

更新料を払うたびに「取得費」が増えるわけではなく、一部は消えてしまいます。
借地権とは、建物を建てる目的で他人の土地を借りる権利のことです。マイホームや賃貸アパートの敷地として借地を利用している人は全国に多く、その借地権は「財産」として扱われます。
借地権を売却したときには、売却益(譲渡所得)に対して所得税と住民税がかかります。そのときに重要になるのが「取得費」です。取得費が大きければ大きいほど、課税対象の利益が圧縮され、税負担が減ります。
借地権の取得費は何で構成されているのでしょうか?
主な構成要素は、借地権を最初に設定した際に地主に支払った「権利金」や「保証金(返還されない部分)」、他人から借地権を購入した場合の「購入代金」、そして「更新料・更改料」などです。つまり、更新のたびに支払う更新料も、借地権の取得費を構成する要素の一つになります。
ただし、全額がそのまま取得費に加わるわけではありません。これが重要なポイントです。
国税庁の所得税基本通達38-12では、「借地権の取得費には、土地の賃貸借契約の更新及び更改に際して支払った更新料や更改料が含まれる」と定めています。しかし同時に、計算式による一部控除の仕組みもあります。
参考:国税庁が定める借地権の取得費の詳細な計算ルール(所得税基本通達38-12)
国税庁|所得税基本通達 第38条関係(譲渡所得の取得費)
更新料を支払ったからといって、支払額がそのまま取得費に上乗せされるわけではありません。これが多くの人が見落としているポイントです。
国税庁の通達が定める計算式は次のとおりです。
更新後の借地権の取得費 = 更新前の借地権の取得費(A) + 支払った更新料(B) − (A × B ÷ 更新時の借地権の時価)
式のカッコ内の「A × B ÷ 更新時の借地権の時価」は、いわば「重複して取得費に加算することを防ぐための調整額」です。借地権を更新することで、既存の借地権の価値がある程度更新料によって置き換えられる、という考え方に基づいています。
具体的な例で確認しましょう。
- 更新前の借地権の取得費(A):500万円
- 支払った更新料(B):300万円
- 更新時の借地権の時価:2,000万円
この場合の計算は次のとおりです。
調整額 = 500万円 × 300万円 ÷ 2,000万円 = 75万円
更新後の取得費 = 500万円 + 300万円 - 75万円 = 725万円
更新料300万円を払ったのに、取得費の増加分は225万円(300万円 - 75万円)にとどまります。差額の75万円は「消えてしまう」形になります。取得費の増加が支払額より少ないということですね。
なお、借地権の取得費が不明でゼロの場合(A=0円)は、調整額もゼロになるため、支払った更新料全額が取得費に算入できます。昭和20年代から続く古い借地など、当初の権利金の領収書が残っていないケースでは、更新料の領収書だけが取得費の根拠になることもあります。
参考:国税庁の質疑応答事例(借地権の譲渡所得の計算例)
国税庁|質疑応答事例「借地権の譲渡所得の計算」
借地の上にアパートなどを建てて賃貸収入を得ている場合、更新料の一部を「不動産所得の必要経費」として計上できます。これはあまり知られていない制度です。
必要経費として計上できる金額の計算式は次のとおりです。
必要経費への計上額 = 更新直前の借地権の取得費(A) × (更新料(B) ÷ 更新時の借地権の時価)
先ほどの例で当てはめると、必要経費計上額 = 500万円 × (300万円 ÷ 2,000万円) = 75万円 となります。
この75万円は当年の不動産所得の必要経費として計上できます。つまり、先ほど「消えてしまう」と表現した調整額こそが、賃貸用途においては経費計上できる金額なのです。
ただし重要な条件があります。自宅として使っている借地の場合は必要経費に計上できません。また、更新前に一度も権利金や更新料を支払っていない場合(取得費がゼロの場合)も、この計算式では必要経費がゼロになります。必要経費が出るのは、過去に取得費の実績がある場合のみが条件です。
賃貸経営をしている方は、更新のたびにこの計算をして申告に反映させることが重要です。忘れていると、本来受けられる節税効果を得られないまま過ごしてしまいます。意外ですね。
参考:借地の更新料の経費計上ルールを詳しく解説
大阪相続税申告相談センター|借地で発生した更新料は必要経費として計上できる?
📋 更新料の領収書は、絶対に捨ててはいけません。
借地権を売却する際、取得費が「不明」な場合は、売却価格の5%しか取得費として計上できません(概算取得費)。これは、国税庁が認めている原則的なルールです。
たとえば、借地権を3,000万円で売却したとします。
| 条件 | 取得費 | 課税譲渡所得の目安 |
|------|--------|-----------------|
| 取得費・更新料が証明できる場合(実額1,000万円) | 1,000万円 | 約2,000万円 |
| 取得費が不明・概算取得費の場合(5%) | 150万円 | 約2,850万円 |
この差は約850万円。長期譲渡所得の税率(所得税15%+住民税5%=20%)で計算すると、約170万円もの税額の差が生じます。
更新料の領収書が1枚あるかないかで、170万円以上の差が出ることもあります。結論はシンプルです。
更新料が数百万円規模になることも珍しくない都心部の借地では、過去数十年分の更新料の証拠書類がそろっているかどうかで、売却時の手取り額が大きく変わります。
また、更新料の領収書だけでなく、借地契約書・更新契約書も同様に重要な書類です。こうした書類は一般的に「書類の整理」の際に処分されてしまうことがありますが、不動産を保有している限りは保管し続けることが原則です。書類は資産と同じ価値を持つと考えておきましょう。
特に相続で受け継いだ借地権の場合、被相続人が支払っていた更新料の書類が残っているかを早めに確認することをお勧めします。売却を検討し始めてから書類を探しても、手遅れになるケースがあります。
参考:取得費が不明な場合の申告方法(国税庁)
国税庁|No.3258 取得費が分からないとき
借地権の更新料は、実は法律で義務付けられたものではありません。これも多くの人が誤解しているポイントです。
借地借家法には「更新料を支払わなければならない」という規定はなく、法定更新(契約期間が満了しても自動的に更新される仕組み)が発生した場合、契約書に更新料特約がなければ、更新料の支払い義務は生じないとされています。東京地裁平成19年3月29日判決でも、更新料特約がない場合の更新料請求を否定した事例があります。
ただし、契約書に「更新時に更新料を支払う」という特約条項があれば、その条項に従う義務が生じます。地主との関係維持という観点から、慣行として支払われているケースも多い実態があります。
更新料の一般的な相場は次のとおりです。
| 計算方法 | 目安 |
|---------|------|
| 借地権価格の5%程度 | 借地権価格が2,000万円なら約100万円 |
| 更地価格の3%程度 | 更地価格が5,000万円なら約150万円 |
| 更地価格×借地権割合×5〜10% | 地域・条件によって幅あり |
借地権割合とは、路線価図に記載されている「その土地に占める借地権の価値の割合」のことで、都心部では60〜80%程度になることもあります。東京23区では借地権割合が高く設定されているため、更新料の絶対額も高くなる傾向があります。
また、更新料を支払った場合の借地権の変化にも注意が必要です。更新料を支払うことで、借地権の価値が変動(上昇)します。相続税評価や将来の売却価格にも影響しますので、単純な「経費」として考えるだけでなく、「借地権という資産への追加投資」という視点も持っておくと財務的な判断がしやすくなります。
参考:借地権更新料の支払い義務と法的根拠について
内藤寿彦法律事務所|借地の更新料(法的義務・相場・特約の考え方)
ここでは、一般的な記事ではあまり触れられない視点をお伝えします。
借地権は「減価しない無形固定資産」として扱われます。つまり、建物と異なり、毎年の減価償却費を計上することができません。これが税務上の大きな特徴です。
この性質を踏まえると、借地権にかかる費用(権利金・更新料・増改築承諾料など)は、原則として将来の売却時まで「費用化できない」または「一部だけが経費化できる」という形になります。
💡 借地権の保有は「キャッシュアウトが先で、節税効果が将来にずれる」という財務構造を持っています。
これは不動産投資の収益計算において見落とされがちなポイントです。更新料が発生する年に多額のキャッシュが出ていくにもかかわらず、節税として即時に費用化できる部分は限られています。特に自宅の場合は経費化すらできません。
一方で、売却時には取得費として活用できるため、長期保有するほど「将来の節税の積み立て」をしているとも言えます。借地権付き不動産を投資として保有している場合、CFシミュレーションには「更新料の支出額」だけでなく「取得費への積み立て効果(将来の節税額)」も含めて評価する必要があります。
たとえば更新料を200万円支払い、将来売却時に取得費として使えば、長期譲渡所得税率20%で計算した場合、40万円相当の節税価値があります。この「将来の節税価値」を現在価値に割り引いて考えるのが、金融的なアプローチです。
また、相続によって借地権を取得した場合には、「相続税取得費加算の特例」(相続税を申告した日から3年10か月以内に売却する場合、支払った相続税の一部を取得費に加算できる特例)も活用できる可能性があります。これを組み合わせることで、実効的な節税効果はさらに高まります。
📌 借地権の取得費は「将来の税負担に直結する数字」です。更新のたびに記録を残し、計算式で正確に管理することが、長期的な資産価値を守ることにつながります。
参考:相続税の取得費加算の特例について
国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例