多国籍企業情報の報告と移転価格税制の基礎知識

多国籍企業情報の報告と移転価格税制の基礎知識

多国籍企業情報の報告と移転価格税制で知っておくべき全知識

「連結売上1,000億円未満の会社でも、移転価格の申告漏れで数億円を追徴されることがあります。」


📋 この記事の3つのポイント
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多国籍企業情報の報告制度とは

OECDのBEPS行動計画13を受け、2016年に日本で導入。CbCレポート・マスターファイル・ローカルファイルの3種の文書提出が義務化されています。

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対象と罰則を正確に把握する

連結総収入1,000億円以上がCbCレポートの対象。国外関連取引50億円以上または無形資産取引3億円以上の企業はローカルファイルも必須。提出しないと30万円以下の罰金リスクがあります。

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投資家が注目する税務透明性

EUでは2024年6月以降の事業年度から国別報告書の一般公開が義務化。ESG評価において「税務透明性」は機関投資家の重要な評価指標になりつつあります。


多国籍企業情報の報告制度とは:BEPSプロジェクトと日本の対応

2016年の税制改正で、日本に「多国籍企業情報の報告制度」が整備されました。きっかけはOECD(経済協力開発機構)が主導するBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトです。BEPSとは、多国籍企業が各国の税制の「隙間」を利用して税負担を不当に軽くする行動を指します。かつてAppleやGoogleのような巨大テック企業が、アイルランドや低税率国に利益を集中させていた問題は、その典型例として世界中で問題視されました。


OECDはこれを是正するため、2015年に「行動計画13:多国籍企業情報の文書化」を含む最終報告書を公表しました。日本もこの勧告を受け入れ、2016年度(平成28年度)税制改正で制度を法令に組み込みました。つまり、この制度は日本独自ではなく、世界100カ国以上が足並みをそろえた国際ルールです。


制度の核心はシンプルです。多国籍企業グループに対し、①国別報告事項(CbCレポート)、②事業概況報告事項(マスターファイル)、③ローカルファイル(独立企業間価格算定書類)という3種類の文書を税務当局に提供させることで、各国の税務当局が「どの国でどれだけ稼ぎ、どれだけ税金を払っているか」を把握できる仕組みを構築するものです。


これが基本です。この3種類の文書の役割と対象要件をきちんと理解することが、税務コンプライアンスの第一歩になります。


参考:国税庁「多国籍企業情報の報告」制度の概要とe-Taxによる手続き方法が確認できます。


国税庁|多国籍企業情報の報告


多国籍企業情報の報告:3種類の文書の内容と対象企業の条件

3種の文書はそれぞれ対象企業の要件が異なります。整理して理解することが重要です。


まず「国別報告事項(CbCレポート:Country-by-Country Report)」は、特定多国籍企業グループが対象です。「特定多国籍企業グループ」とは、構成会社等の居住地国が2カ国以上あり、かつ直前の連結総収入金額が1,000億円以上のグループを指します。1,000億円というのは、東証プライム上場企業の中堅規模に相当します。このグループの最終親会社等が、事業を展開する国ごとに収入金額・税引前当期利益・納付税額・構成会社の名称・所在国・主たる事業内容をまとめてe-Taxで提出します。提出は英語のCSVファイルで行う必要があり、一般的な税務申告ソフトでは対応していないため、国税庁の「多国籍企業情報の報告コーナー」を利用する必要があります。


次に「事業概況報告事項(マスターファイル)」は、多国籍企業グループ全体の組織構造・財務・事業の概要、重要なサプライチェーン情報、グループ内取引の一覧などをまとめたものです。こちらもCbCレポートと同じく連結総収入1,000億円以上のグループが対象で、最終親会社の会計年度終了日の翌日から1年以内に提出します。


そして「ローカルファイル」は、対象要件がCbCレポートとは異なり、より広い範囲の企業に影響します。具体的には、一の国外関連者との国外関連取引金額(前事業年度)が50億円以上、または特許権等の無形資産取引金額が3億円以上の法人がローカルファイルの同時文書化義務を負います。ローカルファイルは確定申告書の提出期限までに作成・保存することが義務付けられています。


意外ですね。ローカルファイルの義務は連結1,000億円の大企業だけでなく、海外子会社との取引がある中堅企業にも及ぶわけです。


文書の種類 主な対象要件 提出期限 不提出の場合
CbCレポート 連結総収入1,000億円以上の多国籍企業グループ 会計年度終了の翌日から1年以内 30万円以下の罰金
マスターファイル 連結総収入1,000億円以上の多国籍企業グループ構成会社 会計年度終了の翌日から1年以内 30万円以下の罰金
ローカルファイル 国外関連取引50億円以上または無形資産取引3億円以上 確定申告書の提出期限まで 推定課税・質問検査権の行使


ここで見落とされやすい重要なポイントがあります。ローカルファイルの同時文書化義務がない企業(50億円・3億円の基準を下回る企業)でも、税務調査で調査官から提出を求められた場合、60日以内に「ローカルファイルに相当する書類」を提出しなければなりません。実質的にはローカルファイルと同じ内容です。つまり、規模が小さいからと油断していると、調査時に窮地に陥ることがあります。これは必須の知識です。


参考:CbCレポートの報告項目・提供方法・罰則を含む実務的な解説が読めます。


辻・本郷 税理士法人|移転価格税制の基礎5 ~国別報告事項(CbCレポート)


多国籍企業情報の報告と自動的情報交換:94の国・地域が連携する仕組み

「CbCレポートを日本の国税庁に提出すれば終わり」と考えている担当者は少なくありません。しかし実際は、そのデータが自動的に海外の税務当局へ渡される仕組みになっています。これが「自動的情報交換」です。


国税庁は2024年5月時点で、94の国・地域と国別報告書の自動的情報交換の枠組みを結んでいます。日本の最終親会社がCbCレポートを国税庁に提出すると、租税条約等に基づく情報交換制度を通じて、グループが拠点を持つ各国の税務当局にそのデータが自動的に届く仕組みです。つまり、東南アジア・欧州・北米に子会社を持つ日本の多国籍企業の場合、それぞれの国の税務当局が日本親会社の収益状況を把握できるということになります。


逆に、外国法人が日本親会社の場合はどうなるでしょうか。その場合は原則として、当該外国の税務当局からの情報交換で日本側が情報を入手します。ただし、最終親会社の所在国が情報交換制度の対象国でない場合(たとえば一部の新興国)に限り、日本の構成会社が「子会社方式」で直接CbCレポートを日本の国税庁に提供しなければならない義務が生じます。


この自動的情報交換の仕組みは、企業にとって重要な意味を持ちます。情報が複数国の税務当局に行き渡ることで、従来は見逃されがちだった「A国では低い利益、B国では高い利益」という恣意的な所得配置が一目で見えるようになりました。これにより、移転価格税制の税務調査はより高精度になっています。


94カ国という数字を少し実感しやすくしてみると、日本が加盟するOECDは38カ国ですから、その2倍以上の国が情報共有の輪の中にいることになります。グローバルな税務コンプライアンス体制の構築は、もはや大企業だけの話ではないということです。


参考:日本との国別報告書の自動的情報交換の対象国・地域と最新の交換実績が確認できます。


国税庁|国別報告事項(CbCR)の自動的情報交換等に関する情報


多国籍企業情報の報告義務違反と移転価格課税:実際の追徴事例

文書化義務を正しく果たしていても、移転価格そのものに問題があれば課税を受けます。そして実際の課税額は、決して「他人事」ではありません。


日本における移転価格課税の事例を見ると、その規模の大きさに驚かされます。産業用ロボット大手のファナック株式会社は、2024年に台湾の子会社との取引に関して東京国税局から約97億円の申告漏れを指摘されました。追徴税額は過少申告加算税込みで約22億円とみられています。同社は「適正な納税を行ってきた」と表明し、二重課税の排除に向けた対応を進めると発表しています。


IHI株式会社のケースも象徴的です。タイの子会社との取引で東京国税局から約100億円の移転価格課税を受け、追徴税額約43億円を納付。その後、東京地方裁判所に提訴し、2023年12月に第1審で勝訴しています。訴訟提起から判決まで数年を要しており、対応コストの大きさが伝わります。


痛いですね。さらに武田薬品工業は大阪国税局から1,223億円という更正処分を受けた事例もあります。


国税庁が公表するデータによれば、移転価格課税の更正件数は毎年150〜260件程度で推移しており、2018年度(平成30年度)は257件という高水準でした。課税対象となる所得の調整規模は年間数百億円〜1,000億円前後が続いています。1件あたりの課税規模が数億円から数十億円に達するケースも珍しくなく、財務上の影響は計り知れません。


移転価格税制の「除斥期間(時効)」は、2020年4月1日以後に開始する事業年度からは7年に延長されています。一般の税務調査は通常3〜5年の遡及にとどまりますが、移転価格は7年分さかのぼって課税される可能性があります。除斥期間が長い点が原則です。この点を見落とすと、長年蓄積した税務リスクが一気に顕在化することになります。


参考:IHI・ファナック・良品計画など実際の移転価格課税事例と過去10年間の動向が詳しくまとめられています。


株式会社iTPSコラム|日本における移転価格課税の動向と最近の事例


多国籍企業情報の報告とESG投資:税務透明性が株価と格付けに影響する時代

多国籍企業情報の報告制度は、金融・投資の世界とも深く結びついています。この視点は、まだ多くの金融担当者に十分には認識されていない領域です。


EUでは2024年6月22日以降に開始する事業年度から、一定規模の多国籍企業に対して国別報告書(Public CbCR)の一般公開が義務化されました。つまり、これまで税務当局だけに提供していた収益配分情報が、投資家・NGO・一般市民の目にも触れるようになったのです。EUに拠点を持つ日系グローバル企業にも、この規制が直接適用されます。


これが投資家にとって重要な意味を持つのは、税務透明性がESG(環境・社会・ガバナンス)評価の一部として組み込まれ始めているからです。ESGの「S(社会)」の要素として、多国籍企業が適正な税金を各国で納めているかどうかが問われるようになっています。ある機関投資家の見解として「税務コンプライアンスの質が低い企業は、中長期的な財務リスクと評価する」というコメントが経済産業省の資料にも紹介されています。


一方で、移転価格課税を受けた企業は一定規模以上の追徴税額が生じた場合、プレスリリースによる情報開示を行う例が増えています。ファナックや良品計画のケースはまさにその例で、新聞やニュースで広く報道されました。投資家やESG評価機関はこうした情報に敏感であり、株価や格付けへの影響も否定できません。


これは使えそうです。多国籍企業の投資判断において、CbCRや移転価格文書化への対応状況は「守り」だけでなく「攻め」の情報開示戦略としても機能し始めています。自社のグローバル税務戦略をステークホルダーに対してどう説明するか、という観点が今後ますます重要になっていきます。


税務透明性が条件です。コンプライアンスを整えることは、法的リスクの回避だけでなく、投資家への信頼構築という企業価値向上にも直結する時代に入っています。グローバルミニマム課税(各国最低税率15%)の導入も2024年以降各国で進んでおり、国際税務の環境変化は加速しています。


参考:EUの公開CbCR義務化に伴い日系企業が対応すべき実務内容が解説されています。


デロイト トーマツ グループ|Public CbCR税務情報開示への対応


参考:ESGと税務透明性の関連、機関投資家の視点から税務情報開示の重要性を論じた学術的考察が読めます。