

小規模宅地等の特例を使った土地を物納すると、時価1億円の土地が2,000万円分の納税にしかならず大損します。
税金を現金以外で払えると聞いて、驚く人は少なくありません。実は、国税のなかで物納が認められているのは相続税だけです。所得税や法人税では認められていない、極めて特殊な制度といえます。
物納とは、不動産や上場株式、国債などの財産そのものを国に引き渡すことで、相続税の納付に充てる仕組みです。相続税は原則として「被相続人が亡くなったことを知った翌日から10ヶ月以内」に現金で一括納付しなければなりません。しかし、相続財産の多くが不動産や非上場株式といった換金しにくい資産で占められている場合、現金を用意するのが難しいケースもあります。
そのような場面での救済制度として、まず「延納(分割払い)」が存在します。つまり物納が認められるのは、延納でも払えない場合の最終手段です。
現金→延納→物納、この順番が原則です。
なお、令和6年度(2024年度)の物納申請件数は50件で、ピーク時の1992年度(平成4年度)に比べると極めて少ない水準です。かつては年間6,000件以上の申請があったことを考えると、現在の利用頻度は大幅に縮小しています。とはいえ「老老相続」の増加などを背景に、令和7年度の税制改正で物納制度が見直されており、今後は利用者が増える可能性も指摘されています。
参考リンク(国税庁|物納の基本的な要件と対象財産について公式に確認できます)。
No.4214 相続税の物納 – 国税庁
物納は、要件を一つでも満たさなければ認められません。条件は厳しいところですね。
物納の申請が認められるためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
特に重要なのが財産の「順位」です。物納に充てられる財産の優先順位は、法律で明確に定められています。
| 順位 | 財産の種類 |
|------|-----------|
| 第1順位① | 不動産・船舶・国債・地方債・上場株式等 |
| 第1順位② | 上記のうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第2順位③ | 非上場株式等 |
| 第2順位④ | 非上場株式のうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第3順位⑤ | 動産 |
この順位は必ず守る必要があります。例えば、不動産と非上場株式の両方を持っているケースで、非上場株式だけを物納に使いたいと思っても、原則として不動産が第1順位のため先に申請しなければなりません。「手元に残したい不動産がある」という理由だけでは、下位の財産から物納することはできないのです。
ただし一つだけ例外があります。「特定登録美術品」と呼ばれる、法律に基づき登録された美術館等に展示されている美術品は、順位に関係なく物納に充てることが可能です。
物納申請書の期限は延長できません。ただし「物納手続関係書類」については、1回につき3ヶ月を限度として最長1年まで提出期限を延ばすことができます。書類の準備が間に合わないと感じたら、早めにこの延長手続きを行いましょう。
参考リンク(令和7年度改正の物納許可限度額の計算方法の変更点について詳しく記載されています)。
物納許可限度額等の計算方法が変わりました – 国税庁パンフレット
「物で払えばいい」と安易に考えると、申請が却下されるリスクがあります。物納には申請できない財産(管理処分不適格財産)が多数存在するからです。
不動産の場合、以下のものは物納に使えません。
「売れない土地だから物納してしまおう」という発想は通用しません。売れない理由の多くが、そのまま物納不適格の理由にもなっているからです。
株式についても同様です。非上場株式で譲渡制限がある場合は物納できないことが多く、定款の変更が必要なケースもあります。
一方、すぐに物納できないわけではないが、使い勝手が悪い財産は「物納劣後財産」に分類されます。これは他に物納できる財産がない場合のみ認められます。主な例としては、現在も申請者が住んでいる建物・土地、道路に2メートル以上接していない土地などが該当します。
意外ですね。自分が今住んでいる家は「劣後」扱いで、基本的には後回しなのです。
また、「相続時精算課税」の適用を受けた財産や、「非上場株式等についての贈与税の納税猶予の特例」を受けた非上場株式については、物納の対象外となる点も見落としがちです。これらを知らずに物納を計画すると、申請が却下されて時間とコストが無駄になります。
物納が必ずしも「得」とは限りません。これが原則です。
物納の最大のメリットは、物納許可限度額の範囲内であれば譲渡所得税が非課税になる点です。通常、不動産を売却して相続税を納める場合には、売却益に対して最大約20%(長期譲渡所得の場合:所得税15%+住民税5%)の譲渡所得税がかかります。物納であればこのコストが発生しないため、手続きさえ通れば節税効果は大きいといえます。
ところが、見落としやすい重大なデメリットがあります。物納における財産の評価額は「相続税評価額」が基準になるため、市場での売値(時価)より低くなるケースが多いのです。
具体的な数字で考えてみましょう。仮に時価1億円の土地を物納する場合、相続税評価額が5,000万円であれば、その土地は5,000万円分の相続税の納付に充てられます。残り5,000万円分(時価ベース)は、ただ失ったことと同じです。
さらに問題なのが、「小規模宅地等の特例」を適用した土地を物納するケースです。小規模宅地等の特例とは、条件を満たせば宅地の相続税評価額を最大80%減額できる制度です。特例適用後の評価額で物納することになるため、時価1億円の土地でも物納で充当できる相続税額は2,000万円程度になることがあります。
つまり、時価1億円の土地を手放して2,000万円分しか納税できないわけです。痛いですね。
一方、売却の場合を見てみましょう。同じ土地を9,000万円で売却できたとすると、譲渡所得税(約20%)を引いても7,200万円が手元に残り、そこから相続税を支払えます。売却の方が圧倒的に有利になります。
逆に、相続後に株価が急落した場合などは物納が有利になることもあります。物納は相続時点の評価額が基準になるため、売却すると損失が出るような状況では物納のほうが実質的なダメージを抑えられます。
結論はケースバイケースです。必ず専門家に試算してもらいましょう。
参考リンク(物納と売却、どちらが有利かを税理士の視点で比較している記事)。
売却と物納はどちらが有利? – 健美家コラム
物納の申請は、相続税の申告と同じタイミングで行います。相続開始から10ヶ月以内が期限です。
申請の流れは次のとおりです。
審査中は利子税がかかりません。ただし、申請者側の書類不備や対応遅延が原因で手続きが延びた期間は利子税が課されます。自らの都合で取り下げた場合は延滞税の対象になる点も覚えておきましょう。
令和7年(2025年)4月1日以降に発生した相続から、物納制度に重要な改正が施行されました。これは要チェックです。
改正の背景には「老老相続」の増加があります。日本人の平均寿命が延び、高齢の子どもが高齢の親から財産を引き継ぐケースが増えています。定期収入のないリタイア世代の相続人が現金を用意するのは難しいという現実を踏まえた改正です。
改正の主なポイントは2つあります。第一に、物納許可限度額の計算に使う延納年数の上限が「最長20年」から「申請者の平均余命」に変更されました。例えば、申請者が70歳であれば平均余命は約15〜17年になり、延納可能年数が短くなります。延納可能額が少なくなることで、物納できる税額の上限(物納許可限度額)が増える仕組みです。
第二に、延納期間終了後に必要な「生活費3ヶ月分」と「事業運転資金1ヶ月分」を物納許可限度額の計算に加算するようになりました。これも実態に即した見直しといえます。
高齢で収入がない相続人には朗報な改正です。
物納申請が却下された場合も、対応策があります。「管理処分不適格財産」として却下された場合は、却下の翌日から20日以内に別の財産で再申請(1回限り)が可能です。また、「延納による納付が可能」として却下された場合は、20日以内に延納申請へ切り替えることができます。
参考リンク(令和7年度の物納制度の改正点について具体的な算式とともに解説しています)。
申請者の平均余命も新たに算定対象に 相続税物納許可限度額の見直し – ともの会計事務所