

親子間でも補助金を申請する前に、設備の発注を1円でも済ませると全額アウトになります。
事業承継補助金(正式名称:事業承継・M&A補助金)は、中小企業が事業承継やM&Aを契機として行う設備投資や経営革新に対して、国がその経費の一部を補助する制度です。経済産業省(中小企業庁)が所管しており、2026年現在は第14次公募が実施中です(申請受付:2026年2月27日〜4月3日17時まで)。
親子間の事業承継は「親族内承継」として、制度設計の段階から正式に想定された承継形態のひとつです。つまり、「M&Aや第三者承継だけが対象」という誤解は正しくありません。これは意外と知られていない事実で、親族への引き継ぎだからこそ補助金を活用できる枠が存在します。
ただし、全4枠すべてが使えるわけではない点には注意が必要です。補助金の枠は以下の4つで構成されています。
| 枠の名称 | 対象 | 親子承継での利用 | 補助上限 |
|---|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 親族・従業員承継後の設備投資等 | ✅ 利用可能 | 800万円(賃上げ時1,000万円) |
| 専門家活用枠 | M&A時の仲介・FA費用 | ❌ 原則対象外 | 600万円〜最大2,000万円 |
| PMI推進枠 | M&A後の統合支援 | ❌ M&A案件向け | 150万円〜800万円 |
| 廃業・再チャレンジ枠 | M&A不成立時の廃業費用 | ❌ 原則対象外 | 150万円 |
親子間での承継では「事業承継促進枠」が主な申請対象となります。これが基本です。単に代表者名義を替えるだけでなく、承継を「第二創業」や「経営革新」のきっかけと位置づけて、設備投資や業務改善を進める事業者を支援する枠組みです。
補助率は原則1/2、小規模企業者(常時使用従業員20人以下など)は2/3まで引き上げられます。たとえば、工場の機械更新に600万円かかる場合、最大300万円(小規模事業者なら400万円)が補助されるイメージです。
参考:事業承継・M&A補助金(中小企業庁)公式サイト
https://jsh.go.jp/
親子間で補助金を申請するためには、制度上の3つの要件を満たす必要があります。一見ハードルが低そうに見えますが、実際には細かな条件がある点が要注意です。
① 経営の実態を伴う引き継ぎであること
名義だけを変更した形式的な代表交代は認められません。株式・代表権・事業用資産のいずれも、実質的に後継者(子)へ移転していることが求められます。たとえば、親が株式の過半数を保持したまま子を代表にしている状態では、要件を満たしているとは判断されにくい実態があります。つまり、権限の移転が条件です。
② 後継者の実務経験・役員経験
後継者(子)に一定の経験が求められます。法人の場合は「同一法人内での役員経験3年以上」、または承継時点で代表権を持っていない場合は「同業種での6年以上の実務経験」もしくは「承継予定事業で3年以上雇用されていた経験」が目安とされています。個人事業主からの引き継ぎでは「個人事業に3年以上継続して関与していた経験」が求められます。
親が突然体調を崩して急いで承継しなければならないケースでは、この経験年数の要件が障壁になることがあります。そのような場合は事前に顧問税理士や認定経営革新等支援機関(認定支援機関)に相談しておくと、対応策が見えやすくなります。
③ 承継後に経営革新・生産性向上の計画があること
補助金の性質上、「事業をより良くする投資」が前提です。単なる現状維持の費用は対象になりません。設備更新・クラウド化・新商品開発・広報強化など、具体的な取り組み内容と、それによって生産性や収益性がどう向上するかを事業計画書として示す必要があります。
この3点を満たしたうえで申請に進む、というのが基本の流れです。
| 確認項目 | 法人の場合 | 個人事業主の場合 |
|---|---|---|
| 代表権・株式の移転 | 登記上の代表者変更+株式移転 | 屋号・許認可・資産の実質的移転 |
| 後継者の経験 | 役員経験3年以上 or 同業6年以上 | 事業関与3年以上 |
| 青色申告 | 法人税申告(不要) | 青色申告であること(必須) |
| 事業計画 | 認定支援機関による確認書付きの事業計画書が必要 | |
個人事業主の場合は「青色申告」が必須要件のひとつです。白色申告のままでは申請自体ができない点は見落とされがちな落とし穴です。
補助金が使える費用の範囲を正確に把握しておくことで、投資計画の精度が大きく上がります。これは使えそうです。
✅ 対象になる主な経費(事業承継促進枠)
❌ 対象にならない主な経費
補助額のイメージは次の通りです。たとえば小規模事業者(従業員5名の製造業)が機械更新に900万円かかるとします。
補助率:2/3(小規模事業者)
補助対象上限:800万円
補助額:800万円 × 2/3 = 約533万円
賃上げ要件(事業場内最低賃金を50円以上引き上げる計画)を達成した場合は、補助上限が1,000万円に引き上げられるため。
補助額:1,000万円 × 2/3 = 約667万円
東京ドームの面積が約4.7万㎡であるように、667万円という数字は一般的な中小製造業の設備投資1〜2件分をカバーできる規模感です。現実的に活用できる金額帯と言えます。これなら問題ありません。
補助上限額の上乗せを活用する際には、計画通りに賃上げが実現できなかった場合に補助上限が800万円に戻る点にも注意が必要です。計画は実現可能な数字で設定することが重要です。
参考:中小企業庁による事業承継・M&A補助金の制度概要・14次公募情報
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/kobo/2026/260130001.html
書類の準備や手続きの順番を一つ間違えただけで、採択されても補助金を受け取れなくなるケースがあります。厳しいところですね。ここでは、親子承継での申請において特に見落とされやすい注意点を5つ整理します。
① 交付決定前の着手は全額アウト
最も重大なルールです。「採択された=補助金がもらえる」ではありません。採択後に交付決定通知を受け取るまでは、設備の発注・契約・支払いを一切行ってはいけません。1円でも先に支払っていた場合、その経費全体が補助対象外になります。2026年の14次公募では、この「事前着手制度」が原則廃止されているため、以前の公募より厳格な運用となっています。スケジュールの設計から着手の判断まで、認定支援機関と連携して進めることが実質的に必須です。
② 補助金そのものに税金がかかる
意外と知られていない落とし穴です。受け取った補助金は、法人の場合は「法人税等の課税対象」、個人事業主の場合は「事業所得」として所得税の課税対象となります。補助金を800万円受け取っても、その分が課税対象収益に加算されるため、実際の手取り額はそれより少なくなります。事業承継後の資金計画を立てる際は、補助金の税負担分を差し引いた手取り額で計算するようにしましょう。
③ 前経営者(親)が実権を持ち続けると要件を外れる
「名目上は子が代表だが、重要な意思決定は親が行っている」という体制は、審査で問題となる可能性があります。銀行口座の管理権限・社内決裁ルール・役員報酬の決定権なども含めて、経営の実権が後継者(子)に移っていることが求められます。前経営者が顧問として関与する場合も、「最終判断は後継者が行う」という体制の明確化が必要です。
④ 申請は後継者(子)が主体となって行う
親子承継の補助金申請は、事業を引き継ぐ後継者(子)が申請主体となります。申請用のGビズIDプライムアカウントも後継者名義で取得する必要があります。GビズIDの発行には通常2〜3週間かかるため、申請締め切り直前に慌てて取得しようとしても間に合わないケースがあります。早めの準備が条件です。
⑤ 採択率は50〜60%。通れば十分ではない
採択率は表面上50〜60%程度で推移していますが、これは認定支援機関のチェックを受けた精査済みの申請が多い中での数字です。独力で準備した申請は、計画書の完成度が低くなりやすく、採択率はさらに下がります。事業計画書において「なぜ今この投資が必要か」「承継後の経営革新でどう生産性が上がるか」を具体的な数字で示すことが採択の鍵となります。
参考:事業承継・M&A補助金 公式よくあるご質問(専門家活用枠)
https://jsh.go.jp/r4h/experts-questions/
申請手順は「準備→確認→申請→採択→交付決定→実施→報告」の流れで進みます。各ステップを正確に踏むことで、補助金を確実に受け取ることができます。
📋 申請の主な流れ
📅 2026年(14次公募)スケジュール
| フェーズ | 時期 |
|---|---|
| 申請受付開始 | 2026年2月27日 |
| 申請締め切り | 2026年4月3日 17:00 |
| 採択発表(目安) | 2026年夏頃(公式発表待ち) |
| 補助事業期間 | 交付決定通知後〜規定の終了日まで |
📄 申請に必要な主な書類(法人・後継者が申請する場合)
書類の数が多く見えますが、認定支援機関と早めに連携することで準備の負荷を大幅に軽減できます。認定支援機関は税理士・中小企業診断士・金融機関など全国に複数あり、中小企業庁のウェブサイトから地域別に検索が可能です。これは使えそうです。
事業承継・M&A補助金 電子申請システム(jGrants)
https://jsh.go.jp/
補助金だけに注目しがちですが、親子間承継において最も費用負担を左右するのは「税制」の選択です。この視点は検索上位の記事ではほとんど掘り下げられていません。意外ですね。
親子間で株式や事業用資産を承継する場合、主に以下の3種類の税負担が発生します。
この税負担を軽減する制度が「事業承継税制(法人版・特例措置)」です。後継者が取得した自社株式にかかる贈与税・相続税を100%猶予(実質ゼロ)にできる制度で、一定期間にわたって要件を満たせば猶予税額が免除されます。
ただし、この制度は適用後に後継者が代表を辞任したり株式を譲渡したりすると、猶予されていた税金に加えて利子税まで一括で納める義務が生じます。これは取り消せないリスクです。痛いですね。
ここで補助金と税制を組み合わせる戦略が有効です。
ただし「同じ経費を複数の補助金で使い回す」ことはできません。どの費用をどの制度に充てるかを設計段階で分けておくことが必要です。
具体的な対策として、認定支援機関(税理士・金融機関など)に「事業承継税制と補助金の同時活用が可能か」を確認することを最初の一歩にすると整理しやすくなります。
参考:中小企業庁・事業承継の支援策まとめページ(税制・補助金の両輪を確認できます)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/business_succession_support_measures.html
事業承継税制の特例措置は2027年3月末までに特例承継計画を提出した事業者が対象となっているため、制度の期限がある点は特に金融に関心のある方が把握しておくべき重要事項です。今後の相続・贈与スキームを設計する際には、期限から逆算して動く必要があります。補助金の申請と並行して、この税制の適用可否を専門家とともに確認することが、親子承継全体のコストを最小化する上で最も効果の高い行動となります。