個人版事業承継税制のデメリットと落とし穴を徹底解説

個人版事業承継税制のデメリットと落とし穴を徹底解説

個人版事業承継税制のデメリットと知らないと損する注意点

猶予を受けた税金が「無税」になると思っている人は、損する可能性があります。


この記事の3つのポイント
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猶予≠免除:取消で利子税が上乗せ

納税猶予が取り消された場合、猶予税額に加えて利子税(年率0.7%前後)も発生。7,000万円の猶予なら取消時に245万円超の利子税が上乗せされるケースも。

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小規模宅地等の特例とは併用不可

相続時に特定事業用宅地がある場合、小規模宅地等の特例(最大80%減額)とどちらか一方しか選べない。土地中心の資産構成では損になるケースがある。

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適用期限は2028年末、延長の予定なし

贈与・相続の実行期限は2028年12月31日で終了。計画提出期限は延長されたが、実行期限の延長はなく、タイムリミットは変わらない。


個人版事業承継税制の「納税猶予」と「免除」の違いが生む落とし穴

個人版事業承継税制の最大の魅力は、相続税・贈与税の100%を「猶予」できる点です。しかし、多くの人が最初に誤解するのが、「猶予」と「免除」を同じものだと思ってしまうことです。


猶予はあくまでも「支払いを先送りにしている状態」です。つまり、納税義務そのものは消えていません。制度の要件を満たし続け、一定の免除事由(後継者の死亡など)が発生して初めて、猶予されていた税額が免除されます。これが基本です。


つまり免除の条件は厳しい、ということですね。


免除が認められる主なケースは、後継者が死亡した場合や、重度の障害(精神障害者保健福祉手帳1級・身体障害者手帳1・2級・要介護5)が生じた場合など、ごく限られた状況です。後継者が元気に事業を継続している限り、数十年にわたって「猶予状態」が続くことになります。この期間中、要件を一つでも満たせなくなると、猶予は取り消されてしまいます。


また、取消となった場合は猶予税額と合わせて「利子税」も支払わなければなりません。利子税の税率は年率3.6%を基準に算出しますが、特例基準割合で調整されるため、実際には年率0.7%前後になることが多いです。一見低い数字に見えますが、猶予期間が長ければ長いほど積み上がります。


たとえば、納税猶予額が7,000万円、猶予期間が10年、利子税率が0.7%のケースでは、5年間の経営承継期間中の分は免除されるため、残り5年分の利子税は「7,000万円×0.7%×5年=245万円」です。つまり取消時の総支払額は7,245万円になります。痛いですね。


さらに、猶予期間が5年以内(経営承継期間中)に取消となった場合は、5年分すべての利子税が課されるため、上記より負担が重くなります。「ひとまず猶予を受けておいて、後から辞めればいい」という考えは非常に危険です。


参考:事業承継税制における利子税の計算方法と具体例が詳しく解説されています。


個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例は「どちらか一方」しか選べない

金融・税務に関心のある人でも見落としがちなデメリットが、小規模宅地等の特例との併用不可です。


個人版事業承継税制で「特定事業用資産」として対象となる土地(400㎡以下)は、小規模宅地等の特例における「特定事業用宅地等」とほぼ重なります。相続税の申告時に、この2つの特例を同じ土地に対して同時に使うことはできません。どちらか一方のみ選択する必要があります。


どちらが有利かは、資産構成によります。


小規模宅地等の特例は、特定事業用宅地等(400㎡まで)について相続税評価額を80%減額できます。一方、個人版事業承継税制は土地だけでなく建物・機械・設備なども含む事業用資産全体を対象に100%の納税猶予が得られます。


| 比較項目 | 個人版事業承継税制 | 小規模宅地等の特例 |
|---|---|---|
| 対象資産 | 土地・建物・減価償却資産 | 宅地等(土地)のみ |
| 減額効果 | 100%納税猶予(要件次第で免除) | 評価額80%減額 |
| 事業継続義務 | 終身(廃業不可) | 申告期限まで |
| 手続きの複雑さ | 多い(計画・届出・担保) | 少ない(申告書のみ) |
| 他の相続人への影響 | 後継者のみに恩恵 | 全相続人の相続税軽減に寄与 |


特に重要なのは、小規模宅地等の特例を選ぶと後継者以外の相続人の相続税も軽減されるのに対し、個人版事業承継税制の恩恵を受けられるのは後継者のみという点です。土地が主な資産の場合、後継者以外の兄弟・家族の税負担まで含めて計算すると、小規模宅地等の特例のほうが家族全体としての税負担を下げやすいケースがあります。


なお、居住用の自宅土地については小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)と個人版事業承継税制を別の土地に対して組み合わせることは可能です。ただし特定事業用宅地と個人版事業承継税制の対象土地は「選択適用」となる点は変わりません。どちらが得かは、事業用資産の総額と土地の評価額を専門家と一緒にシミュレーションしてから決定するのが原則です。


参考:個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例の比較・選択基準が詳しくまとめられています。


個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例ならどっち?適用要件と比較|みなと相続コンシェル


個人版事業承継税制の廃業リスク:後継者が事業をやめると税金が一括請求される

個人版事業承継税制の適用を受けた後継者には、「事業を継続し続ける」という非常に重い義務が課されます。これが多くの経営者にとって見えにくいデメリットになっています。


本制度の納税猶予が続く条件は、後継者が「特定事業用資産をすべて保有し、自己の事業に使用し続けること」です。後継者が私的な事情や経営判断で廃業を決めた場合、猶予されていた贈与税・相続税の全額に加えて利子税が一括で請求されます。これは非常に重い負担です。


廃業は免除にならない、が基本です。


ただし例外があります。「経営が著しく悪化して事業継続が困難」と認められる場合(赤字経営の継続など)に廃業すると、一部免除の対象になる可能性があります。また、特例措置(法人版)では廃業時点の株価で税額を再計算する「減免措置」がありますが、個人版でも類似の仕組みが設けられています。ただし、これはあくまで一部免除であり、全額が消えるわけではありません。


事業継続の縛りがどれほど強いか、具体的にイメージしてみましょう。農業や製造業などで設備や土地を多数持つ個人事業主が本制度を利用した場合、後継者は景気が悪化して廃業したくても、税負担が怖くて簡単には決断できない状況に追い込まれます。東京ドーム(約4.7万㎡)に例えれば、約85個分の広大な工場用地であっても、制度の要件のために「手放せない」状態が続くわけです。


将来的にM&Aや第三者承継を選ぶ可能性がある場合も要注意です。事業用資産を第三者に売却すると取消事由に該当し、猶予税額と利子税が発生します。「承継後に良い買い手が見つかったらM&Aも検討」という選択肢が、本制度の適用によって実質的に封じられます。これは使えそうですね、逆に言えば「長期保有の覚悟が必要」ということです。


廃業リスクや事業継続義務についての詳細な解説は、中小企業庁が公開している認定マニュアルも参考になります。


個人版事業承継税制の前提となる認定(経営承継円滑化法)|中小企業庁


個人版事業承継税制の手続き負担:計画提出・担保提供・継続届出が一生続く

個人版事業承継税制のもう一つのデメリットは、申請から始まる「手続きの重さ」と、適用後も永続的にかかる管理コストです。


まず適用を受けるための初期手続きとして必要なものを整理します。都道府県に「個人事業承継計画」を提出し確認を受けること、続いて都道府県知事への「認定申請」、税務署への「納税申告書」の提出、そして「担保提供」が必要です。担保提供とは、猶予税額と利子税の合計額に相当する財産(不動産・有価証券・国債など)を税務署に提供することを指します。これだけでも相当な手間です。


個人事業承継計画の作成には、認定経営革新等支援機関(税理士・商工会・商工会議所など)の確認・署名が必要です。計画書には、事業の現状・課題・対応策・後継者への承継スケジュール・承継後5年間の具体的な経営計画などを記載する必要があります。


手続きは申請後も続きます。


制度の適用開始後は、青色申告による毎年の確定申告に加えて、3年に1回、税務署へ「継続届出書」を提出しなければなりません。この届出書の提出を忘れると、その翌日から2か月を経過した時点で納税猶予が確定(取消)となります。6年目以降は都道府県への年次報告は不要になりますが、税務署への3年ごとの継続届出はずっと続きます。「6年目以降は楽になれる」と思っていると、この届出の失念で数千万円の税負担が発生するリスクがあります。


また、税理士に継続的なサポートを依頼する場合、認定申請書の作成に約180〜300万円、年次報告書・継続届出書の作成に年間30〜50万円程度の費用がかかるとされています。猶予期間が長くなるほど、税理士費用の累計も増えていきます。税額が比較的小さい場合には、素直に納税してしまったほうがトータルコストを抑えられるケースもあります。


参考:事業承継税制の手続きや添付書類の全体像が確認できます。


個人版事業承継税制(パンフレット・様式等)|国税庁


個人版事業承継税制の適用期限と「争続」リスク:知られていない2つの盲点

個人版事業承継税制には、広く知られていない落とし穴がさらに2つあります。それが「適用期限の固定」と「家族間のトラブル(争続)リスク」です。


まず適用期限について確認します。個人版事業承継税制で贈与・相続の実行が認められるのは、2028年12月31日までです。令和8年度税制改正で「個人事業承継計画の提出期限」は2028年9月30日まで延長されましたが、実際に承継を実行する期限は延長されていません。計画をギリギリに提出しても、実行期間がほとんど残らない状態になります。適用期限には期限があります。


また、「これほどの期限延長がされているなら、今後も延長されるだろう」と思う方も多いですが、自民党・公明党の税制改正大綱では「適用期限は今後とも延長されない」と明記されています。2028年末以降は、この特例措置を利用して事業用資産の承継税を全額猶予することは原則できなくなります。


次に「争続リスク」について説明します。個人版事業承継税制の恩恵を受けられるのは後継者(1人)のみです。たとえば、被相続人の遺産として事業用の土地・建物・設備が大半を占める場合、後継者がこれらすべてを一括で承継すると、他の相続人に渡る財産が極端に少なくなる可能性があります。


小規模宅地等の特例を選択していれば、後継者以外の相続人の相続税も軽減され、家族全体として税負担を分散できます。しかし個人版事業承継税制では後継者だけが税の恩恵を受けるため、他の相続人から不満が生じやすく、遺産分割を巡るトラブル(いわゆる「争続」)に発展するリスクがあります。これは意外ですね。


事業承継を円滑に進めたい場合は、本制度の利用と同時に、他の相続人への配慮(代償金の準備・生命保険の活用など)を検討する必要があります。たとえば後継者が他の相続人に「代償分割」として現金を支払う形にすれば、財産の不公平感を緩和できます。この場合の資金準備として、生命保険(死亡保険金の非課税枠:500万円×法定相続人の数)を活用するのが一般的な対策のひとつです。


参考:個人版事業承継税制と争続リスクの関係が解説されています。