

試験研究費を正しく申告すれば、法人税が最大14%分控除される——それが常識だと思っていませんか?
研究開発税制とは、企業が研究開発を行った場合に、その年度の法人税額から「試験研究費の額×税額控除割合(1%〜14%)」を控除できる制度です。制度の核心は「何が試験研究費に含まれるか」という範囲の定義にあります。
試験研究費の定義は租税特別措置法第42条の4に規定されています。具体的には、「事物・機能・現象などについて新たな知見を得るため、または利用可能な知見の新たな応用を考案するために行う創造的で体系的な調査・収集・分析その他の活動のうち自然科学に係るもの」とされています。ここで大切なのは「自然科学に係るもの」という条件です。
つまり、経営戦略の研究や市場調査は対象外が原則です。
対象となる費用は大きく2種類に分かれます。まず「製品の製造または技術の改良・考案・発明に係る試験研究のために要する費用」、もうひとつが「対価を得て提供する新たなサービスの開発に係る試験研究として一定のものに要する費用」です。後者は平成29年度改正で追加されたもので、サービス業・非製造業もこの制度の恩恵を受けられるようになりました。これは使えそうです。
費用の種類としては、専ら研究開発業務に従事する研究者の人件費、研究に使う原材料費、外部への委託研究費(委託試験研究費)、減価償却費の一部などが該当します。一方、量産化のための試作費用、ソフトウェアの機能維持(バグ修正等)費用、デザインの考案費用などは対象に含まれません。
なお、制度には「一般型(一般試験研究費の額に係る税額控除制度)」「中小企業型(中小企業技術基盤強化税制)」「オープンイノベーション型(特別試験研究費の額に係る税額控除制度)」の3種類があり、企業の規模や研究形態によって選択する枠組みが異なります。一般型と中小企業型は重複適用が不可である点に注意が必要です。
経済産業省「研究開発税制について」——制度の最新概要・Q&Aが掲載されています
令和3年度の税制改正は、試験研究費の「範囲」に関してもっとも大きな転換点のひとつでした。
それ以前は、国税庁が2003年(平成15年)に公表したQ&Aに基づく実務が行われていました。そのQ&Aでは「事務能率・経営組織の改善に係る費用」は試験研究費の対象外と明記されていたため、業務改善を目的としたシステム開発やAI研究は、技術的に試験研究の要素があっても「対象外」と判断されるケースがありました。
令和3年度改正では、この解釈が大きく変わりました。改正後は「研究自体に試験研究の要素があれば、業務改善目的であっても税額控除の対象となる」と明確化されたのです。国際的な研究開発基準(OECDが公表する「フラスカティ・マニュアル」)に合わせ、研究の目的ではなく「研究過程における不確実性」に注目して判断する考え方に転換しました。
これが原則です。
もうひとつの重要な改正が「損金算入要件の一部撤廃」です。従来、試験研究費の税額控除は損金に算入された費用のみが対象でした。このため、クラウドサービスを提供するためのソフトウェア開発費用は、会計上は自社利用ソフトウェアとして資産計上されてしまい、税額控除の対象にならないケースがありました。
令和3年度改正では、「会計上は資産計上されるが、研究開発費として損金経理した金額に含まれるもの」も税額控除の対象に加えられました。つまり、クラウド系サービスの開発費が試験研究費として認められるようになったわけです。
なお、「リバースエンジニアリング(他製品の分解・解析)」のうち、新たな知見を得るためでも利用可能な知見の応用を考案するためでもないものは、改正後も試験研究に含まれないことが明文化されました。
EY税理士法人「研究開発税制の令和3年度改正(試験研究費の範囲について)」——改正の経緯と具体的な解釈変更が詳しく解説されています
令和6年度改正では、試験研究費の範囲が今度は「縮小」する方向の改正が行われました。令和7年4月1日以後開始する事業年度から適用されています。
改正の内容は「内国法人の国外事業所等を通じて行う事業に係る試験研究費の額を、税額控除の対象から除外する」というものです。つまり、海外に拠点(恒久的施設、いわゆるPE)を置いてその拠点を通じて行った研究開発は、たとえ内国法人の支出であっても控除対象から切り離されることになりました。
縮小です。
「国外事業所等」とは、日本が租税条約を締結している条約相手国の恒久的施設(PE)のことを指します。租税条約に定める恒久的施設に相当するものを持つ国で行われた事業が対象となります。グローバル展開している企業、特に製造業や製薬会社など海外拠点で研究活動を行っているケースでは、この改正の影響を慎重に確認する必要があります。
一方で、令和6年度改正では試験研究費が「増加」する方向の改正も同時に行われています。新たなサービス開発を促すため、対象となる試験研究費に追加された費用があり、一般試験研究費の額の計算において新たな加算項目が設けられました。改正の内容は一方的な縮小ではなく、縮小と拡大が組み合わさった改正です。
実務上は、国外事業所を通じた研究費を別立てで管理・集計する体制が必要になります。すべての研究費を一括で集計してから控除申告していた場合、令和7年4月以降の事業年度では過大申告につながるリスクがあります。正確な管理が条件です。
国税庁「令和6年度税制改正の概要(法人税関係)I.研究開発税制」——国外事業所等の除外規定についての図解入り資料です
令和8年度(2026年度)税制改正では、研究開発税制に「抜本的な強化」が加えられました。令和9年4月1日以後開始する事業年度から適用されます。
まず注目すべき変更は、一般試験研究費の税額控除率の計算式の変更です。現行(令和9年3月31日以前開始事業年度)では、増減試験研究費割合が12%以下の場合に「11.5%−(12%−増減試験研究費割合)×0.25」で控除率を算出し、下限は1%でした。
改正後は計算式が3段階になります。増減試験研究費割合が3%以下の場合は「8.5%+(増減試験研究費割合−3%)×8.5/13」、3%超15%以下の場合は「8.5%+(増減試験研究費割合−3%)×0.25」、15%超の場合は「11.5%+(増減試験研究費割合−15%)×0.375(上限14%)」です。
さらに、控除率の下限(改正前:1%)が撤廃されました。これが重大です。
研究費が大幅に減少した企業(増減試験研究費割合がマイナス)の場合、控除率が0%になるケースが生まれます。たとえば増減試験研究費割合が△10%の場合、現行では6.0%だった控除率が改正後は計算上1.0%未満(下限撤廃により0%)まで下がります。5ポイント以上の差は、億単位の試験研究費を持つ企業では数千万円単位の控除額の差に直結します。
控除上限の変動措置も厳格化されます。控除上限の加算が始まる基準が「増減割合4%超」から「7%超」に引き上げられ、減算が始まる基準が「△4%未満」から「△1%未満」に変わります。つまり、研究費をわずか1%でも減少させた企業は控除上限が減算される仕組みになりました。
令和8年度改正では全く新しい税制も創設されています。産業技術力強化法の認定を受けた重点産業技術(AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙)に関する試験研究費に対して、控除率40%(認定研究開発機関との共同・委託研究は50%)、控除上限は法人税額の10%という「戦略技術領域型(重点産業技術試験研究費に係る税額控除制度)」が新設されました。また控除限度超過額は3年間の繰越しが可能です。
中小企業技術基盤強化税制にも重要な変更が加わります。令和9年4月1日以後開始事業年度から、控除限度超過額の3年間繰越しが認められるようになりました。これまでは赤字等で控除しきれなかった金額は消滅していましたが、今後は繰り越して将来の事業年度で控除できるようになります。中小企業にとって大きなメリットです。
経済産業省「令和8年度経済産業関係税制改正について」——重点産業技術試験研究費の新設を含む全改正内容が図解で確認できます
制度の存在は知っていても、申告のどこに漏れやリスクが潜んでいるかを把握している企業は多くありません。ここでは「試験研究費に含まれない費用」を具体的に整理します。
まず「人文科学および社会科学に係る活動」は明確に対象外です。顧客心理の分析、マーケティング理論の研究、組織行動学的な調査などは、どれだけ費用をかけても試験研究費には含まれません。
次に「性能向上を目的としないことが明らかな開発業務の一部として行うデザインの考案」も対象外です。パッケージのデザイン変更、ウェブサイトのUI刷新などはデザイン費として計上されますが、これを試験研究費に混在させると過大申告になります。
「生産方法・量産方法が技術的に確立している製品を量産化するための試作」も対象外です。製品の最終仕様が固まり、あとは量産に向けた試作を行う段階の費用は研究ではなく製造準備です。これは対象外が原則です。
ソフトウェア関連では「製品マスター完成後の市場販売目的ソフトウェアに係るバグ修正等の機能維持に係る活動」「システム運用管理、ユーザードキュメントの作成、ユーザーサポート、ソフトウェアと明確に区分されるコンテンツの制作」も対象外となります。
実務での判断が難しいのは「試験研究に含まれるのか含まれないのかグレーゾーンの活動」です。たとえばAI開発でも、新たなアルゴリズムの開発は試験研究費に該当しますが、既存モデルのパラメータ調整作業は場合によって判断が分かれます。また、人件費については「専ら試験研究業務に従事する者」の給与しか計上できません。兼務職員の人件費は按分ではなく、条件次第では計上不可です。
対象費用の証拠書類の整備も重要な実務課題です。税務調査が入った際に「この費用が試験研究に該当する理由」を文書で説明できなければ、控除額が否認されるリスクがあります。研究目的、研究内容、費用との関連性を記録した「研究開発費管理台帳」の整備を一つの行動として取り組んでおくことが有効です。
響き会計事務所「試験研究費に係る税額控除について、基本から丁寧に解説します」——試験研究費の対象外費用の具体的なリストが整理されています
ここまでの改正内容を踏まえ、実際に企業として何を確認・実行すべきかを整理します。
まず重要なのは「増減試験研究費割合の継続的なモニタリング」です。令和8年度改正後は、研究費の増減が控除率と控除上限の両方に大きく影響する構造になっています。特に増減試験研究費割合が△1%を下回るだけで控除上限が減算される仕組みは厳しいところです。
前3事業年度の平均試験研究費と当期の試験研究費を比較し、増減割合をリアルタイムで把握する管理体制が不可欠です。試験研究費が7%超増加すれば控除上限の加算が受けられますが、1%でも減少すると控除上限は減算されます。この閾値を意識した年度内の研究投資管理が、税負担の最小化につながります。
次に「制度の選択」の確認も重要です。中小企業者等は一般型と中小企業型のどちらかしか選べませんが、中小企業型の方が基本控除率12%(一般型の基本控除率8.5%〜)と高く、多くのケースでは有利です。さらにオープンイノベーション型は一般型・中小企業型とは別枠の控除上限(法人税額の10%)が設定されているため、大学や国の研究機関との共同研究費がある場合は積極的に活用すべきです。
一般型とオープンイノベーション型を組み合わせれば問題ありません。
令和8年度改正で注目したいのが「重点産業技術試験研究費(戦略技術領域型)」です。AI・量子・半導体・バイオなど6分野を対象に、産業技術力強化法の重点研究開発計画の認定を受けることで、控除率40%(共同研究は50%)という破格の制度が利用できます。認定を受けるための要件はハードルが高めですが、対象技術分野の研究開発を行う企業は真剣に検討する価値があります。
中小企業では令和8年度改正で新たに加わった「3年間の繰越控除」も見逃せません。赤字事業年度や法人税額が少ない年度に控除しきれなかった税額控除限度超過額を、翌期以降3年間にわたって繰り越し控除できるようになります。試験研究費が多く売上が安定しない成長期のスタートアップにとって、これは大きな節税チャンスです。
税額控除額の最大化という観点では、研究費の集計漏れを防ぐことも同様に大切です。「専ら試験研究業務に従事する者」の人件費は計上対象ですが、漏れているケースが少なくありません。また令和3年度改正で追加された「クラウドサービス向けソフトウェア開発費の資産計上分」も、要件を確認した上で積極的に計上を検討するべき費用です。
研究開発税制は制度が複雑で、適用漏れや誤適用のリスクが高い税制の一つです。経済産業省・国税庁が公表するQ&Aの最新版を確認するとともに、税理士や公認会計士への相談を検討するのが現実的な対応です。とりわけ令和8年度以降の控除率計算式の変更は計算ミスが生じやすい箇所です。専門家に計算を委託するだけで申告リスクを大幅に下げられます。
内閣府 税制のEBPMに関する専門家会合「研究開発税制について」——対象範囲をめぐる論点と国際比較も含む詳細な政策資料です