

有罪判決を受けた村上世彰は、追徴金約11億4900万円を払っても今なお現役の投資家です。
村上世彰(むらかみ よしあき)は1959年生まれ、大阪出身の投資家・相場師です。灘中学・高校を経て東京大学法学部を卒業し、通商産業省(現・経済産業省)に入省。官僚として約16年間にわたりコーポレートガバナンスの政策立案に携わりました。その後、「ルールを作る立場ではなく、自らプレイヤーになって日本の資本市場を変えたい」という信念のもと、1999年に退官して投資会社「M&Aコンサルティング」を設立します。これが「村上ファンド」の始まりです。
投資の原点は驚くほど早い時期にあります。小学3年生のとき、父親から月々のお小遣いを廃止する代わりに大学卒業までの小遣いをまとめて100万円で渡され、その資金を元手に株式投資をスタートしました。つまり、10歳前後で自分の資産を運用し始めたことになります。その100万円は大学卒業時には約1億円に成長しており、10倍以上の運用成績を学生時代に達成していたことになります。
これは使えそうです。
最初に買ったのは父親がよく飲んでいたサッポロビールの株だったといわれており、身近な企業をよく観察して投資するという、後のバリュー投資哲学の原形がこの幼少期にすでに形成されていました。村上氏の基本スタンスは「1000円の価値がある株が500円で売られているなら買い」という徹底したバリュー重視です。
官僚時代に感じた問題意識は明確でした。日本の上場企業の多くは大量の現金や遊休資産を抱えながら有効活用せず、株主への還元も乏しい。そういった企業に対して株主として積極的に意見し、経営を変えることで企業価値を高めることが自分の使命だと考えたのです。つまり「物言う株主」の哲学は、単なる利益追求ではなく、日本の資本市場の構造改革を狙ったものでした。
村上世彰のWikipedia詳細経歴(出生・通産省時代・投資哲学を網羅)
村上ファンドが投資先として選ぶ企業には、いくつかの明確な共通点があります。最も典型的なのは「時価総額よりも現金・有価証券などの純資産(ネットキャッシュ)が大きい企業」です。例えるなら、財布に10万円入っているのに、その財布が市場で5万円でしか売られていないような状態の会社です。こういった企業は、経営が非効率でも「株価が実態より安い」という意味では絶好の投資先になります。
主な投資対象となる企業の特徴を整理すると、次の要素が挙げられます。
代表的な案件として、2002年のアパレルメーカー・東京スタイルへの株主提案があります。東京スタイルは時価総額を大きく超える現金・資産を保有しながら、経営刷新や株主還元を怠っていました。村上ファンドは増配と自己株買いを要求し、プロキシーファイト(議決権争奪戦)を展開。この案件は日本に「物言う株主」という概念を広く知らしめるきっかけとなりました。
2003年のニッポン放送案件では、フジテレビを傘下に収めるという親子上場の解消を求めて大量に株を取得。後にライブドアによる買い占めが起き、村上ファンドはその株を高値で売却して多額の利益を得ます。ただし、これが後のインサイダー事件につながります。結論は次のセクションで詳しく解説します。
村上ファンドは利益を得るだけでなく、企業価値を向上させることを掲げていました。この哲学は2025年時点において、東京証券取引所が上場企業に「PBR1倍割れ企業の改善」を求める時代の流れと完全に一致しており、20年先を見ていたといっても過言ではありません。
三菱UFJ銀行:物言う株主(アクティビスト)の狙いや影響をわかりやすく解説
村上ファンドの活動が頂点に達しようとしていた2006年6月、村上世彰は証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕されます。痛いですね。
事件の経緯はこうです。堀江貴文(当時ライブドア代表)から「ニッポン放送株を大量取得する」という未公開の重要情報を事前に受け取り、その情報をもとにニッポン放送株を買い増したとされました。インサイダー情報に基づく取引は「情報を持つ者が有利な取引をして市場の公正性を損なう」として法律で厳しく禁止されています。
裁判の結果は以下のとおりです。
11億4900万円という金額は、東京23区内のマンションが数十戸購入できる規模です。「インサイダー取引で得た財産は没収・追徴される」という原則が、この事件では徹底的に適用されました。
ここで金融に興味ある読者が知っておくべき重要な点があります。インサイダー取引規制では、「利益額」だけでなく「取引で得た代金の全額」が追徴対象になり得ます。つまり、取引そのものをなかったことにする形で資産が剥ぎ取られます。これは一般的に「損した分だけ返す」と思っている人が多い点ですが、実際にはその取引の売却代金全体が対象になりえる厳しい規制です。
逮捕時の記者会見で村上氏は「金儲けは悪いことですか?」と発言し、その言葉は今でも語り継がれています。ただし彼自身も後に、情報を受け取った判断は間違いだったと述べています。
仁法律事務所:インサイダー取引で逮捕された場合の流れと刑事リスク(追徴金の仕組みも解説)
有罪確定後、村上世彰は表舞台からいったん姿を消しました。しかし完全に投資活動を止めたわけではありません。意外ですね。
2014年以降、村上氏は旧村上ファンド出身者や長女・野村絢氏と連携しながら「レノ」「南青山不動産」などの投資会社を通じて日本株への投資を再開します。特に2020年代以降はその動きが加速しており、コスモエネルギーホールディングス、ジャフコ、王子HD、マンダム、高島屋など、業種を問わず多くの企業の大株主に名を連ねています。
その中で最も注目されたのが、フジ・メディア・ホールディングス(フジHD)との攻防です。村上氏側は2024年春からフジHD株を買い増し始め、2025年には17.33%(4057万株)もの大株主に。33.3%まで買い増す意向も示唆しました。フジHDは2026年2月5日、6121万株(発行済み株式の約3割)を2349億円で自己株買いすることを発表。これによって旧村上ファンド側が保有する株式の大部分がフジに買い戻される形で決着し、旧村上ファンド側が得た利益は760億円(一部報道では400億円台との見方も)という規模に上ったと報じられています。
現在、日本株市場においてアクティビストによる提案件数は2025年に過去最多を更新しており、2014年比で9倍以上に増加しているといいます。村上世彰が20年以上前から主張してきた「株主軽視の経営はおかしい」という考えが、今や市場の主流になりつつあります。
ロイター通信:フジHD・旧村上系が大規模買付取り下げ、株買い戻しで決着(2026年2月3日)
村上世彰氏の活動は大企業同士の話であり、個人投資家には関係ないと思われがちです。これは半分正しく、半分間違いです。
実際に注目されているのが「アクティビスト追随投資」という手法です。これは、村上氏側が大量保有報告書(5%超の保有で金融庁に提出義務)を提出した段階で株を買い、株価が上昇したところで売るという方法です。ある試算では、アクティビストが株主になった翌年は市場平均を9ポイント近く上回るパフォーマンスを記録したという研究結果もあります。
ただし、追随戦略には重大なリスクもあります。
これが条件です。
個人投資家にとっての現実的な活用法は、村上ファンド系の動向そのものを「株式市場の過小評価企業を見つけるヒント」として使うことです。村上氏が買い増している銘柄は、PBR(株価純資産倍率)が1倍以下であったり、大量のネットキャッシュを抱えていたりするバリュー株の典型例であることが多い。そうした企業の「なぜ安いのか」を自分で調べる訓練になります。
大量保有報告書は「EDINET(金融庁電子開示システム)」で誰でも無料閲覧でき、提出後5日以内に公開されます。村上氏側の動向をリアルタイムに把握したい場合は、EDINETで「レノ」「南青山不動産」「野村絢」「シティインデックスイレブンス」などのキーワードで検索するのが最も確実です。
EDINET(金融庁):大量保有報告書・有価証券報告書を無料で閲覧できる公式開示システム
インサイダー事件から11年後の2017年、村上氏は初の著書『生涯投資家』(文藝春秋)を上梓します。この本はベストセラーになり、金融・投資に興味を持つ読者から高い評価を得ました。
本書の中で村上氏が繰り返すのは「企業のお金は血液である」という比喩です。企業内部に現金が滞留し続けるのは、血液が体の中で循環せず溜まっているのと同じ状態。それは企業の健康に悪影響を及ぼすと主張します。つまり株主還元・投資・M&Aを通じた資金の流動化こそが、日本経済全体を活性化させるという信念です。
この哲学は今、長女・野村絢氏に受け継がれています。慶應義塾大学法学部卒業後、モルガン・スタンレーMUFG証券の債券部に勤務した経歴を持つ野村氏は、現在C&I Holdingsの代表取締役CEOとして投資活動を主導。村上氏自身が「日本株の投資はどちらかというと絢がやっている」と認めるほど、その存在感は大きくなっています。2026年現在では、フジHD・高島屋・マンダム・REIT(不動産投資信託)にまで投資対象を広げており、日本最大級の個人投資家の一人とも評されています。
次世代への継承という意味では、村上氏は2011年の東日本大震災後から慈善活動にも力を入れるようになります。「村上財団」を設立し、子どもへの金融教育プログラムや社会貢献活動を展開。「金儲けは悪いことですか?」という発言で世間に問いを投げかけ続けてきた彼が、資産の使い方でも問いを体現しようとしていることは、多くの金融関係者に注目されています。
つまり村上世彰という人物は、単なる「お金に貪欲な投資家」ではなく、日本の資本市場の哲学的な問題提起者でもあると言えます。
文藝春秋:『生涯投資家』村上世彰著 – 投資哲学と半生記が一冊にまとまった必読書