

税務署は「善意で税額を負けてくれる」と思ったら大きな誤解で、実は法律上そうする権限が一切ありません。
租税法律主義の起源を辿ると、今から800年以上前のイギリスに行き着きます。1215年、イングランド王ジョンが封建貴族たちの圧力に屈して調印した「マグナ・カルタ(大憲章)」において、「一切の楯金もしくは援助金は、朕の王国の一般評議会によるのでなければこれを課さない」と明文化されたのが、租税法律主義の萌芽とされています。国王による恣意的な課税から国民の財産を守るという思想は、その後1628年の「権利の請願」、1689年の「権利章典」へと引き継がれ、近代的な意味での租税法律主義として確立されていきました。
日本でも、明治憲法62条1項にその系譜が受け継がれ、現行の日本国憲法84条に結実しています。憲法84条は次のように定めています。
「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」
つまり、法律がなければ国家は一円たりとも税を課すことができないということです。これが原則です。
この原則が今日持つ現代的な機能を整理すると、主に2つの側面があります。まず「民主主義的側面」として、国民の代表者で構成される国会(議会)が課税の決定を行うという「代表なければ課税なし(No taxation without representation)」の思想です。次に「自由主義的側面」として、国民が経済活動を行う際にどれだけの税負担が生じるかを事前に計算・予測できる「法的安定性」と「予測可能性」の確保があります。これは言い換えれば、私たちが投資・事業・資産運用をする際に「税引後いくら残るか」を事前に把握できる権利を保障するものです。
なお、租税法律主義の対象は「租税」に限定されます。最高裁(平成18年3月1日・旭川市国民健康保険条例事件)は、国民健康保険料は「保険給付を受けることへの反対給付として徴収されるもの」であるため憲法84条が「直接適用」されないと判示しました。ただし、租税類似の強制的公課については84条の趣旨が及ぶ余地があるとも述べており、実務上は依然として議論の余地が残る重要な論点です。
参考:租税法律主義の歴史的背景と憲法84条の規定内容について、国税庁の租税教育コンテンツで確認できます。
租税法律主義は大きく4つの要請内容を持つとされています。①課税要件法定主義、②課税要件明確主義、③合法性の原則、④手続的保障原則です。このうち「合法性の原則」は、他の3つとやや異なる「執行段階」での原則です。
合法性の原則の定義は非常にシンプルです。課税要件が充足されている限り、課税庁(税務行政庁)には租税を減免する自由も、徴収しない自由もなく、法律で定められたとおりの税額を賦課・徴収しなければならないとする原則です。
これが持つ意味を分解すると次のようになります。
つまりということです。課税処分は「羈束行為(きそくこうい)」とも呼ばれ、税務職員に一切の自由裁量が認められない行為に分類されます。これは民事訴訟における「和解」が税務訴訟では原則として認められない理由にも直結しています。通常の民事訴訟なら当事者間の合意で解決を図ることができます。しかし税務訴訟では、合法性の原則が徹底されているため、「お互いの歩み寄りで税額を妥協点に落ち着ける」という対応は理論上できないとされています。
この原則は、ドイツにおいて「Legalitätsprinzip(合法性原則)」と呼ばれ、刑事法における「起訴法定主義」(検察官は一定の要件が揃えば起訴する義務がある)の考えに由来しています。日本では著名な租税法学者・金子宏教授が1974年の論文でこの原則を租税法律主義の一内容として明確に位置付け、以後の学説・実務に多大な影響を与えてきました。
参考:合法性の原則の実務上の位置付けについて、日本税法学会の学術論文で詳細に論じられています。
【日本税法学会】「合法性の原則」の実務上の対応(兼平裕子・愛媛大学教授)
合法性の原則を正確に理解するには、同じ租税法律主義の傘の下にある「課税要件法定主義」と「課税要件明確主義」との違いを整理しておく必要があります。これは使えそうな整理です。
課税要件法定主義は、課税要件(誰が、何を対象に、どんな基準で、いくら払うかなど)はすべて法律で定めなければならないという原則です。刑法における「罪刑法定主義(法律なければ犯罪なし)」になぞらえてつくられたとされています。政令・省令への委任は一定範囲で許されますが、課税要件の基本的事項を白紙委任することは憲法違反となります。
これを巡って争われた代表的な判例が「使用人兼務役員賞与損金算入事件(大阪高裁・昭和43年6月28日)」です。法律の明文根拠なく課税を拡大しようとした課税庁の処分が、課税要件法定主義に反するとして納税者が勝訴しています。また令和3年の最高裁判決(受取配当益金不算入事件)でも、法人税法施行令が法律の委任範囲を逸脱していたとして無効と判断され、納税者が逆転勝訴しています。
課税要件明確主義は、課税要件の規定はなるべく一義的・明確でなければならないとする原則です。不確定概念や曖昧な文言の多用は、納税者の法的安定性と予測可能性を損なうため慎重であるべきとされます。「秋田市国民健康保険税訴訟事件(仙台高裁・昭和57年7月23日)」では、「課税総額」の定義が客観的に一義的でないとして条例規定が違憲と判断された事例があります。
そして合法性の原則はこれらとは守備範囲が異なります。課税要件の「立法段階」ではなく、すでに要件が成立した後の「執行段階」での原則です。つまり、課税要件法定主義・明確主義が「法律を正しくつくれ」という要請であるのに対し、合法性の原則は「法律をそのとおりに執行せよ」という要請と整理できます。
| 原則名 | 適用ステージ | 主な機能 |
|---|---|---|
| 課税要件法定主義 | 立法段階 | 課税要件は法律で規定必須。白紙委任禁止 |
| 課税要件明確主義 | 立法段階 | 規定はなるべく一義的・明確に |
| 合法性の原則 | 執行段階 | 課税庁は法律どおり徴収。裁量で減免禁止 |
| 手続的保障原則 | 手続段階 | 賦課・徴収の手続は適正に。争訟は公正に |
参考:租税法律主義の4つの内容について体系的に解説された資料です。
【国税庁】租税法律主義をめぐる諸問題−税法の解釈と適用を中心として
金融や投資に関心を持つ人が最も注目すべきポイントがここです。合法性の原則は、実は納税者の節税・租税回避行為を課税庁から守る「盾」として機能する場面があります。
租税回避とは、税法が予定していない異常な法形式を利用して税負担を減少させる行為です。節税(法律の想定内)と脱税(違法)の中間に位置する概念として理解されています。日本の現行税法には、租税回避行為を包括的に否認する「一般否認規定」が存在しません。
この点について、日本の通説・裁判例は明確にこう述べています。「明文の法律の根拠なしに租税回避行為の否認は認められない」(国税庁研究論文より)。否認できない根拠の一つがまさに合法性の原則(および課税要件法定主義)です。法律上の課税要件を充足していない以上、課税庁は課税できません。これが原則です。
この考え方が最もドラマティックな形で現れたのが「武富士事件(最高裁・平成23年2月18日)」です。この事件では、海外贈与を活用した大規模な節税スキームに対し、課税庁が約1,000億円規模の課税処分を行いました。しかし最高裁は、当時の法律の文言に照らして住所の認定が不当であったとし、課税処分の全部または一部を取り消しました。後に税制改正によって類似スキームは封じられましたが、改正前の時点では法律の根拠がなければ課税庁は動けないという原則が徹底されたのです。
一方で見落とされがちな重要事項があります。合法性の原則は課税庁だけを縛るものではありません。逆に、課税要件が成立してさえいれば、課税庁はその税額を必ず徴収しなければなりません。特定の納税者に「今回は大目に見ます」という「お手盛り」的対応は一切できません。つまり過去に税務署担当者から「なんとかなりますよ」と言われたとしても、合法性の原則の観点からそのような処理は法律上根拠を持ちません。
参考:租税回避と否認について基礎から解説したコラムです。
【税務研究会ZEIKEN PRESS】租税回避は阻止できないの?
合法性の原則には原則があれば例外もあります。この例外を知ることが、金融・投資・経営の実務で自分を守るための重要な知識になります。
租税法律主義の権威・金子宏教授は、合法性の原則が後退しうる3つの場面を挙げています。
最も実務的に重要なのが③「信義則」の問題です。これは「相手の正当な信頼を裏切ってはならない」という一般法理で、租税法に適用されうるかが長年争われてきました。
最高裁は昭和62年10月30日判決(いわゆる信義則適用に関するリーディングケース)において、租税法における信義則適用を「極めて限定的」に認める方針を示しました。認められる要件として次の4点を挙げています。
つまり4要件がすべて揃わないと信義則は適用されません。これは厳しいところです。例えば「税務署の窓口で担当者に聞いたら非課税と言われたので申告しなかった」というケースでも、それが正式な「公的見解の表示」に当たると認定されることは非常にまれです。ただし近年は「事前照会制度」(文書回答制度)が整備されており、国税庁が書面で回答した場合は信頼保護の議論が生じやすくなっています。この制度を使うと法的リスクを事前に軽減できる可能性があります。
もう一点見落とせないのが「通達」の問題です。国税庁が発する通達は法律ではなく、行政内部の指示文書です。しかし現実には通達が事実上の課税基準として機能しており、「通達は合法性の原則の下で発行されるべき」という学説が有力です。一方で通達内容が法律の文理から逸脱していると判断された場合、裁判所は通達より法律の文言を優先します(ホステス源泉徴収事件・最高裁平成22年3月2日が代表例)。通達に書かれた扱いだけを信用するのはリスクがあるのです。
参考:税務行政における信義則の適用要件を解説した国税庁研究論文です。
ここまでの知識を、金融・投資・資産運用に関わる場面で実際に活かす方法を整理します。
合法性の原則が保障する「予測可能性」は、あなたが投資・事業判断をするうえで欠かせない前提条件です。税引後リターンを計算するためには、法律が変わらない限り課税が変わらないという安定性が必要です。
🏦 不動産投資・法人節税スキームを検討するとき
巷には「この仕組みなら税額がゼロになる」という情報が溢れています。しかし合法性の原則と課税要件法定主義の観点からいうと、課税要件を充足していれば課税庁は必ず課税しなければならない一方、課税要件を充足していなければ法律上課税できません。重要なのは「現時点の法律でどう判断されるか」です。節税スキームを検討する際、「今の法律で課税要件に該当しないか」を専門家(税理士・弁護士)に確認するプロセスが不可欠です。
📋 税務調査を受けるとき
税務調査の現場では、調査官との「交渉」が事実上行われることがあります。しかし合法性の原則の観点からは、本来、税務行政庁に課税額の裁量はありません。実務上は事実認定の問題として調整が行われることがありますが、「言い値で決まる」という感覚は危険です。日本税法学会の論文でも「税務行政の現場レベルでは事実認定・法解釈の両場面で交渉的な作業が存在する」と認めつつも、それは理論上は合法性の原則に服するものと整理されています。
根拠のない課税処分に対しては、課税要件の充足有無を法律に照らして確認し、必要であれば税務争訟(異議申立・審査請求・行政訴訟)を通じて争う権利があります。この権利を守るためにも、日頃から税務専門家と顧問契約を結んでおくことが重要です。
📑 確定申告後の更正処分・増額修正を求められたとき
課税庁が更正処分(後から課税額を増やす処分)をするためにも、法律上の課税要件を示す義務があります。合法性の原則は双方向に働きます。課税庁は定められた税額を必ず徴収しなければなりませんが、それ以上の金額を請求することも法律上できません。「なんとなく過去の申告が心配」という方は、まず更正の請求(過去5年以内が原則)という制度を使って過納付の還付を求める手段もあります。これは知っておくと得する制度のひとつです。
参考:租税法律主義の意義と機能について東京大学・神山弘行教授による最新の講演録を参照できます。
【TKCタックスフォーラム2023】租税法律主義の意義と機能について考える(東京大学大学院・神山弘行教授)