

プレミアム付きで子会社を買収しても、売却時に譲渡益が出て課税される場合があります。
グループ通算制度は、令和4年(2022年)4月1日以後開始の事業年度から、従来の連結納税制度が抜本的に改組されたものです。グループ全体で損益を通算しながらも、各法人が個別に申告・納税するという仕組みに変わりました。
その中で「投資簿価修正」とは、通算子法人が通算グループを離脱するタイミングで、親法人(または他の通算法人)が保有するその子法人株式の帳簿価額を、離脱直前の子法人の簿価純資産価額×保有割合と一致するように強制修正する制度です(法令119の3⑤、119の4①)。
この制度が設けられている主な理由は2つあります。
- 二重課税の防止:通算子法人が稼得した利益に対してはグループ全体ですでに課税済みのため、株式の値上がりを通じて再び課税されることを防ぐ。
- 損失の二重控除の排除:通算子法人の損失がグループで通算済みであるにもかかわらず、株式譲渡損として再度控除されることを防ぐ。
イメージとしては、「子法人を吸収合併したのと同じように投資簿価を捉える」感覚です。たとえば親法人P社が子法人S社を100%保有し、S社の設立後に500の利益を稼得(法人税等200を支払い)、税引後利益300が積み上がった場合、S社の純資産は設立時の1,000+300=1,300になります。この状態でS社株式を1,500で外部売却すると、投資簿価修正により帳簿価額が1,300に引き上げられるため、譲渡益は200(=1,500−1,300)となり、グループ全体での二重課税が回避されます。
これが基本原則です。
なお、投資簿価修正を行うのは「離脱日前日の属する事業年度の確定申告書の別表五(一)」において処理します。具体的には、離脱子法人の帳簿価額が簿価純資産価額に満たない場合は簿価純資産不足額を加算し、超える場合は簿価純資産超過額を減算します。
参考:国税庁「投資簿価修正(原則法)の概要」
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hojin/group_faq/60.htm
グループ通算制度に移行してから、M&Aに携わる実務家の間でとくに問題視されてきた点があります。それは買収プレミアム(のれん相当額)が売却原価に算入されないという問題です。
連結納税制度では、投資簿価修正の計算は「連結加入後の連結個別利益積立金の増減額」を加減算する方式でした。一方、グループ通算制度では「離脱時の簿価純資産価額に合わせる」という方式に変わったため、取得時に支払った買収プレミアムが丸ごと消えてしまう構造になっています。
具体的な数字で見てみましょう。
| 項目 | 単体納税 | 連結納税 | グループ通算 |
|------|----------|----------|--------------|
| S社株式取得価額 | 100 | 100 | 100 |
| 取得内訳 | 純資産50+プレミアム50 | 同左 | 同左 |
| グループ期間中の欠損 | △20 | △20(P社で相殺) | △20(P社で相殺) |
| 投資簿価修正後の帳簿価額 | 100(変化なし) | 80(欠損分だけ減額) | 30(純資産額まで強制リセット) |
| S社株式売却価額 | 50 | 50 | 50 |
| 譲渡損益 | 損50 | 損30 | 益20 |
この表を見ると、グループ通算制度では50のプレミアムを払って100で買収したにもかかわらず、投資簿価修正後の帳簿価額がたった30まで下落してしまい、50で売却しても20の譲渡益が発生します。単体納税では同じ条件で譲渡損50が出ていたことと比べると、その差は実に70です。
つまり、「プレミアムを払った分だけ高値で売らなければ損をする」のではなく、「プレミアムを払った結果、損切り価格で売っても利益として課税される」という逆説的な事態が起きるわけです。これはM&Aを阻害する要因として専門家の間で強く問題視されていました。
参考:辻・本郷税理士法人「グループ通算制度における投資簿価修正」
https://www.ht-tax.or.jp/topics/group-tsusanseido/
上記の問題に対応するため、令和4年度税制改正で「資産調整勘定対応金額等の加算措置」が新設されました(法令119の3⑥)。この措置の活用は、M&Aを含む事業再編を行う企業にとって非常に大きな実務的意義を持ちます。
加算措置の仕組みはこうです。通算子法人の離脱時に、その子法人株式を取得した時点での買収プレミアム相当額(のれん相当額)を「資産調整勘定対応金額」として、簿価純資産価額に加算した金額を投資簿価修正後の帳簿価額とすることができます。
さきほどのTKCコラムの具体例で確認します。
- X1年度末:簿価純資産300、時価純資産400の法人Aを900で買収(100%取得)してグループ加入
- X2年度末:外部の第三者に900で売却
| | 加算措置を適用しない場合 | 加算措置を適用する場合 |
|--|--|--|
| 簿価純資産価額(離脱時) | 300 | 300 |
| 資産調整勘定対応金額 | 0 | 500(=のれん相当:900−400) |
| 投資簿価修正後の帳簿価額 | 300 | 800 |
| 売却価額 | 900 | 900 |
| 売却益 | 600 | 100 |
加算措置を使うと課税対象が600から100に激減します。これはかなり大きいですね。
ただし、この加算措置には重要な適用要件があります。
- ✅ 対象株式は「時価取得」(購入・TOBなど)された株式に限定。設立出資や増資により取得した株式は対象外
- ✅ 離脱子法人の株式を保有する全ての通算法人が、離脱事業年度の確定申告書等に計算明細書を添付すること
- ✅ いずれかの通算法人が計算の基礎となる書類を保存していること
- ❌ 離脱子法人を被合併法人とする非適格合併等が行われた場合、資産調整勘定対応金額はゼロになる
書類保存の重要性がここで際立ちます。買収から数年後の離脱に備えて、取得時の関連書類(株式譲渡契約書、財務デューデリジェンス資料など)を法定保存期間を超えて長期保管することが実務上の必須対応となります。
参考:TKC「令和4年度税制改正の投資簿価修正について」(公認会計士・税理士 大谷信介)
https://www.tkc.jp/consolidate/webcolumn/023873
参考:国税庁「投資簿価修正における資産調整勘定対応金額等の加算措置」
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hojin/group_faq/63.htm
令和4年改正で加算措置が設けられたものの、実務上は「せっかく計算した資産調整勘定対応金額がゼロになってしまうケース」が存在します。デロイト トーマツの2025年7月のレポートでもこの点が警告されています。
消滅・減額が起きる代表的なパターンを整理します。
① 組織再編による取得の場合は対象外
子法人株式が適格合併などにより簿価を基礎とした取得価額となる場合、資産調整勘定対応金額は把握されません。グループ内で再編を重ねると、最初の買収プレミアムが追跡できなくなるリスクがあります。
② グループ内の株式移転で減額される
子法人のグループ通算制度への開始日・加入日以前に、100%グループ内で適格組織再編による株式移転が行われた場合、移転する法人では対応金額が減額される一方、取得する法人では対応金額が新たに把握されないため、全体として金額が目減りします。
③ 非適格合併等の実施で一発ゼロ
子法人が通算グループ加入後に非適格合併の被合併法人、非適格分割の分割法人、事業譲渡の譲渡法人になった場合、資産調整勘定対応金額は問答無用でゼロになります(法令119の3⑦三・四)。
この③が最も深刻です。買収した子会社が「小さなノンコア事業を一つ切り離す」という軽微な事業譲渡をしただけでも、親会社が何十億円も払った買収プレミアム全額が消えてしまう可能性があるのです。
つまり、サブ事業の事業譲渡が親会社のM&Aコストを丸ごと無駄にしうるということですね。
この問題は引継ぎ漏れや担当者のミスでも起きうるため、グループ通算制度を適用している企業では、子法人レベルの軽微な取引であっても親会社の税務部門へ報告する体制の整備が不可欠です。税務リスクの観点から、子法人の組織再編・事業譲渡の検討段階から税理士・公認会計士への相談を行うのが安全な対応となります。
参考:デロイト トーマツ「グループ通算制度の投資簿価修正:資産調整勘定対応金額等が減額・消滅する場合もあるので注意」
https://www.deloitte.com/jp/ja/services/tax/perspectives/japan-tax-newsletter20250701.html
2026年(令和8年)の税制改正大綱では、投資簿価修正に関するさらなる見直しが行われました。対象となったのは、TOB(株式公開買付け)後のスクイーズアウトに関するケースです。これはあまり知られていない改正ですが、M&Aの実務に直結する重要な内容です。
スクイーズアウトとは、上場企業に対してTOBを実施して大株主になった後、「全部取得条項付種類株式の取得決議」など法的手続きを使って残りの株主を強制的に締め出し、100%子会社化する手法です。
問題の構造はこうです。
1. C社がX社株式についてTOBで例えば200株を時価取得(資産調整勘定対応金額が発生)
2. X社を完全子会社化するために全部取得条項付種類株式の取得決議を実施
3. このスクイーズアウトの過程で、TOBで取得した200株が「譲渡」扱いになる
4. 令和4年改正の規定では、グループ通算制度開始前に株式を譲渡した場合、譲渡割合相当分だけ対応金額が減額される仕組みのため、プレミアムを払ったTOB株式分がゼロになる不具合が生じていた
令和8年改正では、「全部取得条項付種類株式に係る取得決議による完全子法人化の際の株式の譲渡」を、減額計算の対象となる「譲渡」から除外することとされました。ただし、「交付を受けた株式の価額が譲渡した株式の価額とおおむね同額となっていない場合は除く」という注書きがあり、濫用防止措置も講じられています。
この改正は評価できます。実態として同一株式の交換であるにもかかわらず、形式上の「譲渡」により多額の資産調整勘定対応金額が消滅するというのは不合理だったからです。
ただし、専門家の間ではまだ重大な問題が残っているとの指摘も続いています。特に「子法人が軽微な非適格分割や事業譲渡を行うと、全買収プレミアムが一律ゼロになる」という規定(法令119の3⑦三・四)については、例えば「子法人の純資産の1%未満の事業を切り離した場合でも全額消滅する」という不合理さが解消されておらず、今後の税制改正での対応が引き続き期待されている状況です。
参考:note「【令和8年税制改正大綱】グループ通算制度の投資簿価修正における調整勘定対応金額の見直し」(公認会計士)
https://note.com/heukocpa/n/nb362950e4f40
ここまでの内容を踏まえると、グループ通算制度における投資簿価修正は「離脱時に考える話」ではなく、買収を決断した瞬間から対策を始める話だということが分かります。これが、多くの検索記事では言及されていない実務上の本質です。
資産調整勘定対応金額の加算措置を正しく機能させるためには、以下の「買収前~保有期間~離脱」の各フェーズでの管理が必要です。
📌 フェーズ1:買収時(最重要)
- 取得価額の算定根拠資料(株式譲渡契約書・バリュエーション資料)を整備する
- 時価純資産価額の算定資料(デューデリジェンス報告書・資産負債評価一覧)を保存する
- 取得株式数・単価・取得日が分かる証跡を記録する
- 段階取得がある場合は各取得時ごとの明細を保持する
📌 フェーズ2:グループ通算制度への加入時
- 連結納税から移行した場合は、「令和4年4月1日以後最初に開始する事業年度終了の日」までに所定の届出書を税務署に提出する(改正法令附則6③)。この期限を逃すと加算措置が適用できなくなる可能性があります。
📌 フェーズ3:保有期間中(継続的なモニタリング)
- 子法人が非適格合併等(非適格分割・事業譲渡を含む)を行う場合は、事前に税務部門へ必ず連絡する体制を構築する
- 株式のグループ内移動(適格合併によるものを含む)の際も、対応金額への影響を確認する
📌 フェーズ4:離脱(売却・解散等)時
- 株式を保有する「全ての通算法人」が離脱事業年度の確定申告書等に計算明細書を添付する
- 明細書の添付漏れは加算措置の不適用につながるため、複数法人間での確認が必須
これらを踏まえると、グループ通算制度下でのM&Aは、税務デューデリジェンスの段階から投資簿価修正の将来シミュレーションを組み込むことが実務上の標準になりつつあります。特に数十億円規模以上のM&Aでは、加算措置を適用できるかどうかで税負担が大きく変わります。具体的な試算や書類管理計画については、グループ通算制度に精通した税理士法人・会計事務所へ相談することを強くお勧めします。
参考:EY Japan「グループ通算制度における投資簿価修正の見直し」
https://www.ey.com/ja_jp/insights/tax/info-sensor-2022-04-10-tax-update
参考:デロイト トーマツ「グループ通算制度の重要ポイント(第5回)通算子法人株式等の取扱い」
https://www.deloitte.com/jp/ja/services/audit-assurance/perspectives/kaikeijyoho-202306-04.html