

決算書を読んでも、変動費と固定費の境界線が見えていないと損益分岐点を7割近く誤って算出してしまうリスクがあります。
損益計算書を読み解く上で、まず理解しておきたいのが「変動費」の定義です。変動費とは、売上高や生産量・販売量の増減に比例して変動する費用のことです。売上がゼロになれば原則として発生しない点が特徴で、「可変費」とも呼ばれます。
一方、売上高の増減に関わらず毎月ほぼ一定額発生するのが「固定費」です。オフィスの家賃や正社員の給与など、事業を維持するために売上がゼロでも支払わなければならない費用が該当します。
変動費の代表例と固定費の代表例を以下に整理します。
| 区分 | 主な勘定科目 |
|------|-------------|
| 変動費 | 原材料費・商品仕入原価、外注費、販売手数料、支払運賃 |
| 固定費 | 地代家賃、正社員人件費、減価償却費、リース料、保険料 |
この2つを理解するだけで、損益計算書の「読み方」が大きく変わります。つまり、費用の性質が分かれば分かるほど経営判断の精度が上がるということです。
変動費を求める最もシンプルな方法が「勘定科目法」です。損益計算書に記載されている勘定科目を1つずつ「売上に連動するか否か」の視点で分類する方法で、実務では最も広く使われています。
具体的な手順は次の通りです。まず直近の月次または年次の損益計算書を用意します。次に各勘定科目について「この費用は売上が増えたら増え、売上が減ったら減るか?」と自問自答しながら仕分けを進めます。売上に連動するものを変動費、しないものを固定費に分類します。
最後にそれぞれを合計します。
業種ごとの典型的な分類は以下の通りです。
| 業種 | 変動費の例 | 固定費の例 |
|------|-----------|-----------|
| 卸・小売業 | 商品仕入原価、支払運賃、販売手数料 | 店舗賃貸料、従業員給与、広告宣伝費 |
| 製造業 | 直接材料費、外注加工費、買入部品費 | 工場賃借料、従業員給与、減価償却費 |
| 建設業 | 材料費、外注費、現場の運搬費 | 事務所家賃、従業員給与、福利厚生費 |
勘定科目法は直感的で分かりやすい半面、分類する人の主観が入ることが弱点です。なお注意が必要なのは、電気代や人件費など「準変動費・準固定費」の扱いです。
これらは変動と固定の両方の性質を持ちます。
電気代であれば、基本料金部分は固定費、使用量に応じた従量課金部分は変動費と考えるのが原則です。一般的にはどちらかの性質がより強い方に統一して分類します。
変動費の求め方にはいくつかの計算式があります。
基本は次の通りです。
> 変動費(円)=売上高(円)× 変動費率
変動費率は、売上高に対する変動費の割合を示す指標です。
> 変動費率=変動費 ÷ 売上高
例えば、売上高が1,000万円、変動費が400万円であれば、変動費率は「400万円 ÷ 1,000万円 = 0.4(40%)」となります。
これが基本です。
また、変動費率が分かれば、売上高の予測から変動費を逆算することも可能です。「来月の売上高が1,200万円に増える見込みなら、変動費は1,200万円 × 40% = 480万円になる」という形で活用できます。
なお、製造業における製造原価の変動費率の平均は58.4%前後とされており(中小企業庁データ参照)、業種によって大きく異なります。小売業や人材派遣業は変動費率が高く、ホテル・航空業などは変動費率が低い傾向にあります。自社の変動費率が業種平均と比べてどの位置にあるかを確認することが、経営分析の第一歩です。
勘定科目法より客観性の高い手順として「回帰分析法」があります。これは過去12ヶ月以上の売上高と総費用のデータを散布図にプロットし、最もよく当てはまる近似直線(回帰直線)を引く手法です。その直線の傾きが変動費率、切片(縦軸との交点)が固定費を示します。
ExcelのデータタブにあるADDINの「分析ツール」機能を使えば誰でも実行可能で、「X値1の係数=変動費率」「切片の係数=月間固定費」として読み取れます。
これは使えそうです。
「高低点法」は、過去データの中から売上が最も高い月と最も低い月の2点だけを使って計算するシンプルな方法です。
> 変動費率 =(最高点の総費用 ― 最低点の総費用)÷(最高点の売上高 ― 最低点の売上高)
素早く概算を把握したい場面で役立ちますが、2点のみを使うため例外的なデータに大きく左右されます。あくまでざっくりした把握に使う手法と理解しておいてください。
3つの手法を比較すると次の通りです。
| 手法 | 精度 | 手軽さ | 適した場面 |
|------|------|--------|-----------|
| 勘定科目法 | △ | ◎ | まずコスト構造の全体像を把握したいとき |
| 回帰分析法 | ◎ | △ | 予算策定や投資判断など精度を重視するとき |
| 高低点法 | × | ◎ | 概算で素早く見積もりたいとき |
精度が必要な場面では回帰分析法を選ぶのが原則です。
変動費が把握できると、次に計算できる最重要指標が「限界利益」です。
> 限界利益 = 売上高 ― 変動費
限界利益とは、商品やサービスを1つ売るごとに得られる「直接的な儲け」を意味し、固定費を回収した後に利益を生み出す原資になります。
これがビジネスの稼ぐ力を示す指標です。
具体的に考えてみましょう。1杯1,000円のラーメンを販売し、変動費(材料費など)が300円だった場合、限界利益は700円、限界利益率は70%です。東京都内の平均的なラーメン店は1日200〜300杯を販売することが多く、仮に月間6,000杯販売すると月間限界利益は420万円になります。この420万円が人件費や家賃などの固定費を回収し、最終的な利益を生む原資となります。
また、限界利益率を商品・サービスごとに比較することで、どの商品が最も利益貢献度が高いかを把握することができます。
> 限界利益率 = 限界利益 ÷ 売上高
限界利益率が高い商品ほど、1単位追加で売ったときの利益への貢献が大きくなります。これは意外ですね——「売上高の高い商品が一番儲かる」とは限らない、という事実に気づけるのが限界利益の強みです。
損益分岐点とは、利益がゼロになる売上高、つまり「最低限これだけ売れば赤字にならない」という安全ラインです。
これは固定費と限界利益率から計算します。
> 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
>
> または
>
> 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 ― 変動費率)
先ほどのラーメン店の例で計算してみます。月の固定費が210万円、限界利益率が70%であれば、損益分岐点売上高は「210万円 ÷ 0.7 = 300万円」です。月に300万円以上売り上げれば黒字、それ以下なら赤字になると分かります。
ここで重要な注意点があります。税務申告用の決算書(通常の損益計算書)は、費用を「固定費」と「変動費」に分けて作成していません。つまり、通常の損益計算書をそのまま見ても損益分岐点は計算できないのです。
売上原価の中には変動費(材料費)と固定費(工場の家賃・減価償却費)が混在しています。販管費にも変動費(販売手数料)と固定費(従業員給与)が混在しています。そのため、損益分岐点を正しく求めるには、必ず「固変分解」というプロセスを通じて変動費と固定費を分類し直す必要があります。この点は多くの方が見落としがちな重要ポイントです。
参考:損益分岐点の誤用に関する実践的解説記事
損益分岐点の誤用が招く経営判断の落とし穴(エバーグリーン経営研究所)
「変動損益計算書」は、通常の損益計算書の費用を変動費と固定費に分類し直して作り直した書類です。最終的な利益の数値は通常の損益計算書と変わりませんが、構成が大きく異なります。
通常の損益計算書:「売上高 ― 売上原価 = 売上総利益 ― 販管費 = 営業利益」
変動損益計算書:「売上高 ― 変動費 = 限界利益 ― 固定費 = 経常利益(営業利益)」
変動損益計算書の作成手順は次の通りです。
1. 損益計算書を用意する
2. 各勘定科目を変動費と固定費に分類する(勘定科目法を活用)
3. 売上高を転記する
4. 変動費の科目を合算して転記する
5. 固定費の科目を合算して転記する
6. 限界利益(売上高 ― 変動費)を計算する
7. 経常利益(限界利益 ― 固定費)を計算する
分類作業でマーカーを使って色分けすると見やすくなります。作業量はあるものの、それほど難しくありません。
変動損益計算書を作ることで、「限界利益率が下がっている = 変動費が上昇している」「固定費比率が高まっている = 損益分岐点が上昇している」など、経営課題が数字として視覚化されます。月次で作成する習慣をつけると、業績の異変を早期に察知できるようになります。
参考:変動損益計算書の作り方と活用方法(公認会計士監修の解説ページ)
変動損益計算書とは?テンプレートと作り方・分析方法を解説(マネーフォワード クラウド)
損益分岐点が求まったら、次に「今の売上がどれだけ余裕を持って黒字を維持しているか」を数値化するのが「安全余裕率」です。
> 安全余裕率 =(売上高 ― 損益分岐点売上高)÷ 売上高 × 100
例えば、売上高が1,000万円、損益分岐点売上高が800万円のとき、安全余裕率は「(1,000万円 ― 800万円)÷ 1,000万円 × 100 = 20%」です。これは経営安全性を測る上での余裕の度合いを示します。
一般に安全余裕率は20〜30%以上あると安全とされています。一方「損益分岐点比率」は安全余裕率の対の概念で、次の式で求められます。
> 損益分岐点比率 = 損益分岐点売上高 ÷ 売上高 × 100
損益分岐点比率は低いほど赤字になりにくく、70%以下だと経営状況が健全とされます。つまり「安全余裕率+損益分岐点比率=100%」の関係にあります。安全余裕率20% = 損益分岐点比率80%というわけです。
固定費の割合が高いビジネスモデル(ホテル・航空・製造業など)は、損益分岐点比率が高くなりがちです。損益分岐点を超えれば売上増加が一気に利益に直結する反面、売上が下がると赤字に転落するリスクも大きくなります。これがいわゆるハイリスク・ハイリターンの費用構造です。
参考:損益分岐点比率・安全余裕率の業種別目安
損益分岐点比率とは?計算式や目安、安全余裕率の解説(弥生)
変動費・固定費を正確に把握し、損益分岐点が求まったあとの活用方法が「CVP分析(費用・販売量・利益分析)」です。CVP分析とは、費用(Cost)・販売量(Volume)・利益(Profit)の3要素の関係を分析し、経営上の意思決定に活かす手法です。
損益分岐点を下げる——つまり「より少ない売上で黒字化できる体制を作る」——ためのアプローチは主に3つあります。
1. 固定費を削減する
家賃交渉や不要なサブスクリプションの見直し、間接業務の効率化などが代表的な施策です。固定費は一度削減すればその効果が継続するため、最初に取り組む価値があります。
2. 変動費率を改善する
仕入先の価格交渉や製造プロセスの改善、在庫管理の徹底などが有効です。変動費率が1%下がれば、限界利益率が1%上がり、損益分岐点売上高も下がります。
3. 販売単価を上げる
付加価値向上や値上げによって限界利益率を高める方法です。変動費が変わらなければ、単価が上がった分だけ限界利益が増えます。
CVP分析の強みは「もしもシミュレーション」ができる点にあります。「新しいスタッフを1名採用したら(月25万円の固定費増)、損益分岐点はいくら上がるか?」「原材料費が5%値上がりしたら、目標利益を達成するにはあといくらの売上が必要か?」といった問いに、数字で答えを出せるようになります。
目標利益を達成するための売上高は次の式で求められます。
> 目標利益達成売上高 =(固定費 + 目標利益)÷ 限界利益率
月固定費210万円、限界利益率70%、目標利益70万円のケースでは「(210万円+70万円)÷ 0.7 = 400万円」が目標売上高となります。
一般的な経営論では「固定費を削減してリスクを下げろ」という方向が語られがちです。しかし実際には、成熟した大企業の多くが意図的に変動費を固定費に転換する「固定費化戦略」を採用しています。
具体的には、業績連動給の廃止と月次固定給の引き上げ、アウトソーシングの内製化、クラウドサービスの長期契約化などが代表例です。これらは一見「損益分岐点を上げる悪手」に見えます。
しかしここに逆説があります。
変動費率を下げて固定費比率を高めると、損益分岐点は上がります。一方で「損益分岐点を超えた後の利益の伸び率(経営レバレッジ)」も同時に高まります。
経営レバレッジ係数は次の式で表せます。
> 経営レバレッジ係数 = 限界利益 ÷ 営業利益
例えば、売上高1,000万円・変動費400万円・固定費500万円・営業利益100万円の場合、経営レバレッジ係数は「600万円 ÷ 100万円 = 6」です。これは「売上が1%増加すると営業利益が6%増加する」ことを意味します。
安定した市場シェアを持ち、売上の成長が見込める企業にとって、この「固定費化=レバレッジ向上」は合理的な戦略になりえます。変動費の求め方を理解すると、こうした経営戦略の読み解き方も変わってきます。つまり、固定費が多いことが必ずしも悪いわけではないということです。
参考:固定費・変動費の実務における解釈
変動費と固定費の誤解——製造業現場からの視点(iLink株式会社)
変動費の把握は経営分析の起点ですが、最終的なゴールはその削減や最適化にあります。変動費の改善が1%進むと、限界利益率が1%改善し、損益分岐点売上高も低下します。
これは問題ありません。
特に変動費削減において効果が出やすいのは次の項目です。
🔴 仕入・外注コストの見直し(直接的な変動費削減)
- 複数社から相見積もりを取得しているか
- 発注ロットの見直しによる単価引き下げ余地はあるか
- 不良・返品・廃棄ロスの金額を把握しているか
🟡 販売手数料・配送費の構造を確認
- 販売チャネル別の変動費率は把握できているか
- 配送先の集約・ルート最適化の余地はあるか
- オンライン販売への移行で手数料構造を変えられるか
🟢 月次で変動費率をモニタリングする仕組みを持つ
- 月次の変動損益計算書を作成しているか
- 前月比・前年同月比で変動費率の変化を追えているか
- 勘定科目法での分類ルールを社内で統一できているか
変動費の管理は「今月の仕入額をどう削るか」という個別の問題ではなく、「どの費用が売上連動で動いているか」という構造の問題です。損益計算書を変動費視点で読む習慣をつけることが、最も費用対効果の高い経営改善の第一歩になります。
月次で変動損益計算書を継続的に作成するためには、会計ソフトとの連携が効果的です。マネーフォワード クラウド会計やfreeeなどのクラウド会計ソフトでは、勘定科目のカスタマイズ機能を使って固定費・変動費の区分をあらかじめ設定しておくことができます。月次の変動費率の推移を自動集計できる状態を整えると、経営分析の継続性が格段に高まります。
Please continue.