
給与所得控除とは、給与所得者が所得税の計算をする際に、給与収入から一定額を差し引くことができる制度です。この制度は、給与所得者が収入を得るために必要な経費を概算で控除するためのものです。
給与所得控除の対象者は、給与所得を得ているすべての人が該当します。具体的には以下のような方々が対象となります。
給与所得とは、雇用契約に基づいて労務の対価として受け取る以下のような収入を指します。
一方、個人事業主やフリーランスなど、自身が営む事業から得る収入は事業所得となり、給与所得控除の対象外となります。事業所得の場合は、実際にかかった必要経費を収入から差し引いて所得を計算します。
給与所得控除は、給与所得者が個別に経費を計算する手間を省くとともに、納税者間の公平性を確保するための制度として機能しています。
給与所得控除額は、給与等の収入金額(年収)に応じて段階的に計算されます。2020年の税制改正により、給与所得控除額の計算方法が変更され、現在(2025年4月時点)は以下の表に基づいて計算されています。
給与等の収入金額 | 給与所得控除額 |
---|---|
1,625,000円まで | 550,000円(最低控除額) |
1,625,001円から1,800,000円まで | 収入金額×40%-100,000円 |
1,800,001円から3,600,000円まで | 収入金額×30%+80,000円 |
3,600,001円から6,600,000円まで | 収入金額×20%+440,000円 |
6,600,001円から8,500,000円まで | 収入金額×10%+1,100,000円 |
8,500,001円以上 | 1,950,000円(上限) |
この表を使って、いくつかの年収パターンで給与所得控除額を計算してみましょう。
【例1】年収300万円の場合
【例2】年収500万円の場合
【例3】年収1,000万円の場合
なお、給与等の収入金額が660万円未満の場合には、上記の表にかかわらず、所得税法別表第五(年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表)により給与所得の金額を求めることができます。これにより、計算の手間を省くことができます。
給与所得控除は所得税の計算において重要な役割を果たしています。所得税は、給与収入から給与所得控除額を差し引いた「給与所得」に対して課税されるため、給与所得控除額が大きいほど課税対象となる所得が少なくなり、結果的に所得税の負担が軽減されます。
所得税の計算の流れは以下のとおりです。
例えば、年収500万円の場合の所得税計算の流れを簡略化して示すと。
給与所得控除は、給与所得者の必要経費を概算で認める制度であり、所得税の公平な課税を実現するための重要な仕組みとなっています。また、給与所得控除の存在により、給与所得者は個別に経費を計算・申告する手間が省けるというメリットもあります。
「103万円の壁」とは、パートやアルバイトなどの給与所得者にとって重要な年収のラインで、この金額を超えると所得税が課税される可能性が出てくる境界線を指します。この103万円という数字は、給与所得控除と基礎控除の合計額に由来しています。
103万円の壁の内訳は以下のとおりです。
年収が103万円以下であれば、給与所得控除(55万円)を差し引いた後の所得(48万円以下)に対して、さらに基礎控除(48万円)が適用されるため、課税所得がゼロとなり、所得税が課税されません。
しかし、年収が103万円を超えると、給与所得控除と基礎控除を差し引いても課税所得が発生するため、所得税が課税される可能性があります。ただし、実際には配偶者控除や扶養控除、社会保険料控除などの他の所得控除も適用される場合があるため、年収が103万円を少し超えただけでは必ずしも所得税が発生するわけではありません。
103万円の壁は、特に以下のような方々にとって重要な意味を持ちます。
なお、2020年の税制改正により、配偶者特別控除の適用範囲が拡大され、配偶者の年収が201万円未満であれば、段階的に控除が受けられるようになりました。これにより、いわゆる「103万円の壁」の影響は緩和されています。
給与所得控除は概算経費控除ですが、実際の経費が給与所得控除額を上回る場合には、「特定支出控除」を利用することで、実際にかかった経費を控除できる可能性があります。特定支出控除は、給与所得者の実際の経費を反映させるための制度で、2012年に拡充されました。
特定支出控除の対象となる経費は以下の7種類です。
特定支出控除を受けるためには、以下の条件を満たす必要があります。
例えば、年収500万円で給与所得控除額が144万円の場合、特定支出の合計額が72万円(144万円の2分の1)を超えていれば、その超えた分を追加で控除できます。
特定支出控除は、以下のような方に特に有効です。
特定支出控除を活用することで、実際の経費に応じた公平な課税を実現できるとともに、自己啓発や能力向上のための支出を税制面でサポートする効果もあります。ただし、申告手続きや証明書類の保管など一定の手間がかかるため、特定支出の合計額が給与所得控除額の2分の1を大きく超える場合に検討するとよいでしょう。
給与所得控除は、社会経済状況の変化に応じて定期的に見直しが行われています。2020年の税制改正では、給与所得控除の上限引下げと基礎控除の引上げが実施されました。この改正の主なポイントは以下のとおりです。
【2020年の主な改正内容】
この改正により、給与所得控除は全体的に縮小された一方、基礎控除が拡大されました。これは、働き方の多様化に対応し、給与所得者と自営業者などの間の税負担の公平性を図るための措置とされています。
また、2023年以降、インボイス制度の導入に伴い、消費税の仕入税額控除の要件が厳格化されました。これにより、個人事業主やフリーランスの税負担が変化する可能性があり、給与所得者との公平性の観点から、今後も給与所得控除の見直しが議論される可能性があります。
今後の給与所得控除に関する動向としては、以下のような点が注目されています。
給与所得控除は税制の根幹に関わる制度であり、経済状況や社会保障制度の変化に応じて今後も継続的に見直しが行われると考えられます。納税者としては、税制改正の動向に注目し、自身の税負担がどのように変化するかを把握しておくことが重要です。