

CGコードを「守らなくていい任意ルール」と思って無視すると、あなたの投資先が突然、東証に実名公表されます。
コーポレートガバナンス・コード(CGコード)とは、上場企業が企業統治(コーポレートガバナンス)を実践するうえで参照すべき原則・指針を体系的にまとめた「上場企業統治指針」のことです。英語ではCorporate Governance Codeと表記され、その頭文字から「CGコード」と略されることも多くあります。
金融庁と東京証券取引所が共同で2015年3月に策定し、同年6月に全上場企業へ適用が開始されました。内容は大きく5つの基本原則を中心に、原則・補充原則を含めた全73の原則で構成されています。73という数字は、ちょうどプロ野球の1チームの選手登録枠(70人)に少し足した程度の分量です。それぞれの原則が独立した「企業行動の羅針盤」として機能しています。
重要なのは、CGコードが何を目的としているかです。金融庁・東京証券取引所の定義によれば「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会などの立場を踏まえたうえで、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定をおこなうための仕組み」がコーポレートガバナンスです。つまり、企業が誰のために、どのような意思決定をしているかを外部から可視化する枠組みといえます。
投資家の立場から見ると重要な特徴があります。CGコードは会社法や金融商品取引法とは異なり、法的な強制力を持ちません。しかし「ただの任意ルール」と捉えると痛い目に遭います。東証の上場規則に基づいて、原則を守らない場合にはその理由を説明する義務があり、理由の説明が不十分と判断された場合には「上場規則違反企業」として東証が企業名を公表する措置が取られます。これが事実上の強制力として機能しています。
つまり、CGコードが原則です。
投資家がこの仕組みを知っているかどうかで、投資先の企業評価がまるで変わります。CGコードへの対応状況は企業のガバナンス品質を測る「ものさし」であり、株式投資や企業分析を行ううえで欠かせない基礎知識です。
野村証券や野村総合研究所(NRI)の用語集でも詳しく解説されています。
📎 野村総合研究所|コーポレートガバナンス・コード 用語解説 — CGコードの概要・改訂履歴を簡潔に確認できる
CGコードが誕生した背景には、日本経済の「失われた20年」と国際的な投資競争力の低下があります。2013年6月、安倍政権が閣議決定した「日本再興戦略2013」において、コーポレートガバナンス改革が経済再生の核心テーマとして打ち出されました。そこから約2年をかけて制度設計が進み、2015年の施行に至ります。
制定を後押しした決定的な文書が「伊藤レポート」です。2014年に経済産業省が公表したこの報告書では、日本企業の自己資本利益率(ROE)が国際的に著しく低い水準にあることが問題として明示されました。当時、日本企業のROEは平均5〜6%程度であり、欧米企業の10〜15%と比べると半分以下の水準でした。このような状況では、海外の機関投資家が日本株へ投資するメリットが薄く、日本市場から資金が流出してしまうという危機感があったのです。
株価への影響は大きかったです。
CGコードの施行と同時期に進んだのが「日本版スチュワードシップ・コード」(SSコード)の制定です。2014年に制定されたSSコードは、機関投資家(年金基金・投資信託・保険会社など)に対して「責任ある機関投資家」として投資先企業と積極的に対話し、企業価値向上を促す行動規範を定めたものです。CGコードが企業向け、SSコードが投資家向けという対になる構造で、両者を組み合わせることで「投資家↔企業」のインベストメントチェーン全体のガバナンス底上げを狙いました。
この2つのコードがセットで機能することが前提です。
金融庁が設けた「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」は両コードの実施状況を継続的にモニタリングし、改訂の根拠データを蓄積してきました。今日のCGコードを正しく理解するには、この制定背景と日本版SSコードとのセット関係を押さえておくことが重要です。
📎 金融庁|コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について — 改訂の経緯・公式見解が確認できる一次資料
CGコードを構成する5つの基本原則は、企業と社会・投資家との関係を規定する「企業行動の憲法」といえます。それぞれの原則は抽象的に見えますが、投資判断に直結する具体的な意味を持っています。
第1の基本原則は「株主の権利・平等性の確保」です。上場企業は株主が権利を実質的に行使できる環境を整備し、少数株主や外国人株主に対しても平等な扱いをすべきとしています。具体的には、株主総会の議題・参考書類を十分な時間的余裕をもって提供することや、資本政策の基本方針を明確に説明することが含まれます。
第2の基本原則は「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」です。従業員・顧客・取引先・債権者・地域社会といった多様な利害関係者との関係構築が求められます。特に女性・外国人・中途採用者の登用といったダイバーシティの推進も、この原則の下に位置づけられています。
第3の基本原則が「適切な情報開示と透明性の確保」です。財務情報だけでなく、経営戦略・リスク情報・ガバナンスに関する非財務情報の積極的な開示が求められます。これは投資家にとって最も直接的に役立つ原則であり、IR(投資家向け広報)の品質向上に直結しています。
第4の基本原則は「取締役会等の責務」です。取締役会が株主への受託者責任を果たしつつ、経営陣に対して実効性の高い監督機能を果たすことが求められます。ここで特に注目されるのが独立社外取締役の役割です。プライム市場上場企業では、2021年の改訂を受けて独立社外取締役を取締役会の3分の1以上選任することが求められており、2024年時点でプライム市場上場企業の98.1%がこの要件を満たしています。
第5の基本原則は「株主との対話」です。株主総会の場だけに限らず、日常的な対話(エンゲージメント)を通じて経営方針を説明し、株主の声に耳を傾けることが求められます。これはかつての日本企業には馴染みの薄いアプローチであり、「物言う株主」文化の形成を促すものです。
5原則が揃って初めて機能する、ということですね。
投資家として上場企業のガバナンス報告書を読む際は、この5原則のどこに課題があるかを意識するだけで、企業評価の解像度が大幅に上がります。各企業が毎年提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」は東証のウェブサイトで誰でも無料閲覧でき、各原則への対応状況が記載されています。
| 基本原則 | 主なテーマ | 投資家が注目すべきポイント |
|---|---|---|
| ①株主の権利・平等性の確保 | 株主総会・資本政策の透明化 | 議決権行使のしやすさ、資本政策説明の充実度 |
| ②ステークホルダーとの協働 | ダイバーシティ・ESG・内部通報 | 女性・外国人役員比率、社内多様性の実態 |
| ③情報開示と透明性の確保 | 財務・非財務情報の開示 | IR品質、英文開示の有無、非財務KPIの充実度 |
| ④取締役会等の責務 | 取締役会の監督機能・独立性 | 社外取締役の独立性・スキルマトリックスの内容 |
| ⑤株主との対話 | IRと株主エンゲージメント | 株主総会以外での対話実績、機関投資家との面談頻度 |
CGコードの最も独自性が高い仕組みが「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」という考え方です。これは「原則を実施(コンプライ)するか、実施しない場合はその理由を説明(エクスプレイン)するか」の二択を上場企業に求めるアプローチです。
なぜこの仕組みが選ばれたのでしょうか。業種・規模・事業特性・歴史的背景が異なる企業に対して一律に同じガバナンス体制を義務化することは現実的ではありません。一方で義務の水準を下げると実効性が失われます。そのジレンマを解決するために、「強制はしないが、しない理由を説明せよ」というプリンシプルベース・アプローチが採用されたのです。
重要なのは「エクスプレイン(説明)の質」です。単に「当社の実情に合わないため実施しない」という形式的な説明では不十分とされており、フォローアップ会議は「形だけコンプライするよりも、コンプライしていない理由を積極的に詳細説明(エクスプレイン)する方が評価に値するケースもある」と明示しています。
数字で見ると、その実態が見えてきます。2022年時点での東証1部相当企業(現プライム市場)を対象とした調査では、全2,262社のうち全73原則をすべてコンプライしている企業は21.0%にとどまります。90%以上の原則をコンプライしている企業は63.5%であり、残り約36%の企業では何らかの原則を「エクスプレイン」対応しています。
全原則コンプライが「優良企業」とは限りません。
投資家にとってこの仕組みの活用ポイントは、エクスプレイン内容の質を読むことにあります。例えば「独立社外取締役を3分の1以上選任しない理由」として「現経営体制が最も実効性が高く、社外取締役増員による意思決定の遅延リスクを避けるため」という説明と「コストが高い」という説明では、経営陣の質が透けて見えます。
ガバナンス報告書は無料で公開されています。東証の「コーポレート・ガバナンス情報サービス」から各企業のガバナンス報告書を検索・閲覧でき、各原則への対応状況が一覧で確認できます。投資先候補のガバナンス品質チェックに活用するとよいでしょう。
📎 JPX(日本取引所グループ)|コーポレートガバナンス・コードへの対応状況 — コンプライ率の推移など統計データが掲載されている公式資料
CGコードは2015年の策定以来、2018年と2021年の2度にわたって改訂が行われてきました。そして2026年、第3回改訂が迫っています。改訂の流れを理解することは、今後の投資環境を読むうえで直接役立ちます。
2018年の第1回改訂では、経営者の選解任プロセスの透明化・役員報酬制度の客観性確保・女性をはじめとする多様な人材の経営参画促進が主な変更点でした。上場企業の41.0%がROEの目標値を公開するなど、数値目標を通じた「稼ぐ力」の可視化が進みました。
2021年の第2回改訂は、コロナ禍を背景に大幅な内容強化が図られた改訂です。主要な変更ポイントは4点に整理できます。第一に、プライム市場上場企業に対して独立社外取締役の取締役会の3分の1以上選任を義務化し、スキルマトリックスの公開を求めました。第二に、ダイバーシティ推進として女性・外国人・中途採用者の登用に関する自主目標設定と開示を求めました。第三に、サステナビリティ対応として気候変動リスクに関するTCFDベースの情報開示の充実を求めました。第四に、議決権電子行使プラットフォームと英文開示の促進が加わりました。
この改訂は海外投資家を強く意識したものです。
そして2026年、5年ぶりの第3回改訂が2026年6月頃を目処に予定されています。金融庁が2025年6月に公表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」において、CGコードの見直しが明示されました。今回の改訂の主要論点は以下の通りです。
改訂後は12月末までにガバナンス報告書の更新が求められる見込みです。三井住友DSアセットマネジメントは「2026年のCGコード改訂に伴い、企業が現預金を成長投資などに活用すればROEの更なる改善が期待される」として、日本株の見通しを上方修正しています。これは投資家にとって株価上昇の追い風になりうる重要な変化です。
📎 大和総研|2026年CGコード改訂・「現預金を含めた経営資源の適切な配分」論点の解説 — 最新改訂議論の核心部分を詳しく解説している
ここまでCGコードの基礎知識を整理してきましたが、金融に関心のある個人投資家にとって「実際にどう使うのか」が最も重要です。ガバナンス報告書は東証のウェブサイトから無料で閲覧でき、膨大な情報の宝庫です。しかし、ただ眺めているだけでは宝の持ち腐れになります。
投資家が注目すべき「3つの読み方」があります。
1つ目は「エクスプレインの質チェック」です。どの原則をコンプライしていないか、その理由説明が具体的かどうかを確認します。曖昧な言い訳や定型文のような説明が並ぶ企業は、ガバナンスへの真剣度が低いと判断できます。逆に、独自の事業状況に基づいた論理的な説明がある企業は、経営の透明性が高いといえます。
2つ目は「社外取締役のスキルマトリックス確認」です。2021年改訂から公開が求められているスキルマトリックスは、取締役会が「財務・法務・グローバル経験・IT・サステナビリティ」などの必要スキルを網羅しているかを可視化したものです。特定スキルが空白だらけの取締役会は、意思決定品質に課題がある可能性を示唆します。
3つ目は「政策保有株式の削減状況確認」です。CGコードは、政策保有株式(いわゆる持ち合い株)について保有の合理性を毎年検証・開示することを求めています。長年にわたって政策保有株式が高水準のままの企業は、ROE改善への意欲が低い可能性があります。2024年の経団連調査でも「政策保有株式の減少が着実に進んだ」と評価されており、削減が進む企業ほど株主還元が高まる傾向が見られます。
ガバナンス報告書の読み方に慣れるなら、まず保有銘柄1社を選び、報告書の「コンプライ一覧表」から始めるのがおすすめです。一覧表は数ページで全原則への対応状況が分かるため、10分もあれば全体像が把握できます。
2026年改訂後は特に、「現預金(キャッシュ)の使い道」に関する開示が強化される見通しです。現預金・有価証券を大量に保有していながら投資に回さない「ネットキャッシュ比率が高い企業」は、改訂後のCGコード強化によって投資家から強いプレッシャーを受けると予想されています。このような銘柄を事前に把握しておくことは、株価上昇の恩恵を先取りするうえで有効です。
これは使えそうです。
CGコードは「企業に課せられたルール」ですが、読み方を知れば「投資家が企業の本質を見抜くための武器」に変わります。制度改革の節目である2026年の改訂を前に、今からガバナンス報告書の読み方を習得しておくことが、投資成果の差につながっていくでしょう。
📎 東京証券取引所|コーポレートガバナンス・コード(2021年6月改訂版 全文PDF) — 73原則すべての原文を確認できる公式一次資料