株式等売渡請求と上場廃止の仕組みと株主への影響

株式等売渡請求と上場廃止の仕組みと株主への影響

株式等売渡請求と上場廃止の仕組みを正しく理解する

TOBに応じなかった株式が上場廃止後に強制売却されると、特定口座の損益通算が一切使えなくなります。


📋 この記事の3つのポイント
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株式等売渡請求とは何か?

議決権の90%以上を持つ「特別支配株主」が、残り少数株主全員に対して株式を強制的に売り渡すよう求める制度(会社法179条)。上場会社の場合、TOB後の二段階買収の手法として広く使われている。

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上場廃止になると株主はどうなるか?

売渡請求が承認された後、約1か月の整理銘柄期間を経て上場廃止。廃止後は証券取引所での売買は不可能となり、株主は特別支配株主との相対取引で買い取られることになる。

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見落としやすい税務の落とし穴

上場廃止後の株式売却益は「非上場株式の譲渡」扱いになるため、特定口座が使えず確定申告が必要。他の上場株式の損失との損益通算も不可となり、申告漏れが多発して国税庁も調査を強化している。


株式等売渡請求の基本的な仕組みと特別支配株主の要件

株式等売渡請求とは、2015年5月1日施行の改正会社法によって新設された制度で、会社法179条に根拠を持ちます。総株主の議決権の90%以上を保有する株主(特別支配株主)が、残りの少数株主全員に対して、強制的に株式を売り渡すよう請求できる仕組みです。


この制度の最大の特徴は、売り渡しを求められた株主の「同意が不要」という点です。特別支配株主からの請求を対象会社が取締役会決議で承認すれば、少数株主は拒否できません。


特別支配株主になるには、原則として1人(または1社)が単独で議決権の90%を保有している必要があります。つまり、法人が特別支配株主になる場合、その法人が100%の株式を保有する完全子会社が持つ議決権も合算できます。「法人の議決権+完全子会社の議決権」の合計が90%以上であれば要件を満たします。


株式だけでなく、新株予約権ストックオプションも対象に含められます。これは他のスクイーズアウト手法にはない特色です。株式の全部を取得しても、残った新株予約権が行使されれば完全子会社化の目的を達成できなくなるため、新株予約権も同時に強制取得できる点は実務上大きなメリットです。


注意点が1つあります。


種類株式発行会社では、売渡請求の承認時に種類株主に損害を及ぼすおそれがある場合、種類株主総会の決議が別途必要になることがあります。これにより「株主総会不要」という期間短縮メリットが失われるケースも存在します。




























スクイーズアウト手法 必要議決権比率 株主総会 平均所要日数
株式等売渡請求 90%以上 不要(取締役会決議) 約85日
株式併合 2/3以上 必要(特別決議) 約134日
全部取得条項付種類株式 2/3以上 必要(特別決議) 数か月~半年超


上記のとおり、株式等売渡請求は株主総会決議が不要なため、株式併合と比べて所要期間を約50日短縮できます。これが実務で頻繁に活用される最大の理由です。


参考:株式等売渡請求の法的根拠と実務についての詳細解説


株式等売渡請求から上場廃止までの手続きの流れと整理銘柄期間

上場会社に対して株式等売渡請求が実施される場合、手続きはおおむね次の流れで進みます。



  1. 特別支配株主がTOB(公開買付け)を実施し、議決権の90%以上を取得

  2. 特別支配株主が買取価格・取得日などの条件を決定し、対象会社へ通知

  3. 対象会社の取締役会が売渡請求を承認(株主総会は不要)

  4. 対象会社が売渡株主に「取得日の20日前まで」に通知・公告

  5. 取得日に特別支配株主が全株式を取得 → 上場廃止


取得日を迎えると同時に証券取引所の上場廃止基準(有価証券上場規程第601条第1項第17号)に該当し、上場廃止が確定します。


ここで個人投資家が見落としがちなのが整理銘柄の期間です。


売渡請求の承認から上場廃止になるまでの間、対象銘柄は約1か月「整理銘柄」に指定されます。整理銘柄に指定された期間は、市場での通常の売買を継続することができます。整理銘柄とは言葉の響きから「すでに売買停止」と誤解されやすいですが、それは正確ではありません。


整理銘柄期間が原則1か月あるのは、投資家の売買機会を保護するためです。


実際の事例をみると、たとえばKDDIによるLAC株式(2025年1月)では、売渡請求承認後に整理銘柄に指定され、約1か月後に上場廃止となっています。PKSHA Technologyによるサーキュレーション株式(2025年8月)でも、承認後に整理銘柄が指定され、2025年9月19日に上場廃止が予定されていました。


つまり、TOBに応じなかった場合でも、整理銘柄期間中に市場で売却するという選択肢があります。これを知っているかどうかで、最終的な対応に大きな差が生まれます。


整理銘柄が終わっても株式を売却しなかった場合は、買付者との相対取引で金銭交付を受けることになりますが、その代金受取りは上場廃止後2〜3か月後になるのが一般的です。


参考:上場廃止の仕組みと整理銘柄についての解説
上場廃止とは?整理銘柄の期間・株や社員はどうなる?|カオナビ


TOBに応じなかった株主が直面する上場廃止後の税務リスク

株式等売渡請求の局面で、個人投資家が最も注意しなければならないのが税務上の取り扱いです。これは知らないと実際に損をするリスクがあります。


通常の株式取引やTOBに応募して売却した場合は、証券会社を通した上場株式の譲渡として扱われ、特定口座(源泉徴収あり)であれば確定申告は不要です。


しかし、TOBに応じないまま株式が上場廃止となり、その後に買付者との間で株式が買い取られる場合、取り扱いが根本的に変わります。


上場廃止後の株式は「非上場株式」として扱われます。


証券会社を経由しない相対取引になるため、以下の点が問題になります。



  • 特定口座内での損益計算ができない:特定口座は証券会社を通じた上場株式の譲渡にのみ適用される制度なので、上場廃止後の取引には使えません。

  • 確定申告が必要になる:譲渡益が生じた場合、自分で確定申告をして申告分離課税(税率20.315%)を納める必要があります。

  • 上場株式との損益通算ができない:他の上場株式で損失があっても、上場廃止後の株式の利益と通算することは認められません。

  • 前年以前の繰越損失も適用不可:特定口座で繰り越していた損失も、上場廃止後の株式の利益には充当できません。


これは痛いですね。


令和5年6月、国税庁は「TOB成立後・上場廃止となった株式の買い取りに係る申告漏れ」に関する報道発表を行っています。調査の対象となった379人のうち、約半数を超える199人(約52.5%)が申告漏れ状態だったと公表されました。今後は積極的に調査を行うとしており、無申告者への対応は厳格化しています。


また、NISAで保有していた株式が対象になった場合はどうなるかという疑問もよく出てきます。NISA口座内のまま売渡請求の対価を受け取った場合は非課税扱いとなりますが、NISA口座から払い出された後に売却された場合は課税対象となるため、証券会社への確認が不可欠です。


参考:上場廃止後の株式の税務取り扱いについての詳細解説
『上場廃止になった株式の譲渡』は上場株式の譲渡ではない!|JTMI税理士法人日本税務総研


参考:国税庁によるTOB成立後の申告漏れに関する公式情報
株式公開買付(TOB)成立後の上場廃止株式に係る申告漏れ(国税庁 報道発表)


株式等売渡請求を受けた少数株主が使える3つの対抗手段

株式等売渡請求は少数株主に対して強制力を持つ制度ですが、完全に無力というわけではありません。会社法は少数株主側にも一定の対抗手段を用意しています。


結論は3つの手段があります。


① 株式取得の差し止め請求(会社法179条の7)


売渡請求が法令に違反している場合や、買取価格が著しく不当な場合などに、少数株主は特別支配株主に対して取得をやめるよう請求できます。ただし、差し止めが認められるためには「売渡株主が不利益を受けるおそれがある」という要件を満たす必要があります。


② 売買価格決定の申立て(会社法179条の8)


特別支配株主が提示した買取価格に不満がある場合、取得日の20日前から取得日の前日までの期間に、裁判所へ売買価格の決定を申し立てることができます。裁判所が「公正な価格」を判断し、TOB価格より高い金額が認められた実例もあります。


有名な事例として、2020年に実施されたファミリーマートのTOBでは、東京地裁が公正価格をTOB価格の2,300円より高い2,600円と判断しました。この決定は東京高裁でも維持されています。


価格決定の申立ては利用できる期間が限られています。


③ 売渡株式等の取得無効の訴え(会社法846条の2)


特別支配株主の要件を満たしていなかった場合や、取締役会の承認手続きに重大な不備があった場合などには、株式を取得した日から公開会社では6か月以内、非公開会社では1年以内に無効の訴えを起こすことができます。


これら3つの手段を知っておけば、売渡請求の対価が著しく低いと感じた場合に有効な対策を取ることができます。


ただし、価格決定の申立てに関しては専門的な法律知識と株価算定の知識が必要で、個人が単独で進めるのはハードルが高いのが実情です。M&A専門の弁護士への相談が現実的な選択肢です。


参考:少数株主の対抗手段・価格決定申立の詳細解説
株式売渡請求とは?要件や手続き、拒否されるケース等を詳しく解説|咲くやこの花法律事務所


上場廃止ラッシュで急増する株式等売渡請求、個人投資家が今すぐ確認すべきこと

近年、TOBを起点とした株式等売渡請求による上場廃止は急速に増加しています。2025年に東京証券取引所で上場廃止する企業は約124社に達し、2年連続で過去最多を更新した見通しです。2023年比でほぼ倍増しています(ロイター通信・日本経済新聞報道)。


背景には以下の要因があります。



  • 📌 東証による上場維持基準の厳格化(流通株式比率・時価総額など)

  • 📌 M&A・TOBが日本市場で活発化したこと

  • 📌 株主からの収益改善プレッシャーの高まり

  • 📌 親会社による完全子会社化ニーズの増加


この流れは今後も続くと見られており、個人投資家にとって「自分が持っている株がTOB・売渡請求の対象になる可能性」はけっして遠い話ではありません。


では、今すぐ確認すべきことは何でしょうか?


【確認ポイント①】保有株式にTOB・売渡請求のリリースが出ていないか


企業はTOBや売渡請求に関する内容を「適時開示」として東京証券取引所のTDnet(適時開示情報閲覧サービス)で公表します。保有銘柄の企業ニュースをこまめにチェックする習慣が重要です。


【確認ポイント②】整理銘柄指定中は市場で売却可能であることを覚えておく


売渡請求の承認が決定した後でも、整理銘柄期間中(約1か月)は通常通り市場で売却できます。この期間を見逃さず、売却するかどうか判断することが大切です。


【確認ポイント③】上場廃止後の金銭交付が来た場合は税務申告が必要かを確認する


上場廃止後に信託銀行や買付者から金銭交付の通知が届いた場合、確定申告が必要かどうかを証券会社や税理士に確認しましょう。特定口座内での処理とは異なる取り扱いになることを覚えておけばOKです。


上場廃止に至る情報を素早くキャッチするためには、証券会社のアプリや株式情報サービス(例:四季報オンライン、適時開示情報のメール通知機能など)を活用してアラートを設定しておく方法が効果的です。1つのアクションで済みます。


参考:TOBと上場廃止後の株主対応についての詳細解説
TOBで株はどうなる?株価変動と株主がすべきことを徹底解説|Money Forward


参考:2025年の上場廃止動向についてのロイター報道
上場廃止ラッシュ、2年で倍増|ロイター(2025年11月)