
累進課税制度とは、課税対象となる金額(所得や資産など)が多くなるほど、適用される税率も高くなっていく課税方式です。この制度は、「担税力に応じた課税」という考え方に基づいており、経済的に余裕のある人がより多くの税負担を担うことで、社会全体の公平性を保つことを目的としています。
日本では1887年3月から累進課税制度が導入され、130年以上の長い歴史を持っています。当初は比較的緩やかな累進性でしたが、時代とともに制度は改正され、現在の形に至っています。
現在、日本で累進課税が適用されている主な税金は以下の3種類です。
これらの税金は、金額が大きくなるほど税率が段階的に上昇する「超過累進課税方式」を採用しています。
累進課税には主に2つの方式があります:単純累進課税と超過累進課税です。日本の税制では超過累進課税方式が採用されています。
1. 単純累進課税
課税対象となる金額全体に対して、その金額に応じた税率を適用する方式です。例えば、課税所得が200万円なら10%、300万円なら15%というように、所得の総額に対して一律の税率が適用されます。
この方式では、わずかな所得の増加によって税率が上がると、手取り額が逆に減少する「逆転現象」が生じる可能性があります。そのため、現在の日本では採用されていません。
2. 超過累進課税
課税対象となる金額を複数の区分に分け、各区分ごとに異なる税率を適用する方式です。高い区分に入った場合でも、その区分を超えた部分にのみ高い税率が適用されます。
例えば、所得税の場合。
という具合に、所得の各区分に対して異なる税率が適用されます。
この方式では、所得が増えても手取り額が減るという逆転現象は起こりません。そのため、勤労意欲を阻害せず、公平な税負担を実現できるとされています。
所得税は、個人の所得に対して課される国税であり、典型的な累進課税制度を採用しています。令和5年度(2023年度)現在の所得税の税率は、以下の7段階に分かれています。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,950,000円以下 | 5% | 0円 |
1,950,000円超 3,300,000円以下 | 10% | 97,500円 |
3,300,000円超 6,950,000円以下 | 20% | 427,500円 |
6,950,000円超 9,000,000円以下 | 23% | 636,000円 |
9,000,000円超 18,000,000円以下 | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円超 40,000,000円以下 | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円超 | 45% | 4,796,000円 |
この表の「控除額」は、税額計算を簡略化するためのものです。所得税額は「課税所得金額 × 税率 - 控除額」という計算式で求められます。
例えば、課税所得が400万円の場合。
となります。この控除額は、超過累進課税方式を簡便に計算するための工夫で、各所得区分の境界では税額が連続的に変化するように設定されています。
累進課税の計算方法を具体的な例で見てみましょう。ここでは所得税を例に説明します。
所得税の計算手順
具体例:課税所得が500万円の場合
超過累進課税方式では、所得の区分ごとに異なる税率を適用します。
合計:97,500円 + 135,000円 + 340,000円 = 572,500円
ただし、実際の計算では前述の控除額を使った簡便な方法が用いられます。
500万円 × 20% - 427,500円 = 572,500円
このように、所得が増えるほど適用される税率も高くなりますが、全体の所得に対して最高税率が適用されるわけではありません。
超過累進課税と単純累進課税の違い
同じ500万円の課税所得でも、単純累進課税だと500万円全体に20%の税率がかかり、1,000,000円の税金となります。超過累進課税方式では572,500円となり、大きな差が生じます。この違いが、日本が超過累進課税を採用している理由の一つです。
累進課税制度には様々なメリットとデメリットがあります。税制を理解する上で、これらの側面を把握しておくことは重要です。
メリット
デメリット
累進課税制度は、これらのメリットとデメリットのバランスを取りながら、社会全体の公平性と経済効率を両立させることを目指しています。
累進課税制度は所得税だけでなく、相続税や贈与税にも適用されています。これらの税金も、取得する財産の価額が大きくなるほど高い税率が適用される仕組みになっています。
相続税の累進課税
相続税は、亡くなった方(被相続人)から財産を相続した際に課される税金です。相続税の税率は10%から55%までの8段階に分かれており、相続する財産が多いほど高い税率が適用されます。
相続税の税率表(令和5年現在)。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | 0円 |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
相続税の計算は複雑で、まず法定相続分に応じた取得金額を算出し、それに税率を適用した後、実際の相続分に応じて税額を按分します。また、基礎控除(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人数)があり、これを超える部分に課税されます。
贈与税の累進課税
贈与税は、生前に財産を贈与された場合に課される税金です。贈与税も累進課税制度を採用しており、一般的な贈与の場合、税率は10%から55%までの8段階となっています。
贈与税の税率表(一般贈与の場合、令和5年現在)。
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | 0円 |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
贈与税には基礎控除として年間110万円があり、これを超える部分に課税されます。また、特例として「暦年課税」と「相続時精算課税」の選択制があり、後者を選択すると2,500万円までの特別控除が適用されますが、相続時に贈与財産と合算して相続税が課税されます。
相続税と贈与税の関連性
相続税と贈与税は密接に関連しており、生前贈与による相続税の節税対策を防ぐために、贈与税の税率は相続税よりも高く設定されています。ただし、計画的な生前贈与や各種の特例制度を活用することで、全体の税負担を軽減できる場合もあります。
累進課税制度は多くの国で採用されていますが、その具体的な内容は国によって大きく異なります。日本の累進課税制度の特徴を国際比較の観点から見てみましょう。
主要国の所得税最高税率比較
国名 | 所得税最高税率 | 適用される所得水準(円換算概算) |
---|---|---|
日本 | 45% | 4,000万円超 |
アメリカ | 37% | 約6,000万円超 |
イギリス | 45% | 約2,500万円超 |
フランス | 45% | 約2,000万円超 |
ドイツ | 45% | 約3,000万円超 |
スウェーデン | 57% | 約800万円超 |
シンガポール | 22% | 約3,000万円超 |
この比較から、日本の所得税最高税率は国際的に見て中程度であることがわかります。北欧諸国のような高福祉国家では50%を超える高い税率が設定されている一方、シンガポールなどのアジアの一部の国々では比較的低い税率となっています。
日本の累進課税制度の特徴
国際的な税制改革の動向
近年、多くの国で税制改革が進められており、グローバル化や経済のデジタル化に対応するための見直しが行われています。特に注目されるのは以下の点です。
日本の累進課税制度も、こうした国際的な動向を踏まえながら、今後も改革が続けられていくと考えられます。公平性と経済成長のバランスを取りながら、持続可能な税制を構築することが課題となっています。
累進課税制度の下では、所得や資産が増えるほど税率が上がるため、合法的な範囲内で税負担を軽減する「節税対策」が重要になります。ここでは、累進課税制度を踏まえた効果的な節税方法について解説します。
所得税の節税対策
相続税・贈与税の節税対策