

非上場株式を持つオーナー経営者の9割以上が、流動性ディスカウントの「二重減価」に気づかず、実際より数百万円単位で低い評価額を受け入れている。
非上場株式を保有していると、いざM&Aや事業承継の場面で「評価額が想定より大幅に低い」と感じるケースが少なくありません。その主な要因となるのが、流動性ディスカウント(非流動性ディスカウント)です。
流動性ディスカウントとは、非上場会社の株式に市場性がないことを理由として、算定された株式価値から一定割合を割り引く評価概念のことです。上場株式であれば証券取引所でいつでも売却できますが、非上場株式には取引所という公開市場が存在しません。売却しようとしても、まず買い手を自力で探さなければならず、弁護士・M&Aアドバイザーへの手数料やデューデリジェンス費用など多額の追加コストが発生します。これが「売りにくさ」として価値を押し下げるわけです。
つまり、基本です。「流動性ディスカウント=非上場株式の換金困難性を価格に反映した調整」ということですね。
具体的な数字で考えてみましょう。DCF法などで1株あたり1,000円と算定された非上場株式があるとします。流動性ディスカウント25%を適用すると、評価額は750円になります。この250円の差が「流動性がないことへの対価」として反映されます。企業全体で考えれば、株式総額が10億円と算定された場合、2.5億円〜3億円が流動性ディスカウントとして差し引かれる計算になります。
これだけ大きな金額が動くにもかかわらず、「なぜ減額されるのか」「いくら引かれるのか」を正確に理解しているオーナーは多くありません。これが知らないと損するポイントです。
流動性ディスカウントが必要とされる背景には、主に3つの理由があります。
これらのコストやリスクが、最終的に「株価を下げる方向」に働きます。買い手の立場から見ると、将来その株を売ろうとしたときの苦労を先取りして計算しているに過ぎない、という考え方が根底にあります。
<参考:流動性ディスカウントの基本概念と評価実務について>
バリュエーション実務の総合解説サイト「非流動性ディスカウント」|valuationz.jp
「20〜30%引かれる」という話を聞いたことがある方は多いでしょう。実際、実務上もっとも頻繁に採用されるのが20〜30%という数値です。しかし、この「30%」には法律で定められた根拠があるわけではありません。
実務上の目安は経験則と米国の実証研究に基づいています。
| ディスカウント率 | 使われる場面・根拠 |
|---|---|
| 20〜25% | 支配権を有する株主ベースの評価での目安 |
| 30% | 日本の裁判例・税務実務で最も頻繁に採用される数値 |
| 30〜50% | 少数株主ベースの評価、または流動性が特に低い場合 |
30%という数値が定着した背景には、日本の税務実務における「斟酌率(しんしゃくりつ)」の影響があります。相続税の株式評価においても、一定の非上場株式について最大30%程度の評価減が認められる設計になっており、これが実務慣行として根付いた側面があります。
意外ですね。ただし、一律30%を機械的に当てはめることは危険です。
米国では非上場株式の流動性ディスカウントに関する実証研究が豊富に蓄積されており、概ね25〜40%の範囲が妥当とされています。日本の実務でも、この米国データを参考に個別案件ごとに割引率を設定するのが標準的なアプローチです。企業の規模・業種・財務状況・M&A市場の活況度合いによって、適用すべき率は変動するのが原則です。
また、支配権の有無によってもディスカウント率は変わります。まとまった支配権を持つ株式は「売りやすさ」が相対的に高いため、ディスカウント率は低めになります。一方、1%や2%程度の少数株主持分は、経営への影響力がなく買い手にとって魅力が低いため、さらに高いディスカウントが求められます。
つまり、非流動性ディスカウントは支配権の有無と組み合わせて検討すべき概念です。マイノリティ・ディスカウント(少数株主であることによる減価)とは論理的に別物ですが、少数株主の非上場株式では両者が重なって適用されるケースもあります。
<参考:流動性ディスカウント率の目安と算定方法の詳細>
非流動性割引とは?割引率の目安や算定法を解説|辻・本郷 FAS株式会社
流動性ディスカウントを適用すべきかどうかは、採用する評価手法によって大きく異なります。これが実務において最も見落とされやすい論点のひとつです。
以下に、3つの主要アプローチを整理します。
| 評価手法 | 分類 | 流動性ディスカウントの適用 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 類似会社比準法 | マーケット・アプローチ | ✅ 適用する | 上場企業の株価と比較して算出するため、非上場の「売りにくさ」を調整する必要がある |
| 時価純資産法 | ネットアセット・アプローチ | ❌ 原則適用しない | 資産・負債の時価評価の段階で換金性が既に考慮されているため |
| DCF法 | インカム・アプローチ | ⚠️ ケースバイケース | 計算過程で市場性のなさが考慮されているかどうかによる |
特に重要なのがDCF法です。DCF法は将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算定します。割引率には「WACC(加重平均資本コスト)」が使われますが、このWACCの中にサイズプレミアムや非流動性リスクプレミアムが含まれているケースがあります。
ここが注意点です。
もしWACC算定の段階で既に非流動性リスクが上乗せされている場合、そこから改めて「×0.7(30%減)」と流動性ディスカウントを差し引くと、同じリスクを二重に計算する「ダブルディスカウント(二重減価)」になります。これは企業価値を不当に引き下げることになり、譲渡オーナーにとって大きな損失です。
手元に株価算定書があれば、DCF法のページで「割引率」の内訳を必ず確認してください。「小規模企業リスクプレミアム」「非流動性プレミアム」などの項目が含まれているかをチェックするのが基本です。
二重減価に注意すれば大丈夫です。
なお、純資産法(コストアプローチ)では、それぞれの資産・負債を時価評価する際に換金性が既に反映されているため、追加で流動性ディスカウントを重ねることは「二重控除」になると考えられています。つまり、ネットアセット・アプローチと流動性ディスカウントは基本的に共存させないのが原則です。
<参考:各評価手法との流動性ディスカウント適用関係の詳細>
非流動性ディスカウントとは?M&Aの売却価格への影響と判例を解説|みつきコンサルティング
2023年(令和5年)5月24日、最高裁判所は非上場株式の流動性ディスカウントに関する重要な決定を下しました。この決定は、従来グレーゾーンだったDCF法と流動性ディスカウントの関係を明確にしたものとして、実務界に大きな影響を与えています。
事案の概要は、会社法144条2項に基づく「譲渡制限株式の売買価格決定申立て」です。裁判所がDCF法を用いて買取価格を算定した上で、30%の非流動性ディスカウントを適用することを認めたものです。
結論は非流動性ディスカウントの「条件付き適用可」です。
最高裁が示したポイントは次の2点です。
ところが、同じ最高裁でも平成27年の決定では、吸収合併に反対した株主による「株式買取請求(会社法785条)」の場面では、DCF法(収益還元法)に基づく価格への流動性ディスカウントは認められないと判断されています。
場面によって結論が180度変わる点が原則です。
この2つの決定を整理すると、以下のように理解できます。
| 場面 | 根拠条文 | 流動性ディスカウントの可否 |
|---|---|---|
| 株主が自ら譲渡を望む「譲渡承認請求」 | 会社法144条 | ✅ 適用可(令和5年決定) |
| 合併等に反対した株主の「株式買取請求」 | 会社法785条 | ❌ 適用不可(平成27年決定) |
なぜこの違いが生まれるのでしょうか? 反対株主の買取請求の場面では、株主は会社側の都合で退出を余儀なくされます。意に反して追い出される株主に対して「売りにくい分だけ安く買い取りますよ」とするのは不公平だからです。一方、自ら譲渡を望む場面では、一般的な市場取引と同じく売りにくさを考慮することが合理的と判断されます。
厳しいところですね。
弁護士や公認会計士など専門家の間でも解釈が分かれていた論点だっただけに、令和5年決定による「DCF法への条件付き適用可」という整理は大きな意義を持ちます。中小企業の事業承継や少数株主間の株式売買においても、この判例基準が今後の実務に強く影響することになります。
<参考:令和5年最高裁決定の判例解説>
非上場株式の株価算定における非流動性ディスカウント〜最高裁令和5年決定を踏まえて〜|伊吹法律事務所
ここまでは売り手(オーナー経営者)の視点で流動性ディスカウントの「デメリット」を見てきました。しかし、この概念を買い手・投資家の立場から眺めると、まったく異なる景色が見えてきます。
実は、流動性ディスカウントは買い手にとって「将来の割安な投資機会」になり得ます。これは使えそうです。
非上場株式をディスカウントされた価格で取得した買い手は、将来その企業がIPO(新規上場)するか、大型M&Aで売却されると、流動性リスクが解消されます。その時点でディスカウント分が一気に顕在化し、大きなキャピタルゲインを得られるからです。たとえば20億円の事業価値があると算定された企業の株式を、流動性ディスカウント30%を適用した14億円で取得し、IPO後に20億円相当になれば、6億円分の価値が生まれます。
これがプライベート・エクイティ(PE)ファンドやバイアウトファンドの基本的な投資ロジックのひとつです。非上場の段階で安く買い、経営改革や成長支援を施した後に上場または売却することで、流動性ディスカウントの「解消益」を収益に変えるわけです。
また、日本では中小企業の後継者不足が社会問題化しており、非上場の優良企業株式を取得できる場面は今後も増えると予想されます。個人投資家の立場でも、特定の非上場企業への出資機会(エンジェル投資、クラウドファンディング型の未公開株投資など)は徐々に広がっています。
ただし、重要なことがあります。
非上場株式の流動性リスクは「出口が見えないと永続する」という点です。IPOも大型M&Aも実現しなければ、ディスカウント分は永遠に回収できません。株式の換金性が確保されるシナリオを事前に検討せずに投資すると、期待リターンが得られないまま塩漬けになるリスクがあります。流動性ディスカウントは「割安に買える仕組み」であると同時に、「出口戦略なき投資の罠」でもあることを忘れてはなりません。
売り手・買い手どちらの立場でも、流動性ディスカウントの本質を理解した上で交渉・投資判断に臨むことが、最終的な損得に直結します。
<参考:非流動性ディスカウントとコントロールプレミアムの関係>
非流動性ディスカウントとその他のプレミアムやディスカウント|Value Advisory
M&Aや事業承継の場面で流動性ディスカウントに関して不当な損をしないために、実際に活用できる確認ポイントをまとめます。
まず、株価算定書を受け取ったら、どの評価手法が使われているかを確認してください。DCF法(インカム・アプローチ)が使われている場合は特に注意が必要です。
これだけ覚えておけばOKです。
特に見落としやすいのが「二重減価」の問題です。DCF法の割引率の中に非流動性リスクが既に含まれているケースは決して珍しくありません。専門的な知識がないと見抜けないだけに、セカンドオピニオンの活用は有効な手段です。M&Aの専門仲介会社や、独立系のFAS(Financial Advisory Service)法人に相談することで、算定書の妥当性を客観的に評価してもらえます。
また、流動性ディスカウントはコントロールプレミアム(支配権取得への上乗せ)とは逆方向に働きます。M&Aで支配権を移転する取引では、流動性ディスカウントを差し引く一方で、コントロールプレミアムを加算するケースがあります。通常コントロールプレミアムは市場株価の20〜30%程度と言われており、流動性ディスカウントと相殺される関係にあることも理解しておくと、交渉の全体像が見えやすくなります。
評価の論点を整理することが条件です。
最終的に、流動性ディスカウントは「正当に適用されれば公平な価格調整」ですが、「不当に二重適用されれば損失の原因」になります。評価書の内容を受け身で受け取るのではなく、根拠を問う姿勢が大切です。非上場株式の評価は複雑で専門性が高い領域ですが、基本的な仕組みを理解しておくだけで、交渉や判断の質が大きく変わります。
<参考:流動性ディスカウントの適用判断と注意点についての法律解説>
【判例解説】株式評価における非流動性ディスカウント|瀬合パートナーズ法律事務所