

先取特権を持っていれば、抵当権より必ず先に回収できると思っていませんか?実は条件次第で抵当権に逆転負けして、手元に1円も入らないケースがあります。
「先取特権(さきどりとっけん)」という言葉は、金融や法律に関心がある人でも、正確な意味を説明できる人は意外と少ないものです。一言で言うと、法律の規定によって自動的に発生する、他の債権者より優先して弁済を受けられる権利です。
通常、複数の債権者がいる状況で債務者の財産を分配するときは「債権者平等の原則」が適用されます。これは、債権額に比例して按分するルールです。たとえば債務者の手元に300万円しかなく、3人の債権者が各100万円の債権を持っていれば、全員が100万円ずつ受け取ります。しかし先取特権を持つ債権者が1人でもいれば、その人が優先的に回収できます。残りがゼロになれば、他の2人は何も受け取れません。
先取特権が抵当権と大きく異なる点は、「設定契約が不要」という点です。抵当権は当事者同士が抵当権設定契約を結び、不動産登記を完了しなければ効力が発生しません。対して先取特権は、法律が定めた一定の取引類型に当てはまるだけで自動的に成立します。つまり何も意識せずに先取特権者になっていることが実務の場でも起こり得るのです。
重要なのは、先取特権が「法定担保物権」に分類される点です。この分類には先取特権と留置権が含まれ、どちらも当事者の合意なく成立します。ただし留置権は物を手元に引き留める効力(留置的効力)にとどまり、強制的に換価して優先弁済を受ける「優先弁済的効力」はありません。先取特権はこの優先弁済的効力を中核として持っています。これが条件です。
| 担保物権の種類 | 成立方法 | 優先弁済的効力 | 登記の要否 |
|---|---|---|---|
| 抵当権 | 契約(約定担保) | あり | 必要 |
| 先取特権 | 法律上当然(法定担保) | あり | 種類により異なる |
| 留置権 | 法律上当然(法定担保) | なし | 不要 |
| 質権 | 契約(約定担保) | あり | 不動産のみ必要 |
先取特権の対象となる財産の範囲は、種類によって大きく3つに分かれます。債務者の「総財産」を対象にする一般先取特権、「特定の動産」を対象にする動産先取特権、「特定の不動産」を対象にする不動産先取特権の3種類です。この分類が優先順位を考えるうえでの出発点になります。
参考:先取特権の基本的な仕組みと民法上の根拠について詳しく解説されています。
先取特権の基本(種類・優先順位・実行=競売申立方法・活用例)|みずほ中央法律事務所
先取特権の優先順位は、まず「一般 vs 特別」の軸で整理するのが基本です。民法329条2項では、一般の先取特権と特別の先取特権(動産・不動産)が競合した場合、原則として特別の先取特権が優先すると定めています。理由は、特別の先取特権は「特定の財産の価値を直接的に維持・生成した者」の権利であり、保護の必要性が高いとされているからです。
ただし例外があります。一般先取特権のうち「共益の費用」(民法307条)だけは、特別の先取特権にも優先します。共益の費用とは、債権者全員の共同利益のために要した費用です。たとえば強制執行の際に必要な手数料や、財産の保存・清算にかかった費用がこれに該当します。つまり「共益の費用>特別先取特権>その他の一般先取特権」という序列が基本です。
一般の先取特権の内部でも優先順位があります。民法306条が列挙する順番がそのまま優先順位になり、①共益の費用、②雇用関係(未払い給料など)、③葬式の費用、④日用品の供給(ガス・電気・食料品など)の順で弁済を受けます。金融実務で特に重要なのは②の雇用関係で、会社が破産したときに従業員の未払い給料がここに含まれます。
動産先取特権の内部では、民法330条に従い①不動産の賃貸借、②旅館の宿泊・運輸・動産の保存、③動産の売買という順位になります。ただしこの順位には重要な例外があります。第2順位以下の先取特権者が第1順位の先取特権者に劣後することを「知って」取引した場合は、第1順位者に優先できないという規定です(民法330条2項)。
不動産先取特権の内部の順位は、民法331条が定める①保存、②工事、③売買の順です。つまり「不動産を守った人」が「工事した人」より優先し、「売買した人」は最後になります。さらに売買が複数回行われた場合、売主同士の間では売買の前後(時間的な先後)で順位が決まります。
参考:一般先取特権・動産先取特権・不動産先取特権の優先順位の詳細な条文解説はこちら。
民法第329条【一般の先取特権の順位】|クレアール司法書士講座
金融に関わる人が最も意識すべき論点が「先取特権 vs 抵当権」の優劣です。多くの人は「抵当権の方が強い」と思いがちですが、これは一部の場合にしか当てはまりません。先取特権の種類と登記のタイミングによっては、先に設定されていた抵当権よりも先取特権が勝ります。意外ですね。
民法339条が定めているのは、不動産の保存・工事の先取特権について「第337条・338条に従って登記をした場合、抵当権に先立って行使できる」という規定です。逆に言えば、登記の要件を満たさなければ抵当権に劣後してしまいます。
「直ちに」や「工事前に」というタイミングの厳格さが重要なポイントです。工事先取特権は工事の「後から」登記しても意味がなく、工事前の予算額登記が必須です。しかも工事費用が予算額を超えた部分については先取特権が発生しないと民法338条2項が明記しています。金融機関や建設業者は、この「超過額は保護されない」という落とし穴に特に注意が必要です。
一方、一般の先取特権は不動産登記をしなくても、「特別担保を有しない他の債権者」や「登記をしていない第三者」に対抗できます。これは一般の先取特権が非常に使いやすい側面です。ただし、すでに抵当権を登記している金融機関に対しては、一般先取特権は劣後するのが原則です。これが条件です。
マンション管理費の先取特権(区分所有法7条)は、優先順位と効力については「共益費用の先取特権」と同様に扱われます。ここで読者が誤解しやすいのは「管理費の先取特権は常に抵当権より強い」という思い込みです。実際には抵当権が先に登記されている場合、管理費の先取特権はその抵当権には原則として劣後します。競売が行われた後に残った配当があれば受け取れますが、抵当権者が全額持っていってしまうと管理組合は1円も回収できないことがあります。
参考:マンション管理費と抵当権の優先関係、「常に最優先ではない」という実態がわかります。
管理費滞納に対する先取特権に基づく回収について|関口法律事務所
先取特権が実際に役立つ3つの代表的な場面を整理しておきましょう。これは使えそうです。
① 会社が破産したときの未払い給料
雇用関係の先取特権(民法306条2号・308条)は、従業員が未払い給料を回収するための武器になります。破産手続きの中では「優先的破産債権」として扱われ、一般の破産債権より先に配当を受けられます。ただし財団債権(破産管財人の報酬・破産手続開始前3か月分の賃金など)の方がさらに優先順位が高い点には注意が必要です。
具体例を挙げると、月給30万円で3か月分の給料が未払いの状態で会社が破産した場合を考えます。このとき未払い給料は90万円になりますが、全額が保護されるわけではありません。一般の先取特権として優先的破産債権になるのは「破産手続開始決定前3か月を超える部分」であり、最初の3か月分は財団債権として手続き外で回収できます。ただし会社財産が著しく少ない場合は、財団債権でも全額回収できないことがあります。加えて、未払賃金立替払制度(独立行政法人労働者健康安全機構が管轄)を使えば、退職後6か月以内に申請することで一定額を立替えてもらえます。
② 取引先倒産時の売掛金・商品の回収
商品を納入したが代金未払いのまま取引先が倒産した場合、動産売買先取特権(民法321条)を使って商品を競売にかけ、代金から優先的に回収することができます。債務名義(判決など)なしでも競売を申し立てられる点が大きなメリットです。
ただし決定的な制限があります。民法333条は「先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使することができない」と定めています。つまり取引先が商品を別の会社に転売・引き渡した後では、動産先取特権を行使できません。この場合は物上代位(転売代金債権への差押え)に切り替えますが、転売代金が取引先の口座に入金される前に差し押さえる必要があり、スピード勝負になります。
③ マンション管理費の滞納回収
区分所有法7条の先取特権は、区分所有権そのもの・共用部分の権利・敷地利用権・建物に備え付けられた動産が担保対象です。登記が不要で自動的に成立する点は便利ですが、繰り返しになりますが「常に抵当権より優先」ではないことを理解しておく必要があります。
競売による回収と並行して、訴訟や支払督促でも回収できる点も覚えておきましょう。新オーナーへの滞納引き継ぎ(区分所有法8条)があるため、競落人に未払い管理費が請求できる場合もあります。管理組合の立場からは、まず訴訟で債務名義を得てから強制執行する方が確実なケースも多いです。
| 活用場面 | 根拠法 | 対象財産 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 未払い給料の回収 | 民法306条2号 | 総財産 | 財団債権・税金が先行する |
| 倒産時の商品回収 | 民法321条 | 売った商品(動産) | 第三者に引き渡し後は行使不可 |
| マンション管理費 | 区分所有法7条 | 区分所有権等 | 登記済み抵当権には原則劣後 |
| 工事代金の回収 | 民法325条2号 | 工事した不動産 | 工事開始「前」の予算額登記が必須 |
先取特権の基本を理解した上で、実際の金融判断において見落としやすい盲点をまとめます。
盲点①:優先順位は「登記のタイミング」一つで逆転する
不動産工事の先取特権(民法325条2号)は、工事開始「前」に費用の予算額を登記しなければ効力を保全できません。工事終了後に登記しても意味がなく、その場合は既存の抵当権に敗れます。建設会社や工務店が請負代金を保護したい場合は、工事着工と同時または直前の登記が必須です。登記が遅れると数百万円単位の請負代金が回収できなくなるリスクがあります。痛いですね。
盲点②:動産先取特権は「引き渡し」一つで消える
民法333条により、債務者が対象動産を第三者に引き渡した瞬間、動産先取特権は消滅します。取引先に商品を納入した後、その取引先が別の会社にその商品を転売・引き渡してしまえば、もはやその商品に対して先取特権を行使できません。このリスクを回避するには、所有権留保特約(代金完済まで商品の所有権は売主に留保するという契約条項)を売買契約書に盛り込んでおくことが有効です。確認する価値があります。
盲点③:同一順位の先取特権者が複数いると「按分」になる
先取特権の優先順位を「1番の人が全額取れる」と理解している人は少なくありませんが、同一財産に同じ種類の先取特権者が複数いる場合は、債権額の割合に応じた按分になります(民法329条等)。つまり同順位が2人いれば、各自の債権額の比率で分け合うことになります。1人が多額の債権を持っていても、もう1人と「割り勘」になるわけです。
盲点④:特別法の先取特権は民法と優先ルールが異なる
民法以外にも先取特権を定めた特別法があります。たとえば国税徴収法(国税の先取特権)や地方税法(地方税の先取特権)、区分所有法(管理費の先取特権)、借地借家法(地代の先取特権)などです。国税・地方税の先取特権は「納税者の総財産」を対象にしており、民法上の一般先取特権とも競合することがあります。
特に注意が必要なのは、国税の先取特権と民法上の先取特権との優先関係です。国税徴収法8条は国税の先取特権を「一般の国税については納税者の財産の上に他の公課及び私債権に先立って徴収する」と定めています。つまり民法上の一般先取特権(未払い給料など)であっても、国税が法定納期限等で先行している場合は国税が優先するケースがあります。これが原則です。
参考:特別法(国税徴収法)上の先取特権と民法上の先取特権の優先関係について詳述されています。
第20条関係 法定納期限等以前にある不動産賃貸の先取特権等の優先|国税庁

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