

黒字経営でも換価の猶予を申請でき、差押えを止められます。
「換価の猶予」という言葉は、税金に詳しくない方にとって少し難しく感じるかもしれません。「換価」とは財産を売却して現金に換えること、「猶予」は一定期間待ってもらうことを意味します。つまり換価の猶予とは、税務署が差し押さえた財産を売却するのを待ってもらえる制度です。
具体的には、国税(法人税・消費税・所得税など)を一括で納付することで、事業の継続または生活の維持が困難になるおそれがあると認められる場合に、申請に基づいて差押財産の換価(売却)が猶予されます。根拠法令は国税徴収法第151条の2です。
重要なのは「赤字だから使える制度」ではないという点です。利益が出ていても、手元の現金が足りなければ申請が認められます。これが条件です。
たとえば、決算で消費税300万円が確定したが、仕入れや人件費の支払いに資金が取られており、一括で300万円を出すと翌月の支払いができなくなる、というケースが典型例です。口座残高が200万円あっても、運転資金として最低180万円必要なら「納付可能金額は20万円」と計算され、申請要件を満たす可能性があります。
| 制度名 | 主な対象 | 延滞税 | 申請の難易度 |
|---|---|---|---|
| 換価の猶予 | 資金繰り難全般 | 一部免除(年約0.9%) | 比較的申請しやすい |
| 納税の猶予 | 災害・病気・事業の著しい損失など | 全部または一部免除 | 要件が厳しい |
「納税の猶予」と「換価の猶予」は混同されがちですが、実務では換価の猶予の方が広く使われています。納税の猶予は「著しい損失」など具体的な事由が必要で、実際に税務署から「納税の猶予ではなく換価の猶予を使ってください」と案内されるケースも多いです。つまり換価の猶予が基本です。
参考:国税庁「申請による換価の猶予の要件等」
https://www.nta.go.jp/law/jimu-unei/tyousyu/150302/03/02.htm
換価の猶予が認められるには、以下の6つの要件をすべて満たす必要があります。
担保は必須に見えますが、実は不要なケースがあります。「猶予金額が100万円以下」「猶予期間が3か月以内」「担保として提供できる財産が存在しない」のいずれかに該当すれば、担保なしで申請できます。担保が条件です、というわけではありません。
延滞税の軽減効果は特に大きなメリットです。通常、納期限を過ぎると最大で年8.7%(令和7年現在の特例)の延滞税が課されます。しかし換価の猶予が認められた期間中は、年0.9%程度(猶予特例基準割合)まで大幅に軽減されます。たとえば200万円の税金を1年間放置すると通常は延滞税が約17.4万円かかりますが、猶予中は約1.8万円で済む計算です。約15万円の差が出ます。これは使えそうです。
ただし、一点注意があります。延滞税の軽減は「申請日以降」に限られます。納期限から申請日までの間に発生した延滞税は通常税率のままです。「どうせ6か月あるから」と先延ばしにせず、なるべく早く申請することが、実質的な節税になります。
参考:国税庁「国税の納税の猶予制度 FAQ」
https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/nofu_konnan/pdf/0021001-141_05.pdf
申請先は、納付すべき国税を管轄する税務署です。提出方法は「窓口持参」「郵送」「e-Tax(電子申告)」の3種類から選べます。書類さえ揃えれば、税務署の開庁時間(平日8:30〜17:00)に行く必要はなく、e-Taxなら自宅から申請できます。
必要書類は猶予額によって異なります。
| 猶予申請金額 | 必要書類 |
|---|---|
| 100万円以下 | 換価の猶予申請書、財産収支状況書 |
| 100万円超 | 換価の猶予申請書、財産目録、収支の明細書、担保提供書(必要な場合) |
「財産収支状況書」は現時点での資産・負債の一覧と毎月の収支を記入する書類です。会計ソフトを使っている場合は、勘定科目別の平均金額を参照しながら記入することができます。「財産目録」は100万円超の場合に必要で、内容はほぼ同じですが書式が異なります。
申請の流れとしては、「現状確認(いくら払えるか)→ 税務署へ事前相談 → 書類作成・提出 → 審査 → 許可通知書の受領」という順番になります。事前相談は任意ですが、税務署の担当者に「払う意思がある」ことを伝えておくと、審査がスムーズに進む傾向があります。自分で書類を用意するのが難しければ、税理士に申請代行を依頼する方法もあります(別途報酬が必要なことが多い)。
申請書の様式はすべて国税庁ホームページからExcel・PDFで無料ダウンロードできます。記載例も用意されているため、手引きを見ながら作成することが可能です。
参考:国税庁「換価の猶予申請書の手引き・記載例」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sonota/yuyo-tebiki/index.htm
猶予が認められると、税務署から「換価の猶予許可通知書」が送付されます。この通知書には、猶予税額・猶予期間・毎月の分割納付金額が記載されています。分割納付額は、申請者の財産や毎月の収支状況をもとに、最も早く完納できる金額として設定されます。
猶予期間は原則として最長1年です。ただし、猶予期間内に完納できない「やむを得ない理由」が認められる場合は、当初の猶予期間と合わせて最長2年まで延長が可能です。ただし延長のハードルは高く、延長が認められるのは例外的なケースです。
分割納付の計画を守れなかった場合、猶予は取り消されます。取り消されると一括請求となり、差押えが再開されます。痛いところです。計画通りに支払えない事態が生じた場合は、すぐに管轄の税務署へ連絡し、納付計画の変更を申し出ることが大切です。「無断で遅れる」よりも「事前に相談する」姿勢が、最終的に猶予維持につながります。
また、猶予期間中に新たな国税(翌年度の税金など)が発生した場合、それを滞納してしまうと猶予が取り消される原因になります。猶予期間中は、新たに発生する税金を確実に納付し続けることが原則です。つまり猶予中も新税は期限厳守です。
地方税や社会保険料についても、同様の「換価の猶予」制度がそれぞれ別に存在します。国税と地方税は別々に申請が必要であるため、消費税(国税)だけでなく住民税(地方税)も滞納が見込まれる場合は、各自治体の窓口にも別途申請が必要です。
多くの経営者が見落とすのが、換価の猶予と銀行融資の関係です。換価の猶予を受けると、納税証明書の「備考欄」にその旨が記載されます。これは法律上の定めであり、記載を避けることはできません。
銀行の融資審査では、一般的に納税証明書(国税の場合「その3の3」など)の提出が求められます。備考欄に換価の猶予の記載があると、審査担当者の目には「税金を期限通りに払えなかった会社」として映ります。新規融資の審査は非常に厳しくなるのが現実です。
ただし、「無断で税金を滞納している状態」と「合法的な猶予制度を活用している状態」では、銀行の心証は大きく異なります。猶予許可通知書を持参し、「税務署と合意の上で分割納付中であり、完納計画も立てている」と説明できれば、既存融資のリスケ(返済条件の変更)の相談には乗ってもらえる余地が残ります。何もせず滞納している状態は、交渉のカードがゼロです。
資金調達の選択肢として、換価の猶予を申請する前に、まずメインバンクに「納税資金の一時融資」を打診することも有効な手段です。銀行融資で一括納付できれば、納税証明書はクリーンなままになります。銀行との関係が良好な段階で相談すれば、短期融資(手形貸付など)に応じてもらえるケースもあります。
年金事務所(社会保険料)の場合、税務署よりも差押えまでのスピードが速いと言われています。消費税と社会保険料の両方が払えない状況であれば、年金事務所への対応も同時に進める必要があります。いずれにしても、最も避けるべきは「放置して何もしないこと」です。制度を知っているかどうかが、資金繰りの苦境を乗り越えられるかを分ける大きなポイントになります。
参考:国税庁「換価の猶予の申請手続」
https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/nofu/24200039.htm