租税条約の対象国と二重課税を防ぐ正しい活用法

租税条約の対象国と二重課税を防ぐ正しい活用法

租税条約の対象国と二重課税を防ぐ活用の全知識

租税条約の対象国に投資していても、届出書を出さないだけで日本に税金を全額持っていかれます。


📋 この記事でわかること3選
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租税条約の対象国は157か国・地域(2026年2月現在)

財務省公式データをもとに、日本が締結している条約ネットワークの全体像と主要国の税率軽減内容を解説します。

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「届出書」を出さないと軽減ゼロ・損失は年単位で積み上がる

条約締結国であっても、届出書の提出なしには軽減税率は自動適用されません。手続きの流れと注意点を具体的に説明します。

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台湾・香港など「条約なし」でも使える制度がある

正式な租税条約がない地域でも、民間取決めや外国税額控除で二重課税を回避できる抜け道を紹介します。


租税条約の対象国とは何か・基本の仕組みを整理する


租税条約とは、2か国間で「どちらの国がどの所得に課税するか」をあらかじめ取り決めた条約です。たとえば日本在住の投資家が米国から配当を受け取った場合、米国と日本の両方が「うちで課税する」と主張すれば、二重課税になってしまいます。これを防ぐのが租税条約の根本的な役割です。


財務省の公式データによると、2026年2月1日現在、日本の租税条約ネットワークは90条約等・157か国・地域に適用されています。これには次の4種類が含まれます。





























種別 本数 対象数
租税条約(二重課税除去・租税回避防止) 77本 81か国・地域
情報交換協定 11本 11か国・地域
税務行政執行共助条約(適用拡張含む) 多数国間 145か国・地域
日台民間租税取決め 1本 1地域(台湾)


条約等の本数と国・地域数が一致しないのは、旧ソ連・旧チェコスロバキアとの条約が複数国へ承継されているためです。これが基本です。


租税条約の主な内容はOECDモデル租税条約をベースにしており、(1)投資所得(配当・利子・使用料)への源泉税率の上限設定、(2)恒久的施設(PE)がなければ事業所得への源泉地国課税は原則なし、(3)税務情報の国家間共有、という3本柱で構成されています。特に個人投資家に直結するのが(1)の源泉税率の軽減です。


たとえば日本の国内法では、非居住者への配当に対する源泉税率は20.42%です。ところが日米租税条約が適用されると、米国株の配当に対する米国側の源泉徴収は10%に抑えられます。この差の10%分が、条約の恩恵そのものです。


つまり租税条約の「対象国かどうか」は、手取り配当額に直接響く話です。


参考:財務省「租税条約に関する資料」(日本の租税条約ネットワーク・2026年2月1日現在)
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/index.htm


租税条約の対象国・主要国別の源泉税率を比較する

対象国ごとに条約の内容は大きく異なります。「条約国だから一律に優遇される」と思い込んでいると、予想外の税負担に驚く場面もあります。


下の表は、個人投資家が特に注目しやすい主要国・地域の配当に対する源泉税率です。




















































国・地域 国内法上の税率 租税条約適用後の税率 備考
🇺🇸 アメリカ 30% 10%(一般)/ 免税(持株50%超の親子間) 日米租税条約
🇬🇧 イギリス 10%(持株比率10%未満)/ 0%(10%以上) 日英租税条約
🇩🇪 ドイツ 25% 15%(一般)/ 5%(持株25%以上) 日独租税条約
🇨🇳 中国 20% 10% 日中租税条約
🇰🇷 韓国 15%(一般)/ 5%(持株25%以上) 日韓租税条約
🇹🇼 台湾 21% 10% 日台民間租税取決め(2017年発効)
🇸🇬 シンガポール 免税 日星租税条約


この数字から分かる重要なことがあります。同じ「条約対象国」でも、税率はまったく異なります。たとえばドイツ株の配当を個人で受け取る場合、条約適用後でも15%の源泉税が現地で引かれます。一方でシンガポールは現地での配当課税が免税です。


また「持株割合」によって税率が変わる仕組みも見落とせない点です。個人投資家が証券口座で数十株を保有するケースでは「一般株主」の税率が適用され、持株50%超などの親子間優遇は関係しません。これが条件です。


さらに非常に意外な盲点が「米国の海外領土」です。グアム・サイパン・プエルトリコは米国の統治下にありながら、日米租税条約の適用地域は「米国50州とコロンビア特別区」に限られています。グアムで得た所得には日米条約が使えないため、注意が必要です。


参考:ジェトロ「税制 | 米国 – 北米 – 国・地域別に見る」(日米租税条約の税率詳細)
https://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/invest_04.html


租税条約の対象国でも届出書を出さなければ軽減はゼロになる

ここが最も重要で、かつ最も見落とされやすいポイントです。租税条約の対象国との取引であっても、「租税条約に関する届出書」を提出しない限り、軽減税率は自動的には適用されません。


国税庁のルールでは、所得の支払いを受ける日の前日までに、支払者の納税地を管轄する税務署長へ届出書を提出する必要があります。この前日というタイミングが重要です。


届出書を出し忘れた場合、支払者は国内法の税率で源泉徴収を行います。たとえば米国企業から日本の法人へ使用料を支払う際、租税条約適用なら源泉税は0%のはずが、届出書未提出では20%が徴収されます。この差額は後日「租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書」を提出することで取り戻せますが、手間と時間がかかる上に、未納付加算税や延滞税のリスクも生じます。痛いですね。


届出書に必要な添付書類は所得の種類によって異なり、代表的なものは以下のとおりです。



  • 📋 相手国の税務当局が発行する居住者証明書(発行から3年以内のものが有効)

  • 📋 日米租税条約などの場合は特典条項(LOB)に関する付表

  • 📋 配当・利子・使用料など所得の種類に応じた専用フォーム(国税庁HPで書式ダウンロード可)


特に居住者証明書の有効期限「3年」は誤解されやすい点です。「1度出せば永続する」と思い込んでいる担当者もいますが、3年ごとに更新が必要なケースがあります。


なお、2021年4月からは届出書等の電磁的提供が認められ、e-Taxでの電子申請も可能になっています。紙提出だけが選択肢ではありません。これは使えそうです。


参考:国税庁「No.2888 租税条約に関する届出書の提出(源泉徴収関係)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2888.htm


租税条約の対象国でも要注意・特典条項(LOB)で弾かれるケース

条約の対象国と取引しているのに、なぜか租税条約の特典が使えない――そんな事態が起きる原因の一つが「特典制限条項(LOB:Limitation on Benefits)」です。


LOB条項とは、第三国の居住者がダミー法人を条約国に設けて不当に条約特典を享受する「トリーティ・ショッピング」を防ぐために設けられた条項です。日米租税条約など、近年締結・改定された条約には原則としてこの条項が盛り込まれています。


LOBの適用を受けるには、条約に定める「適格者(Qualified Person)」に該当することを示す付表の提出が必要です。個人や上場企業は多くの場合クリアできますが、「適格者」の要件は条約ごとに細かく異なります。たとえば持株割合・議決権・収益の活動状況なども判定要素に含まれます。


具体的な影響をイメージするとこうです。日本の法人Aが、第三国の居住者B社の子会社として米国から利子所得を受け取ろうとした場合、日米条約上の「適格者」要件を満たさないと判定されれば、利子への源泉税率はゼロ(条約適用後)ではなく、国内法の30%が適用されます。つまりLOBに弾かれると二重課税のリスクが残ります。


LOBは個人投資家には直接影響することは少ないですが、海外法人を設立して投資する、あるいはファンドを通じて投資するような場合には十分な確認が必要です。LOB対応が条件です。


また、近年のBEPS(税源浸食と利益移転)防止の流れを受けて「多目的テスト(PPT:Principal Purpose Test)」と呼ばれる規定もOECDモデル条約に追加されており、「条約の特典を得ることが主目的だったとみなされる取引」には特典を否認できるとされています。この動きは日本の条約改定にも順次反映されています。


参考:経済産業省「国際税務の基礎知識③ 租税条約詳細」(LOB条項・特典制限の解説)
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kokusaisozei/itaxseminar2021/03_kokusaizeimukiso3.pdf


租税条約の対象国でない地域への投資で二重課税を防ぐ外国税額控除の使い方

「投資先が租税条約の対象国でなかった……」という場合でも、二重課税を完全に諦める必要はありません。日本の税制には外国税額控除という制度があり、海外で支払った税金を日本の所得税・法人税から差し引くことができます。


仕組みはシンプルです。たとえば租税条約のない国で源泉税15%を取られ、かつ日本でも20.315%の課税が生じる場合、確定申告で外国税額控除を申請することで、海外で支払った15%分を日本側の税額から引き算できます。


ただし控除できる金額には上限があり、次の計算式で求めた「控除限度額」を超えた部分は控除できません。


$$\text{外国税額控除限度額} = \text{所得税総額} \times \frac{\text{国外所得総額}}{\text{所得総額}}$$


つまり、国外所得の比率が低い人ほど、控除限度額が小さくなります。海外所得が少ない個人投資家の場合、控除しきれない外国税額が生じることもあります。


また台湾については、正式な国家間条約はないものの、2017年に日台民間租税取決めが発効し、配当への源泉税率が21%から10%に軽減されました。この取決めは政府間ではなく民間機関(公益財団法人日本台湾交流協会と台湾日本関係協会)が締結したものですが、租税条約に相当する法的枠組みとして機能しています。台湾株に投資する場合は必ず確認しておきたいポイントです。


外国税額控除を受けるには、特定口座(源泉徴収あり)でも自分で確定申告をする必要があります。「証券会社が勝手にやってくれるもの」ではありません。米国株配当で毎年10%分の外国税額控除を申請できる機会を逃し続けている個人投資家は意外に多く、年間配当が50万円の場合、控除対象になりうる外国税額は最大5万円になります。


$$\text{外国税額(米国株配当50万円の場合)} = 500,000 \times 10\% = \text{50,000円}$$


これが確定申告しないだけで丸ごと取り戻せないまま終わります。確定申告は必須です。


参考:国税庁「No.1240 居住者に係る外国税額控除」(外国税額控除の計算方法・適用要件)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1240.htm


参考:国税庁「外国居住者等所得相互免除法関係(日本と台湾との民間租税取決め)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/nichitai/index.htm




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