

限定承認を選ぶだけで借金問題が解決すると思っていませんか? 実際は、売ってもいない不動産に数十万円の税金がかかることがあります。
限定承認を選択すると、所得税法59条の規定により「被相続人が相続開始時に時価で相続人へ財産を譲渡した」とみなされます。これが「みなし譲渡所得税」です。
重要なのは、実際に不動産や株式を売却していなくても税金が発生する点です。意外ですね。
たとえば、被相続人が1,000万円で購入した土地が、相続時に時価2,000万円に値上がりしていた場合、1,000万円分の含み益に対して譲渡所得税が課されます。不動産を5年超保有していれば税率は約15.315%なので、この場合のみなし譲渡所得税は約153万円です。5年以内の保有だと税率が30.63%に跳ね上がり、約306万円もの税負担になります。
さらに注意が必要なのは申告期限です。このみなし譲渡所得は被相続人の「準確定申告」として、死亡を知った日の翌日から4か月以内に申告・納税しなければなりません。通常の確定申告の期間(翌年3月)より大幅に短く、申告を忘れると延滞税や無申告加算税まで発生します。4か月は短いですね。
また、課税対象となる財産は不動産だけではありません。土地・建物はもちろん、株式・金地金・宝石・書画・骨とうなど「譲渡所得の基因となる財産」全般が対象です。一方、現金・預金・金銭債権・日常生活用の家具や家電などは対象外です。この区別を把握しておくことが大切です。
なお、みなし譲渡所得の計算で使う「時価」は相続税評価額とは別に算定します。土地は公示価格等を基準に、上場株式は相続開始日の終値で把握するのが原則です。相続税申告と税目が違えば金額も変わるというのは、複雑なところです。
限定承認に対応できる税理士は数が少ないとも言われており、不動産や株式が遺産に含まれる場合は、相続税と所得税の両方に詳しい専門家を早めに探す必要があります。
国税庁による関連情報(みなし譲渡所得の取扱い)。
国税庁「No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法」
限定承認は民法923条によって「共同相続人全員が共同して申述する」ことが要件です。1人でも反対すれば利用できません。これが原則です。
相続人が配偶者と子ども2人の計3人であれば、全員の足並みをそろえなければなりません。一方、相続放棄は各相続人が「単独」で申述できるため、自分だけで判断できます。この点が大きな違いです。
実際のところ、相続人の中には「単純承認して財産をもらいたい」と考える人もいれば、「借金だけは絶対に背負いたくない」という人もいます。全員の意見を一致させるのは、感情的なもつれがある場合はとくに困難です。厳しいところですね。
申述期限は「自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内」と法定されています。相続人が多いほど、この3か月の中で連絡・説得・合意形成のすべてをこなさなければならず、時間的なプレッシャーは大きくなります。
なお、「相続人の中に行方不明者がいる」「生死不明の人がいる」といったケースでは、不在者財産管理人の選任申立てが必要になることもあり、さらに手続きが複雑になります。
また、相続人の1人が相続財産を使ったり処分したりすると「法定単純承認」が成立し、その相続人だけでなく全員が限定承認を利用できなくなるリスクもあります。被相続人が亡くなった直後に「とりあえず預金を引き出した」「遺品を売った」という行為でも該当するため、注意が必要です。
参考:限定承認の申述に関する手続きの詳細。
辻・本郷 税理士法人「相続の限定承認とは|相続放棄と限定承認どちらを選ぶべきかも解説」
限定承認を選択すると「小規模宅地等の特例」が適用できなくなります。これは金融に関心のある人でも見落としがちな落とし穴です。
小規模宅地等の特例とは、被相続人が居住または事業に使用していた宅地を相続した場合、一定面積まで評価額を最大80%減額できる制度です。たとえば、評価額5,400万円の自宅の土地(330㎡以内)であれば、この特例により課税評価額が1,080万円まで下がります。東京・神奈川などの都市部では土地の評価額が高いため、この特例が使えるかどうかで相続税額に数百万円単位の差が出ることも珍しくありません。
なぜ限定承認では使えないのか。限定承認を選ぶと税法上「被相続人から相続人へ財産が売却された」と扱われます。つまり「相続で取得した」とは見なされないため、相続を前提とする小規模宅地等の特例の適用要件を満たせなくなるのです。結論は明確です。
具体的な影響を整理すると次のようになります。
| ケース | 居住用土地の課税評価額 | 相続税への影響 |
|---|---|---|
| 単純承認+特例適用 | 最大80%減額 | 大幅に軽減される |
| 限定承認 | 時価(減額なし) | 高額になる可能性あり |
プラスの財産がほとんどなく、負債がわずかに上回る程度であれば、単純承認を選んで小規模宅地等の特例を活用した方が手元に残る財産が多くなるケースも十分にあります。つまり「借金があるから限定承認」と即断するのは危険です。
相続財産の中に居住用不動産が含まれている場合、まず相続税試算を行い、特例の適用可否を含めたシミュレーションを専門家に依頼することが大切です。
小規模宅地等の特例と限定承認の関係について詳しく解説。
大阪合同税理士法人「限定承認の選択は慎重に!おすすめできない理由と手続きを徹底解説」
限定承認を実際に進めると、費用と時間の両面で大きな負担がかかります。手続き開始前にコスト感覚を把握しておく必要があります。
主な費用の内訳は以下のとおりです。
手続き全体にかかる期間は、清算手続き含めて1年以上になるケースが多いです。官報公告の掲載期間だけで2か月以上を要する上、債権者への弁済や残余財産の分配まで含めると、長ければ2年近くかかることもあります。
さらに「限定承認を使ってみたものの、最終的にプラスの財産が残らなかった」というケースでは、弁護士・税理士・鑑定費用などをすべて相続人が自己負担しなければならない事態になります。痛いですね。
加えて、日本国内で限定承認は年間700件弱しか申述されていません(令和5年は688件)。相続放棄が同年28万件超だったのと比べると、圧倒的に利用が少ないことがわかります。利用件数が少ないため、手続きに精通した専門家自体が少なく、依頼先を見つけることが難しい場合もあります。
限定承認に着手する前に、「手続きコストを支払っても手元に財産が残るか」を必ず試算することが必要です。
限定承認を選べば被相続人の借金を全部免れると考えがちですが、実はそうではありません。これが見落とされやすい盲点です。
被相続人が「主債務者」として借入をしていた場合、限定承認によりプラスの財産の範囲内でその借金を処理できます。しかし、被相続人が「連帯保証人」として他者の借金を保証していた場合、その連帯保証人の地位ごと相続人に承継されることがあります。
連帯保証人の地位は「財産」ではなく「地位(身分的権利義務)」の一種であり、限定承認の清算手続きの対象範囲については、実務上の解釈が必ずしも明確ではないとされています。手続きがあいまいですね。
また、限定承認の手続き自体の法律条文は民法922条〜937条のわずか16条しかなく、過去の裁判例の蓄積も乏しい状態です。手続きが法律で詳細に定められていないため、専門家であっても「探り探り」手続きを進めなければならない場面があるとも言われます。
実際に、相続財産清算人が行う任意売却(競売・先買権の行使以外の方法で財産を売却すること)が法律上明確に認められているわけではないという指摘もあります。民法上は任意売却を禁止する条文も認める条文もないため、グレーゾーンが残ります。
さらに、清算手続きが完了しても裁判所への報告義務はなく、いつをもって手続き完了とみなすかも曖昧です。この「完了基準があいまい」という特性が、後になってトラブルにつながるケースも考えられます。
こうした「制度的な不確実性」があることを事前に理解した上で、限定承認を使うかどうかを判断することが重要です。不安であれば専門家に相談することが一番の近道です。
限定承認に関する法的な不明点や実務上の課題について詳しく解説。
こん・さいとう司法書士事務所「限定承認のデメリットを相続の専門家が8つ挙げてみた」