

取得条項付株式を「持っているだけ」で、対価ゼロで強制取得されることがあります。
そもそも「種類株式」とは、権利内容の異なる2種類以上の株式を会社が発行する場合の、それぞれの株式を指します。会社法では9種類の種類株式が認められており、「取得条項付株式」と「全部取得条項付種類株式」はどちらも「会社が株主から強制的に株式を買い取れる」という共通点を持ちます。しかし、その中身は大きく異なります。
取得条項付株式(会社法107条1項3号・108条1項6号)とは、あらかじめ定款に定めた「一定の事由」が生じたとき、会社が株主の同意なしに一方的に株式を取得できる株式です。「一定の事由」は非常に幅広く、株主の死亡、新株発行、「会社が定める日の到来」など、定款で自由に設定できます。つまり事由さえ発生すれば、会社の意思だけで動けます。
全部取得条項付種類株式(会社法108条1項7号)は、「株主総会の特別決議」によって会社がその種類の株式の全部を取得できる内容の種類株式です。取得条項付株式との最大の違いは、会社単独の意思では取得できない点にあります。必ず株主総会の特別決議、すなわち議決権を行使できる株主の過半数が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成が必要です。
つまり両者の本質的な差異は「取得の引き金を誰が引くか」にあります。取得条項付株式は会社がいつでも「事由発生」を使えるのに対し、全部取得条項付種類株式は株主の集団的意思(特別決議)が必要です。この違いが、使いやすさとリスク管理の面で大きな差を生み出します。
また、名称に注目すると理解が深まります。「取得条項付株式」は普通株式も含む単一発行株式会社でも設定可能ですが、「全部取得条項付種類株式」という名前のとおり、これは必ず「種類株式」として発行しなければなりません。最初から種類株式発行会社でない会社が全部取得条項付種類株式を導入する場合、まず種類株式発行会社になるための定款変更が必要になります。
以下の比較表でポイントを整理してみましょう。
| 比較項目 | 取得条項付株式 | 全部取得条項付種類株式 |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 会社法107条・108条 | 会社法108条1項7号 |
| 取得の契機 | 一定の事由発生 | 株主総会の特別決議 |
| 会社単独での取得 | ✅ 可能 | ❌ 不可 |
| 発行できる会社 | 単一発行株式会社も可 | 種類株式発行会社のみ |
| 発行時の要件 | 株主全員の同意が必要 | 株主総会特別決議 |
| 取得範囲 | 一部取得も可能 | 全部を取得 |
全部取得条項付株式が原則です。
参考リンク:会社法の取得条項付株式と全部取得条項付種類株式の基本的な定義・条文について
会社法 – e-Gov 法令検索(会社法108条・171条)
発行・導入時の要件の差が、実務上の使いにくさに直結します。これが大切です。
取得条項付株式の発行要件について見ていきましょう。既存の普通株式に取得条項を付加する場合、または新たに取得条項付株式を発行する場合は、既存株主全員の同意が必要です。これは会社法107条3項で明確に定められており、「全員の同意」という高いハードルが課されています。株主が2人や3人の非公開会社でも、1人でも反対すれば設定できません。
株主数が少ない非公開会社でも全員同意が絶対条件です。つまり、「取得条項付株式のほうが取得時は会社に有利」でも、「設定時のハードルは全員同意という非常に厳しい条件」という逆転現象があるのです。意外に思う人も多いですね。
全部取得条項付種類株式の発行要件は、定款変更のための株主総会特別決議(議決権の2/3以上の賛成)です。つまり少数株主が反対しても、大株主が3分の2以上の議決権を握っていれば導入できます。取得条項付株式とは逆で、「設定ハードルは比較的低いが、取得するたびに特別決議が必要」という構造です。
ただし、もともと普通株式だけを発行している会社が全部取得条項付種類株式を設定する場合は、実際には以下の3段階の定款変更が必要になります。
- 第1段階:種類株式発行会社になるための定款変更(株主総会特別決議)
- 第2段階:普通株式を全部取得条項付種類株式に変更するための定款変更(株主総会特別決議+種類株主総会の特別決議)
- 第3段階:実際の株式取得のための株主総会特別決議
この3段階を1回の株主総会でまとめて行うことは手続き上可能とされています。手続きが複数あることを忘れがちです。また、全部取得条項付種類株式に変更される株主に対しては、定款変更の効力発生日の20日前までに会社が通知または公告を行う義務があります。反対株主は効力発生日の20日前から前日までの間に、自己の株式の買取を会社に請求することができます(会社法116条)。
このような手続きの違いを知らずに「どちらも似たようなものだろう」と考えていると、設計段階で致命的なミスにつながる可能性があります。特に事業承継や資本政策を設計する経営者・投資家にとっては、この手続きコストの差が実務上の判断を左右します。
参考リンク:取得条項付株式と全部取得条項付種類株式の発行・手続きの詳細について
全部取得条項付株式とは?(久保CPAオフィス)
全部取得条項付種類株式が実際に使われる場面は大きく3つあります。どれも株主の財産に直接影響する重要な局面ばかりです。
① 少数株主の強制排除(スクイーズアウト)
M&Aや完全子会社化の場面で、親会社が子会社の少数株主を締め出したい場合に活用されます。株主総会特別決議で株式取得を決議し、少数株主に対して「端数以下」しか株式が割り当てられないように設計します。結果として少数株主には金銭が交付され、株主の地位から強制的に退出させられます。
ここで重要なのは、「少数株主に直接金銭を交付する」形には設計できない点です。法律上、すべての株主に同一の割合で対価を割り当てる必要があります。そのため、キャッシュアウトしたい少数株主の持株数が端数(1株未満)になるよう株式割当比率を調整し、その端数を競売または裁判所の許可を得た売却で処分した代金を少数株主に渡すという迂回した設計が必要です。端数処理が核心です。
② 100%減資(倒産・私的整理の場面)
会社が実質的な債務超過に陥り、私的整理や再建スキームを実行する際に使われます。全部取得条項付種類株式を利用して既存株主の株式を対価ゼロ(無償)で強制取得し、既存株主の権利をすべて消滅させます。その後、新たなスポンサーに第三者割当増資を行うことで経営権を刷新します。
100%減資の対象となった株主は、保有していた株式の価値がゼロになります。痛いですね。「倒産会社の株だから仕方ない」と思われるかもしれませんが、投資家として投資先がこのスキームを実行するかどうかを事前に察知することは、損失回避の観点から非常に重要です。2009年以降、国内の上場企業がこの手法を使った事例も複数あります。
③ 敵対的買収の防衛策
敵対的買収者が株式を取得した際に、会社がその株式を強制的に買い取れるよう全部取得条項付種類株式を活用する防衛策です。ただし実際の利用は限定的で、近年では特別支配株主の株式等売渡請求(会社法179条)や株式併合によるスクイーズアウトが主流になっています。これは使えそうです。
参考リンク:スクイーズアウトの手法と全部取得条項付種類株式の活用について
全部取得条項付種類株式とは?取得手続きとスケジュールを弁護士が解説(アウテンス法律事務所)
取得条項付株式は、事業承継・スタートアップの資本政策・株主管理の場面で強力な機能を発揮します。全部取得条項付種類株式とは異なり、「毎回の株主総会決議なし」で会社が機動的に行動できる点が最大の強みです。
事業承継への活用として特に有効な設計があります。たとえば、現経営者(A社長)が相続税対策で後継者候補の長男・次男に株式を移転したいが、まだどちらを後継者にするか決めていないケースです。このとき、普通株式を「議決権制限株式」かつ「取得条項付株式」に変更して長男・次男に譲渡します。その後、長男が後継者に決まった時点で取得条項を発動し、長男の株式を普通株式に転換する一方、次男の株式は議決権制限のまま保持させることで、後継者の経営権を確実に守れます。
この設計の柔軟性が、取得条項付株式の真骨頂です。これが基本です。ただし注意点として、すでに発行されている普通株式に取得条項を付加するには、前述のとおり株主全員の同意が必要です。株主が2人しかいなくても、1人が拒否すれば設定は不可能です。後から設定しようとして断られる事例も実務では存在します。株主が増える前に設計するのが原則です。
スタートアップの資本政策でも取得条項付株式は活躍します。ベンチャー投資の場面では、投資家が持つ優先株式に「IPO(新規上場)時に普通株式に転換される」という取得条項を付けることがあります。これにより上場後の株式構造をシンプルにできます。IPO時の転換が条件です。
退職した従業員株主への対応にも有効です。取得条項として「従業員でなくなった日」を設定しておけば、退職時に自動的に会社が株式を買い取れます。株主が増え続けてガバナンスが混乱するリスクを、事前に回避できる設計です。
一方、取得条項付株式の対価として金銭を選択した場合、会社に支払い資金が必要です。定款で定めた事由が発生した時点で分配可能額(会社の配当財源)がなければ、取得自体ができない制約も存在します。資金面の確認は必須です。
参考リンク:取得条項付株式の事業承継への活用・実務的な解説
「取得請求権付株式」と「取得条項付株式」の活用(J-Net21・中小機構)
金融や投資に関心のある人がとくに押さえておきたいのが、3つの類似概念の整理です。名前が似ているため混同しやすく、投資判断を誤るリスクがあります。
取得請求権付株式は、株主が会社に対して「買い取ってください」と請求できる株式です。取得条項付株式・全部取得条項付種類株式とは主役が逆で、株主が主導権を持ちます。優先株式を発行したスタートアップ企業が投資家向けに「一定期間後に買戻し請求できる」権利を付与するケースがこれに当たります。
3者を一覧で整理すると次のようになります。
| 種類 | 取得の主体 | 取得の条件 |
|---|---|---|
| 取得請求権付株式 | 株主 → 会社 | 株主が任意に請求 |
| 取得条項付株式 | 会社 → 株主 | 一定の事由の発生 |
| 全部取得条項付種類株式 | 会社 → 全株主 | 株主総会の特別決議 |
投資家にとって最もリスクが高いのは、保有株式が全部取得条項付種類株式に転換されるケースです。たとえば投資先企業が債務超過に陥り、私的整理の一環として100%減資を実施する場合、投資家は保有株式を対価ゼロで強制取得されます。「全部取得条項付種類株式への転換が株主総会で決議された」というニュースは、少数株主にとって実質的な損失確定のシグナルになり得ます。
結論はこうです。一般的に「株主総会の特別決議が必要=手続きが厳格で株主に有利」と思われがちですが、現実には議決権の2/3以上を支配株主が持っていれば特別決議は通ります。上場企業でTOB(公開買い付け)後に3分の2超の株式を取得した買収者が、全部取得条項付種類株式を使って残りの少数株主を強制排除するケースは日本でも複数起きています。3分の2の壁が重要です。
また、全部取得条項付種類株式の取得に反対する株主は、裁判所に対して「取得価格の決定の申立て」(会社法172条)を行える権利を持ちます。つまり提示された対価に不満がある場合、裁判所を通じて公正な価格を求めることができます。この権利は取得日の20日前から前日までに申し立てる必要があり、期間は非常に限られます。期限に注意が必要です。
参考リンク:3種類の株式の違いと少数株主の保護措置について
取得条項付株式と全部取得条項付株式の違いをわかりやすく解説(司法書士法人永田町事務所)
「どちらを選ぶべきか」は状況次第ですが、明確な判断基準があります。使い分けが原則です。
取得条項付株式を選ぶべき場面は次のとおりです。まず、発動条件を細かくコントロールしたい場合です。「特定の株主が死亡したとき」「従業員でなくなったとき」「IPO時」など、ピンポイントの事由を設定したい場合は取得条項付株式が適しています。また、毎回の株主総会決議という手間を省きたい場合にも有効です。ただし、前提として株主全員の同意を得る必要があるため、株主数が少なく合意形成がしやすい段階(会社設立直後や株主が2〜3名のうち)に設定するのが現実的です。
全部取得条項付種類株式を選ぶべき場面は、大規模な株主の入れ替えやキャッシュアウトが目的のときです。M&A後の完全子会社化、100%減資による経営刷新、敵対的買収防衛など、株主全体を一括で処理したい場面では全部取得条項付種類株式が使われます。3分の2以上の議決権を持つ支配株主がいることが実質的な前提となります。
一点、実務上の重要な注意点として、全部取得条項付種類株式による対価は「分配可能額の範囲内」でなければなりません(会社法461条)。100%減資の場面では対価ゼロ(無償)となるため分配可能額の問題はありませんが、キャッシュアウト目的で金銭を対価とする場合は会社の財務状態の確認が必須です。財務確認を忘れがちです。
また、近年の実務では全部取得条項付種類株式を使ったスクイーズアウトは手続きが煩雑であるとして、「特別支配株主の株式等売渡請求」(総株主の議決権の90%以上を持つ場合)や「株式併合」を使ったスクイーズアウトが増える傾向にあります。特に特別支配株主の株式等売渡請求は、株主総会決議すら不要で取締役会決議だけで実行できる(会社法179条)という点で、さらに手続きが簡便です。
まとめると、どちらの株式も「会社が強制取得できる」という点は共通していますが、使う場面・発行要件・手続きの重さが根本的に異なります。投資家の立場では「自分の持ち株がどちらの性質の株式か」「支配株主の議決権比率がどれくらいか」を確認することが、資産保全の観点から非常に重要です。
以下のフローで判断するとスムーズです。
種類株式の設計は会社法の専門知識が必要な領域であり、誤った設計は後から修正が難しいケースもあります。実際に導入・変更を検討する際は、会社法に精通した司法書士や弁護士への相談を早めに行うことが損失を防ぐ最善策です。
参考リンク:スクイーズアウト手法の比較と特別支配株主の株式等売渡請求の解説