低価法廃止で変わる棚卸資産評価と節税戦略

低価法廃止で変わる棚卸資産評価と節税戦略

低価法廃止が棚卸資産評価と節税に与える影響

在庫の時価が下がっても、翌期に戻し入れ益が出て税金が増える可能性があります。


低価法廃止の3つのポイント
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切放し低価法が廃止

2011年(平成23年)4月1日以後開始の事業年度から、節税効果の高い「切放し低価法」が廃止。現在は「洗替え低価法」のみ認められています。

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節税額が縮小するリスク

洗替え低価法では翌期首に「戻し入れ益」を計上するため、期待した節税効果が翌期に相殺されるケースがあります。

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届出と継続適用が条件

低価法を選択するには税務署への届出が必要で、一度選択したら原則3年間は変更できません。事前の戦略検討が不可欠です。


低価法廃止の背景と棚卸資産評価の基本を理解する

まず「低価法廃止」という言葉には、実は2つの異なる文脈があります。これが混乱を生みやすいポイントです。


1つ目は、2008年(平成20年)の会計基準改正による変化です。企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」が適用され、従来は「原価法」か「低価法」を選択できたのが、実質的に低価法(収益性の低下に基づく簿価切下げ)が強制適用となりました。大企業・上場企業を中心に、棚卸資産の時価が帳簿価額を下回れば必ず評価損を計上しなければならなくなったのです。


2つ目は、2011年(平成23年)の税制改正による変化です。税務上の低価法には「切放し低価法」と「洗替え低価法」の2種類がありましたが、このうち節税効果がより高い「切放し低価法」が廃止されました。


つまり「低価法が廃止」という一言でも、会計上の話と税務上の話が混在しているということですね。金融や経営に興味を持つ方こそ、この2つを正確に区別して理解することが重要です。


棚卸資産とは何か? 棚卸資産とは、いわゆる「在庫」のことです。商品・製品・仕掛品・原材料・消耗品などが該当します。例えば、アパレル企業が仕入れたTシャツ1,000枚のうち期末に300枚が売れ残っていれば、その300枚が棚卸資産として計上されます。


棚卸資産の評価額は利益に直結します。簡単に言うと、期末棚卸資産の金額が少ない=売上原価が増える=利益が減る=課税所得が減るという関係になっています。だからこそ、棚卸資産をどう評価するかは節税戦略の中でも重要なテーマです。


原価法では仕入れた時の価格(取得原価)をそのまま使います。一方、低価法では取得原価と期末時点の時価(正味売却価額)を比較し、低い方を採用します。時価が下がっている商品があれば、差額を「評価損」として費用計上できるのが低価法の大きな特徴です。


参考:棚卸資産評価の基本的な考え方(グロービス経営大学院)
https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-20606.html


低価法の切放し法と洗替え法の違い、廃止で何が変わったか

切放し低価法が廃止された意味を理解するには、2つの方法の違いを押さえる必要があります。


洗替え低価法(現在も有効)は、期末に評価損を計上した後、翌期の期首に「戻し入れ益」を計上して元の帳簿価額に戻す方法です。いわば「一時的に下げて、また戻す」という処理です。


切放し低価法(2011年4月以降廃止)は、一度評価損を計上したら翌期にそのままにする方法です。戻し入れ益を計上しないため、評価損を「そのまま経費として固定できる」効果がありました。


具体的な数字で見てみましょう。帳簿価額100万円の商品の時価が80万円に下落したとします。




























比較項目 切放し低価法(廃止) 洗替え低価法(現行)
期末に計上する評価損 20万円(損金算入
翌期首の処理 なし(戻し入れ不要) 戻し入れ益20万円を計上
翌期の課税への影響 影響なし 翌期の利益が20万円増加
節税の永続性 評価損を永続的に保持 翌期に相殺されやすい


痛いですね。切放し法の廃止で「恒久的な節税」がしにくくなりました。


洗替え低価法では、翌期末にまた時価が取得原価を下回っていれば、改めて評価損を計上できます。時価の下落が継続する商品であれば毎期評価損が出るため、節税効果は継続します。しかし、時価が回復した場合には戻し入れ益が出て翌期の課税所得が増えます。在庫の多い製造業・小売業にとっては、このシーソーのような損益の変動が財務計画を複雑にすることがあります。


なお、個人事業主(青色申告者)については、実は切放し低価法は従前からそもそも認められておらず、法人の話です。個人については洗替え低価法のみが従来から適用されていました。これは意外と知られていない点です。


参考:切放し低価法の廃止と経過措置(渕会計事務所)
http://www.fuchie-act.com/info/tax_reforms_h23_8.html


低価法廃止と2008年会計基準改正の関係、IFRSコンバージェンスの視点

「なぜ切放し低価法が廃止されたのか」という問いへの答えは、日本の会計基準がIFRS(国際財務報告基準)に向けて整合を図ってきた流れと密接に関係しています。


IFRS(イファース/アイファース)とは、国際会計基準審議会(IASB)が策定する世界共通の会計基準です。欧州を中心に世界100か国以上で採用されており、日本の上場企業でも適用企業が増えています。


IFRSでは、棚卸資産の評価について「正味実現可能価額(Net Realisable Value)」と取得原価を比較し、低い方を採用することが基本とされており、日本の低価法概念とほぼ一致しています。しかし、切放し法のように「過去の評価損を永続的に引き継ぐ」という手法はIFRSの考え方と整合しないとされました。


IFRSの観点では「毎期、時価を再評価する」ことが基本です。つまり洗替え法の発想と合致します。


2008年に日本で施行された企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」は、まさにこのIFRSとのコンバージェンス(差異解消)の一環でした。この改正により、上場企業・大企業を中心に「収益性の低下による簿価切下げ」が義務化されています。


つまりこういうことです。会計基準の改正(2008年)で大企業への低価法的処理が強制化され、税制改正(2011年)で切放し低価法が廃止されて洗替え法に一本化された、という2段階の流れで現在の姿になっています。


金融に関わる立場から言えば、この変化は「会計の透明性を高め、利益操作の余地を狭める」方向性の改正です。切放し法は一度評価損を計上すれば翌期以降に戻し入れ益が不要だったため、意図的に利益を圧縮するツールとして使われるリスクがありました。これが廃止された背景には、財務情報の信頼性向上という狙いもあります。


参考:ダイヤモンド・オンライン「棚卸資産評価の一本化とIFRSコンバージェンス」


低価法を選択するメリットと税務署への届出・変更手続きの注意点

低価法(現在は洗替え低価法のみ)を活用するには、まず税務署への届出が必要です。何も届け出をしていない場合、法定の評価方法である「最終仕入原価法による原価法」が自動的に適用されます。


届出先は所轄の税務署で、提出するのは「棚卸資産の評価方法の届出書」です。事業を開始した事業年度の確定申告書の提出期限(原則として法人なら決算日から2ヶ月以内)までに届け出る必要があります。


低価法を選択する主なメリットは次のとおりです。


- 💡 時価が下落した棚卸資産の評価損を損金に算入でき、課税所得を圧縮できる
- 💡 棚卸資産の実態をより正確に財務諸表に反映できる
- 💡 収益性の低下を早期に認識することで、過大な利益計上を防げる


一方、注意すべき点もあります。


- ⚠️ 洗替え低価法では翌期首に戻し入れ益が計上されるため、翌期の課税所得が増える
- ⚠️ 期末の時価(正味売却価額)の算定作業が必要で事務コストがかかる
- ⚠️ 税務調査では「時価の根拠資料(注文書・販売実績・価格表など)」の提示を求められる


これが条件です。時価の根拠資料の保存は必須です。


評価方法の変更には原則3年間の縛りがあります。 一度評価方法を選択したら、法人税基本通達により「相当期間(3年間)」は変更が認められないのが原則です。変更したい場合は、変更しようとする事業年度開始日の前日までに「棚卸資産の評価方法の変更承認申請書」を所轄税務署長に提出し、承認を得る必要があります。3年経過後でも、合理的な理由がなければ承認されないケースがあります。


届出書・変更承認申請書のひな形は国税庁のウェブサイトから入手できます。


参考:棚卸資産の評価方法の変更手続きについて(国税庁)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/05/05_02_04.htm


低価法廃止を踏まえた棚卸資産の節税戦略、知らないと損する実務ポイント

切放し低価法が廃止された現在、棚卸資産をめぐる節税戦略はどう考えれば良いのでしょうか?


① 洗替え低価法の節税効果を最大化する条件


洗替え低価法で節税効果が持続するのは、「期末ごとに一定以上の時価下落が続いている棚卸資産がある場合」です。毎期、時価が取得原価を下回り続ける商品や原材料であれば、毎期評価損を計上できるため、節税効果は継続します。季節性商品・流行商品・陳腐化しやすい電化製品・アパレルなどがその典型例です。これは使えそうです。


② 評価損の損金算入が認められる要件


税務上、低価法を届け出ていない場合でも、棚卸資産評価損の損金算入が認められる場合があります。ただし、その条件は厳格です。


- ✅ 商品が著しく陳腐化した場合(モデルチェンジなどにより著しく価値が下落)
- ✅ 商品が損傷・破損した場合
- ✅ 災害等による物理的損傷がある場合


これらに該当する場合は、低価法を届け出ていなくても評価損を損金に算入できます。ただし、単に市場価格が下がっただけでは認められません。


③ 評価損の証拠書類の整備が決め手


税務調査での最大の論点は「期末時価の妥当性」です。時価の算定根拠として、販売契約書・仕入れ先からの値下げ通知・市場価格データ・売価一覧表などを期末時点で整備しておくことが欠かせません。期末時価の単価が更新されていないまま申告しているケースで指摘を受ける企業が多いため、注意が必要です。


④ 決算期の在庫コントロールとの組み合わせ


低価法の活用に加えて、決算前に不良在庫を廃棄・値引き販売することで損失を実現させる方法もあります。ただし、廃棄の場合は「廃棄証明書」など廃棄の事実を証明する書類の取得が必須で、書類がない場合は損金算入が認められません。廃棄業者から引渡確認書・廃棄証明書を取得しておくことが実務上の基本です。


⑤ 会計上の処理と税務上の申告調整


上場企業や大企業では、会計基準上「収益性の低下による簿価切下げ」(実質的な低価法)が強制適用されています。一方、税務上の低価法は届出が必要な任意選択です。会計と税務で処理が異なる場合には申告調整が必要になります。特に、会計上は「正味売却価額」で評価しているが、税務上は「再調達原価」で再計算して申告調整する必要がある場面もあります。これが原則です。


棚卸資産評価のルールを正確に理解したうえで、会計ソフトや税務ソフトの棚卸資産評価モジュールを活用すると、期末の評価作業の負担を大幅に軽減できます。freeeやマネーフォワードクラウド会計などは、棚卸資産評価の仕訳サポート機能を提供しています。会計ソフトとの連携確認を一度しておくと、年度末の作業効率が上がります。


参考:棚卸資産評価損の損金算入要件(国税庁 法人税基本通達)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/05/05_02_04.htm