移転価格税制と国税庁の調査・課税リスクを徹底解説

移転価格税制と国税庁の調査・課税リスクを徹底解説

移転価格税制と国税庁による課税リスクの全貌

租税回避の意図がなくても、あなたは7年分まとめて追徴課税される可能性があります。


この記事でわかること
📌
移転価格税制の基本的な仕組み

海外の関連会社との取引が「独立企業間価格」と異なると判定された場合に課税される仕組みと、国税庁がどのような視点で調査するかを解説します。

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追徴課税・二重課税のリスク

移転価格調査は最大7年遡及できます。申告漏れが指摘された場合に生じる追徴課税の規模と、国際的二重課税が発生するメカニズムを具体的に説明します。

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リスクを回避するための実務対応

文書化(ローカルファイル)の作成や事前確認制度(APA)の活用など、実際に企業が取り組める具体的なリスク対策を紹介します。


移転価格税制とは何か:国税庁が定める基本的な仕組み


移転価格税制とは、日本国内の法人が海外の関連会社(国外関連者)との取引において、独立した第三者同士の間で成立するであろう「独立企業間価格(Arm's Length Price)」と異なる価格で取引を行った場合に、その価格を独立企業間価格に引き直して法人税の課税所得を再計算する制度です。つまり、グループ内の取引価格を操作することで日本の税負担を軽くしようとする行為を防ぐための制度です。


たとえば、日本の親会社が原価100万円の製品を、タックスヘイブンにある海外子会社に50万円という低い価格で販売した場合を考えてみてください。第三者であれば130万円で売るところを、グループ内で安く売ることによって利益を海外に移してしまう形になります。これが国内の税収を減らすと判断された場合、国税庁は130万円で取引が行われたものとみなして課税所得を再計算します。


この制度は1986年(昭和61年)に日本で創設されました。当初は大企業向けと思われていましたが、現在では中小企業や中堅企業にも適用されるケースが増えています。制度の対象は「国外関連者」との取引全般に及びます。


国外関連者とは、発行済株式総数の50%以上を直接・間接に保有している外国法人、または実質的に支配関係にある外国法人のことです。つまり、ちょうど50%出資の合弁会社でも対象になるという点は見落とされがちです。これが基本です。




























確認項目 内容
制度の目的 国内の税収を守り、国外への所得移転を防止する
対象法人 国外関連者(外国関連会社)と取引のある国内法人
国外関連者の基準 持株比率50%以上または実質的支配関係がある外国法人
課税の仕組み 実際の取引価格を独立企業間価格に置き換えて課税所得を再計算
租税回避の意図 意図の有無は問われない


租税回避の意図がなかったとしても課税される点は、多くの実務担当者が見落としているリスクの一つです。海外子会社の事業を軌道に乗せるために一時的に安い価格で商品を提供した、資金援助として無利息で貸付を行ったといった「善意の行為」でも移転価格税制の対象となります。意図よりも結果として価格が適正でなかったかどうかが問われる制度です。厳しいところですね。


参考:国税庁が公表する移転価格税制の取組方針や具体的なポイントが収録された公式ガイドブックです。


移転価格ガイドブック~自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて~|国税庁


移転価格税制における国税庁の調査実態と申告漏れの増加傾向

国税庁が毎年公表している「法人税等の調査事績の概要」によると、移転価格税制に関連した海外取引の申告漏れは増加傾向にあります。令和4事務年度では、海外取引に関わる所得の申告漏れの総額は約2,259億円に上ることが明らかになっています。これは令和3事務年度の約1,611億円から大幅に増加しており、国税庁が国際課税の執行に力を入れていることがうかがえます。


移転価格税制に係る実地調査において非違(問題)が発見された件数は、令和5事務年度で125件でした。件数自体は減少傾向ですが、調査1件あたりの申告漏れ所得金額は増加しています。つまり、少ない件数に対してより大きな金額の追徴が発生するようになっているということです。


調査対象になりやすい企業の特徴としては、以下のようなものが挙げられています。



  • 海外子会社に対して継続的に赤字取引を行っている(親会社が負担している)

  • ロイヤルティや技術支援料を無償または著しく低い料率で提供している

  • 海外子会社への貸付金に対して利息を受け取っていない、または利率が低すぎる

  • 取引価格の設定根拠となる文書を整備していない

  • 移転価格の算定方法を明確にしていない


調査の遡及期間が最大7年という点も見逃せません。通常の法人税調査では3年(または5年)が原則ですが、移転価格税制の場合は7年前まで遡って課税の更正が可能です。7年分ともなれば、元の取引金額が小さくても、追徴される税額が数億円単位になるケースも珍しくありません。痛いですね。


また、移転価格税制による課税を受けると、日本側での課税と海外子会社側での課税が重複する「国際的二重課税」が発生する可能性があります。この問題を解決するには租税条約に基づく「相互協議(MAP)」を申し立てることが必要ですが、処理期間が長く、国税庁の公表データによれば平均処理期間は31.5ヶ月(約2年半)にも及びます。解決まで相当の時間と労力がかかる点を認識しておく必要があります。


参考:令和5事務年度の法人税等の調査事績における移転価格税制の調査状況の詳細です。


移転価格税制における独立企業間価格の算定方法と選択の実務

移転価格税制において最も重要な概念が「独立企業間価格」の算定です。独立企業間価格とは、利害関係のない第三者同士が通常の取引条件で成立させる価格のことであり、これを基準として課税所得の計算が行われます。問題は、この価格の算定が非常に難しく、複数の方法が存在するという点にあります。


国税庁が認める主な算定方法は以下のとおりです。



  • 独立価格比準法(CUP法):第三者との間の同種取引価格を直接比較する方法。比較可能性が最も厳密とされるが、完全に同じ条件の取引を探すのが難しい。

  • 再販売価格基準法(RP法):海外子会社が第三者に再販売する価格から適正利益を差し引いて算定する方法。

  • 原価基準法(CP法):製造原価に適正な利益を上乗せして算定する方法。製造業向けに用いられることが多い。

  • 取引単位営業利益法(TNMM):比較対象企業の営業利益率と比較する方法で、実務上最も多く使われている。

  • 利益分割法(PS法):両社の合算利益を寄与度に応じて分割する方法。無形資産が絡む複雑な取引に向く。

  • DCF法:将来の利益予測を現在価値に割り引く方法。2019年の税制改正で追加された比較的新しい算定方法。


これが条件です。最も適切な方法を選ばなければなりません。企業が選んだ算定方法が不適切と判断されると、国税庁が別の方法を適用して課税するリスクがあります。


実務で重要なのは「最も適切な方法」の選択基準です。取引の種類や相手先の業態、入手できるデータの質と量を考慮して算定方法を決定する必要があります。たとえば、同種商品を第三者にも販売していればCUP法が最適ですが、比較対象が見つからない場合はTNMMを用いるケースが多くなります。実際の調査においても、TNMM関連の争訟事案が増えており、2024年には東京高裁においてTNMMを巡る国側の控訴が棄却された事例も出ています。


参考:独立企業間価格の算定ポイントや取引単位の考え方など、実務に即した解説が読めます。


Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント|国税庁


移転価格税制の文書化義務(ローカルファイル)と罰則リスクの具体的内容

2016年(平成28年)の税制改正により、一定規模以上の企業に対して「移転価格文書化制度」が本格的に整備されました。文書化は単なる任意の記録ではなく、法律上の義務となっています。これは必須です。


文書化制度の対象と内容は3階層に分かれています。



  • 📋 国別報告事項(CbCレポート):多国籍企業グループの連結総収入金額が1,000億円以上の最終親会社等が対象。グループ全体の国別の収益・税額・従業員数などを報告する。

  • 📋 マスターファイル:連結総収入金額1,000億円以上のグループが対象。グループ全体のビジネスモデルや移転価格ポリシーを記述する。

  • 📋 ローカルファイル:一の国外関連者との前事業年度の取引合計額が50億円以上、または前事業年度の無形資産取引額が3億円以上の法人が対象。個別の国外関連取引の詳細を記録する。


ローカルファイルの作成義務がある企業が正当な理由なく提出しない場合、国税当局は「推定課税」を行う権限を持ちます。推定課税では、企業側に有利な情報や根拠を主張できないまま課税額が決定されるリスクがあります。また、CbCレポートやマスターファイルの提出義務を怠った場合は30万円以下の罰金が科される可能性もあります。


意外に見落とされているのが、ローカルファイルの同時文書化義務の対象外であっても、税務調査が来た際に提出を求められる点です。つまり、義務の対象外の中小・中堅企業でも、調査が入れば実質的に同等の文書を求められます。なら問題ありません、とはならないわけです。


移転価格のリスクは「調査が来てから対策する」では手遅れになるケースが多い分野です。このような調査への備えとして、国際税務に精通した税理士・公認会計士に相談し、日常的に取引の記録・根拠を整備しておくことが、追徴課税リスクを大幅に下げる第一歩になります。まずは現在の海外関連取引の取引価格に根拠があるかどうかを確認するところから始めてみてください。


参考:経済産業省が中小企業向けに移転価格文書化制度の概要をまとめたパンフレットです。


移転価格税制文書化(ローカルファイル)の概要|経済産業省(PDF)


移転価格税制リスクを下げる事前確認制度(APA)の活用と独自視点の対策

移転価格税制が怖い最大の理由は「後になって課税される」点にあります。自社では適正だと思っていた取引価格が、数年後の税務調査で不適切と判断され、巨額の追徴課税を受けるリスクがある。そのリスクを事前に確定的に排除できる手段が、国税庁が設けている「事前確認制度(APA:Advance Pricing Arrangement)」です。


APAとは、企業が申し出た独立企業間価格の算定方法について、税務当局が合理性を確認し、確認された内容で取引・申告する限り移転価格の更正を行わないことを約束する制度です。つまり、将来の課税リスクをあらかじめゼロにできます。これは使えそうです。


APAには以下の3種類があります。



  • 🇯🇵 ユニラテラルAPA(一国間):日本の国税庁とのみ合意する方法。手続きが比較的短期間で済む反面、相手国側での追加課税リスクが残る可能性がある。

  • 🌏 バイラテラルAPA(二国間):日本と相手国の税務当局の両方と合意する方法。二重課税リスクを完全に排除できるため最も安全だが、処理に時間がかかる。

  • 🌍 マルチラテラルAPA(多国間):複数国の当局と同時に合意する方法。複数の海外子会社が関係するグループ取引に有効。


注意点として、APA申請にはかなりの準備書類と専門的なコストが伴います。そのため、すべての企業に適しているわけではありません。国税庁の公式見解でも「書類作成等のための事務や費用等もかかる」と明記されています。ただし、中長期的に見れば調査対応コストや追徴課税のリスクを考えると、費用対効果が高い場合も多いです。


ここで一つ、あまり語られない独自の視点をお伝えします。移転価格対策において見落とされがちなのが「グループ内の経営管理サービス(本社費配賦)」です。日本の親会社が海外子会社に提供している経営管理サービス・共通管理費の配賦について、その根拠と算定基準を明確に文書化していない企業は非常に多いです。この部分は税務調査でよく指摘されるポイントであり、特に役務提供の実態証明(誰が、何を、どれだけ行ったか)と対価の妥当性の記録が弱い企業は要注意です。


国税庁の移転価格ガイドブックでは「低付加価値グループ内役務提供」については原価の5%マークアップで独立企業間価格を設定できるという簡便法が用意されています。これを活用することで、細かい算定の労力を大幅に省ける場合もあります。この5%マークアップが条件を満たす取引かどうかを一度確認してみることをおすすめします。


参考:国税庁による事前確認制度(APA)の公式解説ページです。申出の手続きや要件、よくある質問が確認できます。


移転価格税制に関する事前確認の申出及び事前相談について|国税庁


参考:APAの流れやメリット・デメリットを実務的な観点から詳しく解説しています。


事前確認制度(APA)に関する申請の流れとメリット|東京共同会計事務所




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