遺留分の放棄生前にできる手続きと注意点

遺留分の放棄生前にできる手続きと注意点

遺留分の放棄を生前にする方法と手続きの全知識

生前に「遺留分を放棄する」と念書を書かせても、その書類は法的にまったく無効で相手はいつでも遺留分を請求できます。


この記事のポイント3選
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生前の遺留分放棄には家庭裁判所の許可が必須

口約束や念書だけでは無効。収入印紙800円の申立てから始まる正式な手続きが必要で、裁判所の3つの審査基準をクリアしなければなりません。

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遺留分放棄しても相続権は残り、借金も引き継ぐ

遺留分を放棄しても相続人の地位は失いません。被相続人に借金があれば法定相続分に応じて負担します。相続放棄とは根本的に異なります。

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代償金の準備と遺言書作成がセットで必要

家庭裁判所に許可してもらうには「代償の相当性」が問われます。生前贈与などで相手を納得させながら、遺言書作成も同時に進めることが成功の鍵です。


遺留分の放棄とは何か:基本の仕組みと生前にできる理由


遺留分とは、配偶者・子・直系尊属(父母・祖父母)に対して法律が最低限保障した相続財産の取り分のことです。民法上、この権利は遺言書があっても奪えません。たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言書があったとしても、次男が遺留分侵害額請求を行使すれば、長男は相当額の金銭を支払わなければならないのです。


遺留分放棄とは、この最低限保障された権利を相続人自らの意思で手放す手続きです。注目すべきは、被相続人が亡くなる前(生前)でも放棄できるという点です。


ただし、生前と死後では手続きがまったく異なります。被相続人が亡くなった後の遺留分放棄は、遺留分侵害額請求権を行使しないことで自然に成立するため、特別な手続きは不要です。一方、生前の遺留分放棄は家庭裁判所の許可を得ることが必須条件です(民法1049条1項)。これが原則です。


なぜ生前だけ家庭裁判所の許可が必要なのでしょうか?それは、強制や脅迫によって相続人が不当に権利を奪われるリスクを防ぐためです。相続人が本当に自分の意思で放棄しているのか、きちんと代償を受けているのか、国が審査する仕組みになっています。


生前に遺留分放棄をするメリットは大きいです。「事業を長男に継がせたいが、他の兄弟から遺留分を請求されると会社の株式が分散する」「自宅を長女に残したいが、長男が遺留分を主張してくると自宅を売却せざるを得ない」といった問題が、あらかじめ解消できます。被相続人が存命のうちに手を打っておける、これが生前放棄の大きな利点です。


遺留分を請求できる相続人(遺留分権利者)は、配偶者・子(いない場合は孫など)・直系尊属に限られています。兄弟姉妹には遺留分がありません。この点だけ覚えておけばOKです。


参考:遺留分放棄の許可に関する裁判所の公式情報
裁判所|遺留分放棄の許可


遺留分の放棄を生前に行う手続きの流れと必要書類

生前に遺留分放棄を行うための手続きは、大きく4つのステップで構成されています。流れを把握することで、準備漏れを防げます。


STEP1:申立書類の準備として、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所へ提出する書類を揃えます。必要書類は以下の通りです。


  • 家庭裁判所指定の申立書(裁判所ホームページからダウンロード可)
  • 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)1通
  • 申立人(遺留分を放棄する相続人)の戸籍謄本 1通
  • 収入印紙800円分(申立手数料)
  • 連絡用の郵便切手(数百円〜数千円、裁判所により異なる)


費用が驚くほど安いですね。申立費用自体は印紙代800円だけという低コストで手続きが始められます。ただし、弁護士や司法書士に依頼する場合は別途3万〜10万円程度かかります。


STEP2:家庭裁判所への申立てでは、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に書類を提出します。申立てができるのは「遺留分を放棄する本人(相続人)」です。被相続人自身が申立てることはできません。申立て後、裁判所から照会書が送られてくるか、審問の期日が通知されます。


STEP3:家庭裁判所の審問では、遺留分放棄が本人の真意によるものかどうかが確認されます。審問は書面で行われる場合と、実際に家庭裁判所へ出向く場合があります。裁判所が確認するのは主に「自由意志で行っているか」「申立ての合理的な理由があるか」「代償を受けているか」の3点です。


STEP4:許可または不許可の通知が届いたら手続き完了です。許可が出た場合は、その証明書を取得しておきましょう。不許可となった場合は、即時抗告(不服申立て)が可能です(家事事件手続法216条2項)。


申立書の書式・書き方については、以下の裁判所の公式ページが参考になります。


裁判所|遺留分放棄の許可の申立書


生前の遺留分放棄が許可される3つの条件と審査の実態

家庭裁判所が遺留分放棄を許可するかどうかは、3つの基準で判断されます。これを知らずに申立てをすると、却下されるリスクがあります。


条件①:自由意志に基づく申立てであること


被相続人や他の相続人に強要・脅迫されて申立てた場合は許可されません。あくまで放棄する相続人本人が「自分の意思で放棄する」と言える状態であることが大前提です。審問では、裁判官が直接本人に確認することもあります。


条件②:合理的な理由と必要性があること


単なる「親への義理」や「感情的な理由」では不十分です。「長男が家業を継ぐため、財産を集中させる必要がある」「会社の株式が分散すると事業継続が困難になる」といった、客観的に説明できる合理的な事情が必要です。


条件③:遺留分放棄に見合う代償を受けていること


ここが最も重要なポイントです。遺留分を放棄する代わりに、放棄する相続人が相当の代償を受け取っていることが求められます。代償の例としては「相続人の借金を被相続人が肩代わりした」「住宅購入資金として現金を生前贈与した」「事業用の土地を譲り受けた」などが挙げられます。


代償が全くない状態では家庭裁判所の許可が下りにくいのが実情です。代償が条件です。


では、具体的にいくら代償を用意すればいいのでしょうか?たとえば相続財産が1億円で、子どもが3人いる場合を例に考えてみましょう。


  • 遺産総額:1億円
  • 遺留分の総割合:1/2(民法上の原則)
  • 子ども1人あたりの遺留分:1億円 × 1/2 ÷ 3 = 約1,666万円


この場合、次男に遺留分放棄を求めるなら、1,666万円相当の代償を渡すことが一つの目安になります。代償が著しく少ない場合、家庭裁判所が「代償の相当性なし」として不許可にするケースがあるため注意が必要です。


代償は現金だけでなく、生前贈与・不動産・有価証券なども認められます。毎年110万円以内の贈与税非課税枠を活用しながら、長期的に代償を渡していくという戦略も有効です。これは使えそうです。


遺留分放棄しても借金は残る:相続放棄との決定的な違い

金融に関心がある方が最も見落としがちな落とし穴がここにあります。遺留分を生前に放棄しても、被相続人の借金(負債)は免除されません。


遺留分放棄と相続放棄の違いを整理すると、以下のようになります。


比較項目 遺留分放棄 相続放棄
放棄できる時期 生前・死後どちらも可 死後のみ(3ヶ月以内)
相続権はどうなるか 相続人のままで残る 最初から相続人でなかったことになる
遺産分割協議への参加 参加が必要 参加できない
被相続人の借金の負担 負担する(法定相続分に応じて) 負担しない
手続き 生前:家庭裁判所の許可 / 死後:不要 家庭裁判所への申述


厳しいところですね。遺留分を放棄したにもかかわらず、相続人のままであるため、被相続人が多額の借金を抱えていた場合、法定相続分に応じて負債を引き継いでしまいます。


たとえば、遺産1,000万円と借金2,000万円があった場合で、子どもが2人なら各自1,000万円の借金を負担します。遺留分放棄によって遺産をもらえる権利は失っていても、借金だけはきっちり引き継ぐことになります。痛いですね。


被相続人に多額の借金がある場合には、遺留分放棄ではなく相続放棄を選ぶべきです。相続放棄は相続開始を知った日から3ヶ月以内に、家庭裁判所へ申述する必要があります。


また、遺留分放棄をした相続人も、遺言書がない場合には遺産分割協議に参加する義務があります。遺留分を放棄した人が「自分にも法定相続分を」と主張し始めると、被相続人の意図とは全く異なる分割になりかねません。この事態を防ぐには、遺留分放棄と同時進行で遺言書を作成しておくことが必須です。


負債リスクへの対策として、相続発生後に相続放棄を行う可能性も想定して、遺留分放棄の代償として受け取る財産は現金や有価証券など換金しやすいものを優先するとよいでしょう。対策の場面→その準備→候補という流れで考えると、生前の税理士・弁護士への相談が最初のアクションになります。


遺留分の放棄が取り消せないケースと撤回できる例外

遺留分放棄に関して最も重大なリスクの一つが「原則として撤回できない」ということです。家庭裁判所の許可が下りた後は、基本的に取り消すことはできません。


しかし、完全に不可逆というわけでもありません。以下のような条件を満たす場合には、家庭裁判所への申立てにより許可を取り消してもらえる可能性があります(松江家審昭和47年7月24日、家月25巻6号153頁)。


  • 遺留分放棄の許可が下りた後に、許可の根拠となった客観的な事情が明白かつ著しく変化した
  • 当初の許可を維持することが社会的実情に著しく合致しなくなった
  • 相続開始前(被相続人が存命中)に申立てを行った


具体例として、「家業を継ぐ予定だった長男が急病で継げなくなった」「代償として受け取るはずだった財産が詐欺によって消滅した」といった事情の変化があれば、取り消しが認められる可能性があります。


また、遺留分放棄が取り消される前提として、被相続人がまだ存命であることも条件です。被相続人が亡くなった後は、事情が変わっても取り消しの申立てができません。これが原則です。


撤回できないリスクを踏まえると、遺留分放棄を検討する際には、あらかじめ専門家に相談し、将来の環境変化も十分に想定した上で進める必要があります。「後から気が変わっても戻れない」という点で、生前の遺留分放棄は不動産の売却や遺産分割協議とは異なる、重大な法的行為だと理解しておきましょう。


さらに、一人の相続人が遺留分を放棄しても、他の相続人の遺留分は増加しません(民法1049条2項)。たとえば妻・子A・子Bの3人で、子Aが放棄しても子Bの遺留分は1/8のままです。Aが手放した分は、被相続人が自由に処分できる財産に加算されるだけです。これだけ覚えておけばOKです。


手続き全体の流れや注意点については、弁護士法人の詳細解説が参考になります。


デイライト法律事務所|生前の遺留分の放棄に必要な条件や手続き(弁護士が解説)


遺留分放棄と生前贈与・生命保険を組み合わせた相続対策

金融や資産管理に関心がある方にとって特に重要なのが、遺留分放棄を「単独の手段」ではなく複数の対策と組み合わせて活用することです。


遺留分放棄単体では不完全な理由があります。遺留分放棄を家庭裁判所に許可してもらっても、遺言書を作成していなければ被相続人の意図した通りの分配は実現しません。遺留分を放棄した相続人も遺産分割協議に参加できるため、遺言書なしでは法定相続分通りの分割になってしまいます。つまり遺留分放棄と遺言書はセットです。


生前贈与との組み合わせは、最もよく使われる手法です。毎年110万円以内の暦年贈与を活用しながら、遺留分を放棄してもらう相続人に対して計画的に代償を渡す方法です。たとえば10年間、毎年100万円を贈与すれば計1,000万円を移転できます。これにより相続財産の圧縮と代償金の準備を同時に行えます。


ただし注意点があります。相続開始前の10年以内に行った生前贈与は、特別受益として遺留分算定の基礎財産に含まれます(民法1044条)。つまり、代償として贈与した財産が他の相続人の遺留分侵害額請求の対象になりうる点に注意が必要です。10年超前の贈与は原則として遺留分の計算に含まれません。これは重要な数字です。


生命保険との組み合わせも効果的です。被相続人(契約者)が後継者(受取人)を指定した死亡保険金は、受取人の固有財産となるため、原則として遺産分割の対象外です。遺留分侵害額請求の基礎財産からも除外できるため、遺産の評価額を実質的に下げる効果があります。遺留分を放棄してもらいたい相続人への代償支払原資として、死亡保険金を活用する方法も有効です。


事業承継での民法特例も覚えておきたい制度です。経営承継円滑化法の特例を使うと、後継者が取得した自社株について遺留分算定の基礎財産から除外(除外合意)または価額を固定(固定合意)することができます。ただしこの特例の利用には、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可が必要で、推定相続人全員の合意が条件です。


中小企業の事業承継を検討している方は、以下の中小企業庁のページで詳細を確認することをおすすめします。


中小企業庁|経営承継円滑化法による支援(遺留分に関する民法の特例)


対策を組み合わせる際の現実的なファーストステップとしては、相続に強い税理士・弁護士に相談して「自身の財産規模と遺留分の計算」を行うことから始めるのが最も確実です。遺留分放棄の手続きが進む前に、代償財産の準備と遺言書の内容を並行して固める必要があるからです。このフローで進めることが原則です。




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