
インサイダー取引規制における重要事実は、金融商品取引法第166条により明確に定義されています。決定事実とは、上場会社等の業務執行を決定する機関が決定した事実のことを指します。
具体的な決定事実には以下のような項目が含まれます。
上場会社が新たな株式や新株予約権の発行を決定した場合
会社の資本構造に大きな影響を与える減資の決定
自社株買いに関する決定事項
配当金額や配当政策の変更決定
株式の分割や併合に関する決定
これらの決定事実は、投資判断に著しい影響を及ぼす可能性があるため、公表前の取引は厳しく規制されています。
軽微基準については取引規制府令第49条で定められており、一定の基準以下の場合は重要事実に該当しない場合があります。例えば、自己株式の取得において、取得価額の総額が発行済株式の総数等を基礎として算出した額の10%を超えない場合などです。
発生事実とは、上場会社等に生じた事実または生ずることが確実となった事実を指します。決定事実とは異なり、会社の意思決定によらず客観的に発生する事実が対象となります。
主な発生事実として以下が挙げられます。
地震、火災、その他の災害による重大な損害の発生
リコール、システム障害、重大な事故による損害
議決権の5%以上を保有する株主の変動
重要な子会社の地位変更や新設
会社に重大な影響を与える訴訟関連事実
監督官庁による処分や行政指導
発生事実においても軽微基準が設定されており、例えば災害による損害額が最近事業年度の売上高の3%を下回る場合などは重要事実に該当しません。
興味深いことに、発生事実には「生ずることが確実となった事実」も含まれるため、まだ実際には発生していないものの、発生が確実視される事実も規制対象となります。この点は実務上非常に重要な判断ポイントとなっています。
決算情報は金融商品取引法第166条第2項第3号で定められており、売上高、経常利益、当期純利益の予想値と実績値が重要事実の判定基準となります。
決算情報における重要事実の基準は以下の通りです。
項目 | 基準値 | 備考 |
---|---|---|
売上高 | 前年同期比±10%以上 | 四半期・通期共通 |
経常利益 | 前年同期比±30%以上 | 損失計上時は特別な計算 |
当期純利益 | 前年同期比±30%以上 | 親会社株主に帰属する当期純利益 |
決算情報の特徴的な点は、予想値の修正と実績値の発表の両方が規制対象となることです。
期初に公表した業績予想を上記基準値以上修正する場合
実際の決算数値が前年同期と比較して基準値以上変動する場合
決算情報は他の重要事実と異なり、定量的な基準が明確に設定されているため判断が比較的容易です。しかし、連結・単体の区別や、特別損益の取り扱いなど細かな注意点があります。
また、決算情報の場合、軽微基準ではなく「重要事実となる基準」が設定されている点も特徴的です。つまり、上記基準に該当しない限り、原則として重要事実にはなりません。
バスケット条項(金融商品取引法第166条第2項第4号)は、前述の決定事実、発生事実、決算情報に該当しない事実でも、投資判断に著しい影響を及ぼすものを重要事実として規制する包括的な規定です。
バスケット条項に該当する可能性がある事実の例。
戦略的パートナーシップの締結や解消
画期的な技術開発や新商品の完成
事業継続に不可欠な許可の取得や失効
経営陣の大幅な変更
売上に大きく影響する基幹契約の変更
バスケット条項の判断は非常に難しく、「投資判断に著しい影響を及ぼす」かどうかの客観的判断が求められます。
実務上の注意点として、バスケット条項には軽微基準が設定されていないため、影響度の判断は個別具体的に行わなければなりません。また、業界特性や会社規模によって判断基準が変わる可能性があります。
過去の事例では、重要な製薬会社の新薬承認や、IT企業の基幹システムの重大な障害なども、バスケット条項による重要事実として扱われたケースがあります。企業は日常的に発生する様々な事実について、バスケット条項への該当性を慎重に検討する必要があります。
重要事実の適切な管理は、インサイダー取引規制違反を防ぐ上で極めて重要です。企業は組織的な情報管理体制の構築が求められています。
効果的な情報管理手法として以下が挙げられます。
情報管理体制の構築 🏗️
物理的・システム的管理 💻
公表までの取引制限 ⛔
特に重要なのは、適時開示による速やかな公表です。重要事実が発生または決定した場合、東京証券取引所の適時開示規則に従って速やかに公表することで、インサイダー取引規制の対象期間を最小限に抑えることができます。
また、企業は「沈黙期間(クワイエット・ピリオド)」を設定し、決算発表前の一定期間は会社関係者の株式売買を禁止する措置も有効です。この期間設定により、決算情報の漏洩リスクを大幅に軽減できます。
情報管理の実効性を高めるためには、定期的な内部監査と外部専門家によるチェック体制も重要です。特に、M&Aや重要な業務提携などの機密性の高いプロジェクトでは、プロジェクトメンバーの限定や守秘義務契約の徹底が不可欠となります。