

土地を物納すると、時価1億円の土地が2,000万円の納付扱いになることがあります。
相続税は現金で一括納付するのが大原則です。しかし実際には、相続財産の大半が土地や不動産で占められていて、納税に充てる現金が手元にないケースが珍しくありません。そうした状況のために設けられているのが「物納」制度です。物納とは、相続税を土地・建物・上場株式・国債など現金以外の相続財産で納付する方法で、相続税にのみ認められた特例的な制度です。固定資産税や所得税では使えません。
物納の位置づけは「最後の手段」です。まず現金での一括納付を検討し、それが難しければ最長20年にわたる分割払い制度「延納」を検討します。延納によっても納付が難しいと証明できる場合にのみ、物納の申請が受理されます。つまり「土地があるから物納したい」という理由だけでは申請できません。この順番は法律で定められており、飛ばすことができないルールです。
国税庁のデータによると、令和6年度の物納申請件数はわずか50件でした。20年前の平成17年度は1,733件あったことと比べると、件数は約2.9%にまで激減しています。これは延納制度の改正や不動産市況の変化など複数の要因がありますが、それだけ物納は希少な選択肢になっているということでもあります。制度の存在を知らないまま使えたはずの手段を見逃している人も、相当数いると考えられます。
物納の申請期限は、相続税の申告期限と同じく「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10カ月以内」です。10カ月以内というのは思ったより短く、多くの準備が必要になります。期限に注意が必要です。
国税庁「No.4214 相続税の物納」(物納の要件・財産順位・管理処分不適格財産の詳細)
物納できる財産には種類と順位が定められています。第1順位は「不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等」で、土地はこの第1順位に含まれます。第2順位は非上場株式、第3順位は動産(美術品など)です。順位が後の財産は、前順位の財産が見当たらない場合、または税務署長が特別の事情があると認める場合にのみ物納に使えます。
ここで多くの人が見落としがちな重要なルールがあります。不動産(土地)と非上場株式の両方を持っている場合、第1順位の土地から先に物納しなければならないのです。「土地は残したいから非上場株式で物納したい」という希望は、原則として通りません。不動産を手元に残したまま非上場株式を物納することはできないということです。財産の組み合わせによっては、この優先順位が大きな制約になります。
物納できる財産は相続により取得したもので、かつ日本国内に所在するものに限られます。海外の不動産や海外の株式は物納の対象外です。また、相続時精算課税制度を利用して受け取った財産も物納に使えません。この点は特に見落とされやすいポイントです。
物納できる土地の量(物納許可限度額)にも制限があります。計算式は複雑ですが、簡単に言うと「相続税額から、現金・預貯金・延納で対応できる金額を引いた残額が上限」です。手元に現金50万円があって相続税が100万円なら、物納できるのは最大50万円分の土地だけです。
全日本不動産協会「土地による相続税の物納の留意点」(物納許可限度額の計算式と物納劣後財産の詳細解説)
物納を申請しても、すべての土地が認められるわけではありません。申請が却下される原因の大部分は「管理処分不適格財産」または「物納劣後財産」への該当です。この二つはよく混同されますが、意味が異なります。管理処分不適格財産は原則として物納に使えない財産、物納劣後財産は他に使える財産がない場合にのみ使える後回し財産です。
管理処分不適格財産として特に多いのが「境界が明らかでない土地」です。国が物納で収納した土地は後に売却されます。境界が不明瞭な土地は国が処分できないため、受け取ってもらえないのです。先祖代々受け継いだ古い土地では、境界標が消えていたり隣地との合意書がなかったりするケースが多く、物納前に確定測量が必要になります。この確定測量費用は30万〜80万円程度かかります。費用は申請者の自己負担です。
物納劣後財産に分類される土地の例も確認しておく必要があります。代表的なものは次の通りです。
物納劣後財産に該当する土地は、他に物納できる適切な財産がある場合は後回しにされ、申請が却下されます。「不要な山林や農地を物納したい」と考えていると、手元の普通の宅地を先に物納するよう求められる可能性があります。
却下された場合の救済手段もあります。却下通知を受けた翌日から20日以内であれば、別の財産で1回だけ再申請ができます。ただし1回のみです。
税理士法人チェスター「物納が認められない財産」(不動産・株式ごとの管理処分不適格財産の詳細一覧)
物納は「税金を土地で払う」制度ですが、その土地がいくらと評価されるかが非常に重要です。物納財産の収納価額(国が受け取る価値)は、相続税計算に用いた「相続税評価額」が基準になります。相続税評価額は一般的に時価(実勢価格)の約80%程度であることが多く、時価より低くなりがちです。
ここで見落としてはいけない重要なポイントがあります。小規模宅地等の特例を適用した土地を物納すると、特例適用後のさらに低い評価額が収納価額になってしまいます。小規模宅地等の特例は、条件を満たす土地の評価額を最大80%減額できる制度です。この特例を適用した土地の収納価額は、時価から見ると大幅に圧縮されてしまいます。
具体的な数字で確認しましょう。
| 条件 | 時価 | 相続税評価額 | 小規模宅地特例後の収納価額 |
|---|---|---|---|
| 特例なし | 1億円 | 8,000万円 | 8,000万円 |
| 特例あり(80%減) | 1億円 | 8,000万円→1,600万円 | 1,600万円 |
時価1億円の土地でも、小規模宅地等の特例を適用すると収納価額は1,600万円にしかなりません。相続税の納付としては1,600万円分しか充当されないのです。「時価1億円の土地だから物納すれば大丈夫」と考えていると、大きく損をするケースがあります。
一方で、物納には「譲渡所得税がかからない」という大きなメリットがあります。土地を売却して得たお金で相続税を支払う場合、売却時に譲渡所得税(長期保有なら約20%)が別途かかります。物納は不動産の譲渡には該当しないため、譲渡所得税は発生しません。これは無視できないメリットです。
結論として、物納が有利かどうかは「相続税評価額と時価の差」および「譲渡所得税の有無」を比較してケースバイケースで判断するしかありません。税理士に試算してもらうことを強くすすめます。
物納申請の手順は、通常の相続税申告と並行して進める必要があります。申請書類の準備が多く、期限も相続税の申告期限と同じ「死亡を知った日の翌日から10カ月以内」であるため、早期から動き出すことが不可欠です。
物納申請に必要な主な書類は以下の通りです。
土地を物納する場合は特に、測量図・地積測量図・隣地との境界確認書・境界標の設置証明などが追加で必要になります。これらの書類を期限内に揃えるだけでも相当な手間と費用がかかります。
申請後の審査期間にも注意が必要です。税務署長は物納申請書の提出から原則3か月以内に許可または却下を決定します。財産の状況によっては最長9か月まで延長される場合もあります。審査期間中も「利子税」が発生する点は把握しておいてください。
物納が許可されると「物納許可通知書」が交付されます。その後、指定期日までに財産を引き渡せば納付完了です。一方で、許可後5年以内に土壌汚染等の瑕疵が発覚した場合、国から汚染除去の措置を求められ、対応できないと物納の許可が取り消される場合もあります。
申請が煩雑で専門的な判断が多いため、物納を検討している場合は相続専門の税理士に早めに相談することが現実的です。
国税庁「相続税の物納の手引(手続編)」(物納申請書の様式・添付書類・補正手続きの詳細)
相続税の納税資金を土地で賄う方法には大きく「①物納」「②土地を売却して現金で納税」「③延納」の3つがあります。それぞれ特徴が異なるため、どれが自分に合うかは慎重に見極める必要があります。
物納・売却・延納の特徴を整理すると次のようになります。
| 方法 | 主なメリット | 主なデメリット |
|---|---|---|
| 物納 | 譲渡所得税が不要、現金不要 | 収納価額が相続税評価額基準、測量費用など準備コスト大 |
| 土地売却→現金納税 | 時価で売れれば手取りが多い | 譲渡所得税が発生、買い手が見つからない可能性 |
| 延納 | 最長20年分割払い可能 | 利子税がかかる、担保提供が必要 |
土地が市街地の利便性の高い場所にある場合、時価が相続税評価額を大きく上回るケースが多くなります。この場合は時価で売却した方が多くの資金を確保でき、譲渡所得税を払っても物納より有利になることがあります。一方、売れにくい郊外の土地や農地の場合、物納の方が実質的に有利なケースもあります。
独自の視点として注目したいのが「特定物納(延納から物納への変更)」という制度です。延納を選んだ後に延納条件の履行が困難になった場合、申告期限から10年以内であれば、未到来の分納期限に係る税額について物納に変更することができます。この制度を使えば、当初は延納で時間を稼ぎながら、土地の売却チャンスをうかがい、売れなかった場合に物納へ切り替えるという柔軟な戦略が取れます。最初から物納一択で動く必要はなく、この組み合わせを知っているかどうかで選択肢の広がりが変わります。
相続税の負担が大きい地主の方や、土地主体の相続が見込まれる方は、生前から「物納の可能性」と「売却のしやすさ」を両面で資産を点検しておくことが重要です。境界標の設置や隣地との境界確認書の作成は、物納申請に関係なく土地管理の基本でもあります。早めに整備しておくだけで、相続発生時の選択肢が大きく広がります。
税理士法人チェスター「相続税の物納とは|要件・物納できる財産や手続きを税理士が解説」(物納と売却の比較・小規模宅地特例適用時の収納価額の数値例)