

法的拘束力がゼロなのに、あなたの年金運用に直接影響している制度です。
スチュワードシップ・コードとは、機関投資家が「責任ある投資家」として行動するために定められた行動規範のことです。「スチュワードシップ(Stewardship)」という言葉には、「財産の管理を任された者の責務」という意味があります。つまり、他者から預かったお金をただ増やすだけでなく、投資先企業との建設的な関係を通じて社会全体の持続的成長に貢献することを求めています。
正式名称は「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」です。名称が長いため、実務では「SSコード」や「スチュワードシップ・コード」と略して呼ばれます。
日本版の制定は2014年2月のことです。安倍政権が掲げた「日本再興戦略」の成長戦略の一環として、金融庁が主導して策定しました。背景には、機関投資家が投資先企業の経営に対して十分な関与をしてこなかったという反省があります。
そもそもスチュワードシップ・コードが生まれた原点は、2008年のリーマンショックです。金融機関が投資先企業の経営を十分に監視できていなかったことが金融危機を深刻化させたとの教訓から、2010年にイギリスで世界初のスチュワードシップ・コードが導入されました。その後、日本をはじめアメリカ、ヨーロッパなど世界各国で同様の仕組みが広がっています。
つまり根本は「リーマンショックの反省」から生まれた制度ということですね。
重要な点は、このコードに法的な強制力がないことです。受け入れるかどうかは機関投資家の自由意志に委ねられています。ただし、金融庁が受け入れた機関投資家のリストを公表することで、「社会的な透明性の確保」というプレッシャーを通じて実質的な浸透を促す設計になっています。2025年12月31日時点では、信託銀行・投信投資顧問・生保損保・年金基金などを合わせて計350機関がコードの受け入れを表明しています。
| 業態 | 受入機関数(2025年12月31日時点) |
|---|---|
| 信託銀行等 | 6機関 |
| 投信・投資顧問会社等 | 218機関 |
| 生命保険・損害保険会社 | 26機関 |
| 年金基金等 | 88機関 |
| その他(サービス提供者等) | 12機関 |
| 合計 | 350機関 |
参考:金融庁が公表する受入機関リストの最新情報はこちらから確認できます。
スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリスト|金融庁
日本版スチュワードシップ・コードは、8つの基本原則で構成されています。原則1から7は機関投資家向け、原則8は機関投資家向けサービス提供者(議決権行使助言会社など)に向けた内容です。それぞれを整理します。
ここで覚えておきたいのが「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」という考え方です。日本語にすると「遵守するか、さもなくば理由を説明するか」です。8つの原則すべてを必ず守らなければならないわけではなく、実施しない原則がある場合はその理由を公表すれば許容されます。
コンプライ・オア・エクスプレインが原則です。
この仕組みは「プリンシプル・ベース・アプローチ」とも呼ばれ、具体的なルールを細かく定めるのではなく、基本的な原則だけを示し、各機関投資家が自社の状況に合わせて柔軟に対応できる設計となっています。これはルールが硬直化することを防ぎ、多様な投資スタイルに対応できるという強みがある一方で、形式的な対応にとどまりやすいという批判も受ける構造です。
注目すべきは「エンゲージメント」という概念が原則4に明文化されている点です。エンゲージメントとは、機関投資家が投資先企業の経営陣と行う建設的な対話のことを指します。単に株を保有するだけでなく、「経営課題について直接意見を伝え、改善を促す」という積極的な役割が求められているのです。これは以前の「物言わぬ株主」というイメージを大きく変えるものです。
参考:金融庁が公表する日本版スチュワードシップ・コードの原文はこちらから確認できます。
「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫(令和2年3月24日改訂版)|金融庁
スチュワードシップ・コードを理解するうえで必ずセットで出てくるのが「コーポレートガバナンス・コード」です。両者の違いを一言で言えば、「誰に向けた行動原則か」が異なります。
| 比較項目 | スチュワードシップ・コード | コーポレートガバナンス・コード |
|---|---|---|
| 対象 | 機関投資家(運用会社・年金基金など) | 上場企業 |
| 策定時期(日本) | 2014年2月 | 2015年6月 |
| 主な目的 | 投資先企業との対話・企業価値向上への貢献 | 企業統治の強化・株主への説明責任 |
| 法的拘束力 | なし(任意受け入れ) | なし(コンプライ・オア・エクスプレイン) |
| 運用 | 金融庁が管理 | 東京証券取引所が適用 |
金融庁と東証は、この2つのコードを「車の両輪」と表現しています。スチュワードシップ・コードが「機関投資家側から企業に働きかける仕組み」であり、コーポレートガバナンス・コードが「企業側から自律的にガバナンスを整備する仕組み」です。この両者が同時に機能することで、インベストメント・チェーン(資金の流れ全体)が健全に機能し、日本経済全体の成長につながるという設計になっています。
両輪が揃って初めてまともに前進できる構造です。
具体的なイメージとしては、自転車の前輪と後輪の関係に近いです。片輪だけでは真っすぐ進めません。スチュワードシップ・コードによって機関投資家が積極的に企業と対話し議決権を行使する。それに応じて企業側もコーポレートガバナンス・コードのもとで透明性の高い経営情報を開示する。この往復運動が繰り返されることで、企業価値が高まり、最終的に投資リターンが改善されるという好循環を生む仕組みです。
参考:スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの関係性を解説した論考です。
スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの関係|YCG Advisory
日本版スチュワードシップ・コードは、策定から現在までに3回の改訂を経ています。それぞれの改訂で時代の課題を反映してきた点が特徴です。
2017年の第一次改訂では、パッシブ運用(インデックス投資)を行う機関投資家にもスチュワードシップ活動を求める内容が明確化されました。パッシブ運用は指数に連動するため1,000社以上の株式を保有することも珍しくなく、「全社と対話するのは現実的に不可能では?」という批判に対し、「だからこそ協働エンゲージメントを活用する」という方向性が示されました。
2020年の第二次改訂では、ESG(環境・社会・ガバナンス)の視点がスチュワードシップ責任の定義に明記されました。気候変動対応や人権への配慮が、単なる「良いこと」ではなく「中長期的な企業価値に直結するリスク要因」として位置づけられた点が大きな変化です。また、株式以外の資産(債券や不動産など)へも対話の対象を拡大したことも注目点でした。
意外ですね。ESGへの対応はコードの改訂で初めて盛り込まれたのです。
そして2025年6月の第三次改訂では、主に3つのポイントが示されました。
第三次改訂を受け入れた機関数は282機関です。2025年12月末までに改訂内容への対応を完了するよう求められており、機関投資家にとっては対応コストが発生する変更でした。
参考:2025年の第三次改訂の全体像と背景を解説した専門レポートです。
「機関投資家の行動規範」と聞くと、個人投資家には遠い話に感じるかもしれません。ところが実態はまったく逆で、スチュワードシップ・コードはNISAやiDeCoで投資信託を保有するすべての人に、間接的に影響を与えています。
まず見逃せないのがGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の存在です。GPIFは日本最大の機関投資家であり、2025年6月末時点で約260兆円の資産を運用しています。東京ドームを約1万7,000個分埋める財源に相当するスケールです。そのGPIFはスチュワードシップ・コードを受け入れており、取引先の運用会社に対してもコードの受け入れを求めています。
つまり、厚生年金や国民年金に加入しているだけで、スチュワードシップ・コードの恩恵が届いている仕組みです。
さらに、スチュワードシップ・コードに基づくエンゲージメントが活発になると、上場企業が株主への利益還元(配当増加や自社株買い)や経営改善を進めやすくなります。これは個別株投資家にも恩恵をもたらします。たとえば、機関投資家が「ROE(自己資本利益率)が低すぎる」と企業に対話を求めた結果、増配や事業再編が実施されるケースは実際に増えています。
一方で課題もあります。パッシブ運用の機関投資家は1,000社以上の株式を保有することがあるため、個々の企業と十分に対話するのは物理的に困難です。この問題は第三次改訂でも「協働エンゲージメント」として解決策の方向性が示されましたが、完全な解消には至っていません。
これは使えそうです。
個人投資家として投資信託を選ぶ際、運用会社がスチュワードシップ・コードを受け入れているかどうかは一つの選択基準になります。コードを受け入れた運用会社は議決権行使結果を公表する義務があるため、どの企業の何の議案に賛成・反対したかを調べることができます。金融庁の受入機関リストで確認するか、各運用会社のウェブサイトで「スチュワードシップ活動報告書」を検索するのが最短ルートです。
参考:GPIFがスチュワードシップ活動をどのように実践しているかの詳細レポートです。
スチュワードシップ活動|GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)