

返品を見込んで販売した場合でも、会計上の売上はゼロにはなりません。消費税の課税売上だけは返品見込額を差し引けず、全額が課税対象になります。
返品権付き販売とは、顧客が一方的な意思表示によって商品を返品でき、企業がその代償(全額返金・値引き・交換など)を提供する義務を負う販売契約のことです。出版業・医薬品業・化粧品業・アパレルといった業界で古くから行われてきた取引形態で、実務では「委託販売」と混同されることがありますが、両者は別物です。委託販売では商品の支配が顧客に移転しないのに対し、返品権付き販売では販売時点で支配が移転していることが前提となります。
2021年4月から上場企業等に強制適用された「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)の導入により、この返品権付き販売の処理が大きく変わりました。従来の会計処理では、販売時に全額を売上計上し、翌期以降の返品見込みを「返品調整引当金」として費用計上していました。しかし新基準では、販売時点から返品見込額を収益に含めず、「返金負債」と「返品資産」という2つの新しい勘定科目で処理することが求められています。
返金負債とは、返品に応じる際に顧客へ返金する義務のことです。売上から除外された返品見込額がこの負債として計上されます。一方、返品資産とは、返金と引き換えに顧客から商品を回収できる権利のことです。返品が見込まれる商品の帳簿価額から、予想される回収コスト(再梱包費・輸送費・商品価値の下落見積額など)を控除した金額で資産として認識します。つまり返品には「払う義務(返金負債)」と「受け取る権利(返品資産)」の2側面があり、両方を同時に計上するのが新ルールの核心です。
重要なのは、この2つを相殺して表示することは認められないという点です。返品資産は返金負債と区分して貸借対照表に表示しなければならず、財務諸表の透明性を高める目的から両者は独立した項目として開示されます。
| 勘定科目 | 性質 | 計上タイミング | 金額の算定方法 |
|---|---|---|---|
| 返金負債 | 負債 | 販売時 | 返品見込数量 × 販売単価 |
| 返品資産 | 資産 | 販売時(返金負債と同時) | 返品見込数量 × 原価 − 回収コスト見積額 |
つまり「返品権付き販売では販売時に返品分も全額売上計上する」という旧来の常識は、新基準のもとでは通用しません。これが原則です。
参考リンク(収益認識基準における返品権付き販売の詳細な会計処理の解説)。
返品権付きの販売の会計処理を理解する!(会計ノーツ)
実際の仕訳を数字で確認しましょう。ここでは売上原価対立法を前提として、次の前提条件で解説します。
📌 前提条件
- 商品A:仕入原価 @80円、販売価格 @100円、販売数量 1,000個
- 販売時の受取対価:100,000円(現金)
- 返品見込:50個(全体の5%)
- 回収コストは重要性がないと判断(ゼロ前提)
① 収益の計上(返金負債の同時計上)
返品されないと見込む数量は 1,000個 − 50個 = 950個 なので、収益は @100円 × 950個 = 95,000円 となります。残りの 50個分の対価 5,000円は返金負債として計上します。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|------|------|------|------|
| 現金 | 100,000 | 売上 | 95,000 |
| | | 返金負債 | 5,000 |
② 売上原価の計上(返品資産の同時計上)
返品されないと見込む950個分が売上原価になります。@80円 × 950個 = 76,000円。残る返品見込50個分の原価 @80円 × 50個 = 4,000円は返品資産として計上します。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|------|------|------|------|
| 売上原価 | 76,000 | 商品 | 80,000 |
| 返品資産 | 4,000 | | |
実際に返品が発生したとき(例:50個全て返品)の仕訳はどうなるでしょうか。返金負債と返品資産を取り崩し、現金を返金します。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|------|------|------|------|
| 返金負債 | 5,000 | 現金 | 5,000 |
| 商品 | 4,000 | 返品資産 | 4,000 |
これが一連の流れです。販売時に先読みして処理しておき、実際の返品発生時に取り崩す、この2段階構造が新基準の特徴と言えます。
なお、回収コストがある場合(例:1個あたり10円)は、返品資産の計上額が減少します。50個 × @10円 = 500円を差し引き、返品資産は 4,000円 − 500円 = 3,500円 となり、その分だけ売上原価が増加します。回収コストを見落として返品資産を過大計上すると、売上原価が過小になるため注意が必要です。
また、各決算日において返品見込数量の見積りを見直し、返金負債・返品資産の金額を修正することも求められます。最初の見積りが甘かった場合、決算期に追加の収益減額や費用計上が必要になる点は実務上のポイントです。
参考リンク(日本公認会計士協会が公表する返品権付き販売の論点解説)。
論点15|返品権付きの販売(JICPA)
ここが実務で最もトラブルが多いポイントです。会計・法人税・消費税の3つは、返品権付き販売の扱いがすべて異なります。
まず法人税から確認しましょう。法人税法では、収益を認識する際、「資産の買戻し(返品を含む)」の可能性がある場合でも、その可能性がないものとして販売時の引渡価格を益金に算入することが原則です(法人税法第22条の2第5項)。つまり、返品見込額を控除した会計上の売上95,000円ではなく、税務上の売上は100,000円として課税所得を計算しなければなりません。返品資産も法人税法上は否認されるため、会計と税務のあいだに差異が生じます。
この乖離は一時的なものです。返品が実際に確定した事業年度において差異が解消されます。そのため、申告調整は別表四(所得の計算に関する明細書)で行います。
| 区分 | 項目 | 処理 |
|------|------|------|
| 加算(留保) | 売上計上もれ(返金負債) | +5,000円 |
| 減算(留保) | 売上原価計上もれ(返品資産) | −4,000円 |
| 減算(留保) | 返品調整引当金繰入(みなし) | −1,000円 |
上記のように、会計上の返金負債と返品資産の差額(5,000 − 4,000 = 1,000円)が、税務上「返品調整引当金繰入額とみなす」形で処理されます。これが意外と複雑です。
消費税の取扱いも要注意です。消費税は収益認識基準に対応していないため、返金負債を考慮しません。売上対価の総額100,000円がそのまま課税売上高となります。同様に、仕入の原価全額80,000円が課税仕入れの対価です。会計上の売上95,000円を消費税の課税売上として申告してしまうと、消費税の過少申告につながるリスクがあります。消費税申告をする際は消費税が必要です。
🔑 3つの乖離まとめ
- 💼 会計:売上95,000円(返品見込控除後)
- 🧾 法人税:売上100,000円(返品見込控除なし)+ 別表四で申告調整
- 🧾 消費税:課税売上100,000円(返品見込控除なし)
税務ソフトや会計システムで自動仕訳している場合でも、法人税別表の調整と消費税申告書の課税売上高を必ず手動で確認することが重要です。
参考リンク(会計・法人税・消費税の取扱いの違いを図解で整理)。
会計と税務の乖離がある場合、税効果会計の適用も検討しなければなりません。ここを後回しにしていると、決算数値が実態と乖離する事態が起きます。
返品権付き販売では、返金負債が将来減算一時差異に該当します。なぜなら、会計では返品見込額を収益から除いて既に損益に反映しているのに、税務では将来の確定年度まで損金算入されないからです。解消されたタイミング(返品確定時)に課税所得が減少するため、「将来の課税所得を減らす差異=将来減算一時差異」として繰延税金資産を計上することになります。
一方、返品資産は将来加算一時差異に該当します。会計上は売上原価を抑えて資産計上しているのに、税務では原価全額を損金算入しているため、将来の確定時点では会計上の費用が税務上より多くなります。この差異は繰延税金負債の認識につながります。
実務上のポイントは、繰延税金資産の「回収可能性」の検討です。将来の課税所得が見込めない場合、繰延税金資産を計上できません。返品見込額が大きく、かつ収益見通しが不透明な企業では、繰延税金資産の計上限度を慎重に検討する必要があります。これは大企業・上場企業だけでなく、税効果会計を任意適用している中小企業にも関係する話です。
税効果が必要かどうかの目安として、返品見込額(=返金負債残高)に法定実効税率(通常30%前後)を乗じた金額が自社の財務諸表に与える影響度を確認してみましょう。例えば返金負債が1,000万円であれば、繰延税金資産は約300万円規模になります。これはB/Sの純資産にも影響が出る金額です。
なお、税効果会計を適用していない中小企業(会計指針による省略が認められている場合)は、一時差異に重要性がないと判断した場合に限り省略可能ですが、返品見込規模が大きい場合は専門家への相談が推奨されます。
参考リンク(収益認識基準の変動対価と税効果会計の実務論点)。
「変動対価」の会計・税務への影響を考察する(TKCグループ)
2021年4月以前、返品権付き販売の処理の中心にあったのが「返品調整引当金」でした。出版業・医薬品業・化粧品業・既製服業・レコード業などに属する法人が、棚卸資産の大部分に買戻し特約を付して販売している場合、一定の算式により損金算入が認められていた引当金です。実務担当者にとっては見慣れた処理でしたが、2018年の収益認識会計基準の公表と同時に廃止の方針が決まりました。
廃止のスケジュールは段階的で、2021年4月1日から2030年3月31日までの間に開始する各事業年度で繰入限度額が毎年10分の1ずつ縮小されます。つまり2030年4月1日以降は、法人税でも返品調整引当金の損金算入は完全にできなくなります。現在(2026年時点)は経過措置の途中であり、限度額は旧額の約60%水準まで縮小しています。経過措置が残っているからと言って放置しているケースは危険です。
| 時期 | 取扱い |
|------|------|
| 2021年3月以前 | 返品調整引当金を全額損金算入可 |
| 2021年4月〜2030年3月 | 毎年10分の1ずつ縮小(経過措置) |
| 2030年4月以降 | 損金算入ゼロ・完全廃止 |
中小企業への影響も見逃せません。収益認識基準の強制適用は上場企業や大会社(有価証券報告書提出義務がある企業)が対象ですが、法人税の返品調整引当金廃止はすべての法人に適用されます。これまで引当金を活用してきた出版取次業者や医薬品卸売業者は、廃止に伴う税負担増加をあらかじめ試算して資金計画に織り込む必要があります。
廃止後の代替処理として、会計上は返金負債・返品資産の計上に移行しますが、税務申告では従来通り全額売上を認識し別表四で調整するスキームになります。この切替えが済んでいない場合、税務調査で過去期の誤処理を指摘されるリスクがあります。一度、自社の処理が新基準に対応できているかを確認することが重要です。
参考リンク(返品調整引当金の廃止と新旧比較の詳細)。
返品調整引当金は法改正により廃止!仕訳方法や変更点を解説(マネーフォワード)