
特別支給の老齢厚生年金は、昭和60年の法律改正によって厚生年金保険の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられた際に設けられた特別な制度です。この制度は、受給開始年齢を段階的にスムーズに引き上げるための緩和措置として導入されました。
通常の老齢厚生年金は65歳から支給されますが、特別支給の老齢厚生年金は一定の要件を満たした方が65歳より前に受け取ることができる年金です。対象者は自身の生年月日や性別に該当する受給開始年齢(61~64歳)から65歳までの間、この特別支給を受けることができます。
この制度の背景には、厚生年金の支給開始年齢変更により影響を受ける世代への配慮があります。法律改正前から要件を満たしていた人が不利益を被らないよう、生年月日の早い人ほど60歳により近い年齢で年金を受け取れるように設計されています。
特別支給の老齢厚生年金を受給するためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
生年月日による要件
老齢基礎年金の受給資格期間
厚生年金保険の被保険者期間
年齢要件
これらの要件は厳格に定められており、一つでも満たさない場合は特別支給の対象外となります。特に生年月日の要件は重要で、男性は昭和36年4月2日以降、女性は昭和41年4月2日以降に生まれた方は、この特別支給の対象外となり、すべて65歳からの受給となります。
特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢は、生年月日と性別によって細かく設定されています。この段階的な引き上げにより、年金制度の移行期間をスムーズに進めることを目的としています。
男性の受給開始年齢(昭和36年4月1日以前生まれ)
生年月日 | 報酬比例部分の支給開始年齢 |
---|---|
昭和28年4月2日~昭和30年4月1日 | 61歳 |
昭和30年4月2日~昭和32年4月1日 | 62歳 |
昭和32年4月2日~昭和34年4月1日 | 63歳 |
昭和34年4月2日~昭和36年4月1日 | 64歳 |
女性の受給開始年齢(昭和41年4月1日以前生まれ)
女性の場合は男性より5年遅れて同様の段階的引き上げが適用されます。
特別支給の老齢厚生年金には「報酬比例部分」と「定額部分」の2つの構成要素があります。現在、多くの対象者は報酬比例部分のみを受給することになりますが、特定の条件を満たす方は定額部分も同時に受給できます。
受給開始年齢の特例
通常の受給開始年齢より早く受給できる特例もあります。
これらの特例に該当する場合は、通常の受給開始年齢よりも早い時期から特別支給を受けることができます。
特別支給の老齢厚生年金の年金額は、主に「報酬比例部分」によって計算されます。この計算方法は65歳以上で受ける老齢厚生年金と同じ仕組みを使用しています。
報酬比例部分の計算式
報酬比例部分 = (平均標準報酬月額 × 7.125/1,000 × 2003年3月までの加入期間の月数)+ (平均標準報酬額 × 5.481/1,000 × 2003年4月以降の加入期間の月数)
この計算式は2003年4月を境に乗率が異なります。これは厚生年金制度の改正によるもので、それ以前と以後で計算方法が変更されているためです。
計算例
1962年1月1日生まれの女性の場合。
計算結果:年間約95.5万円
{(30万円 × 7.125/1,000 × 250カ月)+ (32万円 × 5.481/1,000 × 240カ月)}
定額部分について
昭和21年4月1日以前に生まれた男性や昭和26年4月1日以前に生まれた女性、または特例に該当する方は、報酬比例部分に加えて定額部分も受給できます。定額部分の額は加入期間の月数に応じて計算されます。
加給年金の扱い
定額部分を受給できる方で、20年以上の厚生年金保険の被保険者期間があり、配偶者や子どもを扶養している場合は、加給年金額が加算されます。ただし、現在多くの対象者は定額部分の支給対象外となっているため、加給年金を受け取ることができません。
年金額は個人の加入期間や報酬額によって大きく異なるため、正確な金額を知りたい場合は年金事務所での相談や「ねんきんネット」での試算を利用することをお勧めします。
特別支給の老齢厚生年金を受給するためには、適切な手続きを行う必要があります。手続きを怠ると年金を受け取ることができないため、事前に流れを把握しておくことが重要です。
事前準備段階
受給開始年齢の約3ヶ月前に、日本年金機構から「年金請求書(事前送付用)」が自宅に郵送されます。この書類には必要事項を記入し、添付書類とともに提出する必要があります。
必要書類の準備
年金請求時に必要な主な書類は以下の通りです。
提出先と方法
書類の提出先は以下のいずれかです。
手続きのタイミング
年金の支給は請求があった月の翌月分からとなります。そのため、受給開始年齢に達したら速やかに手続きを行うことが大切です。手続きが遅れると、その分年金の受給が遅れることになります。
未請求の場合の措置
特別支給の老齢厚生年金を請求しなかった場合、65歳の誕生日3ヶ月前に再度年金請求書が送付されます。この時点で請求すれば、過去分の年金も一括で受け取ることができますが、時効により請求できる期間は5年に制限されています。
厚生労働省の年金制度に関する詳細情報
https://www.nenkin.go.jp/
特別支給の老齢厚生年金には、一般的にはあまり知られていない重要な注意点がいくつかあります。これらを理解しておくことで、より適切な年金受給計画を立てることができます。
在職老齢年金による支給調整
在職中の方は、給与と年金の合計額によって年金が減額または停止される可能性があります。2025年現在、60歳台前半の在職老齢年金の支給停止基準額は月額28万円です。給与(標準報酬月額)と年金月額の合計がこの基準を超えると、超過分の2分の1が年金から差し引かれます。
雇用保険との調整
失業給付(基本手当)を受給している間は、特別支給の老齢厚生年金は全額支給停止となります。これは多くの方が見落としがちなポイントです。ハローワークで求職活動を行い失業認定を受けている期間中は、年金を受け取ることができません。
繰下げ受給はできない
通常の老齢厚生年金は70歳まで繰下げ受給が可能ですが、特別支給の老齢厚生年金は繰下げることができません。受給権が発生したら、その時点から65歳までの期間のみが受給期間となります。
税務上の取り扱い
特別支給の老齢厚生年金は雑所得として課税対象となります。年金収入が一定額を超える場合は確定申告が必要になることがあります。また、社会保険料(国民健康保険料や介護保険料)の算定基礎にもなるため、受給により保険料が増加する可能性があります。
65歳時の手続き
特別支給の老齢厚生年金を受給していた方も、65歳になると自動的に通常の老齢厚生年金に切り替わります。この際、改めて年金請求書の提出が必要となる場合があるため、65歳の誕生日前に届く案内をしっかり確認することが重要です。
企業年金との関係
厚生年金基金や確定給付企業年金などの企業年金を受給している場合、特別支給の老齢厚生年金と調整が行われることがあります。これにより実際の受給額が予想より少なくなる可能性があります。
海外居住時の注意点
海外に居住している場合でも特別支給の老齢厚生年金は受給できますが、現況報告書の提出など特別な手続きが必要となります。また、租税条約により源泉徴収税率が変わる場合があります。
これらの注意点を事前に理解し、適切な準備と手続きを行うことで、特別支給の老齢厚生年金を確実に受給することができます。不明な点がある場合は、年金事務所や社会保険労務士に相談することをお勧めします。
日本年金機構の年金相談窓口案内
https://www.nenkin.go.jp/section/soudan/