

不参加者に旅行代金の代わりとして現金を渡した瞬間、旅行に参加した全員分の給与課税が発生します。
所得税基本通達36-30(以下「本通達」とも呼びます)は、昭和63年5月25日に国税庁長官が各国税局長・沖縄国税事務所長宛てに発出した法令解釈通達です。正式なタイトルは「課税しない経済的利益……使用者が負担するレクリエーションの費用」となっています。
この通達が生まれた背景には、日本企業における社員旅行や運動会、忘年会といったレクリエーション行事の費用を会社側が負担することが広く一般化してきた歴史があります。本来、現物給与(金銭以外で支給される利益)も所得税法第36条により収入金額に含まれるため、課税されるのが原則です。しかし、「会社主催の行事に半ば強制的に参加せざるを得ない従業員」に対して厳密に課税することは、国民感情的にも実務的にも馴染まないという観点から、一定要件下での非課税取扱いが整理されました。
通達の本文は以下の内容です。使用者が役員または使用人のレクリエーションのために、社会通念上一般的に行われていると認められる「会食・旅行・演芸会・運動会等の行事」の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員または使用人が受ける経済的利益については、一定の例外を除き、課税しなくて差し支えないとされています。
ここでいう「レクリエーション費用」には、いわゆる社員旅行だけでなく、社内での懇親会・忘年会・新年会・運動会・社員研修旅行なども含まれます。
対象が広い点は覚えておいてください。
国税庁|〔給与等に係る経済的利益〕所得税基本通達36-29・36-30(原文テキスト掲載)
非課税の原則条件として実務で最も重視されるのが、国税庁が昭和63年5月25日の運用通達で示した2つの要件です。
1つ目は「旅行期間が4泊5日以内であること」です。4泊5日というのはハガキの短辺(9cm)と長辺(14.8cm)くらいのサイズ感として表現するより、平日5日間ぶんの仕事を丸ごとカバーする長さ、と考えると想像しやすいでしょう。目的地が海外の場合は「目的地での滞在日数」が4泊5日以内かどうかで判定します。移動中の飛行機の時間はカウントに含まれない点がポイントです。
2つ目は「全従業員の50%以上が参加していること」です。工場や支店ごとに行う旅行の場合は、その工場・支店の従業員数を分母として計算します。全社単位でなく職場単位での判定となる点に注意が必要です。
この2条件はあくまで「原則として課税しない」ための最低ラインです。
つまり条件が。
| 判定要素 | 原則的な非課税ライン | 注意点 |
|---|---|---|
| 旅行期間 | 4泊5日以内 | 海外は目的地の滞在日数で判定 |
| 参加割合 | 全従業員の50%以上 | 工場・支店単位で実施する場合はその単位で計算 |
| 費用規模 | 1人当たり10万円程度(国税庁事例) | 20万円超は過去の裁決で課税となった事例あり |
| 行事の性格 | 社会通念上一般的なもの | 豪華すぎる旅行は「少額不追求」の趣旨を逸脱 |
この2条件を両方満たしていても、後述するような「課税トリガー」が1つでも存在すると、非課税の取扱いが崩れる可能性があります。条件を満たしたら安心、と思い込まないことが重要です。
国税庁|所得税基本通達36-30の運用について(昭和63年5月25日通達・原文)
所得税基本通達36-30が非課税取扱いを認める根拠の一つは「少額不追求の趣旨」です。これは要するに、少額の現物給与については強いて課税しなくても実害がない、という考え方です。
では「少額」とはいくらなのか。実は通達や法令には明確な金額基準が書かれていません。そこで実務上の参考になるのが、国税庁タックスアンサーNo.2603と過去の裁決事例です。
国税庁のタックスアンサーでは、旅行費用25万円・会社負担10万円・参加割合100%・4泊5日の旅行を「原則として課税しなくてよい」と例示しています。一方、過去の裁決(平成22年12月17日裁決)ではマカオへの2泊3日の社員旅行で1人当たり会社負担額が241,300円となったケースについて、「少額不追求の趣旨を逸脱している」として全額給与課税と判断されました。
つまり会社負担額が1人当たり10万円前後は安全圏、20万円を超えると課税リスクが高まるというのが実務の目安です。金額で判断するときは「旅行代金の総額」ではなく「会社が負担した1人あたりの金額」を基準にする点を押さえておきましょう。
たとえば30名が参加する旅行で旅行費用の総額が300万円、会社が100万円を負担した場合、1人あたり会社負担は約3.3万円となります。
これは安全圏と言えます。
国税庁タックスアンサー|No.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行(具体的事例も掲載)
これが本記事冒頭の「驚きの一文」につながる、実務上最も見落とされやすい落とし穴です。
所得税基本通達36-30の本文には、次のような但し書きがあります。「使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を除く。)に対しその参加に代えて金銭を支給する場合」は、非課税取扱いの対象外となります。
さらに通達の注書きには、「当該行事に参加しなかった者(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を含む。)に支給する金銭については、給与等として課税することに留意する」と明記されています。
ここで重要なのは、課税されるのは「金銭をもらった不参加者だけ」ではないという点です。参加した全員に対して、不参加者へ支給した金銭相当額の給与があったものとして課税されます。
全員課税になります。
具体的なイメージとして:旅行参加者20名・不参加者5名がいて、不参加者全員に「旅行参加の代わりに1人2万円」を支給した場合、旅行に参加した20名の給与所得にも2万円分が上乗せされて課税される、ということです。
これを防ぐには、不参加者への現金支給を行わないことが鉄則です。業務上の都合でどうしても不参加になった従業員については、給与課税の対象にはなりません。ただし「自己都合による不参加者に現金を支給」すると全員分の課税が発生します。
痛いですね。
もう一つの課税トリガーは「役員だけを対象として行事費用を負担する場合」です。所得税基本通達36-30は、この場合を非課税対象から明示的に除外しています。
会社の役員だけで行う旅行は、従業員を含む「全体の福利厚生」という性質を持ちません。
そのため課税されます。
役員のみの旅行費用が会社から支出された場合、その費用は「役員賞与」として扱われます。役員賞与は法人税上の損金不算入(費用として認められない)となるうえに、役員個人の所得税課税の対象にもなります。
二重の痛手です。
なお、役員が従業員とともに旅行する場合は、上記の2大条件(4泊5日以内・参加割合50%以上)をクリアしていれば役員も含めて非課税となります。「役員だけを対象として費用を負担する場合」に限って課税されます。
つまり役員も参加するだけなら問題ありません。
同族のみの小規模法人では、「社長と家族で行く旅行を社員旅行費用で処理する」ケースも見受けられますが、これは社会通念上のレクリエーション旅行とは認められず、全額が役員賞与扱いとなります。
「参加割合が50%を下回ったら必ず課税される」と思い込んでいる経営者や経理担当者は多いです。
意外ですね。
国税庁は令和4年12月にタックスアンサーNo.2603を更新し、参加割合が38%でも非課税と判定できる具体的事例を公式に掲載しました。
その概要は以下のとおりです。
この事例が非課税と判断された背景には、大阪高裁昭和63年3月31日判決の判断基準があります。判決では「従業員の参加割合よりも、使用者の負担額(1人当たりの経済的利益の大きさ)がより重要」という判断が示されており、国税庁もこれに沿った取扱いを示しています。
38%という参加割合が非課税と認められた条件として重要なのは、「全従業員を対象に参加を呼びかけた」という事実です。特定の部署や年齢層に限定した募集ではなく、全社一律で機会を与えた点が評価されています。
逆に言えば、参加割合が50%以上でも「実質的に役員や一部の幹部だけが対象となっている旅行」や「豪華すぎる旅行」は、条件を満たしていても課税される可能性があります。
参加割合だけで安心は禁物です。
後藤公認会計士事務所|参加割合38%でも非課税となったケースの詳細解説
近年、多様な福利厚生を従業員が自由に選べる「カフェテリアプラン」を導入する企業が増えています。このカフェテリアプランにも、所得税基本通達36-30が深く関わってきます。
原則として、カフェテリアプランのメニューが「現物給付の形で提供される」ものであれば、通達に基づき非課税とすることができます。例えば社員旅行の参加費補助・スポーツジム利用料補助・人間ドック費用補助などが該当します。
ただし、国税庁の質疑応答事例では、「換金性のあるカフェテリアプランは、その全てについて課税対象となる」と明示されています。ポイントを現金や商品券に交換できるメニューが1つでも含まれると、他の非課税メニューを含むすべてのサービスが給与課税の対象になってしまいます。
令和2年1月20日の国税不服審判所の裁決(裁決番号:令和2年1月20日)では、カフェテリアプランに財形貯蓄補助メニュー(一定条件下で現金が支給される)が含まれていたことをもって「換金性あり」とする税務署の主張が争われました。最終的に審判所は「何ら要件なくポイントを現金に換えられる仕組みではない」として課税処分を取り消しましたが、この裁決は換金性判断のグレーゾーンがいかに複雑かを示しています。
カフェテリアプランを導入・見直す際は、「ポイントを現金や商品券と交換できるメニューが含まれていないか」を必ず確認することが必須です。このチェックを怠ると、非課税のつもりで運用していた他のメニューまで遡って源泉所得税の納税告知処分を受けるリスクがあります。
国税不服審判所|令和2年1月20日裁決(カフェテリアプランと換金性に関する詳細な裁決書)
所得税基本通達36-30が対象とするのは、社員旅行だけではありません。条文にある「会食・旅行・演芸会・運動会等の行事」という表現には、「等」が含まれていることから、広く会社主催の懇親行事全般が対象になります。
具体的には以下のような行事が含まれると解釈されています。
懇親会・会食の費用については、1人当たりの費用が5,000円以下であれば所得税基本通達36-30とは別の規定(法人税上の交際費の損金算入など)との関係で処理されることが多いですが、5,000円を超える社内行事の食事・飲み物代を全額会社負担する場合は通達36-30の非課税要件(全員参加・社会通念上一般的な行事)を確認しておく必要があります。
研修旅行については「業務上直接必要なもの」であれば給与課税なしで処理できますが、「観光渡航の許可で行く海外研修」「旅行会社主催の団体旅行に参加するだけの研修」などは業務上の直接必要性がないと判定されやすく、注意が必要です。
税務調査においては「社員旅行の費用が福利厚生費として適正か」は頻繁にチェックされるポイントの一つです。実務上の対応として、以下の書類を整備しておくことが重要です。
特に重要なのは「不参加者への対応記録」です。業務上やむを得ない不参加であれば給与課税されませんが、その事実を明示できる記録(業務日報・出張記録・顧客対応記録など)を残しておくことで、税務調査時の説明が容易になります。
社員旅行の費用が1人当たり10万円を超えてくる場合や海外旅行を計画している場合は、事前に税理士に相談したうえで判定・書類整備を進めると安心です。税務調査で否認されてしまうと、旅行参加者全員分の源泉所得税の未徴収として会社側に納税義務が発生します。
この対応は、旅行前に行うのが基本です。
所得税基本通達36-30は所得税(従業員の給与課税)に関する通達ですが、同じ社員旅行の費用は法人税においても「福利厚生費として損金算入できるかどうか」が論点になります。両者の判定基準は連動しているため、あわせて理解することが実務上不可欠です。
所得税の観点で「従業員に給与課税される」と判定された場合、会社側は源泉徴収を行う義務が生じます。一方、法人税の観点では、適正な社員旅行費用は「福利厚生費」として損金算入が認められます。ただし役員賞与として扱われる場合は損金不算入となります。
| ケース | 所得税(従業員) | 法人税(会社) |
|---|---|---|
| 全従業員対象・4泊5日以内・50%以上参加 | 非課税(給与課税なし) | 福利厚生費として損金算入可 |
| 役員のみの旅行 | 役員賞与として課税 | 損金不算入 |
| 不参加者に現金支給あり | 参加者・不参加者全員に課税 | 給与扱いで費用認識は可能だが源泉徴収漏れのリスク |
| 1人当たり20万円超の高額旅行 | 給与課税の可能性あり | 過大交際費として損金不算入リスクあり |
所得税と法人税の両方の視点から処理方針を決めておくことが、税務リスクを低減するうえで重要です。
実務上、社員旅行と出張・研修旅行の境界線が曖昧になるケースがあります。この区別は所得税基本通達36-30の適用判断において非常に重要です。
「業務上直接必要な旅行」として認められるためには、その旅行が会社の業務遂行に直接必要であり、レクリエーション的要素が主目的ではないことが求められます。タックスアンサーNo.2603では、業務上直接必要とはならない研修旅行の典型例として次の3つを挙げています。
一方、工場見学・業務視察・海外拠点への実務訪問など、旅行の主目的が業務遂行にある場合は、その費用は給与として課税されません。観光要素が含まれる場合は業務部分と観光部分を明確に分けて処理することが必要です。
「研修旅行と社員旅行の両方の性格を持つ」場合は、業務上直接必要な部分とそうでない部分を合理的な基準で按分して処理します。按分基準が不明確だと税務調査で全額を社員旅行費用として課税される可能性があります。
これは意外な落とし穴です。
所得税基本通達36-30が非課税取扱いの前提として掲げている「社会通念上一般的に行われていると認められる行事」という要件は、きわめて重要な判断基準です。
「社会通念上一般的」かどうかは、以下の要素を総合的に評価して判断されます。
これが原則です。
平成22年12月17日の国税不服審判所の裁決では、これらの要素を総合判断しつつ「使用者の負担額(1人当たりの経済的利益)を重視する」という判断基準が明確に示されました。参加割合よりも費用の大きさのほうが、社会通念上の一般性を左右する度合いが高いという考え方です。
実務上は、参加割合50%以上・4泊5日以内という形式的要件を満たすだけでなく、「どう見ても社員全体の慰安・親睦を目的とした旅行」という実態を書類で証明できる状態にしておくことが、最も確実なリスク回避策です。
酒居会計事務所|社員旅行費用の税務上の取り扱いと裁決事例(1人当たり費用の目安も解説)
近年のリモートワーク普及により、「社員の多くが在宅勤務でオフィス勤務者が少数」という企業形態が増えています。このような環境では、社員旅行の「参加割合50%以上」要件の解釈に新たな論点が生まれています。
具体的には、「全社員が対象だが在宅勤務者の参加率が低い」という状況が起きやすくなっています。この場合、参加割合の計算は「全従業員数」を分母とするのが原則です。在宅勤務者も含めた全従業員数で50%を下回る場合、非課税要件を形式的にはクリアできません。
また、社員旅行の代わりに「バーチャル旅行」や「オンライン懇親会」の費用を会社が負担するケースも増えています。これらは「旅行」には該当しませんが、通達が定める「会食等の行事」の費用として非課税取扱いを受けられる可能性はあります。ただし明確な国税庁の見解は現時点では限定的です。
こうした新しい働き方に対応した福利厚生の税務処理については、個別に税理士や税務署への照会を通じて確認することが推奨されます。税務上のグレーゾーンを放置すると、後から修正申告・源泉徴収漏れの指摘を受けるリスクがあります。
リモートワーク時代における福利厚生の税務処理全般を整理したい場合、国税庁の公表する個別通達・質疑応答事例や、顧問税理士との定期的な確認体制を整えることが最も確実な対策です。
最後に、社員旅行や社内レクリエーション行事を企画する際に、所得税基本通達36-30の非課税を確実にするための実践的な確認手順をまとめます。
まず行事の企画段階で確認すべきことは、「全従業員を対象とした参加募集か」「旅行期間が4泊5日以内か(海外は滞在日数)」「会社負担が1人当たり10万円以内に収まるか」の3点です。この段階で条件を外れているなら計画を見直します。
次に参加者確定後に確認すべきことは、「参加割合が50%以上に達しているか(未満の場合は総合的な判断要素を整えているか)」「不参加者への現金支給を行っていないか」の2点です。不参加者への現金支給は絶対に行わない、これが鉄則です。
最後に行事終了後の事務処理として、参加者名簿・費用明細・福利厚生規程の保管を行います。書類を整えておくだけで、税務調査への対応が格段に楽になります。
書類整備が最後の砦です。
所得税基本通達36-30は、「知っていれば非課税にできる」知識の代表格です。通達の要件を正しく理解し、書類を適切に整備することで、会社にとっても従業員にとっても有利な税務処理が実現します。疑問がある場合は、顧問税理士に相談するのが確実です。
十分な情報が集まりました。
記事を生成します。