インベストメント・チェーンと資産運用立国への家計の役割

インベストメント・チェーンと資産運用立国への家計の役割

インベストメント・チェーンと資産運用立国の仕組みを徹底解説

信託報酬が年率2%の投資信託を20年保有すると、リターンの約3割が手数料に消える計算になります。


📊 この記事でわかること
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インベストメント・チェーンの基本構造

家計→金融機関→資産運用業者→企業→家計へ戻る「投資の連鎖」の仕組みと、各主体がどんな役割を担っているかをわかりやすく解説します。

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資産運用立国と2,000兆円の家計金融資産

日本の家計金融資産のうち半分以上が現預金のまま眠っています。その現状と、政府が推進する「資産運用立国」がインベストメント・チェーンとどう関係するのかを整理します。

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個人投資家が知るべきチェーンの「弱点」

チェーンの途中で発生するコストや機能不全のリスクを理解することで、あなたの資産形成戦略をより賢く設計するためのヒントをお伝えします。


インベストメント・チェーンとは何か:投資の連鎖の全体像


「インベストメント・チェーン(Investment Chain)」を直訳すると「投資の連鎖」です。具体的には、資金の拠出者(家計)から、資金を最終的に事業活動に使う企業に至るまでの経路と、その各機能のつながり全体を指します。


GPIFやスチュワードシップ・コードの文脈で登場することが多いため、「機関投資家だけの話」と思い込んでいる方も少なくありません。しかし実際には、NISAで投資信託を購入している個人投資家も、このチェーンを構成する重要な起点です。


チェーンの流れをシンプルに整理すると、以下のようになります。



  • 🏠 家計(最終受益者):貯蓄や年金掛金、NISA口座などを通じて資金を供出する出発点

  • 🏦 金融機関(販売会社):証券会社・銀行などが投資信託などの金融商品を家計に販売し、資金を集める役割

  • 📈 資産運用業者(アセットマネジャー):集めた資金を運用方針に沿って株式・債券などに投資する

  • 🏢 投資先企業:投資を受けた資金で設備投資・M&Aなど成長活動を行い、企業価値を高める

  • 🔄 家計への還元:企業が成長することで配当・株価上昇・賃金上昇という形で家計に利益が戻る


つまり「家計が出発点で、家計が最終到達点」という循環構造です。この連鎖がうまく機能するほど、経済全体の成長と個人の資産形成が両立します。


ここで重要なのは、年金も同じ文脈で語られる点です。公的年金の被保険者が支払う年金保険料の一部は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が預かり、外部の運用機関を通じて企業株式などに投資しています。その運用収益は将来の年金給付財源の一部として活用されます。インベストメント・チェーンが基本です。


これは個人投資家にとって決して「他人事」ではありません。あなたが毎月積み立てているNISAや企業型DC(確定拠出年金)の資金も、このチェーンの中を流れているのです。


チェーンの起点は家計です。


参考:GPIFによるインベストメントチェーンの解説(公的年金との関係も記載)
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)用語集「インベストメントチェーン」


インベストメント・チェーンと資産運用立国:2,000兆円の現預金問題

日本の家計金融資産は2024年時点で2,179兆円を超えています。しかしその半分以上、約1,100兆円が現金・預金の形で保有されていると推計されています。これは米国と比較すると際立ちます。


米国の家計金融資産に占める株式・投資信託などのリスク性資産の比率は53.3%に達する一方、日本はわずか約23.6%にとどまっています(大和総研、2025年12月)。現預金比率に至っては、日本が米国を約40ポイントも上回る状況です。


この数字が示すのは、日本のインベストメント・チェーンが出発点でつまずいているという現実です。


資金が現預金のまま眠っていれば、資産運用業者への資金流入が細ります。資金が流入しなければ、企業への投資も細ります。企業への投資が細れば成長資金が不足し、賃金上昇や配当増加という形での家計還元も小さくなります。これは悪循環の典型です。


こうした背景から、政府は2023年に「資産運用立国実現プラン」を打ち出しました。新NISAの拡充(年間投資枠を従来の約3倍となる最大360万円に拡大)はその中核施策の一つであり、2000兆円を超える家計金融資産を投資に振り向け、インベストメント・チェーンを活性化させることが目的です。


意外なのは、「貯蓄から投資へ」の動きが数字に現れ始めている点です。2025年12月時点では、家計の現預金比率がついに18年ぶりに50%を割り込み、49.1%まで低下したと日本銀行が発表しました。少しずつチェーンが動き始めているといえます。


ただし、この変化が「一過性のブームで終わるかどうか」は、個人投資家がチェーンの仕組みを正しく理解して長期的に資産形成を続けられるかにかかっています。これは使えそうです。


投資への意識変化は確実に起きています。


参考:政府の資産運用立国実現プランの背景と概要
金融庁「資産運用立国の実現」(金融庁長官講演資料、2024年3月)


インベストメント・チェーンの主要プレイヤー:アセットオーナーとアセットマネジャーの違い

インベストメント・チェーンを構成するプレイヤーの中で、特に理解しておきたいのが「アセットオーナー」と「アセットマネジャー」の区別です。混同されがちですが、役割は明確に異なります。


アセットオーナー(資産保有者)とは、実際に資産を保有し、その運用を委託する機関のことです。具体的には公的年金(GPIF)、企業年金基金、共済組合、保険会社、大学ファンドなどが該当します。GPIFの運用資産は約225兆円(2023年末)という規模であり、東京ドーム1,000個分の土地を買えるほどの金額といっても過言ではありません。


アセットマネジャー(資産運用業者)は、アセットオーナーや個人から資金の運用を受託し、実際に株式や債券などへの投資判断を行う会社です。大和アセットマネジメント、三菱UFJアセットマネジメントなどの投資信託会社がこれに当たります。


チェーンの中でアセットオーナーは「プロデューサー」、アセットマネジャーは「実行者」という関係性です。


2024年8月、金融庁は「アセットオーナー・プリンシプル」を公表しました。これはアセットオーナーが受益者の最善の利益のために運用を行うための行動原則であり、インベストメント・チェーン全体の機能強化を目的としています。特に企業年金については、自らの役割を再認識し、運用委託先の評価・モニタリングを強化することが求められています。


個人投資家に直接関係するのは、この「プリンシプル」に基づいて企業年金の運用の質が上がれば、将来受け取る年金給付が改善される可能性がある、という点です。


アセットオーナーの動向は年金に直結します。


参考:アセットオーナー・プリンシプルとその内容


インベストメント・チェーンの「弱い輪」:コストと機能不全リスクを知る

インベストメント・チェーンは一見するとシンプルな好循環モデルですが、現実のチェーンには「摩擦」が発生します。その最大の原因がコスト構造の問題です。


例えば、個人投資家が投資信託を購入する際に支払う信託報酬は、年率0.1%未満のインデックスファンドから2%超のアクティブファンドまで幅広く存在します。仮に100万円を年率2%の信託報酬のファンドで20年運用した場合、手数料の累計は複利効果も含めて数十万円規模に膨らむ計算になります。これはチェーンの「摩擦損」そのものです。


チェーンの途中にある各プレイヤーが少しずつコストを取るため、最終的に家計に戻ってくる利益が細くなります。これは伊藤レポート(2014年、経済産業省)でも指摘されており、「資本市場に機能不全があれば、インベストメント・チェーンで循環する資金が滞り国富が増えていかない」という表現で問題提起されています。


特に注目すべきは「回転売買」の問題です。以前の金融機関の一部では、顧客に頻繁な乗り換えを勧め手数料収入を確保する慣行がありました。こうした行為はチェーンの「家計→金融機関」の部分を歪め、最終的に投資家の利益を損なうものでした。2018年以降の金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」はまさにこの問題への対処です。


現在は金融庁の方針転換もあり、ノーロード(販売手数料ゼロ)のインデックスファンドが標準的な選択肢として定着しつつあります。インデックスファンドを活用すれば、チェーンの摩擦を最小化しながら長期運用のリターンを最大化できます。


コスト管理が重要です。


コストを意識した商品選びに役立つのが、金融庁の「資産運用シミュレーション」ツールや、各証券会社の信託報酬比較機能です。SBI証券や楽天証券では信託報酬でのファンドランキング検索ができるため、低コストのインデックスファンドを探す際の入口として利用するのが一つの方法です。


参考:金融庁による顧客本位の業務運営と投資信託コストに関する指針
金融庁「家計の資産形成を支えるインベストメント・チェーンに関する資料」(2022年)


インベストメント・チェーンを強化するWコード:個人投資家が知っておくべき制度的背景

インベストメント・チェーンを機能させるために、日本では「スチュワードシップ・コード」と「コーポレートガバナンス・コード」という2つのコードが整備されています。この2つを合わせて「Wコード(ダブルコード)」と呼ぶこともあります。


スチュワードシップ・コード(2014年制定、金融庁)は、機関投資家に対して、投資先企業と「建設的な目的を持った対話(エンゲージメント)」を行い、企業の中長期的な価値向上を促すよう求めるものです。簡単にいえば「ただ株を持つだけでなく、株主として企業経営に関与せよ」という原則です。


コーポレートガバナンス・コード(2015年制定、東京証券取引所)は、企業側に対して株主との対話や情報開示、適切な取締役会の構成などを求めるものです。


この2つが組み合わさることで、投資家(機関投資家)が企業に働きかけ、企業が価値を高め、その成果が最終受益者(家計)に還元されるという「チェーン全体」が整備される仕組みです。


⚠️ ここで見落とされがちな点があります。機関投資家がスチュワードシップ・コードに基づいてエンゲージメントを強化すると、企業が経営改善に取り組むプレッシャーが高まります。その結果として、長期的にはROEの向上や増配が期待できる局面が増えます。つまり、個人投資家が株式や株式投資信託を長期保有することは、このエンゲージメントの恩恵を受ける行為でもあるのです。


コードは間接的に個人にも恩恵をもたらします。


スチュワードシップ・コードを受け入れている機関投資家の数は、2024年時点で330社を超えており、日本の主要な機関投資家のほぼ全てが対象になっています。このエコシステムが整備されるほど、インベストメント・チェーンの「機関投資家→企業」の部分が強化され、最終的に個人投資家のリターン改善にもつながる構造です。


参考:スチュワードシップ・コードの内容と機関投資家への影響
三菱UFJ信託銀行「インベストメントチェーンとWコード」(2024年)


インベストメント・チェーンと個人投資家の独自視点:あなたの「1票」が企業を変える

多くの個人投資家は「自分の投資規模では企業に影響を与えられない」と思っています。しかし、これは半分しか正しくありません。


直接的な影響力は確かに小さいです。ただし、インベストメント・チェーンの文脈では、個人投資家が投資信託を購入するという行為自体が、アセットマネジャーへの「運用委託規模の拡大」という形でチェーンを動かします。つまり、あなたが低コストのインデックスファンドに積み立てるという行為が、巡り巡って日本企業全体への資本供給を支える構造になっているのです。


さらに、見落とされがちなのが「議決権行使」の波及効果です。たとえば、あなたが個人でeMAXIS Slim全世界株式を保有している場合、その運用会社である三菱UFJアセットマネジメントが代理で議決権を行使します。運用会社のスチュワードシップ活動の方針が充実しているほど、企業経営への監視が機能し、チェーン全体が強化されます。


このため、投資信託を選ぶ際には信託報酬だけでなく、「運用会社のスチュワードシップ活動の透明性」も評価軸になります。各社はスチュワードシップ活動報告書を公開しており、議決権の行使状況や企業への働きかけの実績を確認できます。


| 確認できる情報 | どこで調べるか |
|---|---|
| 各ファンドの信託報酬 | 目論見書・証券会社サイト |
| 議決権行使の方針・実績 | 運用会社のスチュワードシップ報告書 |
| アセットオーナーの運用状況 | 企業年金の有価証券運用報告 |
| 新NISA制度の詳細 | 金融庁公式サイト |


個人の行動がチェーンを動かします。


この観点は、既存の多くの解説記事では触れられていません。「投資の連鎖」を単なる「お金の流れ図」として捉えるのではなく、自分がその連鎖のどこに位置しているかを意識することが、長期投資家としての視点を深めます。


チェーンの「出発点」である個人が、コストに敏感に、かつ長期的な視点を持って投資を続けることが、インベストメント・チェーン全体を強化する最も現実的なアプローチです。資産形成と社会貢献が同時に成立する、これがインベストメント・チェーンの本質的な意義といえるでしょう。


参考:個人投資家とスチュワードシップ活動の関係性について




資産運用の高度化に向けて -インベストメント・チェーンを通じた経済成長