

仮処分申立で裁判に勝っても、後で損害賠償を請求される可能性があります。
仮処分とは、民事訴訟(本案訴訟)の判決が確定するよりも前に、裁判所が暫定的に権利や財産の現状を保全する手続きのことです。法的根拠は民事保全法にあり、同法23条が「係争物に関する仮処分」、24条が「仮の地位を定める仮処分」をそれぞれ規定しています。
裁判で勝訴判決を得るには、一般的に1〜2年という長い期間がかかります。その間に相手方が財産を売却・隠匿してしまったり、争いの対象となっている不動産が第三者に渡ってしまったりすると、せっかく勝訴しても権利を実現できなくなります。仮処分はそうした「判決の空洞化」を防ぐ、言わば「先手の保険」です。
民事保全手続きには大きく分けて「仮差押え」と「仮処分」の2種類があります。仮差押えが主に金銭債権(売掛金・貸付金など)の保全を目的とするのに対して、仮処分は金銭以外の権利(不動産の所有権・引渡請求権・雇用上の地位など)の保全を目的とします。これが根本的な違いです。
つまり、仮差押えは「お金を確保する手続き」で、仮処分は「お金以外の権利・地位を確保する手続き」と覚えておけばOKです。
| 手続き | 対象となる権利 | 主な使用場面 |
|---|---|---|
| 仮差押え | 金銭債権(売掛金・貸金など) | 銀行口座・不動産を凍結して強制執行を確保 |
| 仮処分 | 非金銭債権(登記請求権・地位確認など) | 不動産処分禁止・占有移転禁止・解雇の賃金仮払いなど |
参考リンク(民事保全法の条文・頻出QA):法務省が公開する民事保全に関する頻出質問集。仮差押えと仮処分の要件や効果の違いを条文レベルで確認できます。
仮処分は大きく「係争物に関する仮処分」と「仮の地位を定める仮処分」の2種類に分類されます。それぞれ用途が異なるため、どちらを使うかは争いの内容によって決まります。
係争物に関する仮処分は、裁判で争われている「モノや権利」そのものの現状を固定する手続きです。これにはさらに2つの類型があります。
1つ目は処分禁止の仮処分です。不動産の所有権を巡る訴訟中に、相手方(債務者)が当該不動産を第三者に売却してしまうことを防ぐために使われます。仮処分の登記が入ると、その後に行われた第三者への所有権移転登記は、債権者が本訴で勝訴した際に抹消できます。不動産投資に関わる方にとって特に重要な知識です。
2つ目は占有移転禁止の仮処分です。賃借人が家賃を滞納して退去しない場合の立ち退き訴訟で使われます。訴訟中に賃借人が別の人物に占有を移してしまうと勝訴が無意味になるため、それを防ぐ効果があります。これが原則です。
仮の地位を定める仮処分は、申立てをした債権者自身が訴訟継続中に受ける損害・危険を防ぐための手続きです。代表的な使用場面は以下の3つです。
- ✅ 不当解雇の労働仮処分:解雇された従業員が会社を訴える際に、審理期間中(平均約3か月)の賃金仮払いを求める
- ✅ ネット誹謗中傷の削除仮処分:名誉毀損・プライバシー侵害の拡大を止めるため、SNSやサイト運営者に削除を求める
- ✅ 商品供給停止の仮処分:契約に基づく商品供給を突然止められた企業が、事業継続のために供給再開を求める
これは使えそうですね。特に金融や事業に関わる方が取引トラブルに巻き込まれた際、最初に検討すべき手段のひとつです。
参考リンク(係争物仮処分・仮の地位仮処分の詳細解説):弁護士監修のもと仮処分の各種類と申立要件をわかりやすく解説しているページです。
弁護士保険ミカタ|仮処分とは?要件や費用、申立ての流れをわかりやすく解説
仮処分の申立ては、通常の民事訴訟を提起する前に行います。訴訟が終了する前であればいつでも申立てが可能ですが、相手方に資産を処分される前に素早く動くことが重要です。手続きの流れを順番に見ていきましょう。
まず、管轄裁判所(本案の管轄裁判所または仮処分の目的物の所在地の地方裁判所)に仮処分命令申立書と証拠書類を提出し、収入印紙2,000円分の手数料を納めます。
申立書には次の内容を記載します。
- 📄 申立ての趣旨(どのような仮処分を求めるか)
- 📄 被保全権利の疎明(原告に権利があることの説明)
- 📄 保全の必要性の疎明(今すぐ保全しなければならない理由)
「疎明」とは証明よりも低いハードルで、裁判官が「おそらくそうだろう」と考える程度の説得力で足ります。証拠書類の例としては、不動産登記事項証明書・売買契約書・雇用契約書・催告書の配達証明付き郵便物などです。
書類提出後は、裁判官による書類審査と債権者(申立人)への面接が行われます。その後、案件によっては相手方(債務者)への審尋(主張を聞く手続き)が実施されます。審尋が行われない「密行性」のケースもあり、相手方に知られないまま決定が出る場合もあります。これは意外ですね。
最終的に担保金の金額が決定され、申立人が担保を立てると仮処分命令が発令されます。命令発令までの期間は、すべての書類が揃っていれば1〜2週間程度が目安です。一方、審尋を要する複雑な案件では2〜3か月かかることもあります。
参考リンク(東京地方裁判所・保全事件申立て公式案内):裁判所公式サイトによる保全事件の申立て方法・必要書類・手数料の公式案内です。
仮処分の申立てにかかる費用の中で、最も大きな負担となるのが担保金(供託金)です。担保金とは、申立人が勝訴できなかった場合に相手方が受けた損害を補償するための「保証金」です。裁判所に現金で供託するのが原則です。
担保金の相場は目的物価格または債権額の15〜30%程度が一般的とされています。たとえば、1,000万円の不動産を対象とした処分禁止の仮処分を申し立てる場合、担保金の目安は150万〜300万円程度となります。東京ドーム1個分の広さを思い浮かべてほしいわけではありませんが、「1,000万円の案件で最大300万円の現金が一時的に凍結される」とイメージするとわかりやすいでしょう。
担保金の種類別の相場をまとめると以下のとおりです。
| 仮処分の種類 | 担保金の目安 |
|---|---|
| 不動産処分禁止の仮処分 | 目的物価格の15〜25%程度 |
| 占有移転禁止の仮処分 | 目的物価格の5〜20%程度 |
| 仮の地位を定める仮処分(賃金仮払いなど) | 仮払い額の30〜80%程度 |
| 誹謗中傷の削除仮処分 | 10万〜50万円程度 |
担保金は返還されます。勝訴した場合や和解が成立した場合、相手方(債務者)が担保取消に同意すれば取り戻せます。ただし、担保金の返還には「担保取消」→「供託所(法務局)での払戻し」という2段階の手続きが必要であり、申立てを取り下げるだけでは自動的に戻ってこない点に注意が必要です。
弁護士費用は、着手金と報酬金を合わせて30〜40万円程度が相場です(経済的利益が300万円程度の案件の場合)。申立手数料の収入印紙2,000円と郵便切手1,000〜3,000円はほぼ誤差の範囲ですが、担保金と弁護士費用の合計では、中規模の不動産案件でも総額100万円を超えることは珍しくありません。
仮処分申立てを検討している場合、費用の全体像を事前に把握しておくことが大切です。弁護士への初回相談は多くの事務所で無料対応しているため、まず「このケースに担保金はどれくらいかかるか」を確認する行動が最初のステップになります。
参考リンク(担保金の相場・算定基準の詳細):東京の弁護士事務所が仮処分・仮差押えの担保基準の表と実務傾向を詳しく解説しています。
正木健司法律事務所|係争物に関する仮処分の担保基準(相場の表と実務の傾向)
金融・投資・事業に関わる方が見落としがちな「仮処分のデメリット」があります。それは、本案訴訟(本格的な裁判)で敗訴した場合、仮処分を申し立てた側が相手方に損害賠償を請求される可能性があるという点です。
仮処分命令が出されるのは、裁判所が申立人の言い分を「おそらく正しい」と暫定的に判断した時点です。本案訴訟で最終的な判断が下されるわけではありません。そのため、本訴で申立人が敗訴すると、「申立人の主張は誤りだった」と確定し、その誤りに基づいて相手方の財産・行動を制限した責任が生じます。
実務上の重要ポイントとして、本案で敗訴した場合は申立人の過失が「推定」されるという原則があります(弁護士法人相模原法律事務所の解説より)。つまり、「過失はなかった」と申立人自身が立証しない限り、損害賠償責任を負う構造です。これは痛いところです。
損害賠償の対象となりうる金額の例を挙げると、仮処分命令によって不動産の処分を禁止された相手方が「その間に売却できたはずの利益」として数百万円の損害を請求するケースがあります。場合によっては弁護士費用も損害に含まれます。
ただし、例外があります。「被保全権利や保全の必要性が存在すると誤認しても仕方のない特別な事情があった」と立証できれば、損害賠償責任を免れることができます。
このリスクを回避するための対策として重要なのは、①証拠をしっかり揃えてから申立てること、②弁護士と連携して「勝訴見込み」を客観的に評価した上で申立てを判断することです。仮処分は強力な手段だからこそ、安易な申立てはかえって自分の首を絞める結果になりかねません。
参考リンク(仮処分の担保・申立人の損害賠償リスクの解説):仮差押・仮処分で申立人が敗訴した場合の不法行為責任と担保金の扱いを詳しく解説しています。
文の風東京法律事務所|仮差押・仮処分の担保と敗訴債権者の損害賠償責任
一般的な仮処分の解説では「申立人(債権者)の立場」から語られることがほとんどです。しかし、金融・不動産投資に関わる方にとって、もうひとつ非常に重要な視点があります。それは「仮処分が登記された不動産を購入してしまった場合のリスク」です。
不動産登記簿の「権利部(乙区)」または「甲区」に「処分禁止の仮処分」の記載がある場合、その不動産には法的な制約が設定されています。この状態の不動産を購入すること自体は法律上可能です。ただし、大きなリスクが伴います。
仮処分が登記されている場合、その効力は第三者である買主にも及びます(対抗力)。具体的には、処分禁止の仮処分がされている不動産を購入した場合でも、仮処分を申し立てた側が本訴で勝訴すれば、買主への所有権移転登記が抹消される可能性があります。
たとえば、1,500万円で購入した区分マンションに処分禁止の仮処分が登記されていた場合、後から仮処分申立人が勝訴すると、買主は所有権を失い1,500万円が宙に浮く事態になりえます。これは大きなデメリットです。
不動産取引の際には必ず登記事項証明書(登記簿謄本)を確認し、以下の点をチェックする習慣が重要です。
- 🔎 甲区(所有権に関する事項)に「処分禁止の仮処分」の記載がないか
- 🔎 乙区(所有権以外の権利)に「仮差押え」の記載がないか
- 🔎 抹消されずに残っている古い保全登記がないか
登記事項証明書は法務局または「登記情報提供サービス」のオンラインシステムから取得できます。1通600円程度で入手でき、不動産投資・購入の際には必須の確認事項です。少額の費用で数百万〜数千万円規模のリスクを回避できる、最もコストパフォーマンスの高い自衛策といえます。
参考リンク(仮処分登記のある不動産を購入するリスクの解説):仮処分登記がついた不動産の売買上のリスクと対処法を詳しく解説しています。