が大きく変わります。
弁護士費用特約の活用
自動車保険に付帯している「弁護士費用特約」を使えば、弁護士費用の多くを保険会社に負担してもらえます(上限額は通常300万円)。この特約は「自分の保険」に付帯していれば、相手が100%悪い事故でも使えます。弁護士費用をほぼゼロで専門家に依頼できる制度です。これは使えそうです。
弁護士費用特約がない場合でも、多くの法律事務所が「着手金無料・成功報酬型」で受任しており、増額した金額の中から報酬を払う形にできます。結果として弁護士介入前より受取額が増えるケースが多いのが現状です。
増額の現実的な規模感
逸失利益と慰謝料を合わせた総賠償額で、弁護士介入によって200〜500万円増額されるケースは珍しくありません。弁護士基準で計算すると任意保険基準の1.5〜2倍近くになることもあります。
一方で、示談書にサインしてしまうと後から変更は原則できません。保険会社から示談書が届いた際は、すぐにサインせず一度弁護士に確認してもらうことが推奨されます。
交通事故の弁護士費用特約や弁護士基準による増額の仕組みについては、以下のページが参考になります。
死亡事故の逸失利益の算出方法と請求を弁護士に依頼すべき理由(法解)
2020年4月1日に施行された改正民法は、法定利率を従来の年5%から年3%へと引き下げました。この変更は「借金の利息が下がった」という話として認識されることが多いですが、逸失利益の計算に対しても見落とされがちな大きな影響を与えています。
ライプニッツ係数の変化が賠償額を押し上げた
逸失利益の計算に使うライプニッツ係数は、法定利率をもとに算出されます。利率が5%から3%に下がることで「中間利息控除額」が減少し、ライプニッツ係数の数値は大きく上昇しました。就労可能年数30年の例で比較すると以下のとおりです。
| 就労可能年数 | 旧基準(年5%) | 新基準(年3%) | 変化 |
|---|---|---|---|
| 10年 | 7.7217 | 8.5302 | +0.8085 |
| 20年 | 12.4622 | 14.8775 | +2.4153 |
| 30年 | 15.3725 | 19.6004 | +4.2279 |
| 40年 | 17.1591 | 23.1148 | +5.9557 |
就労可能年数が長いほど、係数の増加幅が大きいことがわかります。就労可能年数40年の若い被害者の場合、旧基準と新基準の係数差は約5.96です。年収500万円の被害者に当てはめると次のようになります。
$$差額 = 500万円 \times (1-0.50) \times 5.9557 = 約1,489万円$$
民法改正だけで約1,489万円の賠償額増加が起きた計算になります。これは「法律の改正が自動的に賠償額を引き上げた」という静かな変化です。
この変化を知らないと損をするリスク
問題は、事故発生日が2020年4月1日以降であるにもかかわらず、旧基準(年5%)のライプニッツ係数を使った計算書を提示してくる事例が過去に見られた点です。相手保険会社の示談提案書に記載されているライプニッツ係数が、旧基準の数値になっていないか確認することが重要です。
確認方法は簡単で、「事故発生日が2020年4月1日以降か」を確認し、提示されたライプニッツ係数の表と対照するだけです。表は多くの弁護士事務所のウェブサイトで公開されています。
法定利率は今後も変動する
民法改正後の法定利率は「3年ごとに見直す」変動制が採用されています。直近の見直しでは3%を維持していますが、今後の経済情勢によっては変動する可能性があります。法定利率が変動すれば、ライプニッツ係数も連動して変わります。
つまり「事故が起きた年度のライプニッツ係数」を正確に把握することが、計算の精度に直結します。これが基本です。
三井住友海上が民法改正時に公開した資料は、ライプニッツ係数の変更内容を図表でわかりやすく説明しており、変更前後の具体的な数値の確認に使えます。
民法改正に伴う「ライプニッツ係数」変更のご案内(三井住友海上)