

相続時精算課税を使った財産は、物納に一切使えません。
相続税は、被相続人が亡くなった日(相続開始日)の翌日から10カ月以内に、現金で一括納付するのが原則です。しかし、遺産の大半が不動産や非上場株式であるケースでは、現金がほとんど手元に残らないことも珍しくありません。
そこで登場するのが「物納」という制度です。物納とは、相続税を金銭ではなく、相続した財産そのもので納付できる制度のことを指します。国税通則法や相続税法に規定された、相続税に特有の特例的な納税方法です。
重要なのは、物納は最初から選べる選択肢ではないという点です。相続税の納付方法には順番があり、まず現金一括納付を検討し、それが難しければ分割払い(延納)を検討します。延納でもなお金銭での納付が困難という事情があって、初めて物納が認められます。つまり物納は、あくまで「最終手段」として位置づけられています。
国税庁の公式情報(タックスアンサーNo.4214)には、「延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある場合に限り、物納申請が認められる」と明記されています。この「困難とする事由」という点が審査されるため、単純に「現金を持っていないから」では通らないこともあります。
つまり最終手段です。ただし、知っておくことで「大損を防げる制度」でもあります。
参考:国税庁公式タックスアンサー No.4214 相続税の物納(物納の要件・順位・手続の公式情報)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4214.htm
物納に使える財産は自由に選べるわけではなく、相続税法によって種類と優先順位が厳格に定められています。この順位を無視して申請しても許可されないため、正確に把握しておく必要があります。
財産の優先順位は以下の3段階に分かれています。
| 順位 | 物納に使える財産の種類 |
|---|---|
| 第1順位① | 不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等 |
| 第1順位② | 上記のうち「物納劣後財産」に該当するもの |
| 第2順位③ | 非上場株式等 |
| 第2順位④ | 非上場株式のうち「物納劣後財産」に該当するもの |
| 第3順位⑤ | 動産 |
たとえば、不動産(第1順位)と非上場株式(第2順位)の両方を保有している場合、非上場株式を物納したいと思っても、まず不動産から申請しなければなりません。手元に残したい不動産があっても、順位の関係で先に物納しなければならないケースが生じるのです。
後順位の財産は、税務署長が「前順位に適当な財産がない」「特別の事情がある」と認めた場合にのみ、物納に充てることが認められます。例外的に、法律で登録された「特定登録美術品」は順位に関係なく物納が可能です。
収納価額(物納した財産の評価額)は、原則として「相続税の課税価格の計算の基礎となった価額」、すなわち相続税評価額が適用されます。これは市場での時価とは異なることが多く、物納を選ぶ際には必ず時価と相続税評価額の両方を確認することが重要なポイントです。
優先順位が原則です。希望だけで財産を選べない点は要注意です。
物納には優先順位があるだけでなく、そもそも物納の対象にできない財産も存在します。これを「管理処分不適格財産」と呼びます。国が受け取った後に管理・換価処分が困難な財産がその対象です。
代表的な管理処分不適格財産(不動産)は以下の通りです。
株式についても同様に、譲渡制限株式・担保権の目的となっている株式・権利に争いがある株式などは物納不適格です。
一方、「物納劣後財産」は、管理処分不適格財産とは別の概念です。使用や処分がしにくい財産であるものの、他に物納できる財産が一切ない場合に限り、物納が認められます。現在も納税者が居住・事業利用している建物・土地、道路に2m以上接していない土地、市街化区域外の農地・保安林などが代表例です。
「売れない土地だから物納してしまおう」と考える方がいますが、売れない理由によっては管理処分不適格財産に該当し、物納も認められないケースが多いのが現実です。
物納できない財産の種類が多い点は要注意です。事前の確認が条件です。
また、相続時精算課税制度を選択した贈与財産は、相続税の課税対象に含まれる場合でも物納には使えません。これは国税庁のタックスアンサーでも明記されている重要な注意点です。2,500万円まで非課税で贈与できる制度として人気がありますが、将来の物納の選択肢を狭めるリスクがある点も知っておく必要があります。
物納には、見落とされがちな「大きな得」と「見えにくい損」の両方があります。正確に比較することが、納税方法を選ぶ際の最重要ポイントです。
物納の主なメリットは次の3点です。
まず、現金がなくても財産で納税できるという点があります。不動産しか遺産がない場合でも、すぐに現金化する必要がありません。
次に、物納許可限度額の範囲内では、譲渡所得税がかかりません。通常、不動産を売却すると「売却益(譲渡所得)」に対して15〜20%の譲渡所得税が課されます。先祖代々の土地のように取得費が低い場合、売却益が大きくなり、譲渡所得税が高額になるケースがあります。物納なら、この税が発生しないのです。これは使えそうです。
さらに、株価の急落など相続開始後に財産の時価が下落した局面では、相続時点の評価額で物納できるため、売却より有利になることがあります。
一方、物納の主なデメリットも3点あります。
最も注意が必要なのは、物納の収納価額が「相続税評価額」である点です。相続税評価額は、一般的に市場の時価より低く算定されます。時価1億円の土地でも相続税評価額が5,000万円の場合、5,000万円分の税が払えたとみなされます。さらに小規模宅地等の特例(最大80%減額)を使った土地は、特例適用後の評価額が収納価額になるため、時価1億円の土地が物納で2,000万円分の税しか払えないケースも起こり得ます。
申請から許可まで、審査期間中に一部の利子税が課される点も見逃せません。利子税の年率は「7.3%」と「財務大臣が告示する割合+0.5%」のいずれか低い方が適用されます。
また、要件が厳しく必要書類が多いため、申請準備だけで数カ月かかることも珍しくありません。
評価額が条件です。時価と評価額の差を必ず確認してから判断しましょう。
参考:物納のメリット・デメリット・収納価額の詳細解説(VSグループ)
https://vs-group.jp/sozokuzei/payment_in_kind/
物納を行うには、正確な手順と期限の把握が不可欠です。申請期限は厳格で、相続開始を知った日の翌日から10カ月以内が原則です。この期限は延長できません。
物納申請の流れは大きく以下の5ステップです。
書類の補正に時間がかかり期限内に対応できない場合、申請が却下されることがあります。却下されると、その後20日以内に別の財産で再申請するか(1回限り)、延納申請に切り替えることが可能です。申請が却下され未納状態が続くと、利子税に加えて延滞税(利子税より税率が高い)が課される点には注意が必要です。
なお、一度延納の許可を受けた相続税であっても、申告期限から10年以内であれば「特定物納」として物納への変更ができます。ただしこの場合、収納価額は特定物納申請時点の時価が適用されます。
物納申請の必要書類は非常に多く、国税庁の手引きは100ページ以上に上ります。不動産を物納財産とする場合、地積測量図・境界確定書・評価資料など専門的な書類が必要になります。相続税に詳しい税理士への相談が、実質的には必須といえます。
10カ月が期限です。準備が遅れると申請自体が難しくなります。
参考:国税庁 延納・物納申請書の様式集(公式書類一覧)
https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/enno-butsuno/yoshiki/02.htm
相続税の納税手段として「不動産を物納する」か「不動産を売却して現金で納税する」かは、多くの相続人が悩む判断です。結論はケースバイケースですが、判断のための「ものさし」を理解しておくことが重要です。
具体的なシミュレーションで考えてみましょう。
たとえば、時価1億円・相続税評価額5,000万円の土地があったとします。この土地で物納をした場合、5,000万円分の相続税を支払ったとみなされます。時価1億円の土地を手放しているにもかかわらず、です。一方でこの土地を1億円で売却して現金で納税する場合、売却益(1億円−取得費−譲渡費用)に対して15〜20%の譲渡所得税がかかります。取得費が低ければ低いほど、売却の方が手取りが増える可能性があります。
逆に、相続開始後に株価が急落したり、不動産市況が悪化した場合は物納が有利になります。なぜなら物納の収納価額は相続開始時の評価額が基準になるからです。
さらに見逃せないのが「取得費加算の特例」です。相続開始から3年10カ月以内に財産を売却した場合、支払った相続税額の一定部分を、譲渡資産の取得費に加算できる制度があります。この特例を使うと譲渡所得税が大きく圧縮できるため、物納との比較ではこの特例の活用も必ずセットで検討すべきです。
また、不動産に小規模宅地等の特例(最大80%減額)を適用していた場合、物納の収納価額は特例適用後の価額になります。たとえば、本来5,000万円の評価額が特例で1,000万円になっていれば、時価1億円の土地を物納しても1,000万円分の相続税しか払えません。この落とし穴は非常に大きく、知らずに物納を選ぶと多額の損失につながります。
どちらが得かの判断基準を整理すると、以下のようになります。
| 状況 | 有利な選択 |
|---|---|
| 相続開始後に時価が下落した財産 | 物納が有利 |
| 取得費が低く、売却すると譲渡益が大きい財産 | 物納が有利(譲渡所得税回避) |
| 時価が評価額より大幅に高く売れる財産 | 売却+取得費加算特例が有利 |
| 小規模宅地特例を使った土地 | 売却が有利なケースが多い |
物納と売却の比較は、必ず税理士にシミュレーションしてもらうことが条件です。どちらが得かは財産の種類・評価額・時価の三つを揃えて初めて判断できます。相続税に強い税理士に相談することで、見落とされがちな節税の選択肢が見えてくることがあります。
参考:相続税の物納と売却の比較・小規模宅地特例との関係(税理士法人チェスター)
https://chester-tax.com/encyclopedia/835.html